35日目:ダナルさんのお話を聞こう
はっやーい♪
ご機嫌にはしゃぐテトさん、今日は並走ではなく幌馬車の荷台にいる。走るの大好きテトさんとしては最初渋々だったけど、いざロミちゃんが走り出したらこれはこれで楽しいらしい。
「すごいねえ、ロミちゃんのスキルは<積荷保護>だったっけ。全然揺れないや」
「今は俺達が荷物だからな。テトの収納でかくて助かった」
テトたくさんはこべるのー! ほめていいよー?
「いっぱい運べてえらい! 撫でましょう!」
わーい!
わしゃわしゃとテトを撫で回す僕である。
ダナルさんの幌馬車に積んであった荷物、もともと売りに行ってた帰りだから少なくはあったんだけど、それらをテトの空間収納にぎゅぎゅっと詰め込んだのである。そしてその隙間に僕達が乗り込み、如月くんはダナルさんと一緒に御者台に乗って、現在は正道を爆走中というわけだ。
最初は僕はテトに乗るつもりだったんだけど、ダナルさんがぜひと言ってくれたからね。お言葉に甘えて荷台に乗り込んで、荷台の後ろの布を大きく開けて、景色を見ながら移動している。
「テト、空間収納スキルが上限まで行ってるね。何か発展スキル出た? 黄色い文字のやつ」
んとねー。
契約獣のスキルは契約主が決めたりできないんだけど、テトは聞けば教えてくれる。どうやら空間収納の上位スキルはないらしく、代わりに関連の固定スキルがたくさん出たらしい。<空間拡充><空間表示><空間停止>……多分どれもすごくいい感じのスキルだと思うんだよなこれ。どれか取得する?
ナツどれうれしいー?
「どれも良いと思うよ! テトが好きなのにしようか」
じゃあねー、ひょうじ? とるー。
お、テトのチョイスは<空間表示>だね。とはいえ契約獣さんのスキルはたとえ契約主でも詳細を見ることができないので……えーと、これどんなスキルー?
あのねー、ナツになにがはいってるかわかるやつー。えいっ。
にゃっ! と気合の入った掛け声と同時に、テトは眼前の空間をてしっと叩くような仕草をした。その場所に、トラベラーでいうところのステータス画面のような透明パネルが現れる。<空間表示>というからには、おそらくこのパネルにテトが持っているものが表示されているのかな?
「見せてー!」
いいよー!
ちょっとだけドヤ顔で許可を出したテトさんである。どれどれ、と見せてもらったパネルには、ぎっしりと文字列が並んでいる。……ああ、ダナルさんの荷物の中身が並んでるのかな、それだとあんまりジロジロ見たら申し訳ないか。
おやくだちー?
「お役立ちだねー! さすがテト、良いチョイスです、撫でましょう」
わーい!
わしゃわしゃっとテトを撫でつつ、パネルはしまってもらった。人様の荷物情報を無断で見てしまってごめんなさい。テトの他のスキルは、多分<空間拡充>は収納スペースをもっと広くするやつで、<空間停止>は時間停止だと思うんだけど……時間停止つけちゃうと、テトに持ってもらうものがすごく多くなりそうだし、なんとなく「テトがもつ!」っていう要求が強くなりそうなので、一旦保留しよう。
イオくんが料理するとき、いちいちテトを呼んで出してもらうのも大変だろうしね!
テトとじゃれていたところ、馬車のスピードが遅くなっていくのを感じて外を確認すると、どうやら少し先のセーフエリアで休憩らしい。
朝出発するとき、ダナルさんが病み上がりだからこまめに休憩を取ることは決めてたので、タイミングは如月くんに任せてたんだっけ。
「みなさーん! おやつ休憩ですよー!」
と呼びかける如月くんに「はーい!」とよい子のお返事を返しつつ、馬車が止まるのを待って荷台から飛び出した。おお、なんか、このへんから空気が……!
「イオくん、潮の匂いがするかもしれない!」
「海っぽさ感じるか?」
「わずかに!」
明確に違いがあるわけじゃないけど、なんとなーく空気が水気を感じるというか、塩っぽさがあるというか……よくわかんないけど少しそういうのを感じるのである。ゴーラが近いっていう証だね。
おしおー?
とテトが一生懸命空気の匂いを嗅いでいるけど、テトにはちょっとわからなかったらしい。残念。
この休憩はダナルさんの休憩なので、テーブルセットを出して全員が座れるようにして、ダナルさんもロミちゃんに水をあげたら座るようにイオくんが指示している。テトは完全におやつ待機で、期待に満ちた眼差しをイオくんに向けているようだ。
僕もおやつを期待しつつ、そう言えばと思ったことをダナルさんに聞いてみよう。
「ダナルさん、このあたりって何か勇者さんたちと縁があったりしますか?」
「勇者様たち?」
何の脈絡もなく僕が切り出したので、ダナルさんは少し驚いたような顔をした。まあそれもそうか、と思ってインベントリからキャノンフラワーの種を取り出して見せる。
「これ、倒したキャノンフラワーの種なんですけど……」
「ああ、昨日聞いた話だね」
ダナルさんの馬車を襲った魔物は倒したよって話をしたら、その種はゴーラのギルドに是非提出してほしいって言われてたんだよね。住民さん向けの説明に使うみたい。これが、邪霊のしわざだってところまではダナルさんに伝えてあるんだ。
「邪霊がどうしてあんなところにこれを植えたのかわかんないなあと思って。もしかして、このあたりって何か勇者さんに縁のある土地だったりするのかなって思ったんですけど」
「うーん、と言われてもねえ……」
少し考えてから、ダナルさんはもう一度口を開く。
「ナルバン王国に勇者様たちと縁のない土地を探すほうが難しいからねえ……」
「なるほど……?」
「ナツさんたちトラベラーさんは、白地図を埋めるんだったね。街にも昔の地図を保管している場所はあるだろうけど、この国の左側……ジュードやクルムやハチヤは特に、魔王軍との戦いが激しかったところだ。逆に言うと、イチヤからサンガを経てゴーラ、それから、山中にあるヨンドもかな。この4つの街は、比較的魔王軍からの被害が少なかった街でね」
魔王のいた魔国というのが、確かジュードと国境を接してたんだよね。遠いところほど被害が少ないのは当然といえば当然だ。
「ヨンドはそうでなくても攻めづらい山だし、近くに竜人族の集落もあって特に堅固だっただろうね。それでも、城壁を崩されることはあったみたいだけど……。イチヤなんて、あんなにまっさらな平原の中にあって、ナルバン王国で唯一城壁を破壊されなかった。サンガは、まあそれなりに被害があったけど、魔王軍はどちらかと言うと西側では鉱石の出るロクトを襲うことが多かったんだ」
「ゴーラは?」
「ゴーラは単純に、距離が一番遠かった。それに、海に面しているだろう? 海の魔物は陸に上がってこないから、多分魔王軍の被害という意味では一番少なかったと思うよ」
確かに、ナルバン王国ってだいたい横長の長方形っぽい形だ。ジュードの真反対側にあるゴーラは、一番遠くて手が出しづらい土地だったんだね。
「魔王軍としても、一番重視したのはやはり前線だろうからね。だから、ゴーラ方面には軍よりも、単体で攻撃できるようなのがよく来ていたと思うよ。そのキャノンフラワーもそういうものだよね」
「なるほど……!」
その当時のことを知っている邪霊がいたら、キャノンフラワーみたいなのはやっぱりこっちに配置したかったのかもしれないなあ。……ってことは、邪霊の本命はやっぱり前線だったジュード、なんだろうか。
「トラベラーさんも、勇者様たちを知っているんだね」
意外というように、ダナルさんはしみじみ呟く。住人さんたちにとっては、トラベラーって最近よそからやってきた人たちって感じだろうから、昔のことを知ってるのが不思議なのかも。
「僕達はサンガでお店をやってる人に聞いたので。お店に、勇者さんたちのタペストリーが飾ってあったんです」
「ああ、それでか。我らが英雄のことを、少しでも知ろうとしてくれるのは嬉しいことだよ。俺達ドワーフ族にとっては、鉄壁のドロワは神様みたいな存在だしね」
「えっと、盾役の勇者さんですね」
そう言えば勇者さんたちって、世界を救った英雄なわけだから、全員が同じ出身地ってことはないよね。どこ出身なんだろうか。ちょっと気になったので聞いてみると、「鉄壁のドロワはジュエラ帝国だよ」という答えが返って来た。
「ジュエラ帝国?」
「ナルバン王国は4つの国と国境を接してるんだ。一つが魔国、もう一つがフェアリーたちの国で、南にも1つ国がある。そして北方面に一番大きく国境を接しているのが、ジュエラ帝国だよ」
あ、しまった。トラベラーは今のところナルバン王国にしか来られないけど、この世界にはナルバン王国以外にも色々国があるんだったっけ。いずれはそこにも行けると思うけど……。
「ナルバン王国出身なのは、ヒューマンの勇者様だね。幻影のランサ様」
「あ、ナルバン王国出身の勇者さんは一人だけだったんですね」
全員ここ出身って感じじゃないのかあ。でも全員のことをみんな知ってるってことは、勇者さんたちは全世界を回って戦ってたとか? 移動が大変そうだけど。
「勇者様たちは、全員出身国が違うよ。でも、あの頃は勇者様たちが大きな希望だったからね。新聞にその活躍が載って、噂で今どこにいるらしいと聞いて、多分どこの国でも毎日話題に上がっていたんじゃないかな」
「そうだったんですね」
大人気アイドルみたいなものかな。
まあとにかく、隣国出身のドワーフが勇者となり大活躍してたら、同じドワーフとしてはきっと嬉しいものだよね。あ、そう言えば。
「ダナルさん。魔王については何か知りませんか?」
今まで何度か勇者について話を聞くことができたけど、魔王について詳しい人っていなかったんだよなあ。オープニングムービー見たから別世界からきたってことは知ってたけど。
僕も特に聞かなかったし。だってもう滅んだ存在だと思ってたから、そのうち住人さんたちの噂とかで情報が入ってくるかもなーってくらいだった。住人さんたちから見れば敵なわけで、そりゃ好んで話す話題でもないのかもしれないけど。
魔王ってタペストリーでもなんか黒いモヤみたいな描かれ方だったし、オープニングムービーでも影で描かれていたから、どんな姿だったのかもわからない。でも実際、邪霊さんが魔王復活を望んで活動しているのだとしたら、少し知っておいたほうがいいのかもしれない。
そう思って問いかけた質問に、ダナルさんは難しい顔をした。
「……かわいそうな子だったね」
「え」
「魔王にさせられた子だよ。あの子は、確かに野望があったし、不満をためていた。自分が正当に評価されていないと感じていたかもしれない。……でも、魔王になって世界を攻撃するような真似をするような子じゃなかった」
……あー! そう言えばオープニングムービーで言ってた! 地上で最も不満と反逆心をもつものにささやき、己に体の半分を譲ればお前をこの世界の唯一王にしてやろう、と約束した……って!
つまり魔王は、他の世界から流れてきた「悪」と、この世界の誰かの融合体ってことだ。そしてダナルさんの言い方だと、この世界の誰かに対する住人さんたちの感情は、決して悪いものではなさそう。
「有名な人だったんですか?」
どんな存在だったとしても魔王になってしまったわけだから、もっとガチガチに嫌われているのかと思ってた。でも、隣国が魔国になる前なら、国交もあっただろうし……。
僕の質問に、ダナルさんは小さく頷いて答えた。
「隣国が共和国で、妖精たちやエルフ、精霊なんかが中心となった国だったことは知っているかな」
「あ、はい。それは聞いたことあるような」
プリンさんに聞いたんだったかな。魔国になってしまったから、近隣諸国にたくさんの妖精類やエルフたちが逃げ込んだんだよね。
「彼は、自分こそが最も優秀な王であると世間に知らしめたかったんだ。プライドは高かったけど、悪人ではなかったよ。若くして王位についたせいもあって、人一倍認められたいという気持ちが強かったのかも知れないね」
王位についたばかりだったんだよ、とダナルさんが言う。そんな人が「世界の唯一王」という誘惑に負けてしまったことを、とても残念に思う、と。
「彼はね、亡国エルドーラの、若き妖精王だったんだ」