31日目:里、(色んな意味で)にぎわう。
「なっちゃん! なっちゃん大変だ!!」
と、アサギくんが叫んだ朝である。
気さくなモモンガの神獣さんとお話できた次の日、夜を飛ばした僕達はのんびりと部屋で朝食を食べていた。今日は何しようかーなんて話をしていたところ、アサギくんの訪問があったというわけだ。
まあ、ですよねー、って感じである。
何しろ昨日、炎鳥さんたちが頑張っちゃったので。準神域となったこの村長宅が大変なことになるというのは、昨日の時点でヴォレックさんから聞いていた。そのヴォレックさんはイオくんにダンジョン産野菜のコーンをちょっともらってもぐもぐしたあと、「美味いもん食わせてくれてありがとよ!」とお礼を言ってどこかへ飛び去ったのだけれども。
勢いよく引き戸を開けたアサギくんに、とりあえず問いかけてみた。
「神獣さんでも来た?」
「3匹! あ、いや、匹って数え方でいいのかなこれ!?」
……だから、はやいよ神獣さん!
思ってたのの10倍はやいよ行動が!
「まあ、アサギも食え。昨日炊いたばかりの米を」
「いただく! けどほんとにマジでヤバいんだよ、炎鳥のときはまだみんな拝むくらいだったけど、今みんな土下座スタイルなんだ……!」
「お、おお……。そのくらいの存在なんだね神獣さんは。すごく気さくなのに……」
きさくなのにねー?
ねー? とテトと顔を見合わせていると、アサギくんはイオくんの隣に座って「この反応……!」と呟いた。ちゃっかり箸を握りしめている。食べる気満々じゃん。
「あのななっちゃん。神獣っていうのはな、眼の前に居ると畏怖を感じて跪かねばという気持ちになるような存在なんだぜ……?」
「え」
とっさに脳裏にエクラさんを思い浮かべてみるけど、そんな感情抱いたこと無い。無いよね、イオくん? と視線を向けてみたところ、イオくんはめっちゃ苦笑した。
「いや、俺も多少感じるぞ? ナツがめちゃくちゃ平気だから任せてるけどな」
「ええ……? イオくんまで」
ば、ばかな……! あんなに親しみやすいのに、畏怖……だと……? えー、よくわかんない。僕そんなの感じたこと無いけど……あ、いや。最初に聖獣さんに対面したときは、流石に圧を感じたような気がしないでもない? テトどうだったっけ?
ラメラとってもつよかったのー。ぺしゃんこにされるとおもったのー。
「あの時は、ラメラさんレベル165だったっけ? 多分たくさん★ついてたんだろうねえ。今の<鑑定>レベルなら何進化してたか分かったんだろうなあ」
最初に会ったラメラさんが気さくだったから、耐性ついちゃったのかなあ。たしかあの時はテトと僕だけで、イオくんいなかったもんね。よーく思い返してみると、確かにルーチェさんと出会った時はすごい存在感だなーと思った気がするけど……あれは神秘性というか、神々しさみたいなもんだもんな。威圧感か……確かに全く感じたこと無いかもしれない、僕。
「っつーか、ナツはその……ラメラと出会った時、助けたんだろ?」
「あ、うん。一応」
「つまり最初に好感度を爆上げしたんじゃねえのか」
「……おお?」
「好感度が高いと畏怖を感じにくくなるってルーチェも言ってたし」
「確かに」
言われてた、そんなことを。そう言えばあの時ラメラさんは「すぐじゃなくてもいい」って感じの話し方だったっけ。ってことは、本来は達成が難しい条件だったんだろう。な、なるほどイオくんさすが頭いい。
「つまり最初に難しいハードル飛び越えで一気に好感度を稼いだ結果、僕とテトは畏怖とか感じる領域を飛び越えている……?」
「ナツはルーチェにも普通に話しかけてたもんな。俺と如月は後ろでヒヤヒヤしてた」
「だからあの時無口だったのか……!」
ということは初対面の時のルーチェさんも放っていたのか、威圧感を。……うーん! 待ってこれ僕めちゃくちゃ鈍い人みたいじゃない? 空気読まない人になってしまう……!
ナツとテトへいきだもーん♪
「うーん、テトが嬉しそうならよし!」
まあいっか、悪いことじゃないし。あとなんかなにげに、聖獣さんからの好感度と神獣さんからの好感度、共通っぽいよね。存在が近い、みたいなことをエクラさんが言ってたような気がしないでもない。
里に神獣さんたちが来るようになったら、好感度稼いで僕みたいに威圧感じなくなる人が増えて平和になるんだろうけど、そこまでが長そう。
「正直俺もなー、畏れ多くて近づけねえわ。なっちゃん平気なら話聞いてくれよー」
と、白米をベーコンと目玉焼きでぱくつきながら言うアサギくん。僕は味噌汁を飲み干して箸を置いた。うーん、村長さん宅で土下座の住人さんたちが群れを成しているのはちょっとシュールすぎるなあ……ここはお役に立ちますか!
「じゃあ、一肌脱ぎましょう、テトが!」
「テトかよ」
「もちろん僕も! テト、一緒にがんばろうねー?」
おしごとー? がんばるー!
立ち上がった僕に、嬉しそうに耳をぴんっと立てたテトさんがすり寄る。よし、いざいかん、炎鳥さんのお家。
ところで昨日増えてた名声だけど、「炎鳥に力を与えし者」はセットしてない。
名声は1つしかセットできないから、今は「神獣・聖獣からの好感度が少し上がる」効果の「神水精霊の友」の方をセットしている。今後どうしても炎鳥さんの居場所を探さねばってことがあったら、付け替えるけれども。
そもそもこの名声、掲示板に書けないし、なんらかの隠し要素なんだよね多分。めちゃくちゃ便利って効果ではないし、ショップカードみたいな収集要素なのかもしれない。難易度高いバージョンの。
「村長さーん、おはようございます!」
「おお、なっちゃん。テトもおはよう。ちょっと困ったことになっておるんじゃ」
イオくんはちょっとアサギくんと話をするっていうので置いてきて、僕とテトで縁側まで向かう。村長さんはいつものように縁側に面した部屋でお茶を飲んでいたけれど、表情からしてだいぶお困りの様子だ。
「アサギくんに聞いたんですけど、神獣さんが来たって本当ですか?」
「うむ……。こんなことは初めてじゃ、あまりにも畏れ多くてのぅ。しかも、昨夜何かあって炎鳥様が準神域を作ったと聞いておる。本当にありがたいことじゃが、どうしたらよいものか……」
あ、はい。大体それ僕のせいです、本当にごめんなさい。
でも言わなきゃわからないと思うので、ちょっと目をそらして「大変なことになりましたねー」とか言っておいた。そんなことより神獣さん! と庭に出てみることにする。
ナツー、みんなねてるのー?
「テトさん、あれはお辞儀の更に上の所作なんだ、敬意を表しているんだよ……」
へー。
……遠巻きにしている住人さんたち、マジでめちゃくちゃ土下座スタイルじゃん……。そーっとそっちから目を逸らして炎鳥さんたちのお家へ向かうと、ひよこさんたちと同じくらいの大きさの……リスかな? あとネズミさんが居る。
「リュビ、サフィ、おはよう。お友達?」
おはよー! テトだよー!
「ぴ!(朝起きたらいたんだー、素敵な聖域だねって褒めてもらったよ!)」
えっへんと自慢げに胸を張るサフィ。
「ぴ(実力)」
当然って顔でドヤるリュビ。うーん、今日もかわいい。ひよこさんの産毛がぽわぽわしてて大変よろしいと思います。撫でましょう。ぴゅいぴゅい鳴きながら僕の手にすり寄ってくれるひよこさんたちに癒やされつつ、リスさんとネズミさんへ視線を移してみる。
ちんまいふわっふわのリスさん、緑色で植物モチーフっぽい。お目々ぱっちりでこれまたかわいい。そしてネズミさんは真っ黒でシックな感じの毛並みに金色の瞳、なんだか知的だな。威圧……感じる? 全然わかんないんですが。
「初めまして! 僕はナツ、こっちは可愛くて空も飛べる契約獣のテトです、よろしく!」
とりあえず、初対面ならまず自己紹介。するとリスさんとネズミさんもにこっと笑って自己紹介を返してくれた。
「どーも! 神樹林栗鼠のグランだよー」
「はじめまして、影駆神鼠のキャスです」
ちんまい神獣さんたちだけど、ヴォレックさんと同じでレベルはめっちゃ高い。そういえばアサギくんは3匹って言ってなかったっけ? もしかして残りの1匹はヴォレックさんかな。
「ひょっとして、ヴォレックさんこっち来てた?」
とサフィに聞いてみると、「来たよ」というお返事。
「ぴー(でもすぐ帰っちゃった、なんか、力がみなぎるーって)」
「ぴっ(神速)」
「ぴぴ(すごく速かったねー)」
お、おお、もしかしてイオくんが食べさせたダンジョン産野菜のせいかな……? よく考えたらあれ食べたからリュビとサフィも力有り余って勢いで神域作っちゃってるんだった。今後は迂闊に表に出さないほうが良さそう。
「そっかー。昨日最速でここに来たのがヴォレックさんだったんだよ。テトが仲良くしてもらったんだ」
ヴォレックはよいしんじゅう。いろいろおしえてくれたのー。
「あーね。あいつはもともと結構気さくだよー。他所の国とかどこにでも行くし、速いからねー」
「人にも慣れている方ですね。我々は普段森住まいですので……」
のんびりとした話し方のグランさんと、控えめ敬語のキャスさん。どちらもとても気さくに思えるんだけど、遠くで住人さんたちが土下座拝みスタイルを辞めないので、うーん、困ったな。
「えーと、なんか住人さんたちがすごーくありがたがってるみたいなんだけど、あれ気にならない?」
「まーね。気になるけど、僕達が話しかけちゃうと、悪化することがあるからさー」
「ああいった反応は、実のところ珍しくありませんので」
う、うーん。そっか、神獣さんたちにとってはいつものことなのか。
「じゃあ僕達が神獣さんたち遊びに来てるだけなので、そっとしておいてください! って言ってきてもいいかな? そうでないとずっとあのままで増えていきそうだから」
「いーね。お願いするー」
「そうですね、別段、拝まれたところで私達がなにか彼らに利益を与えるわけではないので……」
おしごとー!
テトも一緒に行ってくれるというので、僕達は土下座スタイルの住人さんたちに事情を説明した。昨夜村長さんの家が準神域になりました、炎鳥さんの力です。そしてその神域を見に来た神獣さんたちがいますが、遊びに来ただけなのでそっとしておいてください、と。
神獣さんたちが拝まれることを望んでないんだよ、ってことを遠回しに伝えると、住人さんたちは納得したのか村長さんの家を代わりに拝んで帰っていく。めちゃめちゃ泣いている住人さんたちもいて、神獣さんパワーすごいな……と思う僕である。
ある程度それで住人さんたちが散ってから中庭に戻ると、お手伝いさんたちが普段開け放たれている門扉を閉じた。神獣さんたちに気を使っているらしい。
「これで落ち着いたかな?」
「ありがとう」
「まーね。あんまり囲まれると落ち着かないよねー。助かるよー」
やはり気さくな2匹の神獣さんたちである。それにしてもかわいい。アナトラ作ってる人たちの中に、絶対にめちゃくちゃ動物好きな人がいると思う。瞬きする仕草すらかわいいからね。
「グランさんとキャスさんはどこからきたの?」
「そーね。僕達、ここからちょっと西の方の森から。東は聖獣がいるからねー」
「ルーチェさんのことかな? 聖獣さんたちとは棲み分けしてるの?」
縄張りってあるのかなあ。結局昨日ヴォレックさんもそういう話はしてくれなかったし。まあ、ヴォレックさんは珍しく神域ができたから見に来た! っていうだけだったけど、この2匹も同じなんだろうか。
「そうですね。神獣や聖獣はあまり同じところに集まると良くないので、適度にバラけて居住をしています。魔物の行動を抑える効果もありますし、ある程度分散している方が都合が良いのです」
「おお、なるほど」
「グランは西側の森で密林を作っていますよ。機会があれば見てみると良いと思います、見事な森です」
「まーね。それほどでもあるけどねー」
キャスさんの褒め言葉に、てれてれしているグランさん。仲良しなのかなー? 同じ森に住んでいるなら、付き合いが長いのかもしれない。
「僕達、そろそろゴーラに向けて出発するつもりだから、ぜひ寄らせてもらおうかな」
「まーじ? じゃあ、僕案内してあげるよー。一緒に行こう」
「え、いいの? すっごい助かるかも、ありがとう!」
いっしょー?
「まーね。いいってことよー。僕達と親和性の高いやつって久しぶりだしねー」
にっこにこのグランさん、とっても嬉しそう。親和性が高いっていうのが、畏怖を感じないとか、そういうことなのかな? ま、なんにせよ、僕達が神獣さん気さくだなーって思うのと同じくらい、神獣さんたちも僕達のことを気安いなーって思ってくれているということで……多分良いことなんだろう。
何にせよ、道案内がいてくれるのはありがたいことだと思う。
だって密林だよ! 密林!
ジャングルってことじゃん、絶対すごいよ!
「わー、楽しみ! キャスさんも一緒ですよね?」
「あ、いえ」
僕がワクワクしながらまだ見ぬ密林に思いを馳せていると、キャスさんはふるふると小さな頭を振った。つややかな黒の毛並みが光に反射してきらめいている。
「私、移住先を探しに来たんです。ここに住もうかしらって」
「ぴー!(歓迎!!)」
「ぴっ!!(ぜひぜひ!ぜひ住んでー!!)」