4日目:資金調達は順調に
トスカさんに支払を済ませ、3時間後にまた来いと言われた僕たちは、共有財布の中身とにらめっこしていた。
支払は足りたけど、もうほとんど残ってない。と言うか実は足りなくて個人用の財布からちょっと寄付してギリギリだった。
これは由々しき事態だ。
「ツノチキンもう一回行く?」
「それもいいな。……あ、先にギルド行くか。あの泥団子いくらになるか確認しよう」
「ああ」
そういえばあったね泥団子。土玉だったっけ?
どのくらいの金額になるかわからないけど、レアドロップだから多少期待できるかもしれない。
「あ、あとあれ。ウサギのお守り売ろうぜ」
言いながらイオくんがインベントリから毛玉を取り出した、その時。
「あっ! それ!!」
と、すぐ近くから声が上がった。びっくりして振り返ると、キガラさんのところで出会った3人組……またお会いしましたね!
「お、お兄さんそれ……! バイトラビットのレアドロップですか……?」
女性2人、男性1人のパーティー。そういえば自己紹介とかしてないな。ぱっと見ちょっと年下に見えるし高校生くらい?
「バイトラビットのレアドロップだよ。もしかして探してたりする?」
「超! 超探し求めてます! 売ってください!」
がしいっとイオくんの手を掴もうとした魔法士らしき女性がひょいっとよけられている。イオくん、そこは避けないであげてほしかった。
「えーと。そういえば自己紹介がまだだったね。僕はナツ、そこの塩対応イケメンはイオくんだよ。よろしくー」
「ハッ! そういえば! 私は魔法剣士目指してます、レモンです!」
「私は魔法槍士狙いのメロンです!」
「朝までこのふたりとパーティー組んでる如月です、ども」
レモンさんが、金髪オレンジ目のヒューマン女性。メロンさんが黄緑の髪に緑目の狐系獣人女性。如月さんは深緑髪に赤茶の目のヒューマン男性だ。ちなみに<彫刻>持ちはメロンさん。
朝までパーティー組んでる、ってことは、固定パーティーってわけじゃないのか。
僕がそんなことを考えていると、如月くんが何か察したように口を開いた。
「俺も魔法剣士狙いなんです。魔法士と剣士両方取る必要があるから時間かかるし、同じ目的の人集めてパーティー組んだ感じですね。先にその二人が剣士と槍士、俺が魔法士でカンストまで持ってって、今は俺が剣士、そっちの2人が魔法士でレベル上げしてるとこです」
「イオくんどうしよう、ついにプレイヤーさんにまで心読まれた」
「だからナツが分かりやすいんだって」
ぐ、ぐぬぬ。そんなはずは……!
「安心しろ、ナツの素直さは美徳だから。誇るべき」
「なんか解せないな!?」
むしろどこを誇れと!?
とりあえず3人の話を聞いてまとめると、レモンさんとメロンさん、如月さんはそれぞれ別の仲間と朝に合流予定で、目指す職業的に基本職を2つレベルMAXにしないといけない観点から、一足先にログインしてレベル上げをしていたらしい。
彼らはもともと友人関係で、ゲーム雑誌で見たこのゲームに興味を持った。
このゲームの先行体験会は、特定の店舗から直筆申込書でのみ応募できるという、今どきすごくアナログな応募方法だったから、ワンチャン全員でいけるのでは、と。
イオくんも家族の名前とか使わせてもらって何口か応募してたみたいだけど、彼らの場合は学校近くの店舗に部活仲間や委員会仲間、クラスメイト等、総勢50名近く連れて行って応募協力してもらったんだそうだ。
それで、当選が4つ。メロンさんとレモンさんで1つ、その友達2人で1つ使って4人パーティーを組むことは決定。如月君と友達で1つ使って2人パーティー。残った1つは協力してくれた先輩に譲ったんだって。
そう考えると、応募手段が限られている分、意外と当選確率は高かったんだね。
「バイトラビットと戦ってた時に、その毛玉1つは落ちたんですけど、私も欲しくて。経験値度外視して昨日の午後からずっとバイトラビット狩りしてたんですけど、ぜんっぜん落ちなかったんです! 売ってくださいー!」
どうか! と手を合わせるレモンさん。
まあ、僕たちが持ってても使わないし、売るのは全く構わないんだけど。
「相場がわかんないんだよね」
ドロップ品っていくらくらいで取引されてるんだろう。ギルドの買取価格が基準なのかな?
「あー。待てナツ。取引掲示板では100,000G~200,000Gで売り買いされてるっぽいぞ」
「なるほど。取引掲示板なんてもうあるんだ」
「先行体験会終わったら、個人ショップも実装予定って話だっただろ。それが実装されるまでは掲示板で話し合おうって感じでやってるみたいだな」
プレイヤーさんたち、意外とアクティブだなあ。
先行体験会って500名+アルファくらいの人数だって聞いてたけど……当選者はフレンドを1名招待できるから、多くても1,000人ちょいくらいの人数のはず。そんなに混みあってる感じしないけど、案外、人多いのかな。
3人組は小声で話し合って、多分レモンさんが他の2人に借金の申し入れをしたっぽい。それからイオくんに向けて、
「150,000Gでどうでしょうか!」
と交渉に入った。イオくんは僕に了解を求める視線。もちろんいいよ! とこくこく頷いておく。
「ナツがいいんなら。じゃ、トレードで」
「はいっ!」
インベントリにある物同士を交換する「トレード」という機能があって、近くにいるプレイヤーを選択してお互いにどれをトレードに出すかを決定する。この時、お金をトレードに出すか物をトレードに出すかは選べるらしい。トレードするものを決定したら相手に詳細が表示されるので、大丈夫なら双方完了ボタンを押せばトレード終了。偽物とかをトレードに出そうとしても、詳細画面で<鑑定>結果が出るからごまかせない仕組みらしい。
フレンド相手だともっと簡単だけど、フレンド登録してない人相手でもこうやって取引できるのは良い機能だと思う。詐欺は絶対させない、という運営の強い意志を感じるね。
「ありがとうございます! 恩に着ます!!」
レモンさんは大喜びでウサギのお守りを装備していた。うん、やっぱり女の子に似合うアクセサリだと思うよ、それは。
思いがけず収入を得た僕たちは、そのままギルドへ。
3人組はやっとウサギ狩りから解放されたーと東へ向かった。多分チーフと戦うんだろうな、頑張ってほしい。
ロックタートルのレアドロップの「土玉」を、受付のノーラさんに見せて「これ売れますか?」と尋ねてみると、ノーラさんは少し考えこんだ。
「農家の多いイチヤでは大変重宝されるものです」
「はい」
「ですが、ギルドの買取価格はすべてのギルドで均一になるよう設定されています……」
「あ、なるほど」
「お知り合いに農家の方がいるなら、そちらに持って行っていただく方が」
「わかりました、知り合いをあたってみます」
そういうの、別に言わなくてもいいだろうに、ちゃんと教えてくれるんだからノーラさんっていい人だなあ。
お礼を言ってギルドを出て、そのままハンサさんのところへ。
味噌と醤油をたくさん売ってくれた恩もあるし、もしハンサさんが欲しいっていうんなら最優先に渡すつもりで果樹園の門をノックする。
……そういえばここ、あのチャイムみたいなの無いな。あれは自宅用の設備なんだろうか。
「おや、いらっしゃいだね」
今日はちゃんと門の奥から現れたハンサさん。「こんにちは!」と挨拶をしてから、とりあえず「土玉」を取り出して見せてみる。
「実はこんなものを手に入れたので、ハンサさん、いりませんか?」
「ほう、これは」
ハンサさんのまなざしが鋭くなった。手渡した「土玉」をしげしげと観察し、撫でてみたりちょっと叩いてみたりしている。あ、今<鑑定>使ったかな? なんとなく空気が変わった気がする。
「……ふむ。これは素晴らしいものだね」
やがて、ハンサさんは顔を上げ、にこやかにそう言った。
「オークションにでもかければ、500,000Gはくだらないね」
「えっ」
「残念だけど、今はオークション会場が閉まっているんだね。再開の予定もあるから、急がないなら持っていた方が高く売れるね」
あー、そういえば実装予定の個人ショップ、オークション機能もついてるんだっけ。住人も普通に参加してくるよ! って公式サイトに書かれてた気がする。
でもなあ。
先行体験会が終わるまで待ってまで、高値で売りたいかって言うとそんなことはない。むしろ今すぐ使える現金が欲しいのが現状なわけで。
どう思うイオくん!?
と視線を投げかけると、イオくんは無言で頷いた。これは「売ってよし」の合図だ。
「僕たちは旅の道具が買いたいので、すぐ売れるなら売っちゃいたいんです。ハンサさん買いますか? もしくは、他に必要そうなところがあるなら売りに行きますけど……」
「すぐ現金化したいんだね。それなら、このくらいでどうだね」
お、ハンサさんからトレードが飛んできた。
なるほど、350,000Gか。オークションで500,000Gだって聞いても、それは競る相手がいるから吊り上がるものであって、相場ってことはないだろう。ハンサさんにはお世話になってるし、これで売っても僕は問題ないな。
「イオくん、どう?」
画面を傾けてイオくんにも見せる。この画面はパーティーメンバーには見えるけど、それ以外には見えないようになっている。設定でパーティーメンバーにも隠せるらしいよ。
「ん。ハンサにはこれからもお世話になるからな。その値段でいいんじゃないか?」
うむ、多少の恩は売れるかもだ!
と言うわけで交渉はせずにそのまま言い値でトレードっと。正直350,000Gでも十分高いし、さっきのお守りの売り上げと合わせて余裕ができた。
「よし、ハンサさんお買い上げありがとう!」
「どういたしましてだね。ナツさんたちはこれから旅に出る予定なんだね?」
「はい、サンガ方面に行こうかなって。明日か明後日には出発出来たらいいなーと思ってます」
「そうなんだね。じゃあ、これを渡しておくね」
ハンサさんは一枚のショップカードを差し出した。反射的に受け取ると、「サンガ 水辺通り6番地 川のせせらぎ亭」の文字と、川べりの風景画が描かれたカードだ。
「美味しいお店ですか?」
この、ナントカのカントカ亭と名前がついているところは食事処のはず。思わず目を輝かせた僕に、ハンサさんはにっこり笑顔で頷く。
「うちのリンゴを卸している店だね。若いシェフだけど、良い腕でね、おすすめだね」
「おお!」
ハンサさんのリンゴと言うと品質★8のリンゴ!
それを生かせるシェフならものすごく美味しいものが出てきそうだ。
「ありがとうございます、絶対行きます!」
力強く断言する僕。美味しい物は正義、美味しい物は生きがい。そんな僕をハンサさんは微笑ましそうに見つめた。
「うんうん。ヴェダルによろしくだね」
そしてすっと消える。
あの、だからなんでその消え方するんですかね毎回。
「リンゴ……」
「あの人絶対職業でNINJA持ってると思うんだが」
いつの間にか手のひらに持たされていたリンゴに、僕とイオくんはまたしても困惑するのだった。




