閑話:魅惑のカップ麺
ラーメンの話をせねばなるまい。
そう、もう冷蔵庫に食材のストックがあんまりないので。
ナツとラーメンの出会いは小学校中学年のころ。母が外出で不在にしていたとき、昼食のために父が出してくれたのが、カップラーメンだった。ずらっと机の上にカップ麺を並べて「どれがいい?」と問いかけた父に、これなに? と思ったのが第一印象である。
それまでは、麺類と言えばうどんやそば、そうめんや焼きそばなどは食べたことがあったけれど、ラーメンはなかった。母ができるだけインスタント食品を食卓に出さない人だったのだ。塩分が高いからあんまり食事にしたくない、と後に言っているのを聞いたことがある。
ナツにとって、麺料理はちゃんと茹でたり焼いたりする、ひと手間かけるものだったのだ。
であるがゆえに、お湯を入れて3分待つだけというお手軽さは、「本当にそれは料理なのか?」という気持ちになったのである。
ぽかーんとするナツに、父は「これはちょっと辛いのだからだめ、こっちは味噌、これは醤油、これは……」と1つずつ説明してくれた。ちなみにこれはスーパーでまとめ買いしている、父が職場で食べるためのカップ麺だったらしい。
説明をよく聞いてから、ナツが選んだのは味噌ラーメンだった。だって父が言ったのである、味噌が一番無難だと。
そんなわけで人生初のカップ麺は味噌味だった。
間違いなかったね、あれは。
カップ麺の美味しさを知ったナツは、その後事あるごとに「ラーメン食べたい!」と母にねだった。その甲斐あって、鍋で作るタイプのインスタントラーメンや、生麺系のラーメンが食卓にあがるようになる。
母が言うには、あれらは野菜が沢山乗せられるので良いらしい。ただし、あんまり頻繁には作ってくれなかったけれども。
ナツとしても、野菜たっぷりのインスタントラーメンは嫌いではない。ちょっとニンニクを足してもよいし、母が色々味を足してくれたりするので、毎回違う味で楽しめるのも良かった。卵が入ってたりするとテンション上がるし。
ここまでのナツの認識では、ラーメンって健康的な食べ物では? という感じだった。だっていつも野菜もりもりだったので。シャキシャキのもやし、たっぷりわかめ、野菜炒め、ほうれん草や卵、色々乗るではないか。
基本の味も味噌、醤油、塩とそれぞれ違ってバリエーションも豊富だ。でもたまには最初に食べたみたいな、濃い味のカップ麺も食べたいなーなんて思っていたのだが。
それは中学校の部活の帰り道。
ナツはついに出会った。お店のラーメンに。
油ギトギト!
チャーシューたっぷり!
芳醇すぎるスープを一口飲めば、それだけでもよくわかる圧倒的塩分とカロリーの暴力!
ラーメン? これがラーメンだと!?
馬鹿な、ラーメンは一体いくつの顔をもっているのだ……!
ナツは衝撃を受けた。野菜たっぷりインスタントラーメンも嫌いではない。あれはあれで美味しいものである。だがしかし、だがしかしだ!
レンゲですくったスープに浮かぶたっぷりの油!
トロトロにとろけるチャーシューの旨味!
ベースとなるのが豚か鳥か牛か魚介か、はたまた合せ技かでも変わるスープの味わい!
味噌、塩、醤油、辛味を足しても酸味を足しても甘味を足してもOKという許容範囲の広さ!
堂々たるアクセントの味玉!
替え玉無料!? そんな贅沢あってもいいんですか!?
えっ、これに餃子と半チャーハンをつける!? ちょっと意味わかんないほど豪華では……!?
……と、まあ様々な衝撃を受けてナツは悟った。
ラーメン、めちゃくちゃ旨いけど、この旨味は暴力的ではあるまいか、と。
さて、今でこそラーメンには選択肢がある。袋麺にも昔ながらのやつと最近流行りの生麺に近い奴があるし、カップ麺にも人気店監修とかローカロリータイプとか変わり種とか、様々な楽しみ方があるのだ。
冷蔵食品も、茹でる一手間があれど味はかなり美味しいし、何なら冷凍食品にもラーメンがある。これは結構お店のラーメンっぽさがあるけれど、さほど市民権を得ていないような印象だ。レンチンで終わるから簡単なんだけれども。
チャーハンは絶対お店のやつが美味しいけど、ラーメンはお店が絶対とは言わない。
なぜならインスタントラーメンにもカップ麺にも冷凍麺にも、それぞれに良いところが違うので。カテゴリはラーメンかもしれないけど、多分全部違う食べ物だと思うのだ。生麺の良さとインスタントの良さが違うように、なんかこう、別物感が強いじゃん? とか思うナツである。
母にきつく言われているので毎日カップ麺を食べたりはしないが、正直カップ麺めっちゃ美味しいと思ってるし、何なら今日の夕飯を選ぶだけでもわくわくしてしまう。
「どーれーにーしーよーうーかーなー!」
なーんてテーブルの上に並べるテンションも上がるというものである。
仙台の辛味噌ラーメン。これがまた生麺タイプのちょっとお高いやつでマジで美味しい。おにぎりにめっちゃ合うので、これを食べるなら冷凍ご飯をチンして握ることもやぶさかではない。
次に大変捨てがたい担々麺。担々麺ってラーメンの中でも異色だと思うんだけど、正直スープまで飲み干すならこれ一択である。
そのとなりはカレー味。これがまた、ふやけるほど時間を置いたくったくたのやつがめっちゃ美味いのである。カレーは飲み物という言葉をしみじみ呟くことができる。
そしてさらにシーフード。なんだかホッとする定番の味で、あっさり系の後味が夕飯にピッタリ。ちなみにナツは外国で売っているシーフードヌードルを食べたことがあるが、この定番に比べるとコレジャナイ感がすごかった。やはり日本のシーフードこそ至高。
続いてデカさで勝負! もやしたっぷりの味噌ラーメン。これもまたシャキシャキもやしがうまいのだ。そして食べごたえという意味ではこの中で一番ダントツの内容量である。
さらにさらに、定番醤油味。ちょっとお高い、中に小袋が3つも入っているタイプ。これはノンフライ麺の喉越しと背脂が絶妙である。具材にワンタンが入ってるところもポイントが高い。
最後のラインナップは有名豚骨ラーメン店監修のお店の名前を関したやつ。これは某コンビニでしか売ってないので食べるタイミングを慎重に見極める必要がある……ないけどある。だって常にストックしておきたいじゃん!!
むむむとナツは唸る。
ちなみにここにはないけれど、チリトマトの変わり種カップ麺とか、でっかいカップ麺の豚キムチとか、むかしながらのとろみのあるもやしそばとかもめっちゃ好きである。チキンなラーメンも素晴らしい食べ物。でもあれ卵を上手く固められた記憶がないので今後チャレンジを続けていきたい。わかめたっぷりのやつとかもなかなか……ってきりがないな。
とにかく、今日は何を食べようかな?
ちなみに、お店でラーメンを食べるなら、スープは味噌か醤油が好きである。細麺も良いけど、食べごたえを考えるなら太麺派。よく行く町中華のラーメンは、太縮れ麺に醤油ベース、魚介系の旨味を足した実に満足感の強い一品だったりもする。
だけどぶっちゃけお店で食べるラーメンは定番から変わり種まで、8割くらいは全部美味いと思う。創作ラーメンとかでもめっちゃ美味いのあるじゃん、トマトベースのやつとか。あとやっぱチャーシューはお店のやつが一番!
ただ外食という選択肢だと、ラーメンよりもうどんをチョイスしがちなナツである。だって安いので。安いというのはそれだけでとんでもないアドバンテージなので。
逆にカップ麺だと、うどんは一切選ばない。お店で食べるのはちょっと苦手な濃厚とんこつも、カップ麺でなら気軽に食べられて良い。いや好きだよとんこつ。でも1口目を食べるまでが苦手なのだ、匂いが強くて。1口食べればもう、匂いなんか一切気にならないんだけれども。
本当に許されるなら毎日カップ麺でも良い。でもそれをすると母だけでなくイオにもめっちゃ怒られるのでやらない。ナツは一度怒られたらちゃんと学ぶ男なのである。
はい、すでにやらかしました。ごめんなさい。
だって一人暮らしで好きなの食べて良いんだって思ったらさあ!
そんなわけで、ナツはラーメンが大好きである。
というかお子様味覚なので、子どもが好きそうなものはたいてい全部大好きである。もちろんちゃんとインスタント麺を茹でて野菜たっぷりでいただくこともある。だが、今はカップ麺な気分。ジャンクなものを食べたい、そんな気持ち。
「ここは……辛味噌!」
本日はこれからゲーム内で旅立ちなので、ちょっと豪華に生麺タイプを! ちなみにこれにもシャキシャキもやしが付属していて満足感の高い一品である。そそくさと冷凍ごはんを温めて、おにぎりも作りたい。ナツはラップに包んで形を作るタイプだ、だって熱いじゃん。
お湯を沸かして、カップ麺付属の小袋などを取り出しつつ、ナツはしみじみとイオとラーメンを食べに行ったときのことを思い出していた。
あれは、高校3年生の春休み。もう受験も終わって結果も出て、春から大学生だーという開放感に満ち溢れていた時期。
「寒いからラーメン食べに行こう!」
と誘ったナツに、イオは微妙な顔をした。
「……作法がわからん」
「作法?」
作法とは? とぽかんとしたナツに、イオが淡々と続けて曰く。
「ラーメン屋とか行ったことがない。どういう手順で注文するのかわからん」
「お、おうふ。なるほど……!」
そう言えばこの美形、実はお金持ちのお坊ちゃんであった。なんか乗りが合うので毎回忘れがちだけど、育ってきた環境が真面目にかなり違う相手なのである。
まさか、と思いつつナツは問いかけてみた。
「イオくん、カップ麺とか食べる?」
「……」
親友は静かに視線をそらした。つまりそういうことである。
「マジか……! つまりイオくんはカップ麺の美味しさをこれから開拓できるということか……!」
「いや、あれって体に悪いんだろ?」
「イオくん! 体に悪いものはね! 美味しいんだよ!」
考えてみてほしいのだ。
高カロリーの代表格、デブの素と言われるバター。あれだって多分広い意味では体に悪い。でも美味い。そのバターと砂糖をたっぷり使った甘いものが美味しいのだから。
塩分が高いと敬遠されがちなジャンクフード系だって、つまり美味しいから食べすぎて体に悪くなるわけで。量さえ気をつければ大した害にはならないのだ。ではなぜ量に気をつけられないのか!
「美味しいから食べすぎるのだ……!」
「なるほど?」
「もしかしてイオくんはジャンク系の食べ物をあまり食べない感じ?」
「……まあ、そうだな」
「それはつまり、これから開拓できる土地が山程ある状態ということ……! この先楽しい事ばっかだよイオくん、とりあえずラーメン食べに行こう!」
「お、おう」
めっちゃ困惑している感じのイオの背中を押して、ナツはお気に入りのチェーン店を紹介した。味噌ラーメンが美味いところだ。味噌の種類とかも選べるし、具材ももやしたっぷり系からシンプルチャーシューと味玉系まで選べるし、ネギはセルフで乗せられるので大満足間違いなしのお店である。
食券の買い方から注文の仕方まで、イオに教えつつラーメンを食べた。
ラーメンはいつもどおり美味しいし、半チャーハンと餃子はやっぱ必須だよねーと思ったナツである。イオはなんか途中から真顔になってて、そのうちラーメンスープ作りたいとか言い出したので応援するしかない。
イオくんにラーメンを教えるとは、僕いい仕事したな!
とか今思い出しても自画自賛が止まらないナツである。当然、今日のカップ麺も大変美味しくいただきましたとさ。
なお、ゲーム内でイオに再会して「辛味噌ラーメンが美味い」なんて話をしたばかりに、
「お前まさか、また毎日ラーメン食ってねえだろうな……?」
と嫌疑をかけられ、軽く尋問を受けることとなるのであった。冤罪! 冤罪です! 毎日は食べてません! せいぜい3日に一回くらい……え、これも許されない……だと!?