33日目:思わぬ出会い
秘密基地。
なんかもうその響きだけでワクワクが止まらない。
ところで、子供の頃秘密基地って作った? と他の2人にきいてみたところ、イオくんはきっぱりと「作らない」と言い切り、如月くんはちょっと照れたように、「弟と押し入れに基地作ったりしましたね」と答えてくれた。うーむ、双方期待を裏切らない返答である。
「イオくんはいい感じの木の枝も拾わないし、お菓子のおまけカードも集めないし、秘密基地も作らないかあ……」
「わかってたって顔するのやめろ」
「イオくんなんで僕の小学校にいなかったの?」
「学区が違うからだよ、ナツと同じ小学校に通えてたらこんな性格になってねーわ」
お、この言い方はもしかして、結構僕への評価高いな。ふふん。
まあ過ぎたことをごちゃごちゃ言っても仕方ないんだけど、イオくんみたいな子がクラスメイトだったら、小学生の僕は川辺の水切り石投げ大会に引っ張ってったね絶対。そんで最初の3回くらいだけ勝ってドヤ顔したあと、速攻コツを掴んだイオくんにボロ負けするまで想像できるなー。
そして如月くんは弟くんと一緒に押入れ……なにそれ如月くんめちゃくちゃ良いお兄ちゃんじゃん。僕も如月くんみたいなお兄ちゃんほしかった。イオくん家の晴臣さんでも良い、いっそイオくんがお兄ちゃんでも構わん……! あ、やっぱやめよう、虚しくなるから。せめてお兄ちゃんは年上であれ。
「僕も上の兄弟ほしかったなー」
とりあえず正直な感想を口にしてみる。弟は……年下のいとこたちが沢山いるから間に合ってるけど、僕の親戚関係、僕より年上ってなると、僕より15歳上とか20歳上とか年齢が上がるのだ。ちょうどいい感じの年上のお兄ちゃん、欲しかった。
「ナツ一人っ子だもんな」
「でもナツさんってめっちゃ友達多そうですね」
「確かに友達の多さは自信あるかも。小学校のときねー、総勢8人くらいで橋の下にビニールシートで幕張ってさー、流木削って家具にしたりして、結構大きめの秘密基地作ってたんだ」
「うわ、マジですか」
「土地所有者に怒られなかったのか」
土地所有者……は知らないけど、最終的には梅雨の時期に川が増水して危ないからって理由で撤去されたんだよね。その時の区役所の職員さんは、僕達みたいな子どもにも優しく説明してくれていい人だったよ。
まあそれは置いといて、とにかく秘密基地という響きは最高なんだよって話である。
まず眼前に広がる浅い泉から見ていこう。と思ったらすでにテトがじっと水面を見つめて「きらきら……!」と感動している。そうそう、なんかやたらきらきらしてるんだよこの泉。
「テト、なにかあった?」
ナツー! おみずきらきらー! まりょくたっぷりー。
「ああ、魔力含んでるから輝いていたのかあ」
にゃにゃにゃっと水面を前足で叩いては、水しぶきを確認して満足そうなテトである。すごく透き通った水だけど……生き物はいないかな?
「魔力水か」
「魔力水? ああ、僕達が持っている相克魔力水の親戚……」
「相克魔力水は、相反する属性同士をうまく組み合わせるためのもので、ただの魔力水は複数の属性を無理なくくっつけるための接着剤みたいなもんだな。正反対の属性同士なら相克のほうが良くて、もともと相性の良い属性同士なら普通の魔力水が良い、ってことらしい」
「僕ぱっと思いつかないんだけどさ、それって結局具体的にどういう使い道があるの?」
「そうだな……」
考え込むイオくんの隣で、如月くんがグランさんに許可をとって魔力水を汲んでいる。僕達も少しもらっていったほうがいいかな、相克魔力水と得意なことが違うなら、両方あったほうがいいよね?
「例えばナツの杖を強化しようとしたとき、火と水の素材を使うなら相克魔力水をいれるとうまく混ざる。風と水とかなら魔力水のほうがうまくいく、って感じか。素材同士の相性で強化の数値が変わったり、有用なスキルがついたりするから、魔力水を入れるのは結構重要らしい」
「なるほど。是非汲んでいこう!」
グランさんに許可を取って、僕達も魔力水をポーション瓶に5本分くらい汲むことにした。魔力水だけなら、入手方法はそこそこあるらしいから、そんなに大量にもらわなくても大丈夫。テトが「おしごと? おしごと?」って感じでソワソワとこっちを見るけど、魔力水は瓶なのでテトの収納にはそのまま入れたくないな……。
「テト、これは割れやすいので僕が持ちます」
えー。
「その代わり、テトにはこの絵本を持ってもらいます」
! ねずみくんだー!
「とっても大事な本だからね、よろしく」
わかったのー! だいじにはこぶー。
ただダメだよっていうだけでは、張り切ってるときのテトは納得しないので……交換条件としてすっと差し出したのは絵本である。テトも大好きな「ねずみくんのぼうけん」。これは保存のお守りを使ってるから、雑に扱っても大丈夫。
気に入りの絵本を託されたテトさんは、はにゃああっと表情を明るくさせ、いそいそと影から宝箱を取り出した。テトの好きなものを詰め込んでいるその箱に、そっと絵本を鎮座させ、満足気にうむうむと頷いた。
ねずみくんはテトがまもるのー!
ふんすっと気合を入れているけど、保存のお守り使っているので、そんなに頑張らなくても大丈夫だよテトさん。
さて、グランさんがこの秘境の中では自由に採取していいよって言ってくれたので、早速僕達は探索に出かけることにした。といっても、僕とテトはノープラン、イオくんは食べ物目当てで、如月くんは薬草狙いなので、それぞれバラバラに。秘境には1泊だけで、すぐゴーラへ旅立つ予定だから、ここは効率重視というやつだ。
「イオくん美味しいのお願い!」
おいしいのー!
「わかったわかった。わかったからそんな期待に満ちた顔をするんじゃない」
というやり取りをしてから、イオくんが南方向へ、如月くんは西方向へ。僕とテトは……どっちにしよっか? テト行きたいところとかある?
んとねー。
テトは真面目な顔でじーっと周辺を見回し、すんすんと空気の匂いを嗅ぎ、目を閉じて瞑想した。魔力でも感じてるのかな? 僕個人としては、別にどこに行っても特に問題ないかな? って感じ。<グッドラック>さんもどこへ行っても良いのです! って言ってるしね。
やがてテトはパチっと目を開けると、意気揚々と前足を掲げ、びしっと北方面を指さした。
あっちなのー!
「北がいいの? じゃあ、一緒に行こうか」
というわけで、出発、の前にグランさんに一緒に行く? って聞いてみたけど、
「あーね、ごめんねー。2日も密林を留守にしたから、ちょっとメンテナンスしないとー」
とのお返事だった。
「あ、なるほど。グランさんは忙しいよね、お仕事がんばって!」
「うーん、ホントなら一緒に行きたいんだけどねー。次のときは案内させてねー」
「その時は是非!」
この、連れて来るとこまでが仕事! みたいな割り切り方、すごくゲームっぽいなあ。初見の場所だと、人の案内で回るより自分で探索してほしいって感じの運営さんの方針を感じる。まあこの密林、開けている場所はこの泉周辺だけで、他は全部みっしり木々が詰まってる感じだから、集団で探索するのは不向きかも。
じゃあ行こう、とテトを振り返ると、テトはものすごく得意げなドヤ顔ですっとその場に伏せた。
「……足場悪そうだもんね、ありがとう、テト乗せてもらいます」
まかせろー!
家の猫めっちゃ気が利く! ありがとうね!!
*
さて、ワクワクしながら足を踏み入れた密林。
見たことない植物が沢山あって、<鑑定>しまくっていたらスキルレベルが2つも上がった。グランさんが作り出した役目のある植物とか、1つ<鑑定>するだけでスキル経験値がぐーんと上がる。
ナツこれなあにー?
「えーと、イエローカサブランカだって。黄色のユリ科の花で、花びらは薬の材料になるらしいよ」
おくすりかー。きさらぎにおみやげするー?
「大丈夫、如月くんはできる男だから、ちゃんと自分で見つけるよ」
なるほどー。
なんて感じの会話をしながら、テトと一緒に植物の楽園を進む。それにしてもこの密林、植物の種類が本当に凄い。もちろん普通の花とか、なんの効果もない植物とかも色々あるんだけど、薬の材料とか錬金術の素材とか、強化用素材とか、食料ももちろんたくさんあって、これはまずいかもしれない。
「イオくん、<収穫>しすぎてインベントリ埋まってそうだな……」
おいしいのたくさーん?
「おいしいのもだけど、普通に有益素材が沢山あるんだよねえ」
剣や防具用の強化素材、絶対集めてるだろうなあ。僕も布用とか杖用の強化素材があったら取っておかないとだけど、今は<細工>レベル上げ用にアクセサリ素材のほうがほしいかも。
ナツー、これはー?
「あ、これはグランさんが作った光源になるお花だって。夜になると光るらしいよ」
すごーい! きっときれいー!
きらきらしたものが大好きなテトがはしゃいだ声を上げたとき、何かの気配がふと引っかかった。……うん? なんですか<グッドラック>さん。行けって?
ちょっと急かされるような気持ちになりつつ、テトから降りて反応のあった方向を探る。背の高い草とか巨木が多くて、なかなか周辺を確認するのは大変なんだけど……しばらく探していると、ふと、グランさんとは違う魔力を感じる場所があった気がする。えーと、こういうときは。
「<魔力視>」
出力を絞ってONにする、ということが最近できるって気づいた<魔力視>。何も考えずにONにすると、魔力の光が強すぎて目が潰れそうになるけど、なるべく抑えて少しだけと念じながらONにすると、強烈な光じゃなくて淡い光になってくれる。
密林全体を覆うような緑色のきれいな魔力が見えて、その中にオレンジ色っぽい薄い魔力を感じ取ることが出来た。えーと、このあたりかな? と足を進めると、オレンジ色の幕で覆われた場所は、分厚いカーテンで隠されている感じで通り抜け出来ない。
うーん? ここなにかありそうなんだけどな……。
考え込む僕の隣で、テトも同じ魔力の違いを感じたらしい。オレンジの幕を前足でてしてしと叩いて、びくともしないとわかると「にゃーん!」と大きく声を上げた。
だあれー? あそぶー?
「……テトさん、初対面の相手には「はじめまして」からだよ」
はじめましてー、テトだよー。ナツのけいやくじゅうなのー!
ちゃんとご挨拶できる家の猫、えらいと思います。とりあえず<魔力視>を切って<識別感知>を使ってみたけど、ミニマップに特に反応は無い。と、その時。
「……けいやくじゅう」
どこからか、小さな声が聞こえてきた。落ち着いた声だけど、男女どちらともとれるようなハスキーな声。どこからだろうかと周囲を見渡していると、眼の前の空間が少し揺らいで、なにもないところからすっと現れる影。
おともだちー!
テトが嬉しそうににゃあん! と尻尾をたてる。まあ確かにお友達っちゃお友達……? テトより大分小さいけど、現れたのも猫さんだったので。
シルバーグレイの毛並みの猫さんは、身長1M くらい? 毛が長いタイプのもふもふさんである。二足歩行ということは、間違いなくケット・シー族だろう。……テトさんにとって、ケット・シーはお友達なのか。だからシーニャくんにもめっちゃ懐いてたのかな。
「こんにちは」
僕も挨拶してみたら、緑色の眼差しを僕とテトに交互に向けて、ほんの少しうれしそうに微笑んだ。
「こんにちは。わたし、リーニュ」
「出てきてくれてありがとう。僕はナツ、こっちの賢くてかわいい猫さんは僕の契約獣のテトだよ」
「うん、テトさんから聞いたよ。ここで契約獣に出会えるとは思わなかったから、驚いて」
はにかんだ微笑みを浮かべるリーニュさん。……性別はわかんないけど、なんとなく落ち着き具合からして、結構年上の方っぽいな。
「騒がしくしてごめんね、なんか魔力が違うところがあったから、ちょっと気になって」
「ああ、ここは隠匿の魔法をかけているから。ええと、よかったら、中へどうぞ?」
「いいの?」
隠匿してるってことは、知られたくないからでは? って思ったんだけど、リーニュさんの視線がテトに釘付けなのに気づいて、なんか察した。契約獣と戯れたい妖精類の眼差しである。この目をされたら、僕は無碍になど出来ない……!
家のテトかわいいので! かわいいでしょ! ってドヤ顔したい!
「じゃあ、お言葉に甘えて、少し……!」