34日目:これも御縁というものだ
お昼を食べ終わったら、ヴォレックさんはイオくんにパイナップルをもらって嬉々としてゴーラへ向かっていった。
何しろ神速のモモンガなので、僕達と一緒にっていうのは無理だ。ヴォレックさんにはゴーラの魔物情報を集めるっていうお仕事もあることだしね。
せんぱい、おしごとがんばるのー!
「応援ありがとよ! そんじゃ、ちょっくら先に行かせてもらうぜぇ!」
と、最後まで男前にぐっと親指を立ててから飛び立つヴォレックさん。やはりなんか年上感がすごいな。
「俺達がゴーラにつく頃には、もうヴォレックは別の所に行ってそうだな」
イオくんがしみじみそう言ったけど、多分そうだろうね。なんかあのヴォレックさんが、どこかに何日もとどまるって想像出来ないし。まあ、縁があればどこかでまた出会えるでしょう。
僕達もテーブルセットを片付けて、再びゴーラに向けて出発……というところで、イオくんから提案があった。
「ナツ、如月。だいぶ正道に近いところを歩いてるんだが、やっぱりセーフゾーンが少なすぎる。いっそ正道のすぐ横歩こうと思うんだが、それでいいか?」
こちらの意見を聞く姿勢だから、どうしてもって感じではなさそうだ。でも、僕は別に反対する要素がないな。
「僕はいいよ、どうせテトに乗るし」
のせるのー。
「俺も構いません。ここでも大分正道に近いんですけどね……」
「セーフゾーンが少ないのは困る。キャンプは絶対にセーフゾーンでしたいからな」
本当なら少しでも白地図を埋めたいから、ちょっとだけ正道から外れた場所を歩くのがいいんだけど。今いる場所だって密林の座標から比較すると、かなり北上して正道の近くなのだ。
それでもセーフゾーンをなかなか見つけられなかったので、運営さんとしてはレベルが低いうちは正道近くを攻略してねって意味なのかもしれないなあ。レベルが上がるほどフィールド上でセーフゾーンを見つけやすくなる、とかそういう感じなのかも。
そんなわけで、僕達はサンガからゴーラへ伸びる正道に出た。まっすぐ西に向かって伸びる正道は、距離で言うと今ちょうど半分来たくらいのところだ。
「歩いてるトラベラーさん、いないね」
「今のところ馬車もないな」
おうまさんいないー? テトきょうそうしたかったのー。
「馬車と競争したらテトの圧勝だよ、多分」
重い荷台を背負っているお馬さんと、翼を持つ猫を比較してはだめだと思う。みんな違ってみんな良いのである。馬も優しい眼差しで良いと思います、イオくん、料理人騎士のお供に白馬とかどうですか!
「縁があればな」
「軽くいなされた!」
うーん、イオくんはまだ契約獣を持つつもりがないようだ。それはそれで、ご縁だから仕方ないね。
それじゃ、夕暮れまでゴーラに向けて歩きましょうか!
張り切って歩き出して、時々敵と戦ったりしながら2時間くらいしたころ、家の名探偵テトがぴんっと耳を立てた。
むむー?
と、ちょっと不思議そうな感じで首をかしげたテト。これはまた何か見つけたのかな? と思って「どうしたの?」と問いかけてみる。テトは道の先をじーっと見据えてから、僕の疑問に答えた。
なにかいるのー。
「え、この道の先? イオくん、この先になにかいるって」
「正道にか? 住人じゃないだろうな」
正道は統治神スペルシアさんのお陰で魔物が近づけないようになっている。……とは言え、イチヤから移動したときにあったみたいに、幻術を使って人をおびき出したりとか、遠距離からの攻撃が来ることはそれなりにあるらしい。完全に安全ではないからこそ、道迷いのお守りやお札が長距離移動には必須になる。
「俺、見てきます! 一応距離取ってから追ってきてください、安全そうなら呼びます」
と駆け出す如月くんを見送り、ゆっくりその後を追いながら周辺の状況を確認。ここは低木が多いけど、森というほどではない、平原と森の間みたいな感じの土地だ。<識別感知>を使うと、この道の先に居るのはどうやら住人さんかな。フィールドには魔物が点在しているけれど、不自然なほど密集していることもないし、どれも正道からはそれなりに離れている。
少し進むと、視界の先で如月くんが大きく手を振った。危険はなさそうだね。
「テト、如月くんのところまで急ごう」
わかったのー。
如月くんのところまで駆けつけると、そこにあったのは正道から少しはみ出て横転している荷馬車だった。幌馬車っていうんだっけ、厚手の布を張って荷台を覆ってるやつ。
多分、馬型の契約獣が引いてたんじゃないかと思うんだけど、付近にはいない。横転している荷馬車からは一部の荷物が飛び出して転がっていて、乗っていたらしい住人さんがその場に倒れていた。すでに如月くんが回復魔法をかけて、「大丈夫ですか?」と声をかけている。
「これは……どうしたんだろう。正道で普通に横転することってないよね」
何しろ神様の引いた道なので、凹凸がなくて歩きやすいのが正道なのだ。これで砂利道とかだったら、石踏んで横転するのも無くはないけど……。
「如月、すぐそこにセーフゾーンがある。俺は周辺見てくるから、運んでくれ」
「了解です、馬車どうしましょうか」
あ、そう言えば馬車。道の上に横転させたままにするのは良くないよね。どうしようか……と思ってテトから降りると、向けられる期待に満ちたきらきらのキャットアイ。……うむ、そうだねお仕事大好きな家のテトさんの出番です。
「テト、この馬車運べる?」
まかせろー!
にゃにゃにゃっと呪文を唱えて影をぽんっと叩くと、あっという間にテトの空間収納に消えていく荷馬車である。ほめて! という顔をするテトを思い切り撫でてから、僕達も如月くんの後を追って近くのセーフゾーンへと向かった。
セーフゾーンでは、如月くんが自分の寝袋を出して倒れていた住人さんを寝かせている。年齢はよくわかんないけど、男性のドワーフさんに見える。「うう」と小さくうめいているのが聞こえるので、もう少しで目覚めるかもしれない。
「テト、ここに荷馬車出してー」
わかったのー。えいっ。
ぽんっと先ほど収納した荷馬車をセーフゾーンの中に出してもらうと、横転していたはずの荷馬車はちゃんと立っていた。車輪とか確認したけど、壊れてはいないと思うから、馬さえいれば普通に走れそうだね。
あ、でも馬がいないのか。逃げちゃったんならあとで探さないと。
「怪我大丈夫そう?」
「倒れた馬車に挟まれてたみたいで、足がひどい怪我でしたけど、とりあえず回復魔法で治癒してます。熱出してるんで目覚めたら解熱剤を飲んでもらって、事情を聞くしかないですね。現場の様子からなにかわかりました?」
「あ、それは今イオくんが」
周辺を見てくると言って駆け出していたので、なにか痕跡があるなら見つけてきてくれるはずだ。イオくんもバッチリ名探偵なので。
そのまま少し待っていると、ドワーフさんが目覚めるより先にイオくんが戻ってきた。なにかわかったかな?
「多分、魔物に襲われたんじゃないかと思う」
「正道で?」
「横転してただろ、幌馬車。南方向から風魔法か何かぶつけられて押し切られたんじゃねえかな。植物が不自然に倒れてるところがあった」
「なるほど」
魔物としては、風で正道から押し出してから襲うつもりだったのかな。でも馬車には道迷いのお札がつかわれていたから、正道から出ることはなくて、奇襲失敗……って感じ?
「前の馬車移動のときもトレントに襲われたけど、結構、魔物の方からちょっかいかけることがあるんだね」
「だから護衛クエストがあるんだろうよ」
言われてみればその通り。安全ならそもそもトラベラーに護衛を頼む必要はないということである。
おひげのひとへいきー?
「テトが見つけてくれたおかげで大丈夫そうだよ。さすがテト、えらい!」
にゃふー。
得意げにドヤア……とするテトさんである。これはたいへん純度の高いドヤ顔ですが、ほんとうにえらいので許されます。
思いっきりテトを撫でていると、どうやらその間に住人さんが目を覚ましたらしい。如月くんが水を飲ませて事情を説明している。よかった、突然倒れている人を見つけるなんてなかなか心臓に悪い体験だよ。
「ナツさん、イオさん、こちらゴーラにお住まいの雑貨屋さんで、ダナルさんだそうです」
「ナツです! こっちの頼れるイケメンは親友のイオくん、この可愛い白猫は僕の契約獣のテトです」
「ナツさん、イオさん、テトさんか。助けてもらってありがとう、俺はダナルだ。商品を仕入れてゴーラに戻る途中だったんだが、いきなり衝撃が来たと思ったら馬車が横転してしまってね」
ペコリと頭を下げるダナルさん。ドワーフさんって全体的に威勢の良い感じの人が多いけど、この人はちょっと大人しそうだな。
「魔物の攻撃だったのか?」
と問いかけるイオくんに、ダナルさんは「おそらく」と自信がなさそうに答えた。
「最近、このあたりの道で突然攻撃を食らう事件が多いとは聞いてたんだが、おそらくそれだろう。お札のお陰で道から押し出されることはなかったが、こりゃあいよいよ討伐を依頼せにゃならんか」
「多発してるんだ? それなら、同じ犯人かな」
「わからんねえ……」
ダナルさんいわく、このゴーラとサンガを結ぶ正道の途中、ちょうど森が途切れて低木が増えるあたりが一番狙われやすいポイントなんだそうだ。まさにさっきダナルさんの馬車が横転していたところがそのあたりである。
「去年くらいからぽつぽつ、襲われたって馬車があったんだ。俺が知ってる限りでは、2人ほど馬車ごと行方不明になってる。だから、最近この道を通る馬車には必ずお札を設置するようにって、ゴーラでは指示が出てたんだよ」
すでに結構な実害が出てるじゃないですかー! と思ったけど、なんで今まで討伐依頼だしてないのかと問いかけるのは野暮である。だって住人さんたちは正道を外れることが出来ないわけで、対処できるのはそれこそトラベラーくらいなものだ。
そのトラベラーがこの世界やってきたのって、住人さんたちから見れば最近だからね。
「とにかく助かったよ。どうやら2・3時間気を失っていたみたいだし、運んでもらって悪いね」
「いえいえ。解熱剤を飲んでほしいんですけど、これ空腹にいれると胃が荒れるんですよ。なにか軽く食べてください」
「ああ、それなら馬車に弁当が……。そうだ、ロミ!」
ふらふらと立ち上がったダナルさんは、ベルトに引っ掛けてあったストラップに向かってそう声をかけた。あ、あれって契約獣のホームになってる宝石だ。僕のは紫色だけど、ダナルさんのは黄色の石だった。その黄色から、ふわっと出てきたのは、大きな馬。
「ロミ、怪我はないか?」
「……」
「そうかそうか。良かった、すぐに戻ってもらって正解だったな」
「…………!」
「わかってる、すまない。ああ、こちらの皆さんに助けてもらったんだ」
あー、幌馬車を引いてたお馬さんだね! えー、かわいい! でっかい! 僕の身長より大きい! 思わず目を輝かせてしまう僕である。そんな僕に、テトが隣から「むむー!!」と唸りつつぐりぐりと体を擦り寄せてくるんだけど、転ぶからやめようね! テトが一番かわいいよ!
わかればよいのー。
「僕の契約獣はテトなんだから、テトが一番に決まってるでしょ。でもそれはそれとしてお馬さんも優しそうで素敵だね」
むむむー。たしかにとってもやさしそうなのー。おなまえおしえてー、テトはねー、テトだよー。
さすが我が家のNO1フレンドリー、すぐさまお馬さんに駆け寄って懐っこくにゃあんと自己紹介をしている。
ロミ、と呼ばれたお馬さんは、リアルの馬より一回り……二回りくらい大きくて丈夫そうな馬だ。ふさふさとしたたてがみはきれいな栗毛で、力強そうな太い足が……あ、6本ありますね。なるほどこれは契約獣。走るの早そうだなあ。
すねっるぎゃろっぷー? なんかかっこいいのー。テトはねー、スカイランナーだよー。
というテトのはしゃいだ声から察するに、スネッルギャロップという種族なのでしょう。絶対速度特化だろうなあ。
テトが「きょうそうしよー!」とお誘いしてるけどロミはちょっと困ったようにお断りしているっぽい。大人の対応のできる子だな……テト、困ってるからやめようねー。
ゴーラできょうそうするならいいってー!
「さすがテト、あっさり了承をもらえるとは」
うむ、さすがテト。懐っこさに定評のあるアイドルです。