31日目:イオくんは記憶力良くてえらい
神獣さんにも色々あって、例えばエクラさんなら、花園の管理が役割となる。
グランさんは小さいけれど戦闘力が売りで、街から外れた魔物が多く溜まりがちな土地を任されているらしい。ようは、世界の治安維持のための戦闘要員。
で、キャスさんはというと。
「私はもともと人と神獣たちの橋渡しといいますか、もっと人と近いところで生きていたのです」
金色の眼差しをぱちぱちと瞬かせて、小さなネズミさんが考えるようなポーズを取る。うーん、何しててもかわいい。ほんわかする僕である。
おはしー?
「橋渡し、です。ええと、人の要望を伝えたり、神獣からの希望を伝えたり、メッセンジャーのような役割ですね」
んー? ことばのはこびやさん? テトのせんぱいー?
「先輩……良い響きかもしれません。私のことはキャス先輩と呼んでくださってもよいですよ」
キャスせんぱいー!
うにゃん! と嬉しそうに尻尾をぴんっとしたテト、ちまっとしたキャスさんにすすっとすり寄った。クールな感じのキャスさんだけど、ちょっとだけ嬉しそうな雰囲気が伝わってきて微笑ましい。
「影駆神鼠……ってことは、えーと、影から影に走る、とか?」
神獣さんって漢字で表現してくれるからある程度能力が想像できるところがありがたい。僕が当てずっぽうを言うと、キャスさんはにこっとしてくれた。
「影渡りというのです。私の一族だけの能力でして」
やはり影から影に瞬間移動する能力なのだそう。それを活かして、戦時中は一族総出で魔王周辺の情報収集をしていたりとか、王族の指示を他の街にいる星級さんたちに伝えたりとか、大忙しだったらしい。
「戦争の前は、気に入った住人のところに住んで、情報収集をしていたんです。商人と意気投合したら他の街で流行っているものの話とか、星級の貴族と仲良くなったら、悪巧みをしている貴族がいないかとか」
「そうなんだ。じゃあ、どうして今は森に?」
「前に仲良くなった住人が、戦争で死んでしまったのです……」
キャスさん、ちょっと寂しそうにそう言った。ちょっと無神経な話をしてしまった……くっ、僕イオくんほど察し良くないのでごめんなさい! あわあわしてしまった僕に、グランさんが助け舟を出してくれる。
「そーね、キャスは大分落ち込んでたからさー。たまには違う環境で気分変えてみたらー? って僕が誘ったんだー」
「優しい!」
やさしいのー。
「まーね、魔物の侵入しにくい森を作るつもりだったから、違う視点からもアドバイスとかほしかったしねー」
えへへ、とグランさんはまたてれてれした。かわいい。
「でも、流石にそろそろ前を向きませんと。すぐに次の友人を選ぶつもりはないのですが、人が近いほうが落ち着くのです」
「そうなんですね。じゃあ、里じゃなくて街でも良いのでは?」
「街だとこういう、素敵な準神域はありませんから」
あ、確かにイチヤやサンガでは、街中に聖域はなかったなあ。隠されてた妖精郷はあったけど、あれはまた違うんだろうし。
きらきらですてきなのー。
とテトにも褒められたひよこさんたちは、ぴぴぴっと嬉しそうに羽をばたつかせた。めっちゃドヤっている。微笑ましく思う僕である。
「神域というのは本当に神獣にとって心地よい場所なのです。こんなに近くに準神域ができるなんて、本当に幸運でした」
「ぴ!(褒めて褒めて!)」
「ぴ!(愉悦)」
「リュビとサフィはまだ生まれたてだから、炎鳥さんの力も使えないし、神獣さんが来てくれると心強いよね」
「ぴー(里は壁が低いから、魔物とか心配)」
「ぴ(脆弱)」
「ぴぴ(キャスさんが住んでくれると安心だよ)」
「ぴ!(同意)」
ひよこさんたちはそんなことを言いつつ、キャスさんを両側から挟んでぴとっと寄り添った。頼りにしてます! って感じのポーズである。「あらあら」と困ったようにしつつも嬉しそうに、キャスさんもひよこさんたちを両手で撫でている。赤と青のひよこさんに挟まれる黒い知的なネズミさんの図……なんか上手く言えないけどとても素晴らしい。
「良かったねー。里に遊びにくればキャスさんにも会えるし、僕も嬉しいなー」
テトもー。テトもあそびにくるよー。
「そう言えば、ナツさんたちはゴーラへ行くのでしたね。せっかくお会いできたのにすぐお別れとは残念です」
「それは本当にそう。でも、また絶対来るので!」
温泉に入るためにね! あと、イオくんが雷鳴さんたちに依頼したホットポテトとレッドチリチェリーの進捗も、しっかり確認しないとだ。
ヴェダルさんの時間制限のあるクエスト、まだまだ2ヶ月以上の余裕はあるんだけど、何しろアナトラはやることが多い。なんか油断してるとあっというまに期限切れになりそうでちょっと怖いんだよね……イオくんが居るからそんなことにはならないと思うけれども。
なんて思いつつ、他に時間制限付きのクエストあったっけ? とちょっと不安になった僕、こっそりステータス画面を開いて確認しようとして……あ、フレンドメッセージ。
未読が3通あって、1通はゴーラにいるプリンさんからのめっちゃ美味しい海鮮パスタのお店情報だった。昨日、そろそろゴーラに向かう予定だよーって話をしたからかもしれない。
プリンさんの冒険もなかなか順調のようで、頼れる鳥のピーちゃん、盾役カメレオンのガンちゃんの他に、水辺で召喚した水属性の前衛が仲間になったとは聞いている。どんな姿なのかは実際に見てのお楽しみだけど、名前はハサくんだそう。くん付けしてるってことは、かっこいい系なのかな?
2通目はリゲルさんから。
いや、なんでリゲルさん? いつの間に? って最初にメッセージもらったときは思ったんだけど。住人さんとメッセージのやり取りができるのは、レストさんのショップ取引の画面で実践済みだし、相手はあのリゲルさんだし、多分難しくないよねえ。リゲルさんから最初にメッセージもらったのは、あの金色魔力の男装の麗人さんと会った日の翌日だ。あの日寝て起きたら、朝に新着で届いてたんだよねメッセージ。
中身は、昨夜は乱入者がいて悪かった、的な謝罪の言葉と、イチヤの聖獣の件はもう気にしなくて良い、っていう報告。あのあとすぐなにか動いてくれたらしい。行動力があってとても頼りになる。
リゲルさんありがとー! という返信と一緒に、後でリゲルさんに聞こうと思ってた「金属魔法」について質問を送っておいたので、その返事だ。
これは長いし、魔法の説明だから後で静かなところでちゃんとゆっくり読みたい。
で、最後がついさっき到着したばかりのフレンドメッセージ、雷鳴さんから。
なにか野菜に進展でもあったのかな? と思って開いてみると、予想外の内容だったので僕は思わず「おお!?」と声を上げた。
ナツー? どしたのー?
すぐさま反応して近くに来てくれる家の猫、最高に気が利くと思います。僕は嬉しくなってわしゃわしゃとテトを撫でてから、「お祝いだよ!」と上ずった声を上げた。
「ビワさんのところ、男の子が生まれたんだって!」
ビワー? ツバキはおんなのこー?
「ツバキちゃんの弟くんだよ! ほら、もうすぐ生まれるんだよってお話してたでしょ?」
僕が言うと「そういえばそうだったかも?」みたいな顔をしたテトさん。まあテトも生まれてからそんなに経ってないから、あんまりピンとこないよね。でもこれは素晴らしき慶事、ということはお祝いにいかねばなるまい!
「テト、お祝いに行こう! 鬼人さんの里だと、生まれたばかりの赤ちゃんとお母さんは、半月くらい実家で休養するっていうのが普通らしいから、今行っても会えないけど。なにかお祝いの品を贈りたいね!」
*
ところで僕が子どものこととなると張り切ってしまうのに対して、イオくんは毎回ちょっと「しょうがねえなこいつ」みたいな顔をする。
そりゃあイオくんみたいなどっからどう見ても「兄貴!」って感じなら、僕みたいに従兄弟の7歳児や10歳児に同格扱いされたことはあるまい。ただ僕は何故か、15歳以下の親戚連中からもれなく「同格、あるいは年下」みたいな扱いを受け続けている。
理由? 本気でわからない。
別に嫌われているわけでも、格下扱いでもないし、どちらかというとみんな僕の世話を焼いてくれる感じなので良いっちゃ良いんだけれども。多分、結構好かれているからこそこの扱いなのかもしれない、とも思うんだけれども。
なんか違うのである。
小学生の従兄弟に「レースゲームやろうぜ!」と誘われて承諾すると、まずめっちゃ丁寧に操作方法を教えてくれて、どれが使いやすいとかここは気をつけろとかめっちゃ親切に色々教えてくれる。それで一緒に遊んで従兄弟が勝つと、「加速上手かったぞ!」 とか褒めてくれるし、僕が勝つと「よかったな!」ってめっちゃ笑顔で褒めてくれるのである。
なんか、違うのである。でも万事この調子なのである。
だから僕は、夏樹お兄ちゃんかっこいい! って言ってもらえる可能性がわずかでもあるならば! その可能性を追いかけることを辞めない……!
「というわけでイオくん! ビワさんのお家にお祝いに行こう!」
と自室に戻ってイオくんに事情を説明すると、やはり「しょうがねえなこいつ」みたいな顔をされました。知ってた。ちなみにイオくんは僕の従兄弟と遭遇すると「かっけー!」って言われるタイプだ。
「まだ奥さんと子どもは戻ってきてないんだろ、今行っても会えないぞ?」
「くっ、さすが常識的なイオくん。でも僕達今日終わったら夕飯休憩挟んでゴーラ出発だし、どっちにしろ会えるのは次に里に来た時だろうから、それはいいんだよ。ただお祝いの気持ちだけを伝えてからゴーラに行きたい……!」
「ああ、まあそれならいいか」
ちなみに今テトは庭に待たせている。キャスさん相手に「あしゆっていうのがあってねー、あったかいおみずなのー」とか説明しているテトさん、すごく生き生きしていた。さすがお仕事ガチ勢、里案内のお仕事をこなせる有能猫だね。
「でね、出産祝いって一般的に何が良いんだろう? リアルだとタオルとか産着とかになるんだろうけど、この世界だとどうなのかな?」
きっとイオくんならなにかグッドアイディアが浮かぶはず、とめっちゃ人任せではあるけれども相談してみる。僕も一応自力である程度考えてはみたんだけど、何にも思い浮かばなかったので。
だって赤ちゃんはまだ食べ物食べられないし、素材なんか渡しても使えないもんねー。昨日から準備していた空の魔石を使って、なにかいい感じのアクセサリとか作れたらそれが良いかもしれないけど……なんか良いものを作れる自信がないし。
まだ<細工>レベル低いからなあ……! それに、良いものを作るにはアクセサリ用の素材が全然足りてないと思うしねえ。
なにかいい案ないかなー? と思案する僕に、イオくんは「マジかこいつ」みたいな顔をした。さっきまでの表情より若干呆れの割合が高いやつだ。
「いや、あるだろ1つ。ナツにしか作れない最良の選択が」
「え」
あったっけ……? 何のことを言ってるんだろう。よくわからなくて首をかしげた僕に、イオくんはちょっとため息を吐いてこめかみに指を当てた。
「炎鳥」
「……の、お守り! そう言えば作れる……!」
「リュビとサフィはまだ炎鳥の力は使えないし、なおさらナツが作ってやるしか。……っていうかお前、確かそのお守り作ったときにビワにあげようって言ってなかったか?」
「そんな気もします!」
赤炎鳥は生命の誕生を祝い、そして青炎鳥が生命の終わりを弔う。
赤炎鳥の祝福を受けた子どもは、健康に育つという……そんな話がありまして。そうだよなー、確かにビワさんところに持っていかなきゃって言ってた気がするなー。なんで僕そういうのすぐ忘れるんだろう、とちょっと遠い目をしてしまう。
というか。
「イオくん何でも覚えてて頼りになる……!」
「自分で思い出せ?」
「善処します!」
ちょっと最後の方書き直しました。




