34日目:バトルモードイオくん
たっかーい♪
ご機嫌なテトさん、ロミちゃんの上に乗っけてもらって尻尾をぴーんとさせている。テトさん自分で飛べるだろうに、他人……他獣? に乗せてもらうのはまた別らしい。なんか瞬く間に仲良くなった二匹である。
ダナルさんはお弁当を軽く食べて解熱剤をのみ、如月くんは主治医……ではないけど薬の制作者として患者さんに付き添っている。となれば、フリーに動ける僕とイオくんの出番である。
「じゃ、僕達狙撃犯探してくるねー!」
「行ってらっしゃい。テトは俺が止めますね」
「頼りにしてます!」
いやほんとに頼りにしてます如月くん。テトが単身で僕達を追っかけようとしたら止めてね!
テトは人間も他の契約獣さんも大好きだから、今は新しい友達に夢中。つまり、今なら僕達と離れても多分そんなに拗ねないだろう。というわけでイオくんと一緒にそーっとセーフゾーンを抜けて、さっきイオくんが探し出した狙撃ポイントへ向かう。
事件は解決しなければならないのである。
原因究明はクエストクリアに必要なのだ。
「南方向から魔法を撃ってるんで間違いない?」
「ああ、あのまま森の中を歩いてたら遭遇したかもしれん」
なんて会話をしながら、幌馬車が横転していたあたりまで戻った。イオくんが「ここ」と指差すあたりを見てみると、確かに低木が不自然に折れ曲がっていたりしている。
「グランさんの密林からも近いし、そんな強いのは放置されてなさそうなんだけどなあ」
「まずは攻撃なのか偶然の産物なのかを探る必要があるかもな。まあ、十中八九攻撃だろうが」
例えばものすごく強い聖獣さんとか神獣さんとかが、うっかりくしゃみして衝撃波を撃った、とかなら平和なんだけれども。だとしたら狙撃コースが1箇所しかないってのが不自然だ。
ダナルさんの話だと、半年くらい前から同じような狙撃が増えているってことだったし、いずれもこの付近で襲われている。となれば、何者かが住人さんたちの馬車を的にして狙い撃っている……と考えるのが自然。
じゃあ、それは何者か?
ってなると、普通に考えて魔物だよねえ。
「狙撃系の魔物って、今までいたっけ?」
「いや、覚えねえな」
まだゲームも序盤で弱い敵としかあたってないだけかもしれないけど、基本今まで遭遇した敵って近接攻撃系なんだよね。遠距離攻撃してくるような敵、いたっけ? ってレベル。
魔法使ってくる敵はいたけど、魔法オンリーの敵はいなかった。もしかしてダンジョンで1回あたったモンスターハウスにはいたかもだけど、あそこは範囲魔法で殲滅戦しちゃったしなあ。
「んー、気になるな。普通、何度も狙撃を繰り返していたら、多少左右にズレたりしそうなんだが」
「名探偵イオくんが推理してる……!」
「お前も考えろよ」
「考えてますけど!? いや、でも理由なんて限られてくるよね。奥に大砲でもあるんじゃないの?」
推理と言うか思いつきを試しに口にしてみたところ、イオくんは「お」と感心したような表情をこちらに向ける。
「ナツにしては良い事言うな」
「僕だってたまには的確なこと言えますが!」
僕の切り返しにけらけら笑ったイオくんは、じゃあ行くかーと軽い感じで狙撃ポイントの奥へ向かう。まさか本当に大砲があるとでも言うのかな?
「いや大砲はねえだろうけど」
「心読まれた」
「気にすんな? 大砲はねえけど固定砲台はあるんじゃねえの」
「固定砲台」
……?
それって大砲ではないのですかイオくん……? ちょっとよくわかんないという顔をした僕に、イオくんはしょうがねえなあって顔をする。この顔よく見るな最近。
「魔物が全部動物系とは限らないってことだぞ」
「……植物系も居るのは知ってるけど。トレントはめっちゃ動いたよ?」
なんかこう根っこをわさわささせてシャカシャカ動いてて、ちょっと面白かった。イチヤからサンガへ向かう途中に遭遇したトレント、結構強かったし最後の自爆がインパクト強くてよく覚えてる。
「植物系の魔物が全部動けるとは限らんだろ?」
「それはそう」
「そもそも種類が少なそうだしな。……っと、あれか」
イオくんが立ち止まって指さしたのは、なんか巨大な花……? 筒状の花びらを備えた、黄色の花に見えるやつ。僕の身長よりでかいそれが、<識別感知>で赤色アイコン表示されているので、確実に敵。
思わず周辺を探してみるけど、同類の敵はいないようだった。気づいたら囲まれてたりすると洒落にならないので一安心だ。<鑑定>したら気づかれるかな? 僕が思ったそのとき、イオくんがぐっと身をかがめて一気にその植物に詰め寄る。
「オラァ!」
どこのヤンキーだほんとに。
気合の入った掛け声と同時に、繰り出されたイオくんのキックを受け止めたのはその植物の葉である。ぐぐ、と力のせめぎあいは植物に軍配があがり、イオくんは器用に身をクルッと回しながら後ずさる。あ、今こそ<鑑定>!
「キャノンフラワー……? やっぱ大砲じゃん!」
「レベル19! っしゃいくぞ!」
2レベルも上じゃん、如月くん連れてくるんだったなー!
と思ったのは絶対僕だけで、イオくんは格上に少人数で挑めることにテンションを上げている。出たよバトルジャンキー。まあ最近お行儀の良い前衛やっててくれたわけだし、思い切り暴れてもらおうか。
「【ディフェンシブ】、【ヘイスト】、【ホーリーギフト】!」
「くたばれ、固定砲台!」
嬉々として盾で殴りに行く家の社長、非常に生き生きしておられる。ここで【パワーレイズ】使おうもんなら戦いが早く終わっちゃうことに文句言われそうなのでやらないぞ。敵へのデバフも自重して、少しでも長くイオくんに楽しんでもらう方向で。
「イオくんがんばれー」
「おう、寝てろ!」
すごい言われようだけど、バトルジャンキーバージョンのイオくんにとっては通常運転。他にも「飯食ってていいぞ!」とか「暇つぶししてろ!」とかのバリエーションがある。要するに黙って後ろにいて攻撃はしないでくれってことだね。テトがいたら「テトと遊んでろ!」になった可能性もあるね。
イオくん絶望的に言葉選び下手だけど、これ一応気を使ってくれてる言葉なんだ。普通バトル中に「寝てろ!」言われたら絶対悪口だと思うけど、これ「俺に任せろ」くらいのニュアンスだからねイオくん的に。付き合い長くないとわからんて。
「っし!」
僕が後ろで大人しくしている間に、イオくんは固定砲台を蹴り飛ばして殴り飛ばしてボッコボコにしている。剣持ってるはずなんだけどおかしいな……? まあ動けない敵なんてイオくんにとってはただの的だし、仕方ないか。
うーん、何もしないで見てるだけってのもなんだなあ。でも下手に攻撃したらイオくんのお楽しみが減るし……。こんなときは<原初の魔法>の実験でもしてみるか。
基本的には攻撃に向かない魔法だから、例えばめちゃくちゃ動きの早いあの葉っぱを遅くする……とかできたら便利かも。えーと、遅い、を漢字2文字で……。
「【遅延】!」
うっかり最初に出てきた単語が遅刻だったのは内緒である。
優秀な僕の杖ユーグくんがレーザーのような光をバシュッと飛ばして、キャノンフラワーの葉っぱにその光が当たる。なんか高速でばばばばばっと揺れていた葉っぱは、速度を多少落とした。うーん。8割くらい? もっと改良の余地がありそうだなあ。
もっと遅くする言葉ってなんだろう、語彙力本当にほしい。うーんと唸っていると、イオくんの見事な右ストレートがバチコンとクリーンヒットして、キャノンフラワーが後方にべしょっと潰れる。「っしゃあああ!」と雄たけびを上げるイオくん、そのまま追撃かと思われたけれども、下方から小さな葉っぱが……あ。
「ひらめいた! 【半減】!」
行け、ユーグくんのレーザービーム!
これだと確信して放った<原初の魔法>は、イオくんの膝に高速ビンタを食らわせようとしていたキャノンフラワーの葉っぱを見事に速度半分にしてみせた。やるじゃん半減! そうだよ半分にしちゃえば良いのだ、感覚的にもわかりやすいし!
「ナツ!」
「お、イオくん今の見た? 僕の見事な【半減】を……!」
「寝てろ!」
「ア、ハイ。すみません……」
イオくんはもっと楽しみたいそうです。仕方ない、褒められるのはあとにしておこう……。
しばらくバトルモードのイオくんを応援していると、右ストレートからくるっと回っての回し蹴りからの更にくるっと回ってトドメの【斬撃】アーツでキャノンフラワーは大地の藻屑になるのであった。何今の三連星、めっちゃきれいに決まったじゃん……!
「っしゃ! なかなか力強い敵で満足!」
「くっ、日々進化しているイオくんのプレイヤースキルよ……! すごいと思います!」
ぱちぱちと拍手する僕に片手を上げてこたえるイオくん。まるで試合後のスタープロレスラーのようである……っと、職業レベル上がった! 僕全く仕事してなかったというのに!
「職業レベルようやく上がったか」
「職業レベルは本当に戦闘しないと上がんないからねえ」
プレイヤーレベルの方は、戦闘以外にも経験値を貯める方法があるんだけれども。例えば秘境を見つけたりとか、多分だけど名声取得のときも経験値入ってた気がするし。僕達の場合は秘境を2つも見つけてるのが大きいかもしれない。
「次の転職遠いなあ」
と思わず呟く僕だけど、実はアナトラ本サービスがまだ始まってないことを考えると……適切かもしれない。うむ。
「それで、今の倒したやつってクエスト?」
「おう。一応、正道の脅威を取り除こうってクエストは進行してんな。次はこのキャノンフラワーがここになぜ根付いたのか、って謎解きなんだが」
「自然発生じゃないんだ」
「自然発生するもんなのか、あれ」
植物系の魔物って、どうやって増殖するんだろうか。トレントは魔物とか生き物の養分を根から吸って分裂するって言ってたっけ? でもこのキャノンフラワーって、トレントみたいに動かないみたいだし、誰かが植えるしかないんじゃないの。
「種を何かが運んできたとか?」
「鳥型の魔物が落としたとか、動物の糞に混ざってってんならわかるが、それだと対処しようがないぞ」
「うーん、こういうときこそグランさんにいてほしかったなあ」
っていうかさっき倒したキャノンフラワー、種ってあるのかな? 光の粉になって消えちゃったけど……ドロップしてるじゃん。
僕がインベントリから丸いキャノンフラワーの種を取り出すと、イオくんは「お?」とその種を見つめた。まさかイオくんの方にはドロップしてないのか。
「俺のドロップ、ナイフリーフとかいう葉っぱだけだぞ」
「切れ味鋭そう」
「武器の強化素材だからこれはこれで」
なるほど、イオくんの剣が切れ味増すなら良いと思います。じゃあ、この種については<鑑定>してみて……って、全然情報ないな。キャノンフラワーの種、柔らかい土に植えて魔力を含んだ水をあげると1週間ほどで芽を出す……らしいよ。これは求めてた情報じゃない。
「……なるほど」
だけど、イオくんの方はなにかわかったらしく、小さく頷いている。そう言えばイオくん<植物鑑定>取ってたっけ。やっぱり取得している<鑑定>の数によって結果が大分違うんだな。
「何かわかった?」
「おう。俺達は神水精霊と会っただろ?」
「ウンディーネさん!」
確かに会った。まあほんの僅かな時間だったけれども。その僅かな時間でお友達認定してくるくらいフレンドリーな精霊さんだったね。
「魔物にもそれに匹敵するような存在がいるらしい。魔物を増やしたり、強い魔物を育てるサポートをするような存在が」
「……おお?」
「で、このキャノンフラワーは、その邪霊……まあ魔物側の精霊が植えたんだと」
邪霊……。まるで悪霊みたいな名前だけど、イオくんの説明を聞く限りアンデットモンスターではないのかな。そうだったら絶対闇属性だし、<光魔法>で割と楽に倒せそうなんだけど。あ、待って、でもその話って。
「まさか、魔王を……?」
魔物を強くしたり、増やしたり。それって下準備にしか思えないんだけど。恐る恐る問いかけてみた僕に、イオくんは大きく頷いた。
「邪霊の目的は、魔王を蘇らせること、だそうだ」