33日目:報告会は大事です
『ナツ、昼飯にするから最初の泉のところに集合』
「あ、もうお昼か」
ごはーん?
イオくんからのフレンドメッセージが届いたので確認してみると、お昼ご飯のお知らせだった。……結構長居しちゃったなあ、色々、密林での暮らしを教わってたらあっという間に。リーニュさんがフライパンで胡桃をローストしてくれたから、テトと一緒に目を輝かせて見学しちゃった。もちろんご相伴にも預かりました、胡桃おいしい。
「おや、お昼か。よかったら食べていく?」
とリーニュさんは誘ってくれたけど、流石に厚かましいので丁寧に遠慮して、心地よいロッジから出る。胡桃食べさせてもらったお礼に何か必要なものありますか? って聞いたところ、調味料がほしいと言われたのでイオくんが沢山買ってストックしている塩や胡椒をお裾分けした。袋で買ってる塩とか、多少小分けにして渡すとめちゃくちゃ喜んでもらえたよ。
さすがに醤油や味噌は渡せないので、砂糖とレッドチリチェリーもおまけしたところ、流石にこれはもらいすぎだよとリーニュさんは微笑んだ。
「そうだ。おまけのお礼にさっきテトさんが選んだ猫の絵をあげよう」
「え? でもポプリさんの絵ってすごくお高いのでは……!」
「うん、でも一番奥の棚に置いてあるのはポプリが練習用に描いていたやつだから、売り物じゃないんだ。遠慮なく持っていっていいよ」
あ、そうなんだ。えーと<鑑定>してみよう。
ふむふむ。この世界で売られている絵は、額縁の規格に合わせたサイズでないと値段がつかないので、正方形のカンバスに描かれた絵は基本売り物ではない、と。画廊とかで実力を示すための見本として正方形のカンバスに絵を描く画家さんもいるらしい。そういうのは非売品として飾られて、どんなに買い取りを希望しても売ってもらえないのだそうだ。
……これって逆に価値が高いのでは?
ちなみに、枠を工夫してサイズを自由に調整できる額縁が出てきたのは最近のことで、まだ一般的ではないらしい。だから、テトが選んだ正方形のカンバスは、売り物ではないと。事情はわかったけど、ぽんぽんもらっていいものなんだろうか。
と迷う僕を横目に、テトは言われた言葉を理解してにゃっ! と嬉しそうな声をあげた。
くれるのー? ありがとー!
「どういたしまして。ポプリは風景と猫の画家だからね、自分の描いた猫の絵が猫さんに気に入られたと聞いたら、きっと子どもみたいに大喜びすると思うよ」
「うーん、申し訳無さも感じるけど、ポプリさんも喜ぶならいいかな。ありがとうリーニュさん、いつか家を手に入れたら飾るね!」
「うん。飾ってくれたら、わたしも嬉しいよ」
リーニュさんは猫の絵を布に包み直しながら、この世界の絵の話もしてくれた。戦前の知識だけど、という前置きをしてから、画廊はナナミとヨンドに多いとか、ヨンドに美術学校があるという話とかを。
この世界では水彩画と油絵なら、油絵のほうが高価で、評価が高い。その価値の差は絵の具の値段が違うから……と、水彩画のほうが劣化しやすいから。もちろん、古い名作と言われる作品は保存のお守りを使ったりして保護されているけど、その劣化しやすさというのは紙とカンバスの違いになるらしい。
「水彩画は紙に描くけど、油絵はカンバスでしょう。カンバスって何から出来てるかわかるかな?」
「え、えーと、布?」
「正解。正しくは麻だね。それで、紙の方はまだ保存性がそれほど高く無いんだ」
つまり、製紙技術がまだ低いから、水彩画の価値が相対的に落ちてしまう、ということらしい。対して布製品を作る技術は結構発達しているので、油絵は年月を経ても劣化が少ない、という。
「そうなんだ。ポプリさんは油絵を描いているけど、何か理由があるの?」
「うん。ポプリは長年スポンサーだった画廊から大量の油絵の具とカンバスをもらってたからだね。余らせたらもったいないでしょ」
「思ってた理由と違ったけど納得!」
なんかこう、後世に作品を残したいとか、そういう気持ちがあるのかなって勝手に思ってた。考えすぎるのも良くないな! とりあえずいただいた猫の絵は、テトが大事に宝箱にしまい込むのだった。
たーからものー♪
と嬉しそうに歌うテトさんである。
あ、なんかシステムアナウンスが……新しい魔術式を覚えてる。えーと……「保管庫」、1部屋用で、その部屋に入れたものの状態を、入れたときと同じ状態に保つ、ただし生き物は除外っと……。え、便利! 保存のお守りの部屋ごと版かな? ただ護符だから、まだまだ僕には作れないやつだ。
うわー、めちゃくちゃサンガで図書館やってるラリーさんに教えたい……! 教えたいけどまだ僕が作れないから教えられないか。なんとか次にサンガに行くときには教えられるようになってればいいんだけど。
でも、これで理解したぞ。結構昔に亡くなったポプリさんの作品があの部屋でしっかり保存されてるのって、この護符があるからなんだね。お守りやお札は期限切れがあるけど、護符になると効果永続なのかな? 少なくともかなり長い期間効果があるみたいだ。
「じゃあ、リーニュさん、また!」
またねー!
「うん、またいつでも遊びに来てね」
和やかに手を振ってリーニュさんのロッジを出た僕達。場所は白地図に記録されたので、また遊びに行こうと思ったら行ける。戻ったらちょっとグランさんにリーニュさんたちのこと聞いてみようかなーとか思いながら歩いていたら、ある程度開けたところでテトがささっと伏せた。
ナツー! のるのー!
「あ、そう言えば来るときは乗せてもらったんだった。結構泉まで遠いかな? じゃあ遠慮なく!」
よいしょ、っとテトに乗ると、テトは意気揚々と助走をつけて空に飛び上がった。木々に引っかからない程度の低空を飛びながら、泉を目指す。あの泉めちゃくちゃキラキラしてるからすごくわかりやすい。
ごっはーん♪
と高らかに鳴きながら泉の辺に降り立つテトさんを、すでにテーブルセットを用意していたイオくんと、椅子に座っている如月くんが出迎えてくれた。
「イオくん、如月くん、収穫どうだったー?」
「大量」
「色々ありすぎて取捨選択が大変でした」
「やっぱりそうだよね……。あ、僕強化素材とかアクセサリ用素材とか集めたかったのに忘れてた……!」
テトから降りつつそんなことを口にすると、イオくんが「はあ?」と不思議そうな顔をした。
「おい時間十分あっただろ。なんで必要素材集めてないんだよ」
「それには深い事情が!」
「あ、待て食いながら聞く。とりあえず座れ」
「はーい」
はーい!
僕の真似して返事をしたテトが、うにゃん! と僕の隣に座る。テーブルの上にはすでにスープが配膳されていて、イオくんは今卓上コンロでオムライスを作ってくれているみたいだ。うーん、オムライス、素晴らしいね! 目の前で作ってもらえると余計に美味しそう。美味しさ3割増だよ。
「さっきまでイオさん、バナナパンケーキ作ってたんですよ」
「なにそれ素晴らしい!」
あまいのー?
「甘いのだよテト、はちみつかけると美味しいよ!」
あまいのすきー! イオありがとー!
わーいっと喜んだテトは、すかさずイオくんに駆け寄って体を擦り寄せている。テトの感謝にイオくんは「あぶないだろ」と注意しながらも、ちょっと嬉しそうである。バナナ<収穫>出来たんだな、よかった。僕個人的にも嬉しいことです。
「果物いっぱいあった?」
「バナナ、マンゴー、パイナップルにスイカ。まあいろいろあったな。できるだけ<収穫>してきたぞ」
「やったー!」
これで当分南国の果物に困らない……! イチヤには色々果物あったけど、南国の果物なかったもんなー! もしかしてここでしか取れない果物なのかもしれない。あとでシャーベット作ってもらわなきゃ。
「如月くんは? 薬草あった?」
「薬草も毒草も、<調薬>に使えるものが結構ありましたよ。ちょっと、今の段階では使えないものが多いんですけど」
「そっかー」
「それで、ナツさんの方は?」
「どうせまたなんか引き当てて来たんだろ。ほら、オムライス」
イオくんが会話に混ざりつつ、みんなにオムライスを配る。スープとサラダとオムライス、立派な昼食である。僕リアルで食事取るとき、家でサラダつけることって殆ど無いもんな、野菜を取らねば。
「方向決めたのはテトだし」
「で? 素材を集めもせずに何してたんだ?」
「それがねえ」
ちょうどテトが戻ってきて、その頭の上にグランさんが定位置のようにぴょいと飛び乗る。期待に満ちたテトの目に逆らえないイオくんは、無言で猫のお皿を出した。その上に切り分けたバナナパンケーキを乗せて、はちみつをとろっとかける。僕も食後に絶対に食べさせてもらわねば……!
「ケット・シーのリーニュさんのお家に、テトと一緒にお邪魔してきたよ」
おともだちー!
「は?」
「え?」
「あーね、リーニュまだ生きてたんだー。たまには僕も遊びにいこうかなー」
「お元気そうでしたよ」
「そーか。それはよかったー」
のほほんと微笑むグランさんに、リーニュさんの話を続けようとした僕に、イオくんが「おい」と絶妙な顔でストップをかける。僕はスプーンを構えていた手を一度止めた。
「何?」
「いや、この神域に住人が住んでいるのか?」
「いたよー」
「あーね、僕が居住を許可しないとここには住めないからなー。今はリーニュだけだと思うよー」
「おい、この広大な神域でそんな唯一の存在を引き当てるなよ……さすが幸運の権化」
「すごく良い人だったよ! 後、テトが素敵な猫の絵をもらったんだよね」
すてきなのー。たからものふえたのー!
「絵? いや、まあいい。なんか詳しく聞かないほうがいい気がする。午後からグランが見どころを案内してくれるって言ってるけど、一緒に行くのでいいか? なんかやりたい事があるならそっち優先してもいいが」
「グランさんといっしょに行きます!」
テトはナツといっしょー。
きっぱり断言した僕達に、グランさんは満足そうにテーブルの上で胸をそらした。
「じゃーね、僕のとっておきの場所を全部教えてあげるから、覚悟してついてくるんだよー?」
「え、覚悟いるの?」
「普通に怖いんだが」
「あ、なんかレアイベント引き当ててるような気がします」
きらきらいっぱいあるかなー?
ちょ、ちょっと不安だけど。
午後はグランさんをガイドにした、秘境の名所巡りツアーだ!




