33日目:グランさんの秘密基地
目覚めたら眼の前にテトのふてくされた顔がありました。
ナツさきにねちゃった……テトのことまっててくれなかったの……。
「あっ、ごめんねテト! 待ってるつもりだったんだよ、ほんとだよ!」
いっしょにねようねっていったのに……。
しょぼーんと落ち込んでいくテトさんを、謝罪しながら必死に撫でまくる僕。今まで寝るときは必ず「テト寝るよー」って声をかけていたので、僕が先に寝ちゃってたことが結構ショックだったらしい。システムのせいなんだよ! とは流石に言えないので、ひたすら謝るしか無いのだ。
わしゃわしゃと撫でること数分、なんとかご機嫌を戻したテトは、ごろごろ喉を鳴らしながら僕にぐいぐい体をこすりつけた。あっ、落ちる落ちる、テトさんこっち側壁がないのであんまり押されると……!
「テト、ナツ、朝飯だぞー」
ごはーん!
「イオくんナイスタイミング! 朝ご飯何かな!」
イオくんの言葉にテトがいち早く反応してベッドから飛び降りてくれたので、なんとか無様に転げ落ちることなく済んだのであった。
僕はいつも通りに朝7時に目覚めたんだけど、イオくんは更に早く起床して朝ご飯を作っていたらしい。真ん中のベッドが空で、右側のベッドには如月くんがまだ就寝中……と思ったらその瞬間にぱちっと目が開いた。やっぱり全員7時起床にしたらしい。
「あ、ナツさんおはようございます」
「おはよう如月くん。昨日うっかり寝転がったらシステムさんに強制就寝させられたよ」
「あー、あれ結構苦情あるみたいですね。寝転がってダラダラ打ち合わせとかしたい人多いみたいですし」
「だよねー!」
僕も寝転がってダラダラしたい。せっかく手触りの良い寝具なのに。
そんな雑談をしながらリビングへ向かうと、ロッキングチェアの上でテトが得意げに座って、ゆらゆら揺れていた。その頭の上には当然のようにグランさんが乗っかっている。
「テト、おはよう」
きさらぎー! おはよー!
声をかけられたテトは、わーいっとはしゃいでロッキングチェアから飛び降りる。無人になったロッキングチェアが激しく揺れて、僕も座って遊びたい気持ちに駆られたけど、一旦やめておこう。何しろこれから朝ご飯なので!
「遊んでないで座れー」
と声をかけるイオくんに「はーい!」と返事をしてから、全員でダイニングテーブルへ。テトは当然のように僕の隣の椅子にぴょいっと飛び乗って、「あまいのー♪」と歌うように鳴いた。にゃあん、と非常に上機嫌なテトの声に、イオくんも何か察したように頷く。
「ほら、テトに牛乳ゼリー作っておいたぞ」
しろいのー!
「中にりんご入ってるぞ」
すてきー!
目をキラキラさせたテトさんは、差し出された牛乳ゼリーに大満足の様子……。い、イオくん僕の分も! 僕の分もお願いします! と口にする前にすっと差し出してくれるのだから、イオくんは流石だと思います。あ、僕の分はオレンジも入ってる。テトは白い食べ物が好きだからあえて入れなかったんだろうけど、僕は白にこだわりが無いのでオレンジも入ってて嬉しい。
イオくんはグランさんと如月くんにも同じものを差し出してから、早起きして作ってくれたらしい朝食を全員に配った。たまごサンド! 手作りたまごサンドだ!
「やったー! 朝からなんて素晴らしいものを!」
と大喜びする僕に、「大げさなんだよなあ」と呆れたお顔しつつもまんざらでもなさそうなイオくんである。
「イオくんのたまごサンドはちょいピリ辛の一味違うやつなんだよ! 特別な味わいがあるのだ!」
「おおー」
「如月拍手せんでもいい。ナツも俺の作ったものでドヤるな」
「僕の親友なので自慢です」
イオはおりょうりとってもじょうずー。
「ねー!」
ねー!
「わかったからダブルでドヤるんじゃねえよ」
ケラケラ笑ったイオくんが、しょうがねえなあって顔で僕とテトの牛乳ゼリーにさくらんぼを乗っけてくれる。流石イオくんわかってるなー、ありがとう!
わーいっと喜ぶ僕達を見て、何故か如月くんも慈愛に満ちた眼差しを向けるのであった。そしてかわされる謎の会話。
「これなんだよな」
「わかりますわかります」
なになにー? って聞いてみてもはぐらかされるのであった。何なんだ一体。
とりあえず美味しい朝食を味わってから、展望台にみんなで行くことにして……牛乳ゼリーめっちゃ久しぶりに食べたんだけどこれ美味しいなー。素朴な甘さがさっぱりしてていくらでも食べられそう。イオくん是非ともリアルで作ってほしい。
おいしー!
と目を輝かせたテトさんも大満足のお味である。んにゃんにゃ言いながら「やわらかいのー! なんかしゃきってしたとおもったらりんごなのー!」と宝探しみたいな感じに楽しんでいる。
みんなが朝食を終えると、はしゃいだテトに押されるように僕達は寝室から階段を上った。昨日は星空が綺麗だった展望台は、今日は澄み渡った空気をたたえている。
「どーよ、結構遠くまで見えるでしょー!」
と胸を張るグランさんの言う通り、よく晴れた空の下で景色はかなり遠くまで見渡すことが出来た。えーと、昨日グランさんが言ってた方向は向こうだから……うーん、あの小さーく見えるのがゴーラの城壁かなあ? 言われてよく探さないとわかんないくらい遠いけど、多分?
「ここからゴーラまで結構かかりそうだな」
とはイオくんの素直な感想である。海は地形の関係なのか、見ることは出来なかった。
「あ、そう言えばグランさんの密林! この距離から見てもなんかちょっと色が濃いなってくらいの印象しか残らないけど、認識阻害の魔法使ってるんだっけ?」
「そーよ、誰でも来られるんじゃ、秘境感ないもんねー。招待制さー」
「おおー、確かに、ちょっと特別感あるね!」
「でーしょ。ナツたちは戦後第一号だよー、誇って良いよー」
「ありがとうグランさん!」
お礼を言いつつ、なんか気になることを言われたような気もしたけど……まあいいか。隠されているとわかったら、早く足を踏み入れたくなってしまう。ソワソワしている僕の横で、如月くんが密林方向を見つめて、
「あれ、もしかして密林って円形してますか?」
とかグランさんに質問している。
「そーよ、ナルバン王国のトレンドは円だよー」
「トレンドなんですか……」
「うーん、だって正道でつながってる街は、全部円形でしょー。あ、正確にはゴーラだけちょっと違うけどさー」
「ゴーラは円形じゃないんですか?」
「あーね、ゴーラは海に面してるからねー。半月形ってーの? 陸の側にだけ壁があって、海方面は開いてるんだよー」
「あー、なるほど」
街全体が大きな港って感じなのかなー? プリンさん情報では、威勢の良い海の男と、豪快でおおらかな海の女たちの街らしいけど。魚介類めがけて一直線にゴーラへ向かったトラベラーとかも一定数いるらしく、街はそこそこ賑わってるって聞いている。
「さーて、それじゃあみんなを僕の密林にご招待しないとー」
楽しそうにそう言ったグランさんは、またしても両手を掲げて魔力を貯め始めた。グランさんの魔法、なんかすごく、えいやって適当な感じなのに、毎回凄いことが起こるんだよなあ。とぼんやり思っていると、テトがすすすっと僕のそばに寄ってきて、ピトッと背中に寄り添ってくれた。
かぜふいたらテトがささえてあげるねー♪
「お、おうふ。ありがとうテト、なんて優しいんだ……自慢の契約獣です」
えへへー。
そうだね、毎回グランさんが魔法使うと派手に風が吹くからね……。学習力のあるテトは賢いのである。そしてそんなテトを見て「ああ」って顔したイオくんが僕の背中に片手を添えてくれたのであった。……くっ、僕の親友頼りになる……!
「そーんじゃ、いくよー!」
グランさんはそんな軽やかな掛け声とともに、やっぱりていっととても軽い感じで魔法を放った。途端、巻き起こる緑がかった光の爆発と、しゃらしゃらきゅるるるーという効果音。そして、やはり風。爆風がぐわーっと押し寄せる……!
だが今の僕には、背後にテト! 背中にイオくんの支えがあるので!
「吹き飛ばないけど毎回風強い……!」
「筋力」
「断る!」
イオくんこのやり取り気に入ってるな、さては。
さて、光と風のエフェクトが消えた先には、なんと密林の中央に向けて緩やかに下っていくような、木製の滑り台が現れていた。
「お、おおー!」
と思わず感激の声を上げる僕に、如月くんも
「巨大滑り台! グランさんセンスありますね……!」
と褒め言葉を口にする。テトも興味津々という様子で目を輝かせる中、隣から聞こえてきた「摩擦熱が気になるな」という言葉はスルーしよう。イオくん、ここはファンタジー世界だし、これを作ったのはグランさんだからそんなもんはきっと無いよ!
アナトラはリアリティとファンタジーの使い分けが結構上手なゲームだ。「ここはリアルじゃないと!」ってところはちゃんとリアルに、そして「ここまでリアルにしなくても……」ってところはちゃんとファンタジー仕様にしてくれるのである。
「さーて、僕に続いて滑っておいでー!」
大きな声でそういったグランさんが、真っ先にさーっと滑り台を滑っていく。ウズウズしていたらしいテトが、わーいっとそれに続いた。それならテトの契約主である僕はその後に即座に続くのだ。木製の滑り台ってあんまり滑るイメージ無いけど、そこはやはりグランさんの作ったものなので。これが面白いくらいするするーっと滑っていく。
「わー! めっちゃ景色いいし、すごく良い感じの速度だし、最高じゃん!」
たのしー!
はしゃぐ僕とテトの後ろから、
「はしゃぎすぎて落ちんなよ」
と注意喚起をしてくるイオくん。保護者かな? 落ちません!
いや実際このすべり台、めちゃちゃアトラクションとしての完成度が高い。上から下へ滑り降りるって時点で景色の良さは完璧だし、スピードが出すぎたり、逆にのろのろにならないようにちょうどいい速度を保ってくれている。前の人にぶつかるようなこともない。
「グランさん、ホテルだけでなく遊園地もプロデュースできる……!」
思わず僕も唸るってなもんである。天才か。世の中天才が多いなあ。
やがて一定の高さまで降りたとき、いつだったか、行けなかった路地に行けるようになったときのような、薄い膜を押し破るような感じがして、そのままぶわーっと視界が色鮮やかに広がった。
「わー!」
何度目かわからない叫びを上げる僕である。だって凄いよ、いきなり視界がひらけて、狭いトンネルから広いところに一気に出たような感じ!
様々な緑色の中に、赤や黄色、色とりどりの原色が混ざっている。花かな? あっちは果物! そして、すべり台の行き着く先にあるのは、直径10メートル位のきらきらした水面。湧き水があふれる泉だ。その真横に着地する感じ。
地面にたどり着いた僕達に、グランさんは得意げな声を上げた。
「じゃーん! 僕の住処へようこそー! 探検してってねー!」
うん、これは自慢するべき。許されます。
……って、ここは秘境でしたか! そう言えば本人も言ってたな秘境って! 経験値がぼっと入ってきたんだけど、そんなことより秘境の名前が「グランの秘密基地」ってなってる。
グランさん、ネーミングセンスまである!
やはり天才であったか!




