30日目:神域というからには
神域。
日本人ならこの言葉に神聖な神様のいるところ、なイメージがあるけど、アナトラ世界では「神獣様がいるところ、または神獣様が暮らしやすい清浄なところ」という意味であるらしい。
システムアナウンスさんが『湯の里・村長宅が準神域に指定されました』って言うから、ヘルプを参照してみたところ、ソウさんがいたような、気軽に住人が入れない妖精郷みたいなのが普通の神域で、人里にあるのは準神域と呼ばれるのだそう。
当然、普通の神域ほどの神々しさとかはない。
ただ、空気が神域用の空気だから、住人さんたちの病気を予防したり、怪我が治りやすくなったり、様々な効果があるらしい。
「村長が元気になるくらいなら問題ないか」
とイオくんが言うので、問題ないのだろう。あーびっくりした。ひよこさんたちがめちゃめちゃ叫んでたから、なんかとんでもないものができたかと思ったよ。……いや、十分とんでもないんだけどね。
きらきらー♪ きれーい♪
とテトも大満足の顔をしているので、多分このシャボン玉みたいなので囲まれた中には、炎鳥さんたちの魔力に満ちているのだろう。
「今後小型の神獣が訪れやすくなるらしいよ」
リスとかモグラとかにも神獣さんっているのかな? とちょっと興味を持った僕に対し、イオくんは「踏み潰さないように気をつけろ?」と夢のないことを言った。踏まないよ!
「ぴ(頑張ったけど今はこのくらいが限界)」
「ぴぃ(無念)」
「ぴぴぴ(里を包みたかったのに)」
「大きな野望を抱いていたんだね……」
ひよこたちはそんなことを言ったあと、眠いと言ってお家へ帰ってしまった。くあーっとあくびをするひよこさん、めっちゃかわいい。お休み、とひと撫ですると、僕の手にすりっと挨拶してくれたので、ほんわかした気持ちになった。
ひよこもかわいいねイオくん。イオくんの契約獣、鳥さんも良いと思うよ!
「鳥はプリンが連れてるだろ」
「ピーちゃんもかわいいよね!」
と通常運転の僕達と比べて、その隣で頭を抱えているのはアサギくんである。
「なっちゃん、これ村長になんて説明すれば……?」
「え、普通に……?」
準神域になりましたー、でよくない? 今後神獣さんたちが遊びに来るかも! って結構嬉しい情報だよね。と気楽に思った僕だけど、そういうレベルの問題でもないらしい。
「あのなー、なっちゃんは見慣れてるかもしれんけど、炎鳥だって本来伝説の生き物なんだからな? ましてや神獣とか、出会えたら一生分の運を使い果たした! ってくらいの存在だぞ?」
「えっ」
「……確かに。ナツのせいで麻痺してたな」
「待ってイオくん、さらっと僕のせいにしないで!?」
あと僕のせいじゃないから! 炎鳥さんに関しては、普通に卵運びを請け負ったテトのおかげだよ! それと、神獣さんについてはイオくんと一緒に見つけました! 連帯責任というやつです!
「確か炎鳥は、人の誕生を祝福し、人の死を弔うためにスペルシア神に遣わされた御使いなんだよ。ゲーム的に言うなら、スペルシア神の直属の部下みたいなものだったはず。基本、姿は見せずに力だけ使うのがデフォだから、人里の近くにはいるけど人と馴れ合う存在ではない……って聞いたんだけどなあ」
「あ、そんな感じだったんだ」
「なっちゃんにとってはかわいい鳥でしかないかもだけどなー」
実際かわいい鳥ですので……!
っていうかアサギくん詳しいね? って聞いてみたところ、里に炎鳥さんが生まれるってなってから掲示板でめっちゃ情報集めたらしい。えらい。その結果、観光資源というよりは里の住人さんたちの信仰の対象として心の支えになるだろう……って感じで把握していたとのこと。
「信仰かあ、スペルシア教会も来るんだし、相乗効果が生まれるかも?」
「っていうかな、スペルシア教会がきて、炎鳥がいるだけで、里にとっては十二分だろ? そこにさらに神獣が来るかもって……なっちゃん、それ多分村長気絶するぞ?」
「……準神域なので村長は健康で長生きするはずです!」
「体はそうかもしれんけどなー。心がなー?」
む、むむむ。
確かに炎鳥さんが生まれた時も、村長さん拝んでたしなあ。無駄に心労をかけるのはよろしくない……けど、どうにもならんのでは? だって神獣さんなんて来るときはわさっと来るよ多分。強く生きて欲しい。
「アサギくん上手いこと言っといてもらえるとありがたく……?」
「あのピザ食ったらやらざるを得ないよなー!」
「さすがアサギくん仕事ができる! よろしくお願いします!」
問題になりそうなことは、上手いことできる人に頼っていい感じに転がしてもらおう。僕の友達頼れる人ばっかりだな、ありがたいことです。
「ではこれは貢物です!」
「え、何。ループタイ……? <鑑定>」
アサギくんは猫型のループタイを<鑑定>して、大きく一つ頷いた。そして懐に大事にしまい込む。満面の笑みをこちらに向けたアサギくんは、ただ無言でぐっと親指を立てる。もちろん僕も同じジェスチャーを返した。アサギくんが猫にモテますように!
なんか思ってたより大事になったピザ試食会を終え、僕達は自分たちにあてがわれた部屋に戻った。夕飯は美味しくいただいたし、今日はもう寝ちゃって夜を飛ばそうかな。明日になったら空の魔石が魔法を込められる状態になるはずなので、<細工>でアクセサリをいくつか作ってみたい。
猫にモテるループタイとかじゃなくて、こう、もうちょい便利なアイテムが作れたら良いんだけどなあ。
「どうするナツ、もう寝るか?」
「イオくん明日やりたいことあるー?」
「ダンジョン。野菜のストックが欲しい」
「それは僕も欲しい、PP増えなくても美味しいから普通に食材として欲しい」
うーん、明日ゲーム内で1日過ごしたらリアルで夕飯休憩だろうから、それまでにやれることは全部やっておかないとなあ。
「リアル夜からゴーラに向かうんだし、旅の準備終わらせたいね」
「あー、レッドチリチェリーとホットポテト、自分たちが食べる分をもうちょい欲しい気がする」
「取りに行く? フォレストスネークの肉もついでに」
「それもいいな。……どうしたテト? さっきからおとなしいが」
ふと、イオくんが僕の隣のテトに視線を向けた。言われてみれば確かに、さっきから随分静かだなテト。いつもなら会話に混ざらない間もなにか歌ってたりして、にゃにゃっとおしゃべりしてるのに。
「何かあった?」
と隣にいるテトの顔を覗き込んでみると、目が合った白猫さんはにゃふっとごきげんのお顔。
おともだちとおはなししてたのー。
「お友だち?」
ねんわなのー。テトもつかいたいのー。
「念話確かに便利だよねえ、テトは念話使えたら誰に使うの?」
イオにねー、おいしいのちょーだいっておねがいするのー。
あ、それは賢いよテトさん。イオくんはそんなおねだりされたらいくらでも甘いものを出しちゃうからね。しかし契約主としてはテトの健康も気になるところだ。
「それで、お友達って……」
テトのことだから、この前遭遇した精霊のウンディーネさんとかといつの間にか会話してたとしてもおかしくないけど。念話を使える存在って言うからにはエクラさんかな? とか思った僕。お友だちって誰? と全部言う前に、テトの頭の上にぴょっと顔を出した何かが。
なにかっていうか。
くりっとしたつぶらな瞳、小さな体躯、一見してリスのような小動物だけど……。
「ようよう、オイラはちょっといい感じの聖域を探しに来たさすらいの旅人、天翔ける神獣・神飛モモンガってやつさ!」
「待って神獣さん来るの予想外に早い!」
とってもきさくなのー。
「確かに口調からして気さくだけれども! あ、はじめましてナツです。この涼しい顔したイケメンは親友のイオくん、このもふもふ素敵な白猫さんは僕の契約獣のテトです!」
「おうおう、オイラはヴォレックってんだ、よろしくなあ!」
ぴょいっと手を上げたヴォレックさん、モモンガ特有の皮膚の広がりっぽいのがそれだけでもわかる。大変小さい。とてつもなく愛くるしい感じだけど、小型とはいえ神獣さんだし、やっぱ強そう。<鑑定>してもいいですか? って聞いてみると、「おうおう、好きにしなあ!」と快く承諾してもらえたので、早速……。
「3進化レベル86は強いなあ……!」
「よせやい、照れるじゃねえか! けどまあオイラなんかは、腕っぷしで神獣名乗ってるわけじゃあねえからな!」
「え、そうなんですか?」
「おうおう、一芸秀でてるやつも、そこが飛び抜けてりゃな! オイラなんか、他の神獣と戦うってなったら一瞬でお陀仏よお! けどオイラには、他の誰にも負けねえ移動力があるからなあ!」
「おお! 天駆ける神獣さんでしたね!」
テトと同じ、翼を持つものだ。だから仲良くお話してたのかな?
「この世界じゃあ、オイラが一番速いんだぜ! へへっ、こればかりは自慢だぜえ!」
えっへんと得意げに腕組みするモモンガさん。かわいい。くっ、強くて可愛くて更に速いとかすごいな。撫でたいけど神獣さんを撫でるのは流石に自重……!
おそらとぶこつとかおしえてもらったのー。
嬉しそうなテトさん、ルーチェさんと一緒に空を駆けた時ちょっと悔しそうだったもんね。より高速で天翔ける猫になるためのコツ、か……。家のテトが更に有能になってしまうな……!
「ヴォレックはここに住むのか?」
僕がテトを撫でていると、横からイオくんも会話に参加してきた。神獣さんって縄張りとかあるんだろうか、ってちょっと思ってたので良い質問です。だがしかし、ヴォレックさんはその小さな頭をふるふると振った。
「いやいや、ちょっといい感じの神域があったから見に来ただけだぜ! 何しろオイラは速いからな! 新しく神域ができるなんて珍しいから、オイラだけじゃなくて、他にもこれから見に来る神獣がいるんじゃねえかなあ!」
「続々来るのか……ナツ、村長に気合い入れとけよ」
「が、頑張ってもらう……!」
おうえんするー。
「テトも一緒に応援してくれるって! 心強い!」
ヴォレックさんはテトの毛並みの上をごろんごろんして、「おうおう、良い毛並みだぜ! 可愛がられてんだなあ!」と楽しそうにしつつ、とっても気さくにお話してくれた。
「オイラは世界中色々回って、不足してるもんがねえかとか、神獣が困ってねえかとか調べんのが仕事でよお! トラベラーたちがきてから、今まで人が寄り付かなかったところにまで足を運ぶやつがでてきたからなあ! オイラも追っかけてって観察したり、ちょいと話しかけて美味いもんもらったりしてんだよ!」
「お仕事してて偉い。精霊さんみたいなものですか?」
「おうおう、お前さんは精霊の友か! それに、炎鳥に力を与えし者! 名声を複数持っているたぁやるねえ!」
「え」
ナツすごいのー!
あの、待って? なんか今聞き捨てならないこと言ってたよヴォレックさん。名声を複数とか持ってた記憶ないのですが? まさかと思いつつステータス画面を素早くチェックしてみると、「名声」の文字が点滅している。いまは「神水精霊の友」がセットされているんだけど、「名声」の文字をタップすると「名声を付け替えますか?」っていう文字と同時に付け替え候補の名声が表示されて……。
「イオくん知らない名声が増えてる……!」
「それでこそナツ」
「それでこそって何!?」
いやマジでいつの間に!? と思いつつ見てみると、それはこんな名声だった。
「炎鳥に力を与えし者」
効果:この名声を得るものは、炎鳥の居場所を見つけやすくなる。
伝説の生き物って……なんだろうな……。きっとただのかわいい鳥だね、うん。




