31日目:回り道も良いものなので
「あらまあ」
と、目をぱちくりさせたキャスさんは、そのまま魔法で倒れたモモカさんの体をベンチまで移動させた。テトがベンチの近くにいるから、多分、影から影へと移動させたのかな。突然現れたモモカさんにびっくりしたテト、尻尾が総毛立っている。
モモカー? びっくりしたのー。
「あれ、おかーさんだ」
「かーちゃんどうしたんだ? ねてんのか?」
不思議そうに顔を見合わせるハクトくんとキキョウちゃん、テトに両側からぎゅぎゅっと抱きついている。なんて微笑ましい。
「あー、ちょっとびっくりして気絶しちゃったみたいだね、寝かせておいてあげようねー」
とか誤魔化しつつ、僕はモモカさんの頭のところに竹製の枕を突っ込んだ。これ、お守り物々交換会やったときにもらったやつ。こんなところで役立つとは。
神獣さんってそんなにパワーあるのか。すごいな……とか思いつつ、テトたちに河原で遊んでくるように促した。ハクトくんたちがキャスさんの威圧に負けて気絶しちゃったら困るので……!
わーいっと駆け出した子どもたちを見送り、ようやく足湯に戻ると、キャスさんは宣言通りに足湯に浸かって泳いでいる様子……小さいからちょうどいいサイズ感らしい。
「キャスさん濡れるの平気? うちのテトは湯気が嫌いって言ってたよ」
「私は平気です。水浴びもしますし川で泳ぐこともありますが、温かいほうが好きですね」
「そうなんだ」
ちゃぷちゃぷお湯に浮いているキャスさん、なんともかわいい。本当にそんな威圧感とか出してるんだろうか、疑問に思う僕である。
「もう少し経ったら、あそこに湯屋ができる予定なんだ。もっと大きな湯船を作って、里の癒やしスポットになる予定なんだよ」
「それは良いですね。私はこの足湯くらいのサイズが好きですが、小さな神獣用の風呂桶などもあると嬉しいです」
「あ、それは提案してみよう」
アサギくんに言っておけば、なんかいい感じにしてくれるでしょう。住人さんたちが緊張しちゃうから、部屋を分けるべきだとは思うけれども。っていうか僕達もうすぐゴーラへ出発だから、フレンドメッセージに入れておくのが良いかな。すれ違って会えないかもしれないし。
ところでイオくん、さっきから空気に徹しているのはなんで? やっぱり威圧感とか? 気になるけどあとで聞いておくか……。そんなことよりもだ。
「キャスさん、さっきスペルシア教会で……」
とりあえず僕はキャスさんに、さっき教会であったことを説明してみることにした。神獣さんと聖獣さんは近い存在だというので、ちょっとした疑問なんだけど、スペルシアさんの目がどこに向いているのかとか知る方法があるのかなー? と思ったからだ。キャスさんが知っているなら教えてほしい。
「……ってことがあったんです。それで、たまたまスペルシアさんがこっちを見ていたのか、それともこっちを見てもらう方法があるのかとか、知りたくて」
「なるほど。ですが、それならば答えは簡単です」
僕の質問の意図を汲み取ったキャスさんは、金色のきれいな瞳を僕に向けた。
「準神域ができましたからね。どんな場所なのか、神も気になるでしょう」
「あ、なるほど……!」
そっかー、言われて見ればだなあ。
準神域ができたことで、神獣さんや聖獣さんたちがみんな里に注目されている。つまり僕達がなにかしてスペルシアさんの目をこちらに向けたんじゃなくて、たまたまスペルシアさんの目が向いているときにお供えができたから食べてもらえたって感じか。理解したぞ。
キャスさんはしばらく足湯で泳いでから、満足して村長さんの家へ戻っていった。当然影をわたるので、一瞬でしゅっと消えてしまう。良いなー、便利そう。僕も転移魔法とか使えるようになりたい……けど、上手に使える気はしてない。なんか難しそうだよね。
「よし、そろそろモモカ起こすか」
「イオくん、最後まで無言を貫いたね?」
「あの威圧感の中で無理してしゃべれん。俺が入るような話題でもなかったし」
雑談をしつつ足湯から上がって、ふらっと気絶したままのモモカさんに声をかけて揺さぶると、すぐに目覚めてくれた。いつも通りに対女性塩対応のイオくんはそっぽむいてるので、僕が。
「大丈夫ですか?」
「あ、あら? なんだかものすごいものを見たような気がしたのだけれど、思い出せないわ?」
「……ま、まあまあ! テトたち河原で遊んでますから、今呼んできますね!」
とても不思議そうな顔をしているモモカさんである。
神獣さんがいましたよ! なんて言ってまた倒れたら困るので、ここは誤魔化しましょう。
「ハクトくーん! キキョウちゃーん! モモカさん目覚めたよー!」
河原の方へ声をかけて手を振ると、テトがまっさきに、その後を続いてハクトくんとキキョウちゃんもきゃあきゃあ言いながら走って来た。びしょ濡れじゃんみんな。子どものパワー流石だよ。しかしこのままでは風邪を引かせてしまうので……【ドライ】をかけて全員乾かしておく。
「おお! ナツすげー!」
「これまほう? キキョウもまほうつかいたい! つかえるかなー?」
「どうだろうねえ、学校で誰かに習えるといいね」
鬼人さんは魔力低い種族だから、難しいかもしれないけど……。でも最初に覚える魔法だけでも便利なのは便利だし、使えたらいいよね。
「ハクトくんたちもちゃんと足湯入ってあったまって帰りなよー。あ、そう言えば僕達、そろそろゴーラに行くからしばらく里には顔を出さないと思うので、ここでお別れのご挨拶しておくね」
「「えー!」」
そういえば知り合いに挨拶とかしてないなーと思ったので言ってみると、ハクトくんとキキョウちゃんは僕の両側から左右の足に引っ付いて、「もういくのかよー!」「もっとゆっくりしてきなよー!」と口々に引き止めてきた。ちょっと嬉しい。でも予定は予定だから変更はないのです。
「またしばらくしたら来るから。その時はお土産持ってくるねー」
「ほんとー! キキョウ、きれいなものがいい!」
「おれかっこいいの!」
「わかったわかった、約束ねー」
お土産の約束をすると、現金なもので2人とも満足気に離れていく。そして隙間を埋めるようにすりよってくるのは家のかわいいテトさんである。おヒゲをぴくぴくさせてなにやら得意げな顔をしてると思ったら、
テトはいっしょにいくもーん♪
だそうです。僕の契約獣なので当たり前なんだけど、それが嬉しいらしい。良い子なので撫でます。
子どもたちはそのままわーっとモモカさんのところへ走っていって、3人で仲良く足湯に浸かるようだ。じゃあ僕達はここで、って手を振って分かれる。
里ではサンガほどの知り合いはできなかったので、あとはアヤメさんたちと……ビワさんの家にグランさんを迎えに行くとき、ビワさんたちに挨拶すればよいかなあ。できればナズナさんにも会いたかったけど、お孫さんが生まれたばかりなら仕方ない。
「さて、それじゃあホットポテト取りに行こうか!」
と張り切る僕に、「食い物の事となるとやる気をだしよる」と呆れ顔のイオくんである。しょうがないじゃん、ホットポテト美味しかったし!
「村長から麻袋もらったから、それに詰め込んでくれ。袋にまとめるとインベントリ1枠で収まる」
「余裕ある?」
「さっき唐揚げ無くなったから行ける。フォレストスネークの肉はドロップ品だからスタックする」
「やった!」
そうなんだよねー、魔物のドロップ品は全部同じ形しててえらい。イオくんのインベントリは相変わらずカツカツだけど、共有インベントリにはまだ余裕があるから、食材に関しては自重せず集めてもらいたいところだ。
きょうのるー?
とわくわくの顔をするテトに、「里の外になったらお願いねー」と返事すると、わーいっと喜んでぴょいんぴょいんするのであった。相変わらずのお仕事大好き猫、とてもえらい。
張り切って里の外に出て、適度に戦いつつホットポテトの<収穫>を優先してもらう。フォレストスネークがいたら追いかけてでも倒すけど、イオくんの<敵感知>に引っかかったときだけにしておいた。あんまり時間もないし。
<敵感知>はレベルがあがると、過去に戦ったことのある敵は名前表示してくれるようになるらしいので、便利だなーと思う。<識別感知>はレベルがあがると、住人さんのアイコンに知り合いなら名前を表示してくれるけど、住人さん情報はだいたいステータス画面から見るのであんまり使わないんだよね。
おはなきれーい。
イオくんが<収穫>中は暇なので、僕とテトは周辺警戒しつつもぼんやりしている。テトは野に咲く花に興味津々で、特に甘い香りがするやつが好きみたいだ。白いとなお良しって感じ。
「<鑑定>……テトこれお茶の材料だって。安眠できるらしいよ」
あんみんー?
「このお花で作ったお茶を飲むと、夜ぐっすり眠れるんだって」
ぐっすりねむるのだいじー。ナツはよるぐっすりでおきないのー。
「確かに僕夜中に起きたりしないなあ……」
テトはねー、ナツにくっついてねむるとすやすやー。
にゃふっとそんなことを言うテトさんである。かわいいので撫でます。
「よし、こんなもんか。フォレストスネークはあんまりいなかったけど、このくらいで戻るぞ」
「いっぱい取れた?」
「これだけあれば当面大丈夫だろ。それより、アヤメのところとビワのところに寄るならもう切り上げるべきだ」
「確かに。あんまり遅くなってから人様の家を訪問するのは良くないよね」
時間はまだ午後4時頃だけど、もっと遅くなると普通の家では夕飯作りが始まってしまう。忙しいところに訪問するのは気が利かないので、今からアヤメさんの家に直行でちょうどいい感じかな。
ゴーラ行ってくるよって挨拶するだけだし、そんなに長居もすまい。どうせ里にはまた戻って来るから、長い別れでもないし。ビワさんのところは、むしろ夕飯時に突撃して食事を取らせるべきかもしれないなあ。ナズナさんが不在だと、あの2人平気でご飯抜かしそうだし。
そんな事考えながら歩いていると、遠くでトラベラーの4人パーティーがアントと戦っているのが見えたので、邪魔しないように遠回りして里へ向かう。
一応、歩きやすそうな獣道みたいなのもあるんだけど、そういうところを外れると本気の森なので、足場がとても悪い。つまり、【サンドウォーク】大活躍ってことだ。僕はテトに乗ってるからいらないけど。
「そろそろ自前で<土魔法>取ることを考えてる」
「でもイオくん、<風魔法>も全然使ってないじゃん」
「【クリーン】にしか用がないからな……」
まあ【クリーン】超便利だからね、仕方ないね。でも剣士のイオくんが魔法をとるとSPが重いので、そこは慎重に考えたほうが良いと思うよ。
イオもとべばいいよー。
「イオくん、テトが飛べば良いんだよって」
「飛行魔法なんてあるのか?」
イオなんでもできるからきっとできるー。
「なんとなく何言ってるかわかるんだが、別に俺は何でもはできんぞ」
えー。
残念そうなテトさんだけど、イオくんは決して万能完璧超人ではない。なんかこう、見かけがやたら整っているのでなにかにつけて注目されがちだから、何でも一通りできるようになった人なのだ。つまり、努力家なのでえらい。
一応、他のパーティーが戦ってるところに乱入して獲物を横取り……とかはできないゲームなんだけど、不用意に近づくと他のゲームでは難癖つけられる事もあったから、避けるのはもはや癖のようなもの。ゲームによっては近づくだけで自動的に戦闘に巻き込まれる物もあったしね。
「アヤメのところに顔を出したらビワのところでかまど借りるか」
「ナズナさんいなくても大丈夫かな?」
きのこー? きらきらしてたー。
なんてわいわい会話しつつ大回りで里へ向かっていると、ふと視界の隅っこに何かが引っかかった。
「ん?」
「お?」
イオくんも同時に反応したので、<罠感知>か<直感>か。キョロキョロ周囲を見渡して見たところ、どうやら少し右の方に何かあるっぽい。なんだろう、<グッドラック>さんが見つけたほうがいいよって言ってる気がするな。
テトからおろしてもらってその周辺を探してみる。隠されているものに反応するのが<罠感知>なので、何かに隠されているはず……とウロウロしていた僕の足元が、その時ぐしゃっと抜けた。
「え」
「おい!?」
ナツー!
にゃあああー! と悲鳴を上げるテトの声を尻目に、僕はそのまま落とし穴に落っこちていったのであった。




