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30日目:備えあれば安心なのだ

 もはや品種改良に心を奪われてしまった雷鳴さんとビワさんに別れを告げ、僕達はギルドへ向かうことにする。

 あ、ダンジョン野菜が増えたかどうかはちゃんと確認したよ! 僕達がいない間、毎日ダンジョンに通ったらしいんだけど、増えたのは黄金のきゅうりだけだったみたい。サラダにして食べたあと、種を取れないか分解してしまったと言われたけど、研究のためならいくらでも分解すればいいと思う。僕も頑張って黄金野菜をゲットするんだ……!

 さしあたって今日の午後はダンジョンだね。目指せ野菜!


 その前に、イオくんにはお米を炊いていただかないといけないので……そしてテト用の甘いものも必要ということで! 総合的に考えるとギルドのほうが良いだろう、ということになったのである。ナズナさんがいないのに勝手にかまどを借りることはできぬ、ってのもあるし。

 高台からのんびりと下っていくと、心地よい風がさわーっと過ぎていく。すごく良い天気だなあ、テトと一緒に日向ぼっこするのも良いかもしれない、と思っていると、炊事場からひょいっとアサギくんが顔を出した。

「あ、なっちゃん!」

 とめちゃくちゃでかい声で呼ばれたので、ちょっとびっくりする僕である。

 相変わらず元気いっぱいにぶんぶんと手を振って、弾むようにこちらに駆け寄ってくるアサギくん。数日前見たときと衣装が変わって、甚平みたいな上半身になってる! 下は普通にカーゴパンツだけど、わりとしっくりくるコーディネートだ。


「アサギくん、久しぶりー!」

「ほんとだよなんかめっちゃ久々じゃん! お帰りー!」

 いえーい! とハイタッチする僕達を、イオくんは一歩下がって生暖かい目で見ていた。一緒にはしゃごうよーと思うけど、まあイオくん人見知りだしな。これでも結構ノリはいいんだよイオくんは、リアルで僕がイオくんに駆け寄って手を出したら普通にハイタッチしてくれるよ。多分アナトラでも、如月くん相手ならギリギリやってくれるかなー?

「なっちゃん! イオくんさん! テトちゃーん!」

 そしてアサギくんの後ろからかけてくるのは雪乃さんである。かなり久々。まあ僕はフレンドメッセージでそこそこやりとりしてたけど。

「雪乃さん! 遠征お疲れ様ー!」

 ゆきのだー! なでるー?

 久しぶりにあった雪乃さんに、テトは真っ先に駆け寄って撫で要求している。もちろん「テトちゃんもふもふー!」とか叫びながら雪乃さんはテトに飛びついた。ぎゅむぎゅむしながら撫でている。


「疲れたよぉ、雷さん先に帰っちゃうし! でも私結構頑張ったからね、里賑やかになったでしょー?」

「雷鳴さんを呼び寄せた気がしないでもない僕です!」

「なっちゃんなら仕方ない」

 許された。

 多分雷鳴さんが速攻戻ってきたのってダンジョンのせいだからなあ。でもお陰で僕たちもダンジョン野菜を食べて得したので後悔はしてない。

「2人で炊事場? まだお昼には早いけど何してたの?」

「あ、違う違う。俺等は打ち合わせにでかいテーブルほしかったから作業場借りてただけ。湯屋のことな」

「湯屋? アヤメさん?」

「そうそう」

 思わず炊事場を振り返ると、柱の側からこっちをそっと見ていたアヤメさんがそこにいた。目が合うと、おずおずとこちらへ歩み寄ってくる。そこにいたんならみんなと一緒に駆け寄ってきてくれればよかったのにー、と思わないでもないけど、内気なアヤメさんには難しかろう。

 むしろ、柱に隠れてなかっただけ進歩。日々がんばってるんだなあ。えらい。


「あ、あの、お久しぶりですぅ……」

「アヤメさんお久しぶり! 湯屋ついに建設始まるんだ?」

「あ、いえ、あの。まだその、設計図だけなんです、けどぉ……」

 えへへ、と嬉しそうに笑っているアヤメさんである。まっさらなところからようやく設計図ができたところってことは、いよいよ湯屋も本格的に動き出すってことである。

 アヤメだー! げんきー?

 思う存分雪乃さんにもふってもらったテトは、新たな撫で要員を発見して意気揚々とアヤメさんに駆け寄る。褒められる可能性があるならいくらでも褒められたいテトなのだ。撫でて撫でてとアヤメさんの周りをぐるぐる回っている。

 アヤメさんはそんなテトに小さく笑って、「元気ですねぇ……」とか言いながらテトを撫でてあげたので、テトは非常に満足そうにむふーっとした。

「大工さんたちが少ないからなー、すぐには建てられないんだけどさ」

 とはアサギくん。軽く今後の計画などを話してくれる。


 まず、リアル明日くらいにはダンジョンの情報を掲示板に流す予定だそう。つまり、そろそろダンジョンが混み始めるってことだね。

 そして湯屋を建てるのに必要な木材は、里の在庫でも賄えるけど……大きな建物にしていきたいって野望があるから、今回はトラベラーさんたちに依頼して集める予定だそう。これも明日から。

 本来、こういうクエストはギルドでは斡旋しないものなんだけど、トラベラーさんや住人さんたちが「こういうものを集めていて、皆に協力して欲しい」とか、「こういうものを探しているので、見かけたら教えて欲しい」みたいなお願いなら掲示してくれたりする。

 イチヤやサンガのギルドでも、住人さんたちからの「お願い」は時々張ってあったよ。子どもから「びーだまほしいです。おはなとこうかんしてください」とか、主婦の方の「料理教室開催決定! 参加者募集」とか、おそらくお年を召した方からの「同好の士求む、こちら陶芸を嗜む者より」とか……まあ大半はローカルなイベントの参加者募集だったかなあ。

 もちろんタダで掲示はできないので、ギルドの受付に作ったポスターとかチラシを持っていって、何日間掲載するか決めて、規定の料金を払う。

 で、アサギくんはこれを「木材買い取り」にして、対価として「里の発展クエストへの参加」を差し出すわけ。僕達もだったけど、里の発展クエストに1度でも参加すると、里の住人さんたちからの好感度があがるし、報酬ももらえる。絶対的に参加したほうがお得なのだ。


「へー、アサギくん色々考えててえらい。良い感じだね」

「へへへ、この里の復興って動画にした時絶対ウケるじゃん、力入っちゃうよな!」

 にぱっと笑っている童顔系イケメンのアサギくんである。某動画サイトでアナトラをキーワードに入れて検索すると、アサギくんの動画は再生回数の多い順で5番目くらいにヒットする。事務所所属の有名配信者さんとかもいる中、この順位はすごいと思う。

 ちなみに1位は垢BANリアルタイムアタック動画です、あれだけ再生数段違いで多い。話題性の勝利だな。

「ま、そんな感じだから、湯屋の営業開始は多分ゲーム内で2週間後くらいかなー? とりあえず1階建ての平屋にして銭湯みたいに室内温泉のみ。ある程度時期を見てから露天作ったり、2階増築して食事の提供とか休憩所とか考える感じ」

「売店置かないの?」

「飲み物だけ自販機みたいな感じで、ギルドカードタッチしたらコップに水とか冷茶入れてくれる魔道具あるから、当面それだけ。っつーか最初はアヤメさんとユズキしか従業員いないからさー。もっと軌道に乗って従業員増やしたら、売店置きたいよなー」


 難しい顔をするアサギくんである。

 温泉とか銭湯というのなら、風呂上がりの牛乳は必要だと思うんだけれども……アナトラだと乳製品の入手ルートがネックになるなあ。あ、イオくんはコーヒー牛乳派ですかそうですか。戦争はしない、みんな違ってみんな良いので!

「設計図を、見せていただいてぇ……。本当に、湯屋ができるって思うと、嬉しい、ですぅ」

 にこにこのアヤメさんは、最初にあった頃よりもだいぶ表情が明るい。湯屋やりたいって言ってくれたのはアヤメさんだし、思い入れもあるだろうし、本当に良かったねって気持ち。

 あ、そうだ。

 建物向けのお札ってなかったっけ? 在庫整理ってほどでもないけど、良さそうなのがあったら渡しておこう。えーと、木材ならまっさきに「防火のお札」、「家屋安全の札」も良さそう。一応商売なわけだから「商売繁盛のお札」も使えるかな? この辺のお札は本当に難しくてどれもこれも★3だけど、★3なら1年持つので、そこそこ役に立つはず。

「アヤメさん、これあげる!」

 僕はとりあえず役に立ちそうなお札をぽいぽいとアヤメさんに渡して……あ、ついでにお守りも。「保存のお守り」とか何個あっても良いので、今なら残り1つになった「炎鳥のお守り」もつけましょう、使い所わかんないけど。


「え、え、あの、あのぅ……!」

「なっちゃん、アヤメさんが目ぇ回してんぞー」

「使えそうなのはこのくらいかなー。もっといろいろ作れる職人で有りたかった」

「じゅ、十分ですよぅ!」

 あわあわしながらアヤメさんがお守りとお札を受取って、効果を確認して驚きの表情を見せた。贈答用と言われるお札なので、「こんな良いものを……!」って感じらしい。

「ただでいただくのは、ちょっと、あのぅ……」

 と控えめに遠慮されたけど、差し出しちゃったものをじゃあ返してとは言いたくないものである。ここは一つ、交換条件と行こうではないですか。というわけで。

「僕たちもうすぐゴーラに向かうつもりなので、多分開業までは里にいないです」

「えっ、そう、なんですかぁ? 残念、ですぅ……」

「なので、次回里に来た時、1回入浴無料にしてください!」

 お札の対価だからね! このくらい言ってもいいでしょう! と思って張り切って提案してみたところ、アヤメさんはくすっと笑って、「無料会員券とか、作って、おきますねぇ」と言ってくれました。それはもしかしてずっと使えるやつだったりする? めちゃお得なのでは……!

 思わずイオくんに視線を合わせた僕に、イオくんは大きく頷いてみせた。

「ナツよくやった!」

「褒められたー!」

 よし、僕今日いい仕事した!


 これからまた大工さんたちと打ち合わせがあるというアサギくんたちと別れて、僕達はトラベラーズギルドへ向かう。

 テトが楽しそうに僕に寄り添って歩いているんだけど、道行くトラベラーさんたちからの視線がいつにもましてテトに集まっているような。なんだろう、契約獣ってイチヤ以外ではそんなに珍しく無いはずなんだけどな……? 

「公式サイトで契約獣に関するQ&Aのページ更新されてたぞ」

「イオくん、またしてもサラリと僕の心を読んでくる……! 欲しいときに欲しい答えをくれるとは、さすがイオくん気配りのできる男」

「おう、任せろ」

 けらっと笑うイオくんである。僕はいそいそとステータス画面から公式サイトに飛んでみて……これかー! 公式さんが契約獣をピックアップしたってことだね、良いことです。

「わー、かわいい。やっぱり他の子もかわいいなあ、テトが一番だけど」

 テトいちばーん♪

「そうだよー、テトが一番僕と気が合うんだよー」

 ナツとテトなかよしだもんねー?

 とっても嬉しそうにそんなことを言ったテトさん、器用にちょいっとジャンプしてくるんと一回転して見せる。軽やかステップで身軽さをアピール、やはり家の猫有能だなあ。


 そんな有能猫のテトがギルドの出入り口にどーんと体当りする前に、するっと前にでたイオくんが扉を開けてくれる。優秀なテトより更にできる男なのがイオくん、スマートだと思います。

「昼まで……3時間くらい借りるか。俺は料理するけどナツどうする?」

「<金属加工>をレベル10にして<細工>を取りたい」

「あ、空の魔石また何個かもらっといたぞ、共有に入れる」

「さすがイオくん、なんて気が効くのか……! ありがとう助かる!」

「どういたしまして。テトは?」

 テトはねー、イオのおうえんとー、ナツのおひざあっためるかかりなのー。

「イオくんの応援と僕の膝を温めるお仕事するって」

「えらい」

 ほめられたー!

 イオくんに褒められるとちょっとドヤっとするテトである。ま、まあイオくんに褒められたら仕方ないよね、僕もドヤ顔しちゃうし。なんならさっきもドヤ顔していた自信があるよ僕は。

 やっぱり僕とテト、一番気が合うと思うんだよね。自慢です。

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― 新着の感想 ―
ナツとテトは周りも羨む位、見れば分かる仲良し具合だよね! 見ちゃうと自分も契約獣と良い関係築きたいな〜ってなるよ! 一部の人は、なつき度について真剣に考えたと見える! テトは、相変わらずの働き者!
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