32日目:いざ、西のジャングルへ!
リアルで夕飯休憩を終えた僕達は、如月くんと約束の夜8時に再ログインした。
昨日も色々あったけど、今日は神獣さんたちのこととかは一旦置いといて、ゴーラへ向かわねばならない。ちゃっちゃと布団を片付けて朝食を食べ、ゲーム内時間9時に門の前に集合である。
村長さんには昨日も軽く話をしておいたので、お世話になりましたと頭を下げるにとどめた。また戻って来ることも伝えてあるので、「部屋はそのままにしておくからのぅ、また泊まりにおいで」と温かい言葉をもらってしまった。ぜひぜひお願いしたい。
そのまま庭でスタンバイしていたグランさんを拾って、リュビとサフィとキャスさんにも「またね」と挨拶。特にひよこ組は僕の手にすりすりしながら「気をつけてね」的なことを言ってくれたので和んだ。
「お土産買ってくるね!」
「ぴ(期待)」
「ぴ!(よろしくお願い!)」
この素直な反応だよ。これはもう少し時間が経ったらナツお兄ちゃんと呼んでもらえるのではないでしょうか! どう思うイオくん!
「伝説の兄になろうとするな?」
「あ、ハイ」
そうだった、すごく懐いてくれて嬉しかったのであんまり気にしてなかったけど、炎鳥さんは伝説の存在。流石に兄になろうとするのはおこがましいか。せめて頼れる人間くらいの位置を目指そう……。
おでかけー♪
とご機嫌なテトさんが先頭で、トラベラーたちで賑わうギルド前広場を横切って門の前へ。グランさんはふわふわのテトの毛並みに埋もれるように、白猫の頭の上に陣取っている。エクラさんがやってたみたいに、他の人に見えないようにしているらしい。
「まーね、僕がいると住人たちが混乱するからさー」
とのことである。確かに。道端で住人さんたちに五体投地されたらめっちゃ困惑するからな……!
ギルド前広場は結構賑わっていて、この前焼きそばの屋台が出ていたところに、今日はいちご飴の屋台が出ていた。いいねえ、甘いものもこうして徐々に広まっていくんだろうな。里の皆さんの味覚も変わっていくんだろうか。
「里の壁、もっと丈夫なやつに作り直すらしいよ。アサギくんの主導だって」
「ああ、トラベラーが来るようになってから、魔物が近くをうろついてることがあるらしい。せめて石壁にしたいって言ってたな」
「街ほどの立派なものにはできないけど、一応スペルシアさんのご加護もあるし、ある程度安全が担保されてほしいよね」
ちなみに、塀や壁に囲まれた状態の集落は、スペルシアさんの加護のお陰で魔物が入り込めなくなっている。でも、遠方から魔法や物理で塀を壊して穴が開いてしまうと、加護が消えて魔物の侵入を許してしまう……らしい。だから街はでかい石壁を作って、絶対に魔物を入れないようにしてたんだって。上空から石とか投げ入れられたらそれは通るから、壁があったとて絶対に安全ではないんだけれども。
魔物への指揮系統というか、司令官的な位置にいたのが魔族だったという話もあって、だから戦後の魔物が連携して動くことはあんまりなくなって、前よりは安全になってるらしい。
門のところには、すでに如月くんが来ていた。そしてなんか門番のイナバさんにめちゃくちゃ別れを惜しまれている。
「また里には戻ってきますんで……! あ、ナツさんたち来たのでこれで! またお会いしましょう!」
と慌てた感じの如月くんに促され、そのままサクッと里を出る。
何でも、イナバさんのご家庭に関する連続クエストをクリアしたら妙に感謝されてしまったらしい。
「なんか弟と妹たちとうまくいってないって言うんで、ついアドバイスしちゃったんですよ。俺も弟と妹いるんでなんか、気持ちがわかるというか……」
「へー、それで解決したんだ?」
「なんか思ってたより深刻だったみたいで、俺のアドバイスで関係が改善したってめちゃくちゃお礼言われちゃって。家宝の刀とかくれようとするからホント困りました」
刀は断ったらしい。まあ、如月くんは双剣士だから、もらっても宝の持ち腐れになっちゃうからねえ。あ、でも二刀流ってことで、刀2本でもいけるのかな……?
「刀は一応剣の分類なんで、双剣士でも使えないことはないですけどね。ただ、双剣ってデザインが対になってたり、2本揃うと特殊な効果があったりするのが多いんで、片方だけ刀っていうのはちょっと」
「え、そうなんだ? 二刀流用の刀もあるのかな?」
「あると思いますけど、見たことないですね」
しみじみ言う如月くんである。……っていうか今、めっちゃナチュラルに心読まれたな……。
「ねーえ、もういいい? 友達紹介してよー」
僕が一人でぐぬぐぬしていると、テトの頭の上からグランさんがぴょいっと顔を出した。ちんまい緑色のリスさんの突然の出現に、如月くんが一瞬びくっとする。……そう言えば如月くんはグランさんと初対面かあ。
「あの、こちらは……?」
恐る恐るって感じにグランさんを見つめる如月くんの様子を見るに、やっぱりグランさんも威圧感みたいなの出してるのかなあ。こんなにかわいいのに。
「紹介します! こちら、これから向かう密林の主、神獣のグランさんです!」
グランせんぱい、とってもしょくぶつにくわしいのー。
「あっ、やっぱりそういう方ですよね、知ってました……! はじめまして、ナツさんたちとゴーラまで同行します、如月です」
「どーも! はじめましてー、神樹林栗鼠のグランだよー」
一瞬呆れたような視線をもらった気がするけど、気にしない。如月くんは丁寧にグランさんに頭を下げて、自己紹介をした。こういう挨拶がちゃんとしているところが、如月くんの好青年たる所以である。
「ナツさんの人脈どうなってんですかマジで」
とか言われたけど、神獣さんなので人脈ではない。神獣脈? なんか語感が悪いから人脈でいいか……。
「里の村長さんの家が、リュビとサフィのお陰で準神域になったのは聞いてる?」
「あ、はい。それはアサギさんから聞きました」
「その影響で、近くに住んでいたグランさんとその友達のキャスさんが神域を見に来たんだよ」
「神獣さんが来たことは聞いてますけど……」
それでなんで僕達の旅に同行することになるのだ、と如月くんの目が言っている。更に説明をしようと思ったところ、テトの頭の上でぴょんと飛び上がって仁王立ちになったグランさんが、自ら口を開いた。
「そーね。僕の管理地域がここからゴーラ方面に行く途中にあるから、そこまで案内するよーって話になったんだよー」
「密林なんだって! ジャングル! 見てみたいよね!」
テンション上がってる僕に、グランさんはちょっと得意げに胸を張っている。そしてなぜかそんなグランさんを頭に乗せているテトまで、つられてドヤっている。なんでテトのほうが得意げなのかよくわかんないけど、かわいいからいいか。
「そりゃジャングルって言われるとちょっと興味ありますけど」
「俺、ターザンやりたい」
「イオさんもノリノリなんですね……」
苦笑する如月くんの言葉に、あっと思った。その話が来たときにあらかじめ如月くんに了承を取るべきだったな、勝手に決定してしまって申し訳ない。もしかして如月くんはジャングル行きたくないかもだし、そうだったら途中から別行動しなければ。
「ごめん如月くん、勝手に……!」
「ああ、それは全然大丈夫です。ナツさんが決めたんならむしろ行きたいので」
「なんだろう、僕じゃなくて僕の幸運に対する圧倒的信頼を感じる……!」
「期待してます!」
う、うーん。いいらしい。
でも予定を勝手に変更するのは良くないので、今後はちゃんと事前に報告して許可を取らねば。僕こういうの全然気が利かないし、一緒に行動してるイオくんが基本僕に任せる方針だから、報告を忘れがちなんだよね。これはあんまり良くない兆候、きちんと報告連絡相談ができる人間にならねば。
「今後は気をつけます!」
ビシッと宣言したところ、如月くんは「いや本当にいいですよ」なんて言ってくれたけど、あまり人に甘えるのは良くない。気をつけねば。
一人反省会をする僕を尻目に、
「密林の食品ってなんだと思う?」
「えー、カカオとかですかね?」
とか会話を始める如月くんとイオくんである。あ、忘れてたけどそろそろ【サンドウォーク】をかけておくか。グランさんに聞いてみると、ここから西方面にまっすぐ突っ切るらしいし。
ナツ、のるー?
「乗せてー!」
まかせろー!
力強くテトが伏せた。さあ乗って!! ときらきらの眼差しを向けるうちの猫、めっちゃかわいいと思います。なんかこう、僕のキャラクター設定的に軽いとは思うんだけど、猫って柔らかいから潰しちゃいそうって思って、テトに乗るの毎回もたついてしまう。なんとか背中に乗り込むと、テトは意気揚々と立ち上がり、グランさんは「やーあ、いらっしゃい」と片手を上げた。
「グランさん、ここから密林までどのくらい?」
「そーね、1日歩いたら着くと思うよー。ちゃんと美味しい木の実とかなってるからねー」
「お、やった! テト美味しいのあるって!」
たべたーい!
喜んでぴょんぴょんするテトである。乗ってる僕達もめっちゃがっくんがっくん揺れてるはずなんだけど、なぜか全く揺れを感じないというこの不思議な感じ……。<騎乗者保護>スキル、凄いな。
「そーだ、ごめんねー? もしかして魔物と戦いたい感じだったら、僕がいるから全然寄ってこないかもー」
グランさんが道案内役なので、テトを先頭にして、後ろからイオくんと如月くんがついてくるような陣形で歩いていると、思い出したようにグランさんがそう言った。これはもしやあれか、グランさんが強すぎるがゆえに……ってやつか。
「如月くんレベル上げしたかった?」
「いえ、いいですよ。里の周辺で戦闘はできましたし。イオさんは?」
「熊タイプがいたらタイマンやりたい」
「出たよバトルジャンキーが」
如月くんと一緒に行ったダンジョンの、モンスターハウスで最後に戦ったあの熊か。たしか、稀に熊型の魔物だけタイマン勝負を仕掛けてくるってやつ。イオくん、あれかなり楽しかったんだなあ。
「グランさん、このへんって熊いる?」
「うーん、小さいのしかいないよー。プティベアーっていう、子犬くらいの大きさのやつー」
その大きさだとタイマン勝負も微妙かなあ。イオくんが残念そうな顔をしたので、あとで大きい熊の出る場所を探しておいてあげねば。
ちいさいのなら、テトもかてるかもー?
「テトさん、君は戦わなくて良いからね……!」
イオかっこよかったのー、しゅしゅってー。
前足パンチを繰り出すテト、とても楽しそうだけど、イオくんは本来剣士です。剣士のはずなんだ、たとえ剣や盾を使ってぶん殴るタイプの剣士だとしても。あ、イオくんまでちょっとドヤ顔してるし! テトがイオくんのこと褒めてるってわかってるなこれ。
「じゃあ、別に戦闘はいいか。グランのところの密林を見たら、またそこからゴーラまで歩くしな」
「そーね。僕の密林にはあんまり魔物出ないけど、その周辺には色々いるよー」
グランさんが教えてくれたところによると、僕達が歩いていく道中にはフォールバードとかハウリングラクーン……あの硬いたぬきがよく出るらしい。南方へ下るとフォレストスパイダー、正道沿いにはウォータースパイダーとイミテロックとかいう、岩っぽいめっちゃ硬いムカデみたいなのが出て、密林からゴーラ方面へ向かう道中はナイトバタフライという幻術を使う系のでかい蝶とか、マッドワームという虫っぽいのとかが主な敵だそうで。
「……なんか良さそうなもの落とす魔物いるかな?」
「うーん、僕そういうの詳しくないからよくわかんないなあ。でも、確かマッドワームって特殊な糸を落としたような気がする」
「糸かあ」
それは売れそう。食べ物じゃないなら積極的に狩らなくても良いけど、ちょっと気になるね。
「ねーえ、僕の密林にも採取できるものは色々あるからねー。ナツたちは特別に、色々持ってっていいよー」
「わーい、ありがとうグランさん!」
グランせんぱいさすがやさしいのー!
色々あるのかあ……美味しい木の実とやらも気になるし、ほんとに楽しみだね! 目指せ、今日中にジャングル到達!