33日目:グランさんのとっておき
テトを貸したので、僕とイオくんとグランさんは歩いて吊橋をわたる。一応手すりもあるけど、普通に歩くだけでもぐらぐら揺れるから、すごく歩きにくい。これ確かに乗り物酔いする人はダメだろうなあ。
というようなことをグランさんに伝えると、グランさんはけらけら笑って「知ってるー」と答えた。
「そーね、前にここに住んでたエルフのおっさんが、もーほんとに揺れるのダメでねー。よく手すり代わりのロープにしがみついてうめいてたよー」
「あ、画家さんの。苦手なら挑戦しなければいいのに……」
「ねーえ。僕もそう思ったけど、リーニュが言うには、ここからの景色が好きなんだってさー。あいつ僕には絶対話しかけなかったくせに、この辺縦横無尽に歩き回ってたんだよねー」
言われて、周囲を見渡してみる。
夕暮れの赤い空、段々と夜に移ろいゆく、複雑な色味のその色。どこまでも広がるかのような大きな密林、そして、その果てに、ここからかろうじてほんの僅か見ることができる、海。
確かに見事な景色だ。
「……ポプリさん、ここからの景色を描いていたのかな」
「そーね、たぶんねー。そーだ、ナツは絵画鑑定できたよねきっと。ゴーラで売ってないか探してみてよー」
「え、ポプリさんの絵を?」
もし万が一売ってたとして、めちゃくちゃお高いのでは? と思ったのが顔に出たのか、グランさんは「買えとは言ってないよー」とケラケラ笑う。
「そーね、ちょっとしたゲームみたいなやつでねー。あいつ風景と猫の画家って言われてたの、知ってるー?」
「あ、うん。リーニュさんに聞いたよ」
「そーか、会ったら聞くよねー。だからさー、あいつが描いた絵って、ケット・シーがどこかに居るか居ないかで値段が全然違うんだよー。居るとめっちゃ高いの」
「そうなの? でもグランさんのツリーハウスで見た絵もめっちゃ高かったけど、あれはケット・シー居ないよね?」
「あーね。あれには居ないけど、つまり、居ると更に高いんだよー。だから、街で昔流行ったんだー、ケット・シー探し。ポプリの絵を見つけたら、ケット・シーを探して、いたらラッキー! みたいなの」
「へえ!」
それはちょっと面白い遊びだ。普通に間違い探しとかのノリなのかな。絵画の中に小さな猫を探し出して、見つけられたらちょっとラッキー、くらいなら、街へ行くときの楽しみになるかもしれない。
「面白そう。探してみようかな」
「でーしょ! じゃ、ナツにはこれをあげよう」
どーぞ、と差し出されたのは、なんだろう正方形の……紙? あ、文字が書いてある。ケット・シースタンプラリー……?
「あれ、すでに1個スタンプ押してある」
肉球マークのスタンプに触ると、リーニュさんの家で見せてもらった昔のサンガの絵画が小さく浮かび上がった。あ、あれカウントされるんだ。 えーと、全部で12個集めると、素敵な商品と交換……だと……?
「え、これ見つけたらグランさんのところに持ってくれば、交換してくれるの?」
「そーよ。何をもらえるかは、その時までひーみつー!」
あ、今めっちゃ<グッドラック>さんが反応している。「是非是非是非!!」って感じで反応している。ということは、なんか相当良いものがもらえそう。
ポプリさんの絵画を見つけるだけでも一苦労だと思うんだけど、その中でも更にケット・シーが描いてあるやつを見つけるとなると、やっぱりかなり時間がかかるんだろうなあ。じっくり時間をかけて達成出来たらいいなって感じか。
「頑張ります!」
「いーね、やる気ある子は好きだよー」
にこにこのグランさん、こういう遊び考えるの好きなんだろうな。だがしかし、スタンプラリーともなれば僕も子供心がくすぐられてしまうので無視は出来ない。
子供の頃お父さんがよく駅のスタンプラリーにつれてってくれたんだよね。アニメ映画とのコラボとかもあったけど、観光地にもスタンプって色々あるし、単純に集めるのが楽しいんだ。小さい手帳にぽんぽん押して埋めていくのが、満足感あるんだよねー。思えばラジオ体操もスタンプカード埋めるために休まず参加するタイプだったな、僕。コレクション楽しいよね。
さて、ゆっくりと泉の辺に戻ってきた僕達を、先についていたテトと如月くんが出迎えた。これから晩ごはんを食べて夜の密林……は流石にもう何も無いかな? もともとここでは一泊だけのつもりだったけど、リアルの時間も遅くなってきたし、ここでログアウトしてまた明日って感じになりそうだ。
「テト、満喫した?」
ここはよいみつりん。たのしいものがいっぱーいなのー。
「そっかー。楽しかったね、密林グランランド」
「その呼び方確定なのか?」
「地図にはグランの秘密基地って載ってますけど……」
む、たしかに秘密基地のほうも捨てがたいネーミングだ。でもなんか語呂が良いよね、密林グランランド。声に出して読み上げたい気持ちになる。僕とテトがグランランドいいよねー? って顔をしていると、グランさんがなにかに気づいたように顔を上げた。
「そーだ、<料理>レベルがそこそこのイオに、良い食材用意しといたよー」
「食材!」
イオくん、めっちゃ食いつき早い。
だがしかし、神獣グランさんが用意する食材というものには、僕も興味があります。そしてテトも食材と聞いて目をきらきらさせてグランさんを見ている。美味しいのかな? 美味しいのだよね?
全員の注目を集めたグランさんは、ふふーんと胸を張って、インベントリからごそごそと何かを取り出した。
「じゃーん! 僕が丹精込めて作り上げた……密林グランカブ! どーよ、他には無いよ!」
どどーん!
と取り出されたのは、イオくんでも一抱えありそうなでっかいカブである。紫色のカブである。
カブ……?
「……なんか昔流行ったスローライフゲームで育てる野菜のイメージ……?」
「カブ……カブって……漬物のイメージです」
僕と如月くんには馴染みのない食べ物である。野菜なのは知ってるけど……そんなにピンとこないというか。家の食卓にはあんまり並ばないからよくわかんないというか……。
テトは不思議そうに巨大なカブを見つめて、
むらさきだからきっとすてきー。
と優しい感想を言ってくれた。そしてそのままつぶらなキャットアイをイオくんに向ける。その輝きは期待に満ちているけれど、さすがのイオくんもカブを料理するのはちょっと敷居が高いかもしれない……? と思った僕だけど、それはイオくんを侮っていた。
「よし、カブなら当然、そぼろ煮だろ」
「さらっと料理名が出た! 天才! 天才料理人がここに!」
そぼろー? おいしいやつー?
「さすがイオさん、レパートリーあるんですね……!」
いや、普通の男子大学生はカブを出されてすぐに料理名は出ないよ多分。っていうかカブがどんな味なのかよくわからないよ僕は。あんまり味という味は……ないような……?大根っぽいやつだったような……? うろ覚えである。
イオくんはためらいなく巨大なカブに包丁を入れていく。ここまででかい野菜だとお味も大味なイメージだけど、なんかすごくみずみずしい感じの断面だ。
「グランさん、なんでカブを作ったの?」
「うーん、昔カブが好きなやつが住んでたからかなー?」
「紫色にしたのはー?」
「いーや、改良してたらなんか色変わっちゃったんだよねー。わざとじゃないよー」
偶然の産物だったか……。うーん、でも紫色なら、紫芋とか紫キャベツとかもあるし、食品として不自然さはないよね。黄金より全然普通だよ、うん。
「きーて! 僕が改良しただけあって、このカブには栄養がぎゅっと詰め込まれてるんだよー! 普通のカブにはない甘味と旨味、そして栄養。もう新種の野菜と言っても過言ではないねー! 僕のおすすめはスープの具にして他の野菜と煮込むことなんだけど、そぼろ煮ってなにー?」
「甘じょっぱくひき肉と煮る」
「いーね、美味しそう!」
うーん、グランさん楽しそう。新種の野菜と言っても過言ではないなら、もう新しい名前付けちゃえばいいのにとは思うけど。
料理に集中するイオくんの邪魔をしないように、僕たちはインベントリからテーブルセットを取り出して座ることにした。料理人の邪魔をしてはならぬのだ。
グランさんにアスレチックアトラクションの感想を伝えたり、思いついた改良点を上げてみたり、こういうアトラクションがあったらいいんじゃない? みたいな話をして盛り上がる。
「やっぱりバンジージャンプ系は必要だと思う! 挑戦したかった!」
と力説した僕。
「いやー、でも高所苦手な人もいますからねえ。俺はツリーハウスから泉に降りたときみたいな、巨大滑り台が欲しかったです」
と意見を言う如月くん。確かにあのすべり台楽しかったし、ターザンロープとはまた違う魅力があるのでほしいかも。
テトはねー、あまいのたべられるばしょがあるといいとおもうのー。おいしいあまいのー。
テトの助言はテトが欲しいものって感じではあるけれど、確かにせっかくの密林だし、南国フルーツ食べ放題みたいなのあっても良いかも。アトラクションで動いた後のちょうどいい休憩になりそうだし、何より美味しいに決まってるので。
グランさんは僕達の意見をうんうんと聞いて、次の構想を膨らませている様子。次に遊びに来ることがあったら、更にパワーアップしているかもしれないね。
話が一通り盛り上がって落ち着いた頃、イオくんが「出来たぞー」と呼んでくれたので、そこからは夕飯タイムである。
「ほれ、そぼろ煮」
と大皿で差し出された料理は、たっぷりのひき肉とカブがつややかな醤油あんかけに包まれて、とってもてかてかつやつや。なんとも美味しそうではないか。
「っていうかそぼろ煮というよりそぼろあんかけでは?」
「家はその2つを区別しない」
きっぱりと言い切るイオくんである。とろみついてたらあんかけだと思うんだけどなー。でもレシピによって呼び方違うのかなこういうの。まあいっか、どっちにしろ美味しそうだし!
「あと黄金レタス使ったサラダ、どっかで買ってしまい込んでたコロッケ、昨日の野菜スープの残り」
「豪華!」
「PPありがとうございます!」
勢いよく頭を下げる如月くんである。いつか如月くんもダンジョン野菜を手に入れて分けてくれたら嬉しいんだけどなー。
ともあれ、楽しい夕食! いただきまーす! とみんなで声を揃えて、メインのカブをいただく。どれどれ、どんなお味が……おお……これは……!
「大根とじゃがいもの中間みたいな味がする……!」
そぼろにあまーい。
「んん? ちょっと不思議ですねこれ。食感は完全に大根なんですけど……」
「うーん、やっぱりスペルシア神ほど美味しいものはまだ無理だなー。あっちは統治神チートあるからー。でも僕だって頑張ればあの域に手が届くと思うんだよねー」
グランさんがほぼ新種の野菜というだけあって、おでんの大根の食感に近いのに、味は甘めのじゃがいもみたいという、摩訶不思議な食べものだった。美味しいけど、食感と味が一致しなくてなんかよくわからなくなる。
あ、でもおでんの大根っぽいというだけあって、確かにグランさんの言ってた通りにスープに入れたら美味しいかも。めっちゃ味がしみそう。
なんて考えていた僕の隣で、イオくんが「うむ」と一つ頷いた。
「おでん作るときに入れる」
「大賛成!」
「それ絶対美味いやつです!」
リアルは今夏だけど、アナトラでなら許されます。




