31日目:忍者はロマン枠
アヤメさんの家にたどり着くと、ちょうど庭で根菜を洗っているユズキくんと遭遇した。
テトが張り切って走っていって、「ユズキー!」と軽く体当たりしている。ユズキくんは驚きもせず……当然か、にゃにゃーっと鳴きながら突進してったもんなあ。本当に忍べない猫である、だがそこが良い。
「テト、今洗い物してるから……」
とやんわりと水から遠ざけてくれるユズキくん、さすができる男である。一時的に洗い物を中断して立ち上がったユズキくんは、こちらを見て軽く会釈をしてくれた。
「こんばんはー! ごめんね忙しいのに突然来て」
「ああ、いえ。姉ちゃんですか?」
「ご挨拶に来ただけだから、忙しいなら伝えといてもらえれば大丈夫だよ」
「そういうわけにも。この前はなんか凄い物もらったって、姉ちゃん恐縮してましたよ」
相変わらず冷静なユズキくんである。
この前っていうと、お守りとお札を沢山押し付けたときのかなー? でも木造建築だと絶対必要だし、必要経費ってやつだからそれは良いのだ。見返りにもらう予定の温泉無料券が魅力的だしね。
「寄って行きますか?」
「あ、流石に遠慮します。僕達も帰って夕飯だし」
「じゃあ、姉ちゃん呼んできますね」
すぐに動いてくれるユズキくん、実にできる男である。ありがとー! と見送った僕の隣で、イオくんがイチゴの入ったカゴを出し、テトが「アーヤメー♪」と玄関から呼んでいる。
テトは最初に逃げられたときから、アヤメさんを守る枠に入れている感じがするなあ。ユズキくんにはどーんと当たりに行くけど、アヤメさんには絶対に体当りしないからね。不本意ながら多分僕やハクトくんたちと同じ枠である。
しばらくするとアヤメさんが慌てたように玄関までやってきたので、そこでイオくんがイチゴを差し出し、僕がゴーラに出発するよって話をした。
「えぇ……。もう、ですかぁ……?」
とすごく残念そうな顔をするアヤメさん。前回会ったときにそろそろ出発するってことは伝えてあったから、そんなに残念がられるとは思っていなかったので不思議に思っていたら、
「湯屋の、無料券、まだ作ってなくてぇ……」
と小さな声で付け足された。もしかして僕達が出発する前に渡してくれるつもりだったのかな。
「気持ちは嬉しいけど、それは次回また里に顔を出したときにお願いしようかな」
「楽しみにしている」
げんきだしてー。
僕の言葉にイオくんも付け足して、ついでにテトもにゃあと慰めの言葉を口にした。ずーんと落ち込んでいたアヤメさんは、ちょっとだけ表情を明るくする。
「じゃ、じゃあ。次までに、ご用意、しておきます、ねぇ」
「お願いします! 多分、1ヶ月後くらいにはまた戻って来るかも? って感じだから」
「わかりましたぁ」
ようやく微笑んでくれたアヤメさんに、ちょっと安心。
アヤメさんは結構人見知りをするから、湯屋ができても流石に接客は無理で、裏方を頑張ると言っていたっけ。そうするとユズキくんが接客するのかな? と思って聞いてみたら、里の主婦の方を雇う方向で考えているらしい。
「俺が接客するより、きれいなお姉さんがいらっしゃいませって出迎えるほうがいいでしょ。俺は力仕事要員です」
とか言ってるけど、ユズキくんなら立派にこなせそうな気がするけどなあ。
まあ、そんな感じにお別れを告げて、すぐおいとまする。
ユズキくんが外の門扉まで送ってくれて、アヤメさんはまた奥に引っ込んでいった。
「最近、元気そうで良かったなって思ってます。アサギさんでしたっけ、あのまとめ役の人も良い人で」
「アサギくんと雪乃さんは友達作るの上手な人たちだからねえ」
「あの、それで。もしできればお願いがあって」
ユズキくんが言いづらそうにしながら小声で口にしたお願いは、「炎鳥のお守りをもう一つ融通してもらえないか」ということだった。ちらっと家の様子を伺っていることから、アヤメさんには気づかれたくないことなのかな?
「構わないけど、何に使うの?」
「あの……。前にもらった炎鳥のお守りを、姉ちゃんはリィサさんの墓に使ったらしいんです」
「ああ」
それは納得だ。というか、あのときは何も考えずに渡しちゃったけど、当然リィサさんに使うよね。ただのおまけだと思ってたお守りを、有効活用してもらえてよかったと思うよ。
「それで……多分、トウヒ兄ちゃんは普通に川にたどり着けてると思うけど……。もしいつか見つかることがあったら、同じようにしてあげられたらと思って」
「あ、そっか。トウヒさんも見つかってないんだったね」
「はい。でも、トラベラーさんたちも来るようになって、里も開かれましたから。もしかしたらどこかで……って」
理解。
確かに。里に道ができて、外に出ていけるようになったわけだから、今まで見つけられなかった物が見つかる可能性もある。もしトウヒさんの痕跡がどこかで見つかったら、その時にリュビとサフィが成長してなかったら、あのお守りは有用だ。僕は納得してインベントリからお守りを取り出す。ビワさんのところに持っていくとき、予備も作っておいたからすぐ渡せるのだ。
「じゃあ、はい」
「……ちょっとまってくださいね。えーと……」
ユズキくんは着流しの袖口を探って、そこから1枚の木札を取り出した。ぴろんと視界の隅にシステムアナウンスが表示されて、<高度魔術式>が何か新しい魔術式を覚えたことを告げている。ということは、これはお守りかな……?
「これ、家の物置にあったやつです。よかったら交換で」
「え、いいの?」
「はい。魔術式って、秘匿されてるものも多くて。これは多分、里でしか拾えないやつだと思うんで、ナツさんの役に立つかなと」
「おお!」
それは嬉しい!
<高度魔術式>って、魔術式があるところの近くを通ると自動的に集めてくれるんだけど、たまに拾ってこない魔術式がある。僕は確率で拾ったり拾わなかったりするのかなーと思ってたけど、もしかして秘匿されている魔術式だから拾わないのかもしれないな。
で、多分、今回はユズキくんが僕に直接渡してくれたから、秘匿が解除されたと判断されたのかな? まあ多分そんな感じで式を拾えたんだろう。
嬉々としてお守り同士を交換して、<鑑定>して見る。えーと……。
「水走りのお守り……? これ、忍術じゃん!」
使用を宣言すると水の上を歩いたり走ったりできるやつだ! 一回陸地に戻るとその時点で効果切れになるという、ちょっと特殊なお守りのようだ。保存のお守りと同じで、これも品質表示がない。ってことは、これも作成時に失敗することがあるやつかも。
「おお、すげえ!」
と横でイオくんも目を輝かせた。だよねすごいよね! 忍術! ロマンが詰まっている!!
「僕別に和風好きとかじゃないけど、やっぱり忍者と侍にはロマンがあると思うわけで……!」
「わかる。めっちゃわかる。自分が侍とか忍者になりたいわけじゃねえけど、それはそれとして侍とか忍者とか上手くやってる奴は超見てみたい」
「わかるー!」
思わずテンションが上がる僕とイオくんである。ユズキくんはそんな僕達を見てちょっと苦笑していた。ごめんね変なテンションで。でもこれはかなり気分が上がるお守りなので許されたい……! だって水の上走れるんだよ、すごいじゃん!
「本来は巻物で使うんですよ、そういうの。それはお守りなんで、1回使い切りなんですけどね」
「十分だよ! ありがとうユズキくん!」
「いえ、俺も、ありがとうございます」
丁寧に僕が渡したお守りを懐にしまったユズキくんは、こちらに向かって頭を下げてくれた。それから、「道中お気をつけて」と手を振ってくれたので、僕達も手を振り返して背を向ける。
ユズキくんは色々考えててえらいな……と思う僕だった。
さて、僕達はそのまま丘の上に向かい、村長さんの家を通り過ぎてビワさんの家に向かう。調理せねばならないのだ、黄金しいたけを。バター醤油で!
「シンプルバター醤油炒めでOK?」
「しいたけだと、煮物でもいいな。肉詰めというのもありだし、味噌マヨで焼くのもあり」
「全部美味しいやつじゃん!」
おいしいやつー? あまいのー?
「イオくんテトは甘いのをご所望だよ」
「じゃあ煮物か」
ふむ、と頷くイオくんだけど、しいたけの煮物って甘いっていうより甘じょっぱいって感じだよね? テトのご所望のやつじゃないと思うなあ。あと個人的に金色の煮物はちょっと、なんかこう、違うと思います。
「僕は初志貫徹でバター醤油に一票! テト、甘いのはデザートにしよう!」
わかったー。
「よし任せろ」
うむ、イオくんにすべてお任せだ!
ところで、そんな話をしながらたどり着いたビワさん家。
庭で未だに討論続けてる2人と1匹がいるんですが、この人たちまさか1日ここにいたんですかね……? いや、なんか畑は進んでるよ。進んでるけどさ……。
「やはりここは栄養素が足りないんじゃないか?」
「もうちょっと根に栄養を回さないと。根菜なんだから肥料の配合をかえて……」
「そーね。でもそっちの肥料は入れすぎると逆に……」
「新しい腐葉土を何処かから拾ってこないと……」
「うーん。僕のところの肥料分けてもいいけど……」
「それだと再現性が……」
……難しい話してる。
難しい話しながら淡々と手を動かし続けている……!
「あ、あのー?」
なんか入り込めない雰囲気だけど、ここは勇気を出して声をかけねばなるまい。でないとこの人たち、一晩中でもここで畑仕事してしまう。2人でもワーカホリックに拍車がかかるのに、今はここに植物の専門家たるグランさんがいるのだ。……だめな予感しかしない!
「絶対ご飯食べてないじゃんこの人たち! もしもーし!」
みんなー! ごはんなのー!
僕が大声で呼びかけたら、テトも僕の隣で呼びかけてくれた。単なるご飯の催促とも言う。僕とテトの声に反応して、2人と1匹はぴたっと手を止めた。そしてこちらを振り返って、空を見上げて、何度か瞬きをした雷鳴さん。
「……気の所為かな、夜に見える」
ぽつりと呟いたのはそんなことである。気の所為のはずがないと思います。
「あーれ? そんな時間経ってる?」
「……しまった、つい熱中して」
「いやあ、またやっちゃったねビワ。ナズナさんにバレたら怒られるやつだ」
「内密にしよう」
「できるかなあ?」
そして口々にそんなことを言いながらこっちに向かってくる皆さん。足元も手も泥だらけだねえ。それにしても随分気が合っちゃったみたいだ、流石植物専門家たち。
「おい、その格好だと飯は出さんぞ。着替えて洗ってこい」
とすごく嫌そうな顔をしたイオくんに言われ、ビワさんと雷鳴さんは顔を見合わせて苦笑した。そして雷鳴さんが即座に全員に【クリーン】を唱える。
「手は気分的に洗ったほうが良いかな。イオ、グランさんは素晴らしいよ。お陰で品質改良が今日だけでも随分進んだ気がする」
なんて無表情の中にも喜びをにじませる雷鳴さん。褒められたグランさんは、頭を掻いて「まーね、それほどでもー」と言いつつ照れている。かわいい。
「夕飯を持ってきてくれたのか?」
と問いかけるビワさんに、イオくんは軽く首を振った。そう、持ってきたわけではないのだ。これから作るので!
「なんと! スペルシアさんから素晴らしい金色のきのこを授かりました!」
「これが現物な。大体ナツのせい」
ナツはすごいのー!
渾身のドヤ顔をしつつインベントリから取り出した金色きのこ。でも僕のせいというより、イオくんのきのこご飯が美味しかったおかげだと思います! なのでイオくんももっとドヤっとしていいんだよ! ほら、見本はこちらのテトさんです!
そんなふうにきのこを掲げた僕に、雷鳴さんは一拍置いてから思いっきり叫んだのだった。
「なるほどつまり……神か!?」
「いや普通にスペルシアさんは神様だけれども!」
「ダンジョン作物の神、ナツ神として君臨しよう!」
「しません!」




