32日目:きれいな花には毒があることもある?
誤字報告ありがとうございます、助かります。
ところで、食べ物を食べるとき、それを美味しいと感じるには3つの要素が関係していると思う。
1つは当然、見た目。色とか形とかだね。ぐっちゃぐちゃに混ぜたカレーよりも、ちゃんとご飯とルーに別れたカレーのほうが美味しそうに見える、みたいなやつ。あと海外の青いケーキを見るとまずそう、って思ったりするやつ。
2つ目は当然、味。これはもう言わずもがなだ。
そして最後が匂いである。カレーのあの芳醇な匂い。あれが帰り道とかに漂ってくると、あ、今日カレー食べよう、って思ってしまう。なんか問答無用にお腹が空くし……って僕、例え話にカレー使いすぎだな?
ま、まあとにかく!
視覚・味覚・嗅覚揃って美味しいのである。だから、今回のように視覚と味覚と嗅覚に別々の情報が入ってくると、普通に混乱する、ということが言いたかったわけで。
「味は美味しい……。でも匂いが完全に桃だ……」
ふくざつなきもちー。
僕とテト、顔を見合わせてちょっとしょっぱい顔をしてしまった。だってなんかちぐはぐなんだもん。そんな僕達を見てイオくんが、「また同じ顔しやがって」と苦笑するんだけど、同じ気持ちだからね、仕方ないね。
「ナツがピザ味か。テトは?」
「シチュー味だって。イオくん食べた?」
「無味」
「はい?」
「味がない。しいていうなら……水?」
「水の味……とは……?」
味……? この桃の良い匂いしてる果物が、水……? ちょっとよくわかりませんね。
「如月くんは?」
と話を振ってみると、如月くんは眉を寄せながらとても微妙な顔で答えてくれた。
「多分、酢の物……ですかねこれ」
「それはおそらくガチャでいうとハズレ枠……!」
「知ってます、俺の幸運値10なので」
幸運値関係あるのかなこれ。でも10ということはPP振ってないだけでヒューマンの初期値で、イオくんも似たようなものだろう。僕は50あるから、美味しいのが当たったのかな? でも如月くんは「酸っぱいだけなら、酸っぱい果物もあるので……!」と渋い顔をしながらラダンの実を食べきっていた。残さないのでえらい。
「なんかすごい果物だね、グランさん」
正直な感想を口にすると、グランさんは「でーしょ」と頷く。
「でもこれ、結構凄いんだよー。バフかかってるでしょー?」
「バフ? ……あ、ほんとだ」
ステータス画面を開いてみると、どうやら「風魔法効果UP」という、見たことのないバフがついていた。風魔法限定なのがちょっと使いづらいけど、効果時間が30分と結構長い。これ、上手く使えば戦闘でかなり役に立つかもしれない。
「イオくん、ラダンの実を<収穫>していこう!」
「……ナツ、効果何だった?」
「風魔法効果UP……ん? まさか効果までランダム?」
「らしいな。俺は「槍術効果UP」だった、効果時間は30分あるが……」
「イオくん槍は使わないからなあ」
戦闘スタイルがぶん殴る系のイオくんなので、細長い槍は使いづらいらしい。効果時間の長さはかなり良い感じだけど、効果が一定じゃないなら微妙だなあ。でも、バフガチャと思うとわくわくするし……! やっぱり<収穫>してほしい!
「キラキラした目をしていやがる……。<収穫>すればいいのか?」
「お願いします!」
さすがイオくん話がわかる。僕が食べたラダンの実は品質★4だったけど、多分イオくんが<収穫>すれば★5なんだと思うんだよね。品質が良いほうが良い効果が出るかもしれないので、イオくんにお任せなのだ。後でなんか使えそうなアクセサリを作れるように<細工>を頑張ろう。
「テトもなんかバフかかった?」
だっしゅそくどあっぷだってー。
「おお、良いバフもらったね。でも今回は必要ないかな……」
テトの本気ダッシュだと、さすがのイオくんたちでも追いつけないかもしれないから、自重してもらおう。それで如月くんはなんだったのかな? と聞いてみたら、「闇魔法効果UP」だったらしい。
「これ完全にランダムなんですかね。方向性だけでも絞れたら、割と有用だと思うんですけど」
「僕も魔法系のバフだったら毎回ガチャしても良いなあ」
あ、でも戦闘前に毎回果物かじるのもなんか微妙だな。バフ料理食べるのと同じで、なんか面倒そう。とりあえずイオくんが10個くらいラダンの実を<収穫>してくれたので、後で活用方法を考えよう。
「グランさん、面白いの教えてくれてありがとう」
「どーも、楽しんでもらえたならよかったよー。ナツも【グローアップ】が使えるなら、3日位で実から木にすることができるよー」
「3日かあ」
僕でも3日でOKなら、グランさんならそりゃ一瞬だろう。さすが植物専門家である。それにしてもさっきからグランさんは僕達に色々気を使ってくれてて、本当に気さくだなあ。
「グランさんの密林には、ラダンの実はないの?」
「そーね、これはもっと南の方によく生えてるやつだからねー」
「じゃあ、グランさんの密林の名物はどんなの?」
「そーね、糖度が高いのが多いかなー」
なるほど南国の果物ってなると、バナナとかマンゴーとか? リアルでも甘い果物が多いよね。僕バナナめっちゃ好きだから、見つけたら是非イオくんにクレープ焼いてもらいたい。チョコバナナクレープ……!
なんか会話聞いてたらしいイオくんが呆れた視線を送ってくるけど気にしない。僕は欲望に忠実に生きるので! 美味しいものは遠慮なくリクエストするんだ!
*
さて、和やかな昼食タイムを終えて、僕達は再びグランさんの密林に向けて歩き出した。この調子なら夜には到着できるから、1泊して翌日案内してもらう予定だ。
普通こんなにスムーズに進まないんだけど、今回はグランさんが一緒だから全然魔物に会わなくて、戦ってるタイムロスがないからめっちゃペースが速い。とはいえ、グランさんの密林からゴーラまでは、歩きだと3日か4日くらいはかかるんだそうで。
「イチヤからサンガに行ったときは、馬車だったから3日だったなあ」
「へーえ。馬車って言っても速さは種類によって違うから、乗り合い馬車とかなら、歩きだと倍かかるって思っとけばいいんじゃないかなー?」
「もっと速い馬車ってあるの?」
「うーん、馬車を引く契約獣によるかなー? 力が強いとか、速いとか、体力があるとか、結構個性的だからねー」
「あ、なるほど。個性は大事だね」
家のテトのように人懐っこさに特化している子もいるからね。みんな違ってみんな良いのである。
おうまさんよりテトのほうがはやいのー♪
「テトは速いし空も飛べるからすごいよねー。良い子!」
にゃふー。
褒められたことに喜ぶテトさん、ちょっと足取りが弾む。素直に喜んでくれるので褒め甲斐があります。ちょこちょこ休憩を挟みつつ順調に進んでいくと、そろそろ夕暮れ時かな? ってくらいの時間帯でグランさんがテトにストップをかけた。
「ちょーい、ごめんねー。ここぐるっと迂回するからー」
「あれ? まっすぐ突っ切るって言ってなかった?」
「うーん、その予定だったんだけどー」
立ち止まったテトに、追いかけて走っていたイオくんと如月くんもすぐに追いついて止まる。「何かあったのか?」と問いかけたのはイオくんだ。グランさんはそんなイオくんに視線を向けて「うーん、それがねー」と、困ったような顔をした。
「あーれ。この先に、ほら、白い花咲いてるのわかるー?」
「どれ? ああ、咲いてるな」
グランさんが指さしたのは、ちょっと高低差があって低くなっている窪地みたいなところ。それなりの大きさの窪地で、これをぐるっと迂回するのがグランさんの要望だ。
「うーん、里に行ったときはキャスに連れてってもらったから気づかなかったんだけどさー。あれって毒なんだよねー」
「え、毒!?」
あの白い花が? 一見すると、大輪のきれいな花だけどなあ。白百合っていうのかな? そういう感じの花で、でも白い花びらには黒っぽい小さな斑点がすこし浮かんでいる。水玉模様だと思えばいっそ可愛い花だけど……。
「こーれ、僕が作った毒の花でねー。魔物避けに植えてたんだけどさー」
「あれ、魔物よけなら有用……?」
「でーも、ちょっと強い毒にしすぎちゃってー。匂いを長時間嗅ぐと昏倒するしー、うっかり食べちゃうと10分くらいで死ぬからー」
「物騒!?」
っていうかグランさん新種の植物まで作れるんだ? さすが神獣、やることのスケールが大きい……!
どくってなあにー?
「毒は体に悪いもののことだよ。テトも近づかないようにしようね」
おいしいー?
「なぜ毒の味を気にするんですかテトさん」
ナツ、からだにわるいものはおいしいっていってたー!
あ、はい。朝そんな話をしました、カップ麺の話題から。よく覚えてるなテトさん、やっぱりうちの猫とても賢い! でも毒は食らうと死んでしまうので食べ物と認識してはいけません。
僕がテトに毒は食べちゃだめだよーって話をしている間に、イオくんがグランさんに質問をしている。結構興味あるらしい。まあイオくん何でも知ってるからな、きっと毒も詳しいんだろうし。
「あの花はグランが管理してるのか?」
「んーん? 無駄に生命力強くしちゃったから、どっかから種が運ばれてきて根付いちゃったっぽいねー。あとで焼き払っておかないとー」
「焼き払うレベルか」
「そーよ、見かけたら極力処分してるー。でないと今後はトラベラーさんたちが森で無意味にばたばた死んじゃうからねー」
「生命力が強いのか?」
「まーね、1輪咲いたら3日後には一面同じ花だらけになるよー」
「それは難儀だな……」
まさかミントレベルの強さを持った毒なのかなこれ。最強じゃん……。
「てーか、うっかり踏んだりしたら、匂いと花粉のダブルパンチで即死かもー」
グランさん、めっちゃあっさり言うけど、それって大変なことでは? 僕達何も知らずにこの辺通りかかってたら、多分この窪地突っ切って死んでるよ今頃。
ひえっとなった僕と違って、イオくんと如月くんはなんか興味深そうに花を観察していた。特に如月くんは、<調薬>関係のスキルを持っているからか、真剣な眼差しだ。あ、今<鑑定>したかな? 僕もスキルレベル上げのために<鑑定>しとこう。えーと。
ディープポイズ、神獣グランの生み出した毒の花。その匂いはあらゆる魔獣を昏倒させ、一口でもかじれば、全身の身動きが取れなくなり死に至る。なお、遺体からは何らかの毒の成分は検出されるが、この花は密林周辺にしか咲いていないため、種類の特定は非常に困難……こっわ! 普通に怖いやつ!
ちょうど窪地に咲いているおかげで匂いが上まで届かないらしいので、そこだけは安心要素かな。とっとと迂回して通り過ぎてしまいたい……と思っていたところ、急に如月くんがこちらを振り向いた。
「グランさん、俺この花<採取>したいんですけど、普通に摘んだら毒くらいますか?」
「えーと、ヒューマンだと<抗毒>系のスキルないと厳しいかもー」
「あー、じゃあ無理か」
如月くん、めっちゃ残念そうに花を見ている。……毒、ほしいの? なんで? って思ったけど、そう言えば薬作ってるんだから毒にも興味あるのかな。
「如月、なんであんなのほしいんだ?」
イオくんが問いかける。
「常備薬作成の先のレシピなんですけど、とある薬を作るのに『用意できる中で最も強い毒』が材料になるんです」
「ええ?」
如月くんの回答に、イオくんは納得したように頷き、僕は驚いて声を上げた。だって薬の材料だよ、普通そんな物騒なものをいれると思わないじゃん……!
だがしかし、必要であるならば、入手に協力したい気持ちはある。うーん、とはいえ<原初の魔法>で過去に【抗毒】や【耐毒】は試したけど、いまいち効果薄かったんだよなあ。
「あ、<土魔法>の【レジスト】ならできるよ。20秒間状態異常無効にするやつ」
「20秒……窪地に降りて戻って来る時間を考えると厳しいですね」
如月くんの表情は真剣である。何か手段がないかと考えてるようなので、僕も一緒に考えよう。イオくんも是非一緒に、むしろメインで考えてもらって何か妙案をください。
「他力本願」
「イオくんの方が賢いから!」
大抵のことは、イオくんと一緒に考えればイオくんがどうにかしてくれるのである。これ、テストに出ます!