34日目:旅の再開
ゴーラへ続く正道は、サンガ、ヨンド、ロクトから伸びている。
僕達は里からまっすぐ密林に来ちゃってるから、正道からはちょっと外れてるところにいるわけだけど、何かあったときのことを考えるともう少し正道寄りにコースを取ったほうが良い、とはイオくん談。まあ確かに、正道に逃げ込める方が突然強い魔物と出会ったときとかは安心だしねえ。
「キャンプスペースも正道沿いに多いんだ。フィールド上でセーフゾーン探すと結構まばらだし」
「あー、それはあるね」
宿泊場所の確保も大事なことなので、正道に近いルートをとることには異議なし。フィールドの奥の方は、もっとレベルが上がってから探索したいね。
リアルで睡眠を挟み、先行体験会も6日目。朝8時から待ち合わせした僕達は、グランさんに挨拶して早速ゴーラへ向かって出発した。今日は僕が実家に顔を出す用事があるから、なるべく午前中のうちにゴーラまで到着したい。
ナツとおさーんぽ♪
とご機嫌なテトに乗せてもらって、僕が最後尾、イオくんと如月くんが前を行く。僕は<隠伏>スキル持ってるから、とりあえずスキルレベル上げるのを目標に。<隠伏>はスキルレベルが上がるほど、格上の敵からも認識されない可能性が高くなるから、なるべく上げておきたい。
「そういえば、アナトラの攻略サイトっていうのが出来たんですけど、知ってます?」
歩きながら、如月くんが話題を振ってくれた。
「攻略サイト? アナトラで何を攻略するの?」
思わずそう問いかけてしまった僕である。いや、だってアナトラだよ……? せいぜい基本職で覚えられるスキルくらいじゃないかな、攻略情報として載せられることって。
「そう思いますよねー。外部サイトで、一応公式の掲示板にもスレッドたってるんですけど、なんかすごいヤケクソ感ありましたよ」
「ヤケクソ感」
「例えば職業のページですけど、基本職「剣士」の情報だけ載せて、どんな職に転職できたかコメントに書いてください、みたいな」
「プレイヤー任せじゃん……」
「分岐多すぎてどうにもならないんですよ、多分」
そんな感じなら別に攻略サイトなんていらないのでは? と思ったけど、まあ、序盤の動き方くらいは外部のまとめサイトあったほうがいいのかなあ。
「如月くんたちは僕たちとだいたい同じような動きしてたよね? イチヤで転職して、装備を整えて次の街へさくっと動く感じ」
「ですねー。俺達の場合は、基本職2種類取らないといけなかったんで」
「最初の職業って簡単にレベル上がったよねー」
ちなみに、基本職6種類を全部取ると「勇者の卵」という転職先が出るそうです。これも掲示板情報。万能だけど、魔法剣士以上にかなりの大器晩成型で、しかもスキルポイントが本気で足らないという……。誰かが勇者になってくれることを祈っておこう。
「行動によって結構、2次職の候補が変わりますからね。俺も魔法双剣士の他に、治癒剣士とか隠密見習いとか出ましたよ」
「隠密! え、かっこいいね」
「ちょっとピーキーな職で……。使いこなせたら強いんでしょうけど」
上級者向けの職業ってことか。そういうのサラッと使えるようなプレイヤースキルを持っていない僕としては、普通の魔法士系統でずっとやっていきたいものです。
「3次職から更に自由度が増すらしいぞ」
ナツはー、ねこらいだーになるといいのー。
話を聞いていたらしいイオくんが会話に参加したので、テトも何か言いたくなったらしい。うにゃうにゃと言われた言葉……猫ライダーは大変魅力的ではありますが、魔法職じゃなさそうなので遠慮しておこうかな……。
「テト、イオくんは何の職業がいい?」
イオはねー、りょうりにんだからー、あまいのせんもんのりょうりにんになるといいのー。
「パティシエかあ、さすがに候補には出ないねえ……」
「食い物では戦えないぞ、テト」
むむむー。
残念ながらアナトラの職業はすべて戦闘職である。戦闘料理人とか料理人騎士とかが次の転職候補に出てきたら面白いけど、流石に無いだろうなあ。
「じゃあ如月くんはー?」
きさらぎはねー、ねこなでがかりー。
「もうすでに就任してる気がしないでもない……!」
テト推奨職業は置いとくとして、そもそも外部サイトって必要なんだろうか。色々情報集めたい気持ちはわかるけど、アナトラほど情報収集が無駄になりそうなゲームなかなかないけどなあ。
「如月くん、その攻略サイト、役に立ちそうな情報あった?」
「えーと……。……。……あ、街で固定クエストがあるところがまとめられてましたよ。イチヤの焼き鳥屋台はツノチキンの肉を無限買い取りしてくれるとか、サンガでは薬草を無限買い取りする薬屋があるとか」
「沈黙の長さから察するものがあるね……」
別にそれ知らなくてもどうとでもなりそうだなあ。考えてみればこのゲーム、取り返しのつかない要素とか、他のゲームで言うところの序盤重要イベントみたいなのとか、一切ないもんね。
「ナツはどうせ攻略見ないだろ。俺は適度に見るけど、アナトラでは掲示板のほうが役に立ちそうだ」
確かに僕、調べ物ってしないから毎回イオくんに聞いてるなあ。イオくんは結構攻略系を見るタイプだから物知りだし、結構効率重視だから、他のゲームではストーリーの重要なネタバレとかも平気で見に行ってたっけ。
「掲示板でも書けない情報結構あるじゃん」
「それな」
「あと、狙って取れる要素が少なすぎるよね」
「確かに」
あれ、このゲームもしかして、幸運って重要ステータスでは?
と僕がひらめいたその時。
「如月、前方から1匹。初見の敵だ」
「了解です!」
ぱっと臨戦態勢に入るイオくんと如月くん、素早い。さすが前衛である。初見の敵なら一応僕も戦力になろうと思ってテトから降りると、家の猫はちょっと不満そうな顔で「むむー」と唸った。すねておられる。
「テト、すぐ終わるからちょっとここで待っててね」
しかたないのー。がんばってー。
これでホームに戻れって言うとめちゃめちゃ駄々をこねそうなので、待機を命じる僕である。テトはもともと気配を消すのがとっても上手だから、種族特性みたいなのがあると思うんだ。真っ白だから森の中では目立ちそうなもんだけど、すっと一歩下がって木の影に隠れるとびっくりするくらい気配が消える。ニンジャキャットを名乗れると思う。
「来た!」
「うわ、イノシシ!? <鑑定>!」
如月くんが叫んだので、僕もつられて<鑑定>っと。敵はイノシシ型だけど、茶色の体毛になんか緑のカビみたいなのが模様っぽくついている感じで、名前はコケシシというらしい。苔なのか。侘び寂びを感じてしまいそうだけど、あれ触ると毒らしいよ。ということは……!
「毒耐性が必要! 【ホーリーヴェール】!」
一応、いざとなったら<原初の魔法>で【解毒】もいけるけど、一旦普通にレジストを狙おう。まずはバフを続けようと思ったところに、イオくんの声が飛ぶ。
「ナツ、引っ掛けろ!」
「あ、了解! 【トラップ】!」
そう言えばいかにも引っかかりそうな敵である。唸れ、僕の<樹魔法>! と繰り出した魔法に、コケシシは見事に引っかかって派手にどかーんとすっ転ぶ。そのままの勢いで如月くんの方向にすっ飛んで行くので、如月くんが慌てて飛び退いたくらいの勢いである。
「うっわ、痛そう」
とか言いながらも、敵が起き上がる前に追撃に行く如月くんである。確かにめっちゃいたそう。攻撃でもないのにHPそこそこ減ったし。
イオくんも駆け寄ってジタバタ暴れるコケシシを転がしたままダメージを与える作戦っぽいので、僕が出来そうな支援は……。
「【バインド】! もうちょっと転がっててほしい!」
「ナイス、ナツさん! 俺も一応……【カオスギフト】!」
闇魔法のランダムにデバフを与える呪文だ。如月くんが唱えたら敵に火傷デバフが表示される。火傷はスリップダメージが入るので優秀なやつだ。
「イオくんに【パワーレイズ】【ディフェンシブ】【ヘイスト】! 敵に【ダウンヴェール】!」
レベルが20だから、1匹だけとはいえ格上だ。念の為<識別感知>して……うん、周辺に他の魔物はいないね。
ところでこのコケシシ、属性が樹です。初めて見たよ、樹属性。
ということは使うべき攻撃魔法は……火かな? それとも根こそぎ枯らしそうな氷? どっちも撃ってみようか。
「【ファイアアロー】! 【アイスアロー】!」
とりあえず連続して同じアロー系魔法を撃ってみる。ちょっと火のほうがダメージ多いかな?
「イオくん、ランス撃つからヘイトお願い!」
「任せろ!」
「行くよ、【マジックパワーレイズ】、【魔力強化】、【ファイアランス】!」
今のところ僕が一番火力出せるのがこの組み合わせ。相手に弱体入ってるとなおよし。格上と言えども魔力50超えの弱点属性は相当効いたようで、HPバーがごりっと減った。
「【ロックオン】!」
すぐにイオくんがヘイトを奪ってくれるので、僕に敵意が向くことはない。ほんとこれ助かる。
向かってくる直線攻撃を、ジャストガードで完全防御したイオくんは、そのまま剣でコケシシの足を薙ぎ払った。容赦ない一撃である。そして繰り出されるめっちゃ痛そうな蹴り。
「オラッ!」
と気合の入った掛け声とともに、またしてもコケシシが吹っ飛ぶ。……如月くんの方に。
「うわ、ちょっ、2人共こっちに飛ばさないでくださいよ!」
「すまん。不可抗力だ!」
「ごめんね! わざとじゃないよ!」
そんなことをわめきつつ、最後はイオくんと如月くんがアーツ連打して、危なげなく戦闘終了となった。
「うーん、格上相手でも3人居ると楽だな」
「楽なのに不満そうなイオくんである」
「面白くはないだろ!」
「どこかで熊さん見つけようね!」
僕なら楽に勝てるに越したことないけど、イオくんはジャイアントキリング大好きな戦闘狂だからなあ。どこかで強敵と思う存分戦えるような闘技場みたいなのがあるといいんだけど。アナトラはPvPそんなに力入れてないからちょっと期待薄。僕は戦わないけど、イオくんが生き生き戦ってるところ応援するのは割と好きなので、どっかで報われるといいんだけど。
おっと、そんなとより、戦果を確認しないと……。
「経験値そこそこいい感じですね、また出てきたら倒しましょう」
とほくほくの如月くん。
「イノシシの皮……被服用素材と、苔毒……如月いるかこれ?」
「毒は薬になるんですよ! くれるならください」
「あ、じゃあ僕の苔毒もあげる」
薬にはまるで縁のない僕とイオくんは、苔毒とやらを全部如月くんに回す。スプーン1杯で1時間位腹痛で苦しむらしい。死ぬほどの毒ではないとのこと。<調薬>ってこういうのを薬の素材にするらしいので、なんかすごいな。
「ん、あれ。これちょっと特殊ドロップかも」
そして、僕のインベントリにだけ入っていたもう一つのドロップ品。僕の言葉にイオくんが「またか」という顔をして、如月くんが「さすが」と好奇心に満ちた眼差しを向けてくれる。まあうちの<グッドラック>さん優秀ですので! 褒めるが良いよ!
「えーっと、ルミナスシェルの首飾り……?」
字面だけではよくわからないので、インベントリから取り出してみる。テトの瞳のような、ホワイトベースに様々な色が映り込むオパールのような輝きを持った小さな貝が、首飾りに加工されている。あれ、これって……。
「手作りだ」
「ん? 普通のレアドロップじゃねえのか?」
「えっと、作者さんの名前が<鑑定>で出るよ」
何度かモンスターのレアドロップを拾ったことはあるけど、作者名が出たことはない。ということは、これは一点ものじゃないだろうか。何かのクエスト拾ったかな?
きらきらとした首飾りだから、テトが「すてきー!」と熱心に見ている。だよね~、素敵だよねーと同意しつつ、そっとインベントリへ戻した。大事な物のタブに収納されたので、間違いなくクエストだと思われる。そんな首飾りの鑑定結果はこちら。
ルミナスシェルの首飾り 品質★6 未強化
希少なルミナスシェルを使った首飾り。丁寧に磨かれたルミナスシェルの色合いはまさに一級品と言える。(ミクス作)
効果:魔力+5 アクセサリを作るときに限り、成功率UP