32日目:ツリーハウスをエンジョイしよう
むかーし、サンタクロースの絵本に出てきたログハウス。
暖炉の前でロッキングチェアに座り、プレゼントを用意するサンタクロースのイラストが暖かくてすごく良かったんだよね。子供の頃に読んでた絵本だからタイトルとか忘れちゃったけど、あの頃から「木の家」と「暖炉」そして「ロッキングチェア」の組み合わせにはとても心惹かれる。
「グランさん、わかっていらっしゃる……!」
と、脇目もふらずにロッキングチェアに駆け寄った僕、大満足である。
ゆらゆーら♪
やっほー! とロッキングチェアを揺らしている僕の隣で、テトが「なんでゆれるのー?」って感じで興味津々。そんな僕達を微笑ましそうに見ているグランさんが、テトの頭から僕の膝の上にぴょんと飛び乗る。
「でーしょ、これいいよねー。確かハチヤで作られてる椅子でねー。他の街で手に入れようとすると結構大変なんだー」
「へー、特産品なのかな? 僕もほしい」
他の街にも出荷してるかな? ゴーラでも一応探してみよう。買っても置いておける場所がまだないんだけど、そのうち拠点が実装されたら絶対に使いたい。
僕達がくつろいでいる間にも、イオくんは素早くキッチンの設備を確認して、うむ、と何やら納得の雰囲気。
「なかなかの設備だな」
「あ、イオさんなにか必要な食材ありますか? 俺が持ってたら提供できますけど」
「あー、そうだな。何を作るか……」
考え込むイオくんだけど、多分、ダンジョン産野菜でまだ食べたことないやつを使うんじゃないかな。ほうれん草とレタスと……何だっけ、白菜? どれかは使うんじゃないかと思う。僕は料理下手なのでイオくんの決定を全面的に支持する。
イオくんはインベントリにある食材をしばらく見つめて考えていたけれども、そのうち「よし」と小さく頷く。そして高らかに宣言した。
「今日のメニュー、ほうれん草とべーコンのカルボナーラ!」
「パスタだー!」
わーいっと歓声を上げた僕につられて、テトも「ぱすたー!」とぴょんぴょん飛び跳ねた。テトは何度かパスタとかうどんとか見ているはずだから、多分どんな食べ物なのかは理解しているだろう。僕、解説した記憶があるし。ただ、テトさんは麺類食べるの下手なんだよねえ、すすれないから仕方ないんだけど。
「カルボナーラって、生クリームとか使うんじゃなかったっけ?」
「もっと簡単なやり方もあるぞ。牛乳と粉チーズとバターでいける」
そ、そうなんだ。作ったことないからわかんないけど、イオくんが言うなら、その簡単な作り方の方でも美味しいカルボナーラになるに違いない。僕はパスタソースはトマト系のほうが好きだけど、カルボナーラやペペロンチーノも美味しいよね。ゴーラに行ったらボンゴレロッソかボンゴレビアンコを食べたい。アサリ美味しい。
僕が魚介の旨味に思いをはせている間に、イオくんは如月くんから食材をいくつか譲り受けて、早速料理に取り掛かる事となった。その間にグランさんが、ツリーハウスを軽く案内してくれる。
「えーと、まずここがリビングねー。リビングには暖炉って相場が決まってるから作ったけどー、この国そんなに寒くならないから、使うことはないかなー」
「木に火が燃え移ったらまずいし、使わなくていいと思う!」
「そーね。で、イオがいるところはダイニングキッチン。料理作ったらすぐ横のテーブルですぐ食べられるようになってるんだー」
すてきー。
「作りたてのご飯が美味しいもんねー」
僕の実家がそうだったから、ダイニングテーブルとキッチンの間に仕切りが無い方がなんとなーく嬉しい。料理してる人の姿がテーブルから見えるのが良いよね。
このあたりで如月くんも合流して、僕達はリビングの奥の部屋のドアを開ける。
「でーね、こっちが寝室ー。ちゃんと人数分のベッド作っといたよー。テトはナツと一緒ねー」
ナツといっしょにねるのー♪
「そうだね、一緒に寝ようねー」
寝室はそれなりの広さがあって、木枠のシンプルなベッドが3つ並んでいる。カントリー調っていうのかな、こういうの。ちょっとレトロな感じの素朴なベッド。大きさも十分で、僕とテトがゆったり並んで寝転がれるくらいの横幅だ。
寝具はシンプルな白いマットレスに白い布団だけど、ふわふわモコモコしていてすごくあったかそう。そっと触ってみると、めちゃくちゃ手触りが良い。思わず「おお……!」と声を上げてしまう。
「グランさん、ホテル業の才能がある……!」
「まーね、照れるなー」
僕の雑な褒め言葉にもテレテレしてくれるグランさん、とてもかわいい。でも本当に居心地良さそうだし、リアルなホテルリゾートとかにこういう部屋ありそうなんだよなあ。
「間接照明も雰囲気ありますし、インテリアも落ち着く感じでいいですね」
と如月くんも褒めている。そうそう、インテリア! 壁にかけてあるこの絵画とか、すごくきれいな風景画でセンスあるよね。そっと<鑑定>してみると……70年前に描かれた有名な画家の作だと……? 鑑定金額が凄いことになっている……。
「テト、如月くん、ものすごく高価な絵なので気を付けて……」
「えっ、はい、触らないようにします」
みてるだけー。
「うん、触らないようにしよう。テトもえらいえらい」
全力で見なかったことにして、サイドテーブルも素敵だなーとか意識をそらしておく。
「あーら。あのおっちゃんそんな有名画家だったのかー」
なんてのんきに呟くグランさん、大物である。
部屋はこの2室で終わりかな? と思っていたんだけど、目立たないところに引き戸があって、そこから更に上につながる階段が出てきた。グランさんの先導で上の階へ行くと、そこは部屋ではなくて大きな……バルコニー? ベランダ? とにかく広いスペースになっている。木製の手すりがついていて、眺望を楽しむための場所らしい。
「展望台だ!」
「そーよ、せっかくだしねー。でも夜だからなーんも見えないけどねー」
はしゃいだ声を上げた僕に、グランさんがちょっと残念そうにそう言った。確かに、昼間だったらものすごい景色が見られたかもしれない。下のウッドデッキ部分だと、この巨木の枝が邪魔して大パノラマってほどじゃないんだけど、ここからなら視界を遮るものは無い。
「うーん、こっから見るとねー。向こうに、遠くのほうだけど、ゴーラの壁がちょっとだけ見えるんだよねー。明日明るくなったら見てご覧よー、結構自慢だよー」
「なにそれ素敵。僕そういう遠景大好き!」
「でーしょ、僕も好きー」
テトもー、テトもすきー!
「遠景もいいですけど、空も凄いですよナツさん。星空が」
「おお!」
如月くんに促されて見上げてみると、確かに、満天! って感じのきれいな星空だった。リアルとは星座とかも違うんだろうけど、大小さまざまな星をぎっしり詰め込みました! みたいな豪華さがある。
きらきらー!
「きれいだねテト。お星さまだよー」
きらきらいっこほしいのー。
「お星さまは取れないかなー。お空のものだからねー」
ざんねーん。
うにゃあん、と本当に残念そうに鳴いたテトさんは、疲れないのかな?ってくらい首を伸ばして空を見上げている。キラキラ大好き猫さんなのでこれは仕方ないな。
「……なんかナツさんって、一人っ子って聞いてましたけど、小さい子の扱い慣れてる感じしますね」
「ほんと? お兄ちゃんっぽかった!?」
「はい」
「如月くんは良い子!!」
やったー! お兄ちゃんっぽいって言ってもらえたぞー! と喜ぶ僕である。正直親戚の小さい子たちはやたら僕と仲良くしてくれるので、接し慣れてるのは慣れているのだ。頼ってもらえないだけで。でも外から見てお兄ちゃんっぽさがあるならば、きっといつかは彼らもそれをわかってくれる……はず……たぶん!
しばらくボケーっと星空を堪能してから、みんなで室内に戻る。テトは名残惜しそうにいやいやしていたけど、「あとでイオくんも連れてこようね」って言ったらわかってくれました。お仕事大好き猫テトさんとしては、「イオあんないしてあげるのー!」と張り切っている。
寝室に戻ってからリビングへ、そこからダイニングへ、と歩を進めると、非常に美味しそうな香りが漂ってくるではありませんか。……お腹が空いたなあ。思わずイオくんのところに直行する僕とテトである。
「……お前たち同じ顔して駆け寄ってくるなよ」
なんてイオくんが微妙な顔をしていたけど、知らなーい!
「イオくん、金色のほうれん草使った?」
「使った。一番良いベーコン出したけど、やっぱ味負けするな」
「それは仕方ないね……。あ、マッシュルーム」
「これはダンジョン産。あとスープが煮えたら夕飯だから、如月とグラン呼んでくれ」
「はーい!」
今日のスープは野菜たっぷりのベジタブルスープだ。ちなみにイオくんは、野菜をたっぷり煮込んだブイヨン的なものをイチヤですでに作り上げているので、塩コショウで味を整えるだけで、なんかちゃんとコンソメスープっぽい味がする。美味しいんだよねこれが。
リビングの如月くんたちを呼んできて、テーブルを整える。……主に如月くんが。僕はランチョンマットとナイフとフォークを並べただけである。イオくんにしっかり言い聞かせられているんだ、僕の筋力で料理の皿を持ってはだめだと。落としたらもったいないからね、仕方ないね。
「悔しかったら筋力にPP振れよ」
「だっ、だが断る!」
ここまで来たら意地なので! なにかよっぽどのことが無い限り、筋力5のままで貫き通して見せる!
*
黄金ほうれん草が入ったカルボナーラは、当然抜群に美味しかった。
ぴりりと黒胡椒のアクセント、ベーコンとマッシュルームの旨味、そしてそれらを余裕で越えるダンジョン産ほうれん草のびっくりするくらいの風味。完全にほうれん草が主役。多分ほうれん草のおひたしとかにしてたら、無言で貪ってたかもしれない。それくらいに強い味だった。
「金色なところに目を瞑れば、ホント、ダンジョン産野菜って卑怯なくらい美味いですね……」
しみじみと噛みしめる如月くん。
「いーね、僕の密林の果物も、もっと品種改良しようかなー。このくらい美味しさレベルを上げたやつ、自分用に作りたくなってきた」
小さいお皿に取り分けた少量のパスタをあっという間に食べ終えたグランさんは、小さい腕を組んで考えるポーズである。
きんいろおやさいおいしいのー。
と、僕が分けてあげたほうれん草とベーコンだけ食べて満足しているテト。パスタも食べるか聞いたんだけど、「ながいのいらなーい」と言われたので具材だけ。
「グランの作る美味い果物は、出来たら是非回してくれ」
ちゃっかりリクエストしているイオくんは、フォークにさした金色のほうれん草をじっと見つめている。食材の美味しさに料理全体の仕上がりが負けてる気がして、ちょっと納得出来ないらしい。さすが料理人、こだわりが強い。
「やっぱり食材の品質はある程度揃えないとこうなるな。品質★4でまとめてる野菜スープのほうがまとまりのある味だし……。パスタは美味さとしては高得点だが、全体評価としては野菜スープのほうが上」
「あー、わかるかも。パスタ美味しいけどちょっとアンバランスは感じる」
「美味いんだけどな。文句なしに美味いんだけど、納得がいかん」
むむむと唸るイオくん、プロの眼差しだ。僕は正直美味しければ何でも良いので、納得できない気持ちはわからないけれども。でもイオくんが納得できるものを作り上げたとき、それはとんでもなく美味しいであろうことが保証されているので、ぜひとも納得いくまでこだわってほしいところだよ。
素晴らしい夕食を終えたら、グランさんのこだわりとしてカードゲームで遊んだ。
チェスのようなボードゲームもあったけど、そっちはルールが微妙にリアルと違うから上級者向けなんだって。トランプは、絵柄が違うだけで普通にトランプだった。ババ抜きで圧勝してしまった僕、ドヤ顔を許されると思います。
「いーね、やっぱりツリーハウスにはカードゲームがないとねー」
と大満足そうなグランさん、何か元ネタがあるのかなと思って聞いてみたら、戦前に大流行した本からきているらしい。物語の傾向は時代によって流行り廃りがあるけど、スローライフというか、大自然の中で生きる、みたいな話が流行ってた時期があって、それがグランさんのお気に入りだったのだそう。
グランさんが満足そうなので僕も満足。
カードゲームはそこそこで切り上げて、テトがイオくんを張り切って展望台に案内していくのを見送ってから、ベッドにダイブする。おお、結構跳ねるな! 楽しい! と思ったのは一瞬で、そのままスコンっとシステム画面に切り替わってしまったのであった。
……忘れてたけど、アナトラでは寝具に横になった瞬間に、このシステム画面に切り替わってしまう。この画面から再び起きるための戻るボタンが今は実装されてなくて、クレームがきて「今対応中です!」ってコメントだけ公式サイトに載ってた。
アナトラは睡眠から起床したとき、必ずHPとMPが全回復するような仕様になっていて、その回復にはゲーム内3時間以上の睡眠が必要となる。つまり、「時間を飛ばしますか?」と問いかける画面が一度開いてしまうと、次に起きられるのは3時間後から。……夜中に起きる意味もないし、大人しく朝のいつもの時間を指定しておくか……。
でもさー、こんな良い寝具を用意してもらったって言うのに、ちょっともったいないよね! 朝なら自力で寝具から出るまでごろごろできるのに、なんで寝るときだけこんなあっさり仕様なんだろう。
寝る前もベッドに寝転んでダラダラする時間を確保できるようにしてほしいです、と絶対に運営さんへ要望を出そう。絶対に、絶対に必要な時間なので!!