32日目:グランさんの領域一歩手前
結論から言うと、やっぱりイオくんは天才なのであった。
「瓶をゴミ箱からサルベージしろ。リィフィの飴の瓶なら密封できるだろ」
「さすがイオくん、頭が良い!」
「如月はウミスライムの袋を手に被せて手袋代わりに使え、絶対素手でさわるなよ」
「あ、なるほどそんな物がありましたね」
「ナツ、地面持ち上げられないか? あそこにはぐれて咲いてる花があるから、あれをなんとか高さを調整して、地続きにすれば20秒でも到達できる」
「高さ……あ、OK任せて!」
「そんで、できれば花を固定してくれ、花粉が飛び散ると困る」
「できそう!」
思うんだけどさ、こういうときの応用力っていうの? このトラブルにはこう対処します、みたいな発想って、どうやって鍛えるんだろう。僕もこんなふうにテキパキ指示できるようになりたい。
とりあえず地面を均す……ということで、使うのはもちろん<原初の魔法>。
「【隆起】!」
自慢の杖、ユーグくんを掲げて花の咲いている大地を盛り上げる! OK、なかなか良い感じである。あとは持続性が問題なので、ここで活躍するのが……<氷魔法>レベル7で覚えたばかりのアーツ。
「【魔力強化】! 【フリーズ】!」
気合を入れて唱えれば、<魔操>系スキルの効果でちょっぴり効果量が増える、はず。
<氷魔法>レベル7で覚える【フリーズ】は、文字通り特定の範囲を凍りつかせる魔法である。力の強い魔物とかにはあんまり効果ないけど、植物系や小型の魔物にはかなり有効。本来の用途としては、一定時間の足止め用アーツなんだけど、敵以外にも効果があるのが特徴。
暑い日に一面を凍らせて涼を取る……なんて使い方もできる。当然、一輪の花を凍らせることなんて朝飯前だ。というわけで、あとは如月くんが頑張るだけ!
「如月くんいっけー! 【レジスト】!」
「ありがとうございます、かっこいいですね<氷魔法>!」
「如月くんも取得頑張れ!」
「SP足りないっす! ……よし採取できました!」
もちろん、できる男である如月くんがヘマするわけもなく。
毒の花は無事に氷漬けのまま瓶の中に封じ込められたのであった。なかこういうインテリアあったな、ハーバリウム? みたいな?
「グランさん、これ凍ってるけど品質問題ない?」
「そーね。毒の成分は氷ごときに負けないよー」
「よっしゃ」
とても嬉しそうな如月くんに移動しながら聞いてみたところ、なんとこの毒で作られるものって、伝承スキルを教えてもらうための連続クエストであるらしかった。今3段階目で、もっと続きそうな感じなんだって。
「え、そんなに大変なものなんだ……?」
「本来は、すっげえ大変なんですよ、伝承スキルを教えてもらうのって……!」
噛みしめるように言う如月くんなのであった。……大変なのか……僕は……講習チケットで取っちゃったけど……! いやあれはラリーさんのおかげだから、そりゃめったに起こることでもないか。そんな遠い目をされても困ります。
「マジか。俺も機会があれば<原初の呪文>は教わりたかったんだが」
「イオさんは、ナツさんと一緒に行動してればチャンスあるんじゃないですか?」
「頼むぞ幸運の権化」
ごんげー♪
「やめてプレッシャーかけないでください、幸運は万能ではありません……!」
テトさんは権化って単語おこげと一緒に覚えてしまったので、なんか食べ物のことだと思ってるなこれ。訂正しないでおこう。
窪地をぐるーっと迂回して、僕達は再びグランさんの密林へ向けて進む。途中何度か休憩を取ったり、食べられる植物を教えてもらったりしながら丸一日歩いて、空が茜色に染まりだす頃、グランさんが全員にストップをかけた。
「はーい、ストーップ! 今日はここで一泊するよー」
と宣言された場所は、セーフゾーンでもなかったし、普通の森の中って感じでキャンプを張るようなスペースもなさそうだったんだけど……グランさんがここだと言うからには何かあるんだろう。一応ミニマップを確認したけど、この周辺にセーフゾーンは全く見当たらない。
「グランさん、なんでここなんですか?」
と問いかける如月くんに、グランさんはテトの頭の上でぐいーっと胸を張った。
「なーんと! ここはすでにグランの領域の端っこになりまーす!」
「おお? ということはもう少しすすめば密林!」
「そーよ、せっかくだから夜じゃなくて昼間の明るい状態で見てもらいたいからねー」
ふふーん♪ とグランさんは得意げな顔をするんだけど、やっぱりその真下のテトがより一層ドヤーっとしている。
グランせんぱいすごーい♪
とよくわかんないけどなんか凄い、って感じの褒め方をしているテトである。テトはドヤ顔のプロなのでドヤれる機会を逃さないのだ。さすが賢い。
ともあれ、ここがすでにグランさんの領域というのならば、地図には載ってるかな? と思ってステータス画面から白地図を開いてみると、地図上がうっすら緑色に染まっていたので、グランさんの領域はこの緑色の広がる地域って感じかな。正式名称はまだ載ってなかったので、明日のお楽しみだ。
「ここで泊まるのはいいんだが、もう少し開けた場所でないとキャンプできないぞ」
僕が地図を広げている間に、イオくんが問題点を指摘している。そうそれ気になってたこと。グランさんは気配りさんだから、それに気づかないとは思わないんだけど……。
「んーん、キャンプは必要ないよー」
やはりなにか作戦があるらしく、グランさんは楽しげに小さな指先をちちちっと横に振った。アナトラ公式さんは、契約獣とか神獣さんたちのぬいぐるみを是非販売してほしい。受注生産しませんか。3個買います。
「まーね、こう見えて僕ってすごーい神獣だったりするからさー。一人のエンターテナーとして、お客さんにはやっぱり楽しんでもらいたいしねー」
「グランさんってすごく気さく。頼りになるなあ」
グランせんぱい、いろいろできてすごいのー。すてきー。
「まーね、照れるね!」
えへへっと頭を掻いたグランさん、テトの上からぴょいんと飛び降りると、近くにあった大木に近づく。小さな両手を上に掲げて、「むむむむーっ」と魔力を込める。込める。めっちゃ込める!
これがグランさんの魔法の使い方なんだなあ、杖とか使わないんだ。と感心しつつ見ていると、魔力がたっぷりと満ちた光の塊が、ぐるぐると渦を巻きながらあっという間に大きくなった。小さいグランさんの頭上に輝く、僕の身長くらいありそうな魔力玉。
グランさんはその魔力玉を、ていやっと目の前の巨木にぶん投げた。
なんかキラキラキュルキュルと派手なエフェクトと効果音がばーっと広がったかと思うと、やはり一瞬遅れてやってくる風。強風。つ、つよ、あっテトさん支えてくれてありがとうありがとう!
ナツのことはテトがまもるのー♪
「くっ、家の猫いい子すぎるな。そう思いませんかイオくん!」
「頼りにしてるぞ、テト」
まかせろー!
きりっとするテトである。イオくん、僕よりテトのこと頼りにしてる説浮上しました。全ては筋力のせいなので僕が頼られないことに関しては良しとしましょう。
やがて光が溢れて視界が真っ白になり、それがすーっと落ち着いたところで、グランさんがぴょんと巨木の枝に飛び乗る。
「どーよ! これが僕の自慢の、ゲストハウスだよー!」
じゃじゃーん! とどこからか効果音が鳴った。これはドヤ顔が許されます。
「おお……!」
「これは、すごいな」
「夢とロマンのツリーハウスじゃないですか!」
僕達がわあっと歓声を上げたので、グランさんも満足そう。テトだけよくわかんないって顔で首をかしげて「まろんー?」とか呟いてたけど、ロマンだよロマン。
そう、グランさんの魔法はぶちあたった巨木は、その姿を変え。
幹に沿って螺旋状の階段を登っていくタイプの、木の上にあるツリーハウスとなっていたのである!
「すっごい! 高いところに泊まれるスペースが有るの最高では!?」
とはしゃぐ僕に、
「高いところ好きなナツ、一番乗りしてこい?」
とイオくんが促す。もちろん言われなくても一番乗りしたいですとも! というわけでわくわくと階段を登ろうとした僕のケープを、テトさんが噛んで引き止める。
「テトどうしたの? 上に行くよ?」
テトつれてってあげるのー。
「もしや翼を広げたくなっちゃったかな? こんな高い木の上だもん、飛びたくもなるかー!」
うんうん、テトも高いところ好きだもん、ソワソワしちゃうよねー。まあ階段はまた登る機会があるだろうし、それじゃあ今回はテトにお願いしよう。
「じゃあ乗せてー」
いいよー!
大張り切りのテトにひょいと飛びの……嘘ですもたもたしつつ乗り込んで、早速びょーんと飛んでもらうのであった。いつかはひょいっと華麗に飛び乗るんだ……今じゃないだけなんだ……。
さーっと空を走るテトさんは、こういうののセオリーをよくわかっているので、巨木の周りをぐるぐるしながら上へ飛んでいく。高いところが大好きな僕の目で目算したところ、グランさんが泊まれるように改造してくれた場所は地上から16~20メートルって感じだろうか。結構高くて、リアルのビルで言うと4階から5階分くらいの位置だと思われる。
……歩きで階段登らなくて良かったかもしれない。僕の体力、多分絶対もたなかったよこれ。
やがてウッドデッキへと降り立ったテトが伏せておろしてくれたので、僕は無事にツリーハウス一番乗りを決めることが出来たのであった。
「うわー!」
すっごく良い木の香りがする。高級なロッジに泊まりに来た感じが、する!
僕達が降り立ったウッドデッキは、ハウス部分の前から階段に続く通路的なもので、ドアと大きめの窓がデッキ側に向いている。窓から中を除いてみると、なんとも居心地の良さそうなリビングスペース。ふわふわの絨毯が敷かれた上にはダイニングテーブルセット、その奥には暖炉まで。これは確かに夢とロマンが詰まっていそうだ。
「どーよ、気に入ったー?」
いつの間にか登ってきたらしいグランさんが、定位置になりつつあるテトの頭の上にぴょんと飛び乗るので、僕は惜しみなく賛辞を送ることにした。
「めっちゃ素敵! 何この絵本に出てきそうな空間、居心地良さそうすぎるでしょ、グランさん天才!」
「でーしょ、やっぱ絨毯だよねー」
「木製のハウスというものをよくわかっていらっしゃる! そしてめっちゃいい匂い、この木も素晴らしいね!」
「まーね。ナツは褒め上手だねー、木も嬉しいってさー」
「グランさん木と話せるの? 流石にすごすぎでは。……あ、お邪魔しまーす! お世話になりますー!」
なんか木の枝が風もないのにざわついたので、多分いいってことよ、って感じのお返事をもらったんだと思う。ゆっくりしてけよ、って感じかもしれない。よくわかんないけどこの巨木からは包容力を感じるんだ、声をつけるならめちゃめちゃダンディな渋い声を当ててほしい。
僕がウッドデッキではしゃいで、テトも釣られて「わーい!」と飛び跳ねたりしている間に、階段を登ってきたらしいイオくんと如月くんが合流する。イオくんは涼しい顔してるけど、如月くんは流石に汗だくだ。
「階段きついっす……!」
「物理防御にPP振れ」
「俺、次は俊敏がほしいんですよ……!」
なんて話をしながらウッドデッキに到達し、如月くんはその場で転がった。よほど疲れたらしい。
「大丈夫? 水でも飲む?」
「あ、大丈夫です。このウッドデッキめっちゃいい匂いしますね」
「だよねー!」
おんなじことを思った人がいると何となく嬉しい僕である。それに、ここってすごく高いから、めっちゃ遠くまでよく見える! 最高の景色だ。
「すぐそこから木々の緑が濃いな。あそこがグランの密林か」
きらきらしてるのー。
「きらきら? あ、もしかして隠匿の術っぽいの使ってるのかな?」
「まーね、せいかーい! 一応、魔物がうろちょろしないように色々対策してるんだー」
へー、やっぱりさらっと来られるような場所じゃないんだろうなあ。案内してくれるグランさんに感謝しないとね。
「ねーえ! それよりハウスに入ってよー、感想聞きたいしー、美味しいものも期待してるよー」
「あ、美味しいもの担当はイオくんです」
「俺だが」
「材料なら提供できます!」
イオはよいりょうりにんー。
さて、それではツリーハウスの実際の居心地はいかがかな?
レッツ、ドアオープン!




