4日目:もうここにはいない師匠の話
良くも悪くも進化する可能性のある杖、かあ。
「それってめちゃめちゃ諸刃では……?」
「でも、ナツは運がいいんだろう?」
今の僕のステータスで、幸運は魔力の次に高いステータスになっている。種族特性で上がりやすいのもあるし、PPも結構振ってるからね。正直、幸運というステータスは何が上がっているのかわかりづらいので、PPを振るのは無駄、という意見もめっちゃ理解できる。
でも実は、現在実装されている6種族の内……獣人さんは犬系・猫系・狐系・蜥蜴系と4種類実装されてるから、合計で実質9種類だけど……幸運のステータスが自動振り分けで上がる種族って、エルフだけなんだよ。オンリーワン。
そうするとキャラ付けにそのステータス上げたくなるんだよねー。成長率0で伸ばしていくのはしんどいけど、自動振り分けである程度伸びるなら、ちょっと上乗せするくらいは楽だし。
ただ、今までは僕も幸運は放置派だったから、いまいちどこがどう良くなるのかわかんないし、どのくらいの幸運があれば運がいいって言えるのかも不明だけどね。
「エルフですからヒューマンよりは運いいですよ。でも、どこまで通じるのかわかんないなあ」
「最初のスキルか効果がついたら教えておくれよ。実のところ、<自動調整成長>の付く宝石はあんまりないんだ。私も実際杖として仕立てたのはそれで5つ目さ」
えっ、思ってたより少ないな。
でも、先例はあるってことだね。
「ちなみに、他の4本はどんな効果がついたんですか?」
参考までに聞いておきたくて尋ねると、トスカさんは遠い目をした。
「あー、うん。長くなるな、エルモ、お茶持ってきな」
「師匠! 私焼きおにぎり食べてません!」
「食いながら用意してきな」
「それなら喜んで!」
わーい、とエルモさんは喜んでトスカさんから焼きおにぎりの包みを奪い取ったけど、その中身はすでにわずかだったらしく、中を覗き込んでちょっとしょっぱい顔をしながら部屋を出ていった。この師弟関係、どっちが強いんだかわかんないなあ。
「1つ目の杖は、とあるヒューマンが使ったんだ。だが、最初の成長でついた効果が、さっきの自分にデバフがかかるやつでね。どうにもならないっていうんで作り直した」
「お、おお……。それは災難」
「2つ目の杖は結構うまいこといったな。あれを使ったのはエルフだった。足が遅いと言われることが多かったみたいで、最初についた効果が俊敏+10。杖としちゃ微妙だが、本人は喜んでたよ。そこから戦闘が長引くほど魔力が上がっていく<高揚>、魔法のクールタイムが短くなる<感覚短縮>と、そこまでは良かったんだが」
確かにここまで聞いた感じでは、いい感じの成長をしている。
だけどトスカさんは、そこで大きなため息を吐いた。
「ここまで成長させておいて、次についた効果がひどくてね。MPを2倍消費して魔法の威力を2倍にする、という……」
「え、それって悪い効果なんですか……?」
MP消費2倍はしんどいけど、威力が倍になるならいいんじゃないの?実質同じ魔法を2回撃ってるようなものでは?
僕が首をかしげると、トスカさんは「悪いに決まってるだろう!」と断言した。
「今撃てる最高火力の魔法が、消費MP2倍になったことで撃てなくなったんだ!」
「ああ、それは……」
「そりゃ、ファイアボールがMP2倍で火力が倍になったって何の問題もないよ。だが例えばMPを500使う大技があって、それを彼女が切り札としていた、と仮定する。彼女のその時点でのMPは700だ、そのMP500の切り札はMP1000無いと撃てなくなった」
「最悪ですね」
「そう。無い袖は振れない」
そっかー、今はまだ僕の職業レベルが低いから、そんなにMPを大量に使うような魔法を覚えてないけど、そのうち1回撃つのにMP500とか消費する大技も覚えるのか。最大MP次第になるけど、さすがに必殺技を使えないんじゃ辛い。
「まあ、杖としてはいい杖だから。雑魚相手のとにかく威力が欲しい殲滅戦なんかでは今でも使われているらしいけど。さすがに普段使いはできなくなったね」
惜しいけど失敗ってことだね。もったいないなあ、良い効果がついてたのに。
「3本目はヒューマンに作った杖だった。彼の場合は最初に魔力+20がついて、幸先が良かったんだが、2つ目のスキルが<大博打>というやつでね……」
「確率系のスキルですか?」
「そう。ダメージが0か2倍になるというアホみたいなスキルだ。確率はよくわからないが、0が出る確率の方が高い。それで3連続0を引いてそいつは杖を封印したよ」
「うわあ」
つっら!
クールタイムがある魔法でそれやられたらコスト高い魔法なんて撃てない! しかも常時発動型かあ……。それは封印もするね。
「4本目は獣人だった。私はこのスキルのことを説明し、あんまりお勧めしないという事もはっきり言ったが、彼女は成長させてみたいと言うので作ってやったんだ。だが」
あ、待って獣人さんって確か幸運値低めに設定されてた気がする。
ということは、落ちが読めたかもしれない……!
「最初についた機能が、MPではなくHPを削ることで魔法を使う、という効果だった。彼女は常にMP温存を心掛けていたから、MPを減らしたくない人だと思われたんだろう」
「普通にしんどい……!」
後衛職魔法士のHPなんてMPの何分の一かな? ってくらい少ない物なのに……!
ええ……どうしよう普通に不安になってきた。僕の杖にもそういう斜め上の機能がついちゃうんだろうか。このお値段払って最初の成長で変なの付いたらちょっと立ち直れないんだけど!
いや、それより結構いい感じの成長を続けて、もう杖が手放せない! ってなってから致命的な効果がつく方が辛いかも。
どっちにしろ今後もちゃんと幸運に数字振っていかなきゃ……!
「ま、おそらくナツならうまいこといけるんじゃないかと思うんだよ。何とか使ってくれ」
「が、頑張ります……!」
ゲーム的に考えるなら、現在の幸運値で1回目の成長は良い感じに転がるってことかな?
「でもなんでこんな良くも悪くもなるスキルをつけましたね」
希望した人もいたみたいだけど、リスクあるのに。まあ、面白がる人も一定数いるだろうけど。そう思って問いかけた僕の疑問に、トスカさんはちょっとだけ寂しそうに笑った。
「……ふふ、すまない。実は最初の2つは私じゃないんだ。私の杖作成の師匠がね、まあ、たいそう大雑把なドワーフでね。知り合いに『こんなもんができたから使ってみろ』って知人に渡したのさ」
「トスカさんの、師匠さん?」
あ、やっぱりドワーフさんだったのか。
「トスカさんって、ドワーフの女性みたいな雰囲気してますもんね」
「おや、そうかい? そりゃ嬉しいね。私はずっとドワーフになりたかったんだ」
「え?」
「ドワーフになって……、いや違うな。私は師匠になりたかった。師匠の隣に立ちたかった。憧れの頑固一徹なドワーフの職人の、そう、叶うならずっと彼の隣に立てるような、そんな存在になりたかったんだ」
過去形。
これも、過去形か。
僕は空気読まずに空元気に振る舞うことだってできるけど、ここは流石に空気を読む。ずっと黙っていたイオくんが、軽く僕の肩を叩いた。
「ニムにいたと聞いたが」
淡々と、ごく自然に話を振るイオくん。なんか……ほんと、話術がうまい。僕が言葉に詰まるようなシーンでもイオくんはさらっと会話を促せるんだから天才かな?
「ああ、ニムにいたよ。私が10代の頃からずっとさ」
「最初から杖作成師を?」
「魅せられたからね。師匠の杖がどうしても欲しかったし、それを手にした後はどうしてもそれを作りたくなった。おしかけ弟子なんざ珍しいものじゃないだろう?」
「そうだな。トスカなら、その師匠とやらを納得させたんだろう」
「いやいや、まさに無理やりだったね。正直なところ、よく弟子にしてくれたもんだと思ったさ。あの人は世界最高の杖作成師だ。私の誇り、私の目指す頂。……そして、もう二度と見ることのない光さ」
小さく息を吐いて、トスカさんは言う。
「10代の少女の憧れなんて、私より20近く年上の、しかも私よりずっと長生きするドワーフには、おままごとにしか見えなかっただろうさ。それでもよかった。ずっとそばに置いてくれるなら、なんだってよかったのさ。ニムの工房で、真剣な眼差しで繊細な彫刻を彫る師匠を、一番近くで見ていられる。それだけでよかったんだ。それだけの、淡い初恋」
眩しいものを見るように、トスカさんは目を細める。昔を懐かしむ表情だ。二度と戻らない日々を、愛おしむ表情。
「だが淡くたって、二度と消えない色もある。そうだろう?」
問いかけに、僕は答えられない。でも僕の隣で、イオくんは静かに返した。
「そうだな。たとえ色褪せたとしても、消えないことはある」
「はは、なんだい。スカした野郎だと思っていたが、なかなか話がわかるじゃないか、イオ」
トスカさんは快活に笑う。竹を割ったようなスカッとした話し方をする。でもだからといって、何でも割り切って生きてきたわけじゃ、ないんだな。
「杖作成師のガル。それが私の師匠の名前だ。もしも世界の何処かでその人の作った杖を見つけたら、私の杖なんて売っぱらってでもそれを手に入れてくれ。そしてできれば、私にその杖を見せて欲しい。……何、後悔はしないさ。世界一の杖だ、私が保証するよ」
静かに、トスカさんは言った。それ以上は言ってくれなかった。
それでも彼女の師匠さんが、すでにこの世にはいないのだと、僕たちに知らしめるには十分な悲しみに溢れた声だった。




