31日目:神様のまなざし
きーのーこー♪ ごはーん♪
ご機嫌でにゃにゃーんと歌うテトさん、尻尾でリズムを取っている。かわいい。
「テト、危ないから近づくな」
とイオくんに言われても、目をキラキラさせながら魔導コンロを見つめている……いや、ちょっと近すぎるから。本当に危ないな、ヒゲが焦げちゃいそうだ。
「テト、魔法石作るよー、おいでー!」
きらきらのやつー? みたーい♪
「何色にしたいー?」
んとねー。むらさきとしろあるからー、あおー!
「青かー。イオくん色なら<水魔法>かなー。<氷魔法>だと水色っぽいしなあ」
耳をぴこぴこさせながらテトが僕の方に走ってくるので、インベントリから聖水につけておいた空の魔石を取り出す。ここはダンジョンのある蔵の外、ちょっとしたスペースがあるので、アサギくんはここをトラベラーのキャンプスペースにしたいらしく、炊事場とか作りたいんだよなーって話をしてたっけ。
キャッチボールくらいならできそうな広さがあるから、ここでダンジョンの順番待ち時間つぶしができたら楽だね。ただ、リアル明日にならないとダンジョンの存在が明らかにならないので、ここの整備もその後からかな? と思っている。
まあとにかく、ここならすぐ隣がスペルシア教会なのだ。
この教会は存在を知らないと地図にも載らないらしく、アサギくんが公表しない限り、まだトラベラーたちはたどり着けない。住人さんたちは何人かお祈りに立ち寄っている姿を見るけど、シスターさんや司祭さんっぽい教会の職員さんたちも少ないし、今はまだのんびりしている感じ。
そんな教会を横目に見ながら、イオくんが慎重に準備している、土鍋。
正しくは、土鍋と同じように使える土鍋っぽい現地の鍋なんだけどね。日本人的には、フライパンみたいに取っ手がついてる土鍋なのでちょっと変に見えるけど……<鑑定>さんが土鍋って言ってるので土鍋である。
「よし、浸水もこのくらいでいいか……。ナツなんかリクエストあるか?」
「おこげこそ至高!」
「焦げ付き多めな、了解」
おこげなあにー?
「おこげとは! 味付きご飯を炊いたときにちょっとだけ焦げ付く茶色い部分! 香ばしさのぎゅっと詰まったところ! 普通の炊き込みご飯も美味しいけど、おこげがあるとさらに美味しい嬉しい! つまり当たりです!」
あたりかー。ナツすきなのー?
「大好き!」
じゃあテトもー。テトもきっとすきー。
にゃあん、と甘えた声で鳴いて僕にすり寄ってくれるテトさん、もうこの世の宝ではあるまいか。ありがとう同意してくれて、僕テトも大好きだよ! という気持ちを込めて撫でましょう。
僕がテトを撫でている間に、イオくんは醤油の量を調整し、出汁っぽいのを用意し、更に塩を少し足して味の調整をしている。今足したの日本酒かな? 味ご飯ってお酒入るんだ、初めて知った。
僕のように料理不得意な人たちは、味ご飯って言ったら「釜飯の素」とか「炊き込みご飯の素」とか、そういうのを使う人が多いんじゃないかな。炊飯器で自分できのこご飯炊く人は、もはや料理上手を名乗って良いと思うんだよ。炊飯器をちゃんと使っている時点で偉い。僕なんて週の半分はパックご飯である。
なんでパックご飯を多用するかと言うと、僕あんまり水加減が上手じゃなくてですね。ちょっと芯が残ってるご飯とかちょっとべちゃっとしたご飯とかを量産してしまうので……。なんでだろうね? ちゃんと浸水してるし目盛り通りに水計量してるのにな……!
「平らなところで目盛りに合わせてねえからだよ」
「心読むのやめよう!」
確かになんかふきんの上とかに半端に乗っけて水入れてる気もしないでもない! 気をつけます!
……まあ、僕の貧弱な食事事情はいいとして。
イオくんが真剣に炊飯をはじめたので、僕もちゃんとテトのために青い魔法石を作らねばならぬのです。
えーと、どうしようかなー。<水魔法>系統で、攻撃魔法じゃないやつ……魔法石に込めたときになんか良い感じの効果が乗りそうな魔法……。
「【ディフェンシブ】かなー? テトが頑丈になります」
テトまけないのー。
「何と勝負してるの?」
かぜー!
そっかあ、風に負けない猫さんかー。天翔ける猫としては大事だね。翼を持つテトさんには空気抵抗とかも敵でしょう。
「じゃあこれに……【ディフェンシブ】!」
ユーグくんを構えて、喰らえ! とばかりに魔法を叩き込むと、空の魔石はあっさりと魔法を飲み込んで魔法石へと早変わりする。んー、ちょっと灰色がかった青になったかな? これはこれできれいだけど……。
「なんか違うねえ」
イオのいろじゃないのー。
「効果は……ちょっと体力が増える、だから悪くないんだけどね。別のも作ってみようか」
うーん、イオくんの髪色は群青っぽくて、目の色はロイヤルブルー的なやつだから……もっとこう、きっぱり青! って主張する感じの色がいいんだけどな。えーと、青が強そうな魔法……青が強そうな魔法……。
【ミスト】だと白っぽくなりそうだし……あ、いっそ【アクアクリエイト】がいいかも、海のような青い水を作り出すのです……!
「【アクアクリエイト】! どうだ!」
もう一度空の魔石に向かって魔法をえいやっと叩き込むと……今度は良い色になった! 海の青、ラメラさんの鱗の色よりも青い、いい感じの青。
「テト、これでどう?」
んー、ごうかくなのー!
「やったー、合格だー!」
効果は……汚い水に入れておくと浄化して飲水に変換できるらしい。流石に使わない。でも色は良い感じになったのでこれはテトに進呈しよう。
「はい、どうぞ」
ありがとー! ナツだいすきー!
わあいっと喜んだテトさんは、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現し、僕の周りをぐるぐる回った。それからもらった魔法石を大事に咥えて、影から宝箱を呼び出してその中にしまう。宝箱の中を見ているテトさん、ご機嫌そうで何よりです。
すてきー! ナツはよいしょくにんさんー!
ときらきらの眼差しで褒めてくれるテトさんである。良い子だね。と、そんなことをしていた僕達に、その時横から声をかける人がいた。
「あの」
と小さくこちらに呼びかけたのは……教会のシスターさんかな?
「あ、こんにちは」
こんにちはー!
「あ、はい。こんにちは。あの、こちらで何を?」
おっと、もしかして隣の庭で騒いでいたので不審がられてしまったか。
声をかけてきたのは、僕達より少し上かな? ってくらいの若い女性で、小柄なヒューマンだった。親しみを覚える黒髪に、緑色の瞳の、ちょっとキリッとした感じの美人さん。なにか武道を嗜んでいそうな隙のない佇まいである。
「はじめまして! 僕はトラベラーのナツ、こっちの可愛い白猫さんは僕の契約獣のテト! そこで料理しているイケメンは親友のイオくんです!」
「ご丁寧にどうも。私はスペルシア教会の管理者の一人、ルーアと申します」
先に名乗って一礼すると、シスターさんもぺこりと頭を下げてくれた。ルーアさんっていうのか。そう言えば、教会関係の人の名前を聞いたのは初めてかも。それで、えーと、何をしているのかと問われているので……。
「えーと、さっきまでダンジョンに行ってまして、お腹が空いたのでご飯を作ってもらっています!」
「ああ……そう言えばもう昼時ですね」
僕の返答に、ルーアさんは納得したように頷いた。ちょっとだけ「ここで?」という不信感は残ったままに思えるけど、まあさっきよりは警戒心が薄れているような。
「ダンジョンって、スペルシアさんが作ったと言われていますよね」
「そうですね。偉大なスペルシア様がトラベラーさんのためにとこの世界に作られたもの、と聞いております」
「僕達はさっきそのダンジョンで、この沢山のきのこを収穫してきました」
「きのこ……?」
ダンジョンに……?
って感じに疑問符を浮かべるルーアさんである。でも紛れもない事実なので他に言いようがない。なので、一旦ルーアさんの戸惑いは無視して続ける。
「このきのこ、食用で、しかも品質がそれなりに高いんです。なので、これを使った料理を作って、スペルシア教会に捧げたら、スペルシアさんにももしかして食べていただけるのではないかと思ったんですけど……できますか?」
「え、ええ、そうですね」
ルーアさんは戸惑いつつも、こちらの質問にはちゃんと答えようという姿勢である。
「そう、ですね、祭壇の前に置いておけば、一応お供えものとしてスペルシア様に捧げたことになりますが……」
「が?」
「スペルシア様はこの世界すべてを統治なさっておられます。その目がこちらに向けられていたら、食してくださるかもしれません。ですが、この世界は広く、スペルシア教会も全土に渡っていくつも存在しておりますので、必ずしも目に留まるとは限りません」
「その場合、お供えした食べ物はどうなりますか?」
「教会の管理者たちで分け合います」
なるほど。スタッフが美味しくいただきましたってやつか!
まあでもそれなら無駄にはならないね。ご飯が炊けたらおにぎり作ってもらって、捧げて帰ろう。ちょうどほら、美味しそうな匂いがしてきたし……たまらん! この醤油がちょっと焦げるような香ばしい香り! たまらん!
「その……美味しそうな香りですね」
ルーアさんもなにか戸惑いつつも、そんな感想を残した。ふ、そうでしょうそうでしょう。家のイオくんは天才料理人ですので!
イオはおいしいのつくるのー。
「ねー! イオくんは料理人騎士として有能なので!」
「料理人……騎士? あの、それはどういう職業で……?」
「料理も剣術も上手な人たちはもれなく料理人騎士ということにしました。僕とテトが!」
「は、はあ」
目をぱちくりさせるルーアさんである。でも何か察したのか、それ以上突っ込んで来ることはなかった。
僕達が作ったものをスペルシアさんに捧げるつもりだって分かったことで、ルーアさんもその場に留まってイオくんの料理を見学し始めた。何を捧げるのか気になるらしい。その間、僕とテトは再び空の魔石と向き合ったりしつつ時間を潰す。料理はちょっと時間がかかるものだからねえ。多分、スキルを育てていけば時間短縮系のアーツが出てきそうだけど。
ちょっと雑談したところ、今湯の里のスペルシア教会には、サンガから2人、ゴーラから2人の管理者さんがいるらしい。そのうち、里からも管理者になりたい人を登用する予定があるとのことだ。
「シスターさんたちって、普段何をしてるんですか?」
「普段は、道迷いのお守りやお札を作ったり、スペルシア様の祭壇を整えたり、懺悔室で住人さんたちの悩みを聞いたり、ですね。ちなみに財源は王家が負担してくれます。ここもちゃんと申請しておりますので、年に4回の給付金が出るはずです」
「なるほど……!」
街にあったような孤児院とかは、必要であれば併設って感じらしい。里では隣近所で助け合う感じだから、必要ないんじゃないか、との話だった。
と、そんなことを話している間に、きのこの炊き込みご飯が完成した。
イオくんは素早く小さめのおにぎりを2つ作って皿に乗せ、土鍋は冷める前にインベントリに突っ込む。それを見ていたテトが耳をしょんぼりさせながら「ごはーん……」と鳴いた。ものすごく哀愁漂っている。
「テト、スペルシアさんにどうぞーってするのが先だよ。きのこはスペルシアさんのお陰で収穫できたんだからね」
きのこ……おやさい……。ありがとーってするー。
「えらい! じゃあ、みんなでお礼言いに行こうね」
わかったー!
ちゃんと言い聞かせればすぐに理解してくれるテトさん、とても賢いと思います。後でたっぷり食べさせてあげよう、イオくんのきのこご飯を。なにげに街で買い溜めた色んな種類のきのこを使って作られているので、絶対に美味しいんだよな。
「なるほど、美味しそうな食べ物ですね……。あ、こちらへどうぞ」
案内してくれるルーアさんと一緒に、スペルシア教会湯の里支部へと足を踏み入れる。外見はまだ壁塗りの途中で半端な感じなんだけど、内装はしっかりイチヤの教会と同じ感じに整えられていた。ここは立地的に中庭とかはないけど、その分ベンチを多めに設置している感じかな。
トラベラーにとっても良い休憩所になりそうな雰囲気だ。
「あの、重ねて言いますけど、スペルシア様の目が向いていないと、何もおきませんからね」
ルーアさんが念押ししてくるのに、イオくんが「大丈夫だろう」と軽く頷く。
「うちには幸運の権化がいるからな」
「また大げさな呼び名を……」
ごんげなあにー? おこげのなかまー?
「権化は美味しくないよテトさん……!」
まあでも、向けてもらいましょう、目を。
イオくんのご飯は最強なので!