32日目:ランダムってわくわく
ところで、森の中を進むわけだから、捗るものがあるんだ。
そう、イオくんの<収穫>がね。
「木苺」
「ジャムにしよう!」
「これは山菜か。えーと、こごみ」
「胡桃和え!」
「なんでナツは山菜くわしいんだよ。タラの芽」
「天ぷら! おばあちゃんの知恵袋だよ!」
「これ季節感どうなってんのかわからん……山芋」
「とろろごはん! あ、とろろそばでも!」
ダンジョンで野菜がもらえるようなこの世界で、季節感なんて気にしたら負けだと思います。というか<樹魔法>の【グローアップ】があるからには、どんな野菜だってすぐ育っちゃうだろうし。
まあそれは置いといて、素晴らしい山の食材が次々現れる道中である。自慢じゃないけど山の幸なら自信があるよ! 料理はできないけど、調理方法なら! というか山菜系はだいたい天ぷらにしとけば間違いないっておばあちゃんが言ってた!
ナツー、これたべものー?
「テトえらい! 胡桃だね、食べ物だよー」
わーい!
僕達が嬉々として<収穫>しているせいで、テトまで食材ハンターになってしまった。胡桃の実を咥えて持ってきたテトさんは、それが食べ物だとわかって大喜びだ。その姿を見て如月くんまでもが、
「テトこっちから来ましたよね? 胡桃たくさんあるなら拾ってきましょうか?」
などと言い出す始末である。あれ、僕達って食材探しにきたんだっけ? と少し考えてしまう……けど美味しいものなんてなんぼあってもいいから止めない。
「<収穫>なくても大丈夫なんだっけ?」
「品質下がるけど拾えないことはなかったはずです」
「待て! 俺が行く! 胡桃和えにするんなら品質は下げたくない!」
イオー、こっちなのー!
意気揚々とイオくんを案内していくテトさん、お仕事を立派にこなしていてえらい。
そしてその場に取り残される如月くんと僕、ステータス画面を開いて<収穫>スキルを前に、若干悩む。
「……たとえ<収穫>スキルを取ったとしても、イオくんほど手際良くはいかないし……!」
そもそも僕ってリアルが器用じゃないから、柔らかいものとか潰しそうだし、せっかくスキルあっても食べ物と気づかずにスルーしちゃいそうなんだよなあ……! 沢山食べ物があるときに<収穫>を手伝えるのは利点ではあるけど、どうせイオくんに言われたときしかスキル使えない気がする。
……ここはステイ!
「うーん、俺もちょっと欲しいような……でも<調理>しないならいらないような……!」
同じような葛藤を抱える如月くんも、しばらく迷った末にそっとステータス画面を閉じたようだ。食材でもギルドに持ち込めば売れると思うんだけど、如月くんの場合は普通に薬売ったほうが儲かるだろうしねえ。
あ、そういえば。
「如月くんSP今余裕あるの?」
「無いです!」
「じゃあ<収穫>で迷うのはやめよう!」
「必要ないってわかってても欲しくなることってありますよね……!」
「めっちゃ気持ちはわかる……!」
実は今、取得可能スキル一覧に<口笛>とか<オカリナ>とかを見つけてですね……。吹けるの!? マジでスキル取得するだけで!? ってなってる。いらないけど、絶対にいらないけど、若干ほしい。
いや口笛吹けるよ! 吹けるけどなんかカッスカスな音しか出ないんだよ僕!
そんなことを考えて一人で葛藤していると、テトとイオくん、そしてグランさんが戻ってきた。
「大量」
と麻袋を掲げてドヤ顔をするイオくんである。許されます。
くるみいっぱーい♪
「グランが増やしてくれたぞ」
「えっ、ありがとうグランさん!」
「まーね、これくらいはねー。歓迎のきもちってやつさー」
相変わらずテトの頭の上で仁王立ちしているグランさん、胸を張ってえっへんとした。ドヤ顔というにはまだおとなしいので、グランさんはドヤ度数が低い。家のテトの半分もなさそう。
そしてグランさんよりドヤーっとしているテト、期待に満ちた眼差しで僕を見上げてくるのだが……。
「テト、グランさんがいるから頭撫でられないよ」
えー。じゃあくびのところこしょこしょしてー。
「よろしい!」
テトは首周りを掻いてもらうのも好きです、テストに出ます。
まあそんな感じでいたるところで足を止めつつ、色々な食材を<収穫>しながら進む僕達なんだけど、流石にインベントリが埋まって、途中から如月くんに少し持ってもらったりした。テトが「テトはこぶのー!」ってごねたけど、食品は時間経過しちゃうところに入れてはならぬ。というわけで「美味しいものはイオくんが保管するんだよ」と説得して納得してもらう。
おいしいのだいじー。
だそう。だよね、大事だよ。
まあ、今のテトは、僕を乗せて運ぶという別の仕事があるので、ある程度折り合いをつけてくれたのだろう。テトがいなかったらこの道中の半分くらいですでにバテている自信がある僕です。でも物理防御にPP振りたくないので体力もしばらくこのままを維持する予定だ。
「あ、そろそろお昼ごはんの時間だよ! セーフゾーン探そう」
「もう少し前方右側にありますよ」
ごはーん? きらきらのはっぱー?
「そうだね、ダンジョン産野菜でまだ食べてないのがあるから、イオくんに料理してもらおう」
確か、金色のレタスとほうれん草と白菜がまだ手つかずのはず。と思ったらイオくんは「却下」と冷たい返事である。
「ああいうのはちゃんとした調理器具があるところで料理するんだよ」
だ、そうです。出た、料理人のこだわり。でもそれで美味しいものがさらに美味しくなるというのならば文句は言うまい。イオくんにまかせておけば間違いないのである。
ゴーラにもかまどか、それに準ずる良い調理器具があると良いね。
それから少し歩いてセーフゾーンに入り、インベントリからテーブルセットを出して並べる。時計を見るとちょうど正午を回ったところで、お腹の空き具合も丁度いい感じである。
「えーと、もう少しでなくなりそうなものは……」
共有インベントリ、ほとんどイオくんの作った料理で埋まってるからなあ。正直美味しいものが多くて目移りするけど、今後の食材確保のためにもインベントリを空けとかないと。
「あ、ジャム入りの蒸しパン最後の1個だから、テトのお昼にしていい?」
「おう。半端に残ってる根菜が多いから全部ぶち込んで豚汁にするか」
「いいねえ。それじゃあ8個ある鮭おにぎり全部出そう。3人いれば8個はいけるでしょ」
「5つあるだし巻き玉子を全部出して……ラスト1個の奴全部出すか。喧嘩しないで食えよ」
言いながらイオくんは鍋を用意して、適当な野菜をまな板の上にどんどん並べていく。すでにいちょう切りになっている人参と大根……そりゃ場所取るわけだよ。でもこうやって切って保存しておくのって、作るときに手間がなくて流石だなって思います。料理人はこうやるんだな……って。
「大根ってさ、4分の1買っても使い道わかんなくて、全部お味噌汁に入れちゃわない……?」
「あー、家の母親は、大根は全部煮ればいいって言ってました」
「すりおろすとか炒めるとか色々あんだろが」
あー、大根おろしか。いやでも大根おろし作るためにわざわざ大根買わないよ、一人暮らしだと。最近はなんか、大根おろしのパックとかも売ってるけど、あれあんまり美味しくないんだよねー。
イオくんは呆れた顔しながらも、手際よくじゃがいもを切って、ダンジョンで採取したしいたけもちゃちゃちゃっと切った。すっごい速い。と思ったら、<料理>レベル15で【手際プラス】というパッシブアーツが出て、めっちゃ速く手が動くらしい。
これはイオくん人間の領域を超えちゃったね。さすが神様に料理を食べてもらえた男、料理人としての功績が認められてこの域に達したのであろう……とか思ってたらめっちゃ微妙な顔をするイオくん。
「ナツなんか変なこと考えてるだろ、やめろ」
「イオくんの料理人としての大成を喜んでいるだけだよ」
「料理人じゃねえし」
イオはよいりょうりにんだよー。
「テトはナツの言う事を何でも信じるんじゃない」
僕達が茶番しながらお昼を用意している間、グランさんはぴょいっとテトの頭から飛び降りると、セーフゾーンを出ている。「うーん、すぐもどるねー」とか言ってたから心配はしてないけど、結局豚汁が完成してお昼ごはんを食べ終わるまでは戻ってこなかった。
グランさんにもなにか食べてもらいたかったような気もするけど、神獣さんも食べ物は嗜好品って感じだからなあ。
とりあえず食後のコーヒーをイオくんが豆から挽いてくれて、めっちゃ良い匂いが漂ってきたころに、ようやくグランさんは戻ってきたのであった。
「やーあ、ただいまー」
「あ、おかえりグランさん。どこ行ってたの?」
グランせんぱい、はっぱいっぱーい。
どこか狭いところでもくぐり抜けてきたのか、テトがいうように沢山の葉っぱをくっつけているグランさん。その場でぶるぶるして葉っぱを落とし、ひょいとテーブルの上に乗っかる。すかさずイオくんが【クリーン】をかけた……食卓だから清潔に保ちたいんだね、やっぱ料理人だと思う。
「そーね、南の方に珍しい果物があるからさー、ちょっと紹介したくて、持ってきちゃったー」
「珍しい果物?」
「じゃーん」
ばばーん! とグランさんが高く掲げたのは、黄色っぽい……桃みたいな匂いがするけど、りんごのように表面はつるっとした果物。これはリアルには無い果物っぽいな。
「<鑑定>。ラダンの実、ですか」
如月くんがすかさず鑑定してるので、僕も便乗して……気まぐれな風竜が研究に研究を重ねて作り出した神秘の果実、ラダンの実。味も効果も未知の領域……と出た。ラダン……?
「これまさか、効果ランダムにつくやつか」
「あー、それだよきっと! ランダムだからラダンかあ」
「え、味は? 味についての説明がまるでないんですが」
「まさか味もランダムなのか」
「ガチャじゃん!」
え、なにそれ俄然興味が湧いた。味ガチャだ、外れてもそんなに悔しくないし、当たったらめっちゃ嬉しい予感がする!
「グランさん、それ何個ある? 何かと交換してくれたりする?」
目を輝かせた僕に、イオくんは「またこいつは」って顔をしているけど何も言わなかった。だってガチャだよガチャ、引かねばならないと思う! 僕にできるかぎりの対価は出させていただく!
勢い込む僕をじっと見て、グランさんは「そーね」と少し考えたようだった。
「うーん、じゃあなんかふわふわなものと交換ー」
「ふわふわ……?」
なんかあったっけ? と思いつつインベントリを漁る。そういえばグランさん、テトの毛並み気に入ってるし、毛布とかあったら気にいるかな? とか思っていると、イオくんが横からすっと手を伸ばして、僕のインベントリの枠を指さした。
「これだろ」
「……存在を忘れてました! ハウリングラクーンの、たぬきのお守り!」
そう言えばイチヤの夜戦で入手してたなそんなの。ふわふわたぬきの尻尾風キーホルダー。開幕2分間防御力が上がるっていうお守りなんだけど、ぶっちゃけ使わないからトラベラー相手に売ろうかと思ってたやつだ。
引っ張り出してグランさんに差し出すと、「おお!」と嬉しそうにグランさんはその尻尾を抱きしめた。……グランさん小さいから、なんかちょうどいい抱き枕って感じになっている。
「いーね、いーね、こういうの求めてたよー。取引成立ってことで、ちょっと下がっててー」
「下がる? えーと、このくらい?」
よくわからないけど指示されたので3歩ほど下がる。するとグランさんはおもむろに地面にラダンの実を置いて、「いっくよー」と。その小さな前足に緑色の魔力をわーっと集めて、ていっと実に向けて放つ。そして吹き荒れる暴風と、しゃらららーって感じのきらきらした効果音。
「う、わ、っと!」
いきなりの暴風はぺらぺらのエルフにはきついです! と叫ぶ前にイオくんの手が背中を支え、テトが僕の後ろに回り込んでガードしてくれた。ありがとう頼りになる……!
ナツのことはテトがまもるのー!
「うう、なんて頼もしいんだテトさん、ありがとう良い子。イオくんも毎度お手数おかけします……!」
「筋力」
「だが断る!」
そして暴風が過ぎ去ると、そこには僕達の身長よりも高い1本の木がそびえ立っている。その枝に実ったラダンの実……たくさん。
「ふーう。いい仕事したなー」
と額の汗を拭う仕草のグランさん。かわいいけど、わざわざ木を生やした……だと……?
「さ、さすが神獣! スケールが大きい!」
「でーしょ、食べてみていいよー」
ご機嫌な様子のグランさんに促されて、僕たちはそれぞれ手近なラダンの実を手に取った。テトの分はイオくんがささっと取ってくれたので、出遅れた僕はちょっと悔しい。
さて、匂いはどう考えても桃の匂いなんだけど……グランさんは皮ごとかぶりついているのでこのままいっちゃって良いのか。一応【クリーン】をかけて……。
「いただきます!」
食べ物に関しては、僕が先陣を切る!
そんな気持ちでかぶりついたラダンの実、匂いからは想像もできない味が口の中に広がったのであった。
「……ピザ味だこれ!?」
しちゅーのあじがするー!
あ、もしかして最近食べた美味しいものの味するやつ??