4日目:杖を入手しました。
イオくんの装備品は、武具通りに入ってすぐの防具屋さんですぐに揃った。
初めてここに来た日に目にとめていた革製の胸当て、150,000G、効果は防御力+10、耐久値は700。
イオくんは初心者装備も黒系でまとまってたけど、私服も黒と青でまとめてるみたいで、胸当ても群青色というか、黒っぽい青というか、そんな感じの色だった。これも魔物素材らしい。
店に入って5分で購入完了したイオくんと違って、僕のローブ探しは難航中だ。別に僕がなんかこだわっているわけではなくて、原因はこの無駄にこだわりのある友人がごねるからである。
前にソルーダさんが教えてくれたローブの素材、アラクネの糸とかマギスパイダーの糸とか……それね、高いんだよ。最低でも500,000Gとかする。で、僕はそこまでの物は要らないよって話になったんだけど……。
「一撃で死ぬかもしれないナツに良い防具を着せるのは俺の役目なんだ!」
とか言い出すからさーこの人。
「だからその一撃が当たらなければいいんだよ、そのためのイオくんじゃん」
「万が一ってことがあるだろ、と言うわけでこっちの物理防御力+20、即死無効のローブを」
「却下」
自分の装備品5分で即決したくせに、なぜ僕の装備品でそこまでごねるんだろうか。イオくんおすすめのローブは繊細なレース編みで出来ているとってもきれいな白いやつで、どう考えてもどっかに引っ掛けて破きそうで怖い。
「こっちの物理防御+10ので十分でしょ」
僕がプッシュしてるのは灰色の地味な感じのケープ。短めで動きやすいのも良いことだし、柄が無いからなんにでも合わせやすい。マギスパイダーとやらの糸ではないけど、フォレストスパイダーと言う、比較的入手しやすい魔物素材らしい。
「その色だと地味だろ」
「いや防具に派手さは求めてないし」
「ナツは白なんだ、これは譲れない」
「出たよなんかよくわかんないこだわり」
うーん、確かにこの店の売り場には他の白いローブ類が無い。でもなー。
「短めで袖が無い奴がいいんだよね、ローブだと裾が長くて意外と邪魔で」
「よし店を変えるぞ」
ええー。そんなこだわらなくていいよ……。
そんなことを繰り返すこと3回。4軒目の防具屋さんで、ようやくしっくりくる白のケープが見つかった。
「フォレストスパイダーのケープ、200,000G。物理防御+15で耐久度500。これが妥協点だね、お互い」
「んー、まあ仕方ないか……」
イオくんはどうしてもワンランク上のが欲しかったみたいでしぶしぶだったけど、最初っからそんな良い物ばっかり選ぶべきではないと思う。
それにこのケープ、長さがちょうど上半身隠れるくらいで裾が邪魔にならないし、イオくんの希望通りの白だし、一見無地に見えるけど白い糸で立体的な刺繍が入ってて結構こだわった作り……あ、この刺繍が能力付与になってるのか!
へー、<裁縫>の上位スキルで<刺繍>があって、<彫刻>で言うところの<魔術式>みたいなのが付随すると。
<魔術式>が住民の生活に密着系だとしたら、<刺繍>や<レース編み>で覚える<魔法図案>はステータスアップやスキル付与等ができるから、冒険用と。
店員さんの説明をふんふんと熱心にきいている間に、イオくんがさくっと支払を済ませてケープは僕のものになった。
早速着替えてみるとさらに真っ白になった。今ならレフ板になれる。
「いいな、<刺繍>そんなこともできるのか」
「でもイオくん、<刺繍>なんてやったことある?」
「ない!」
「だよねえ」
イオくんの<調理>を見るに、リアルでやったことある行動にはプラス補正、逆にリアルでやったことのない行動にはアシストがつく。僕の<彫刻>を見てもわかる通り、アシストの方だと品質があんまり上がらない。そうなると、専門家が作った店売りの商品を買う方がいいんじゃない? という結論に至るのだ。
「その<魔法図案>って<彫刻>にはないのか?」
「今のところないかなー。金属とかに彫刻できるようになればまた変わるかもだけど」
「ああ、今は木材だけだもんな」
イオくんは何か納得してたけど、僕としてはその<魔法図案>が取得できたとして、うまく<彫刻>できるかって考えたらまあ無理だね。だってこんなに細かい。棒人間とは比較にならない難易度じゃん。
そんなこんなで、再び戻ってきましたトスカ杖工房。
手ぶらってのもなんなので、ギルド前広場まで戻ってテールさんの焼き鳥……は今日おやすみなので、かわりにプレイヤーさんが作っていた焼きおにぎりを5個ほど手土産に買った。女性相手だから本当は甘い物がいいんだろうけど、お昼時だし、この匂いには敗北だよ。
呼び鈴を鳴らすと、前と同じようにエルモさんが「はいはーい!」と出てきて、「どうぞどうぞ」と中に入れてくれる。
「すごい杖できてましたよー、師匠が本気出すのは年に3回くらいなので貴重なものを見ました」
「そうなの?」
「店に卸す杖は規定通りに作んないと売れませんから」
「ああ、なるほど。世知辛いねえ」
でもある程度制限しておかないと、トスカさんはすごい能力てんこ盛りのとんでもない値段の杖とか作りそうだし、さすがにそういうのはイチヤでは売るの無理だろうな。
「そういえば、トスカさんはなんでイチヤで仕事を? トスカさんの本気の杖も、首都とかニムとかに行けば売れるんじゃない?」
「売れるでしょうねー。でも師匠はイチヤ出身で、若いころはニムでバリバリ働いてたんですよ。戦争が終わったから、のんびり暮らすんだ! という強い意志で故郷に戻ったらしいです」
「燃え尽き症候群かな?」
戦時中は杖なんかいくらあっても足りなかっただろうしねー。忙しい時期が過ぎたらのんびりしたくなる気持ちもよくわかる。
「ナツ、さあ手に取りな! これがお前さんの杖だよ!」
客間に入ると同時にそんな勇ましい声が飛んできて、ローテーブルには出来上がった杖が置かれていた。
「ありがとうございます。あ、トスカさんこれお土産です」
「昼飯!」
「やっぱりお昼食べてなかったんですね、どうぞどうぞ」
僕が差し出した焼きおにぎりを受け取ったトスカさんは、上機嫌でさっそく包みを開いて食べ始める。エルモさんが「ずるいー! 私もー!」とねだるのを完全無視して。強いな。
さて、僕は作ってもらった杖を、っと。
全長25センチ、白に淡い紫色が乗った木製の杖。
持ち手部分には滑り止めグリップが巻かれ、大変持ちやすい。持ち手と反対側には、丸く形を整えられた紫水晶がはめ込まれ、それを囲むように花、草、木々の細かな彫刻が施されている。
ファンタジー映画とかだと指揮棒っぽいのを振るイメージで細い方を敵に向けるのもあるけど、アナトラでは長杖でも短杖でも太い方に装飾……つまり宝石とかが埋め込まれていて、そこから魔法が発生するのだ。杖で敵を殴るタイプの魔法士は、殴って宝石を壊さないように注意する必要がある。
それにしても杖の色も相まってとても繊細な出来……というか綺麗すぎるなこれ。花束っぽい。僕が持ってていいのか? って気持ちになる。
何はともあれ、まずは<鑑定>。
マギホワイトカリンの魔法杖 品質★7 未強化
杖作成師トスカが作った良質な杖。様々な可能性が秘められているので、強化には宝石を要する。
装備条件:ナツ専用(譲渡不可)
効果:耐久値∞ 魔力+10
スキル:<自動調整成長> 使用者の望み、経験、習性などを分析し、成長する。
「おお……!」
スキル付きの杖だ……! すごい、あのお店のショーウィンドウには無かったし、初めて見た。
「そのスキルは扱いが難しいんだ。ナツの使い方や思考をフィードバックして成長先を決めるんだが、これと決めたカテゴリの中でどんな成長をするのかわからない」
「ええと、ランダムってことですか?」
「ある程度方向性が決まったランダムと言うべきかな。例えば、ナツが敵にデバフをかけまくっていたとしよう。そうするとその杖は「ナツはデバフを多用する人間だ」と学習し、次の成長カテゴリをデバフに設定する。で、そのデバフと言うカテゴリの中で、ランダムなスキルを習得したり、あるいは攻撃にランダムなデバフを乗せるようになるかもしれない。だが」
「だが?」
「運が悪いと、使うたびに自分にデバフがかかるようになったりする」
「ひえ」
「だから運はいいかと聞いたんだ」
そういうこと??
つまりバフばっかり使ってバフ好き人間だと思われたら、敵にバフつくような攻撃するようになっちゃうかもしれないって感じ?
こっわ!




