31日目:誰かの祈りの果て
いつも誤字報告ありがとうございます、助かります。
「ナツ! 【フロート】!」
イオくんの声が飛ぶ。
忘れてた……<上級風魔法>にあったねそんな魔法が。っていうよりとっさにそんなもん思いつかないよ普通に! むしろなんでイオくんは思い出せるのかわからん! 天才か!
「【フロート】!」
叫ぶと、なんとかぎりぎり地面に叩きつけられる前に宙に浮かぶことができた。あっぶな!
ナツー! しんじゃだめー!
と上から必死なテトさんの声がする。結構高いところから落ちたので、確かにワンチャン死に戻りはあり得たな。イオくんの機転に感謝するしかない。
「大丈夫だよー! イオくん天才! ありがとー!」
と上に向けて叫んでから、さて、ここは一体なんなのだろうか。ぐるっと周辺を見渡してみる。
真っ暗だからとりあえず【ライト】を浮かべて……それに向かって<原初の魔法>で【拡散】を唱えれば、薄暗く周囲が照らし出されるので、それを3回ほど繰り返した。えーと、ここは……なんだろうか。拠点?
テニスコートくらいありそうな、結構広い空間なんだけど、どうやら洞窟を補強して作ったスペースのようだ。壁際に木箱が積んであったり、空間の中央に枯れた大木があったけれども、床に張ってあった木板はすでに腐って風化しつつある。天井にも板張りしていたようで、僕が踏み抜いて穴が空いたのも、その板の部分だったみたいだ。
と、冷静にそんなことを考えていると、テトが「ナツー!」と叫びながらイオくんを乗っけて僕のところまで降りてくる。テトさん涙目では? なんてぼんやりする僕の眼の前に降り立ったテトは、イオくんが飛び降りると同時に僕にぴょいーんと飛びかかって来た。
ナツー! けがしてないー? だいじょぶー?
そのままぐるぐると僕に体をこすりつけながらぐいぐい押す。おっふ力強い。大丈夫、この通り無傷だよー、平気だよー、だからあの、ちょっと手加減をですね……僕の筋力5なのでその場に踏みとどまれない……っ!
「テト、そのくらいにしておいてやれ」
あっぷあっぷしていたらイオくんが僕の背中を支えてくれたのであった。片手で。……くっ、絶対、絶対に、筋力になどPPを振ってなるものか……! 羨ましくなんかない!
テトとってもしんぱいしたのー。
むうっと頬を膨らませたテトに、「ありがとうねー」とお礼を言いつつわしゃわしゃ撫で回しつつ。さて、ここは一体何のための空間かな?
「サンガの砦みたいに、食料保管庫か何かかな?」
「いや、多分ゲリラ戦部隊の詰め所じゃないか? 洞窟を上手く偽装してるが、そっちの壁が本来の出入り口だな」
「どこ? ……ああ、植物でカモフラージュされてるんだ」
イオくんが指さしたところは、ツタっぽい植物を重ねて出入り口とわからないようにしてあった。これ、よく見ると植物を模した人工物だ。だから枯れずに残っていたのだろう。
「拠点かあ……。この位置だと里のだよね?」
「だろうな。……人が暮らしていた形跡はないか。墓の類もないから、終戦のときには使っていなかったものかもな」
ぶっちゃけリアルでこういう洞窟みたいな場所とか、絶対に虫とかコウモリとかの住処だよねー。アナトラはそういうリアルさを追求してないゲームで良かった。穴に落っこちた途端に大量の虫に出迎えられるのとか嫌すぎる。
イオくんの言う通り、倉庫利用していたんならもっと物があるはずだし、多分一時的な拠点で間違いなさそう。炎鳥さんが燃やしたような跡もないし、お墓もないのでなんとなくほっとする。
と、すると……。
気になるのはあの中央にある、枯れた木かな。
僕の視線に気づいたイオくんも、その枯れた木に注目する。僕達が見ているからテトも気になったみたいで、真っ先にてててっと木を見に言ってしまった。フットワークが軽いね。危ない感じとか、敵がいる気配とかはないから大丈夫だと思うけど、僕も慌てて後を追う。
ナツー、きれいなのあるよー。
「きれいなの? どれ?」
ここー!
テトは目をキラキラさせて枯れた木の根本を前足で示した。上の方は結構枯れてるけど、根本のあたりはまだしっかりしてるんだよね。その根の一部がボコッと盛り上がっていて、他の根と交差している場所があって、ちょっとした空間を作っている。テトの言う「きれいなの」は、そこに隠されていた。
「……宝石?」
淡い黄色のきれいな丸い石だ。きらきらとラメを閉じ込めたみたいな見た目も華やかで、根っこにくっつくようにしてそこにあった。<鑑定>してみると……えーと、精霊石?
「杖の材料だ」
どこかで聞いたことある名前だなと思ったら、確かイチヤで杖用の水晶を取りに行ったとき、杖作成師の助手のエルモさんがそんな石のことを教えてくれてたっけ。結構前の出来事なのに、よく覚えてたな僕。
と自画自賛していると、イオくんも「ああ」となにかに思い当たったようにうなづいたので、イオくんも当然覚えていたのだろう。
「精霊石って、300年くらいかかって作られるものじゃなかったのか?」
とか聞いてきた。えっ、どうだったっけ、流石にそこまで覚えてないんだけど。
「確か、伝説的な存在で、一般人はほとんどお目にかかれないやつだろ。長く生きた精霊がその生命力を練り上げて形にしたものだって、エルモが」
「……やはりイオくんほどの万能選手になると何でも覚えていられなきゃいけないんだな……?」
「もっと普通に褒めてくれ」
「記憶力良くてえらい!」
えらいのー!
「よし」
テトからも褒められてご満悦のイオくんである。いや本当にえらいな? 僕なんて長く生きた精霊さんの本体にできるのが精霊石、ってことくらいしか覚えてなかったというのに。なんかエルモさんの話聞いて、そんな凄いのは流石に見つけられないなーって思ったような気はするけど。
うーん、それにしても、この色。淡い黄色というか、蜂蜜色と言うか。この色の石だと、魔法としては<雷魔法>特化の人が喜ぶやつかなあ。でも<光魔法>も金色割と混ざってて真っ白じゃないし、どうなんだろうか。
いや、その前に。
「この精霊石、この木の精霊さんが消滅を選んだとき、自分を保つための生命力を注ぎ込んで作ったものなんだって」
「そんな情報出てきたのか」
「多分<宝石鑑定>の情報じゃないかなあ」
<鑑定>結果、結構人によって違うんだよね。<心眼>を取れてもこれは変わらなくて、<鑑定>系のスキル取れば取るほど情報が増える。
この精霊石は、この木……もともとは大きな楠木だったらしいんだけど、その精霊さんが持てる生命力のすべてを注ぎ込んで作ったものであり、自然生成のものではない。純粋な生命力の塊のようなものであり、杖に使うことはあまりおすすめではないようだ。品質が★8というかなり上質なものなので、特殊な使い道があるかも……? みたいな情報が読み取れる。
きらきらきれーい。もっていくのー?
「うん、ここに置いておいてもさみしいからね。ちょっと使い道はわからないけど、持っていればいつかなにかに役立つかもしれないし」
本体は枯れてしまっているようだし、ここで朽ち果てさせるのはちょっともったいない。僕は一応、枯れてしまった木の残っている部分に向けて「僕達が持っていきますね」と声をかけてから、その精霊石を拾った。光にあたるとほんのり発光しているみたいに見えて本当にきれいだな。
僕の手を覗き込んだテトが「すてきー」とにこにこしている。やはりキラキラ好きなテトとしてはかなり評価が高いらしい。でもテトのアクセサリに使うことはないので、ささっとインベントリに入れてしまおう。
「なんか特殊な使い道があるかも? って<鑑定>に出たから、そっちを探してみる方向で」
「おう、いいんじゃないか。そういうのはナツに任せる」
ナツきれいなものたーくさんもってるのー。すてきー。
一応イオくんとテトにも同意をもらったので、僕が保管させていただこう。……僕の個人インベントリ、実は意外と凄まじいものが入ってるんだよなあ、ラメラさんの鱗とかもそうだど。本当に、つくづくアナトラが犯罪行為禁止のゲームで良かったよ。PKとかで殺されて持ち物奪われたらめちゃくちゃショック受けそう。
「にしても、楠木か。このへんでは見かけてない気がするな」
「わざわざ洞窟の中に植えた人がいるのかな?」
「それか、避難させたのかもしれんが」
あー。精霊さんは本体が消滅したら消えてしまう種族なんだっけ。だとしたら、魔物から守るためにここに植え替えたのはあり得る話だね。サンガで会ったマロネくんも、何度か植え替えの話が出たって言ってたしなあ。
だとしたら、きっと誰かの生き延びてほしいという祈りの結果、ここに移ってきて。そのまま終戦を迎えて一人ぼっちになって、生きることが辛くなってしまったんだろうか。
そうだとしたら、それは少し悲しい話のように思える。
もしこの精霊石を使うような日が来るなら、なるべく、賑やかに人に囲まれるような物や場所に使えたら良いな。
「うーん、まあ僕があれこれ考えても仕方ないか。テト、上まで乗せてくれるー?」
いいよー!
「イオくんは【フロート】で上げるね」
「頼んだ」
というわけで、洞窟を撤収。僕が落ちちゃった穴は、開けたままだと危ないけど、今補修できるようなものはなにもない。せめてわかりやすいように、周辺の背の高い草を排除して見えやすくしておいた。うっかり落ちる人がいないといいんだけれども。
「なんか遅くなっちゃったね、急いでアヤメさんのところに行こうか」
「手土産どうする」
「イチヤで買ってきたイチゴにしよう、たしかアヤメさんのところには渡してないはず」
ツバキちゃんにはあげた記憶がある、イチゴとぶどう。サンガとの交易みたいなのが始まってたら、もう普通の食べ物渡しちゃっても良いかもしれないけれども。でもイチヤの果物はとても美味しいので、是非食べてもらいたいという気持ちもあるので。
「イオくんから手土産について言及するとは素晴らしい」
「アヤメには湯屋をがんばってもらわんといけないからな」
「下心があったか」
「その言い方やめろ?」
本気で嫌そうなイオくんである。女性が苦手なイオくんなので、なんかこう、言葉選びにも若干潔癖なところがある。女性絡みの話題だけでなくて、品のない話題にもめっちゃ嫌な顔するので、イオくんの前で下品な下ネタとかは言わないようにしているのだ。
イオくんは上品な人間なのである。
僕は相手によって品格など上下させればよいではないか、って感じ。まあ童顔なのであんまりそういう話題に混ぜてもらえてないところもあったりするけれども。べ、別にハブられているわけでは……!
夕暮れ時の湯の里に戻り、僕達は赤松の家、アヤメさんとユズキくんの自宅を目指した。
住宅地のあたりまで、トラベラーの姿をちょくちょく見るようになってきているのがわかる。みんな足湯目当てなのかな? って思っていると、どうやら違うらしい。
「アサギが掲示板で上手く情報出してるからな。何かあるらしいって嗅ぎつけたトラベラーが多いと思う」
「あ、ダンジョン匂わせしてる感じ?」
「そういうのだな。で、多分リアルで明日の発表に合わせて、野菜の件も情報を出すだろう。俺達と入れ違いに、里は大にぎわいになる、と」
なるほどなあ。それなら僕達は早めに離れて正解かも。ダンジョンなんて1日1回しか挑戦できないから、普通は何日でも長く居たい! ってなっちゃうもんね。
「ちなみにダンジョンから出てきた宝箱については、アサギが統計取ってるけど、やっぱり幸運のステータスは絡んでるな」
「そうなんだ?」
「如月が一人で挑んだときはHPポーションの★4だったらしい」
「ええ……? 宝箱からポーション出てくるの? ちょっとがっかり」
★4だとHP400回復だから、まあまあ良いものだと思うけど……。金色の宝箱から出てきたら絶対ハズレって思っちゃうなあ、それだと。
「装備品とか消耗品が多いんだよ基本。野菜なんか出したの俺達と雷鳴だけだし。そうでなくても俺達が宝箱から出してる品、全部変わってるやつばっかだぞ」
「そう言われるとそうかも……?」
「だから、多分な。幸運値の高い人間の要望というか希望が通りやすいんじゃねえかと思う」
「なるほど」
つまり僕は今後とも幸運さんと上手くやっていくべきだということである。任せてほしい。……と、そんな話をしているとテトさんは、嫌いなダンジョンの話してるーって拗ねていた。
またダンジョンのはなししてるの……。
とじとーっとした目で見てくるテトさん、不機嫌を全面に押し出している。
「明日からはもうダンジョンいかないからね。明日はたくさん乗せてもらうからよろしくね、テト」
ほんとー? ホームにもどりなさいっていわないー?
「言わないよ、ゴーラに行くからね……!」
ならゆるすー!
にゃーん、と一瞬で機嫌を治すテトさんなのであった。素直な良い子です、撫でましょう。




