30日目:似た者同士ってやつだね
リアルお昼休みを挟んで、再び湯の里。
目覚めると相変わらずイオくんのほうが先に起きていた。くっ、今回ちゃんと5分前にログインしたのに勝てないなあ……などと考えつつ起き上がると、イオくんがこちらにくるっと顔を向ける。
「ナツ昼何食った?」
「カレー!」
「リゲルんとこでカレー食いたいって顔してたもんなお前……」
アナトラ世界では久々にカレーの匂いを嗅いだのですっかりカレーの口になってしまったのだけれども、よく考えるとリアルではほんの数日前にカレー食べたばっかりだったという。しかも今回はレンチンレトルトカレーだったので……手作りほど美味しくはなかった。無念。
「もっと具がごろごろ入ってるカレーが好きだから、レトルトあんまり好きじゃない」
「ナツは無駄にデカく切るから生煮えが多いんだよ」
「でも噛み応えって大事じゃん……!」
「ちゃんと煮えてるほうが大事だと思うぞ?」
それは本当にそう、ごもっともです。特ににんじん。
ナツー、おはよー!
「テトおはよう、今日も朝からかわいいね、撫でてあげよう……」
わーい!
喉をごろごろいわせながら挨拶してきたテトさんを撫でぐり撫でぐりしていると、イオくんがちゃちゃっと座卓の上に朝食を出してくれるので、僕も慌てて自分の布団をたたむのであった。今日の朝ご飯なにかな?
「サンドイッチと野菜のスープ、ゆで卵とサラダ。喫茶店のモーニングっぽい」
「実は炊いた米がもう少ない」
「それは作ろう」
食事は大事だから、とりあえず最優先に作ってもらいたい。
「今日の予定は、えーと、ビワさんとこだよね?」
「雷鳴いるか確認しておいてくれ」
「はーい」
「ついでにナズナにかまどを使わせてもらえるか確認するか。ギルドの作業場が使えるならそっちでも良いが」
うんうん、とりあえず用事を済ませてから生産、午後はダンジョンかな? 雷鳴さんもあの後ダンジョン野菜の追加を手に入れたか確認したいし。っと、如月くんとレストさんからメッセージが入ってるから確認しなきゃ。
「イオくん、如月くん次にログインするの夜だから、ゴーラまで一緒に移動しましょうって」
「おう」
「あとレストさんから納品依頼来てたから手持ちのテトビタ渡しておいたけど、なんかすごいサンガで話題になりつつあるらしくて、妖精の朝市に出店依頼があるらしい……」
これはレストさんも困惑してる感じだなあ。そこまで話題になると思ってなかったんだろう。売上結構良い金額が入ってくるからこっちとしては売るのは構わないんだけど……妖精の朝市でテトビタDを売ったら、無駄にやる気をみなぎらせた妖精類さんたちがサンガを飛び出したりしないだろうか、ちょっと不安だ。
「……朝市は断ったほうがいいんじゃないか?」
「だよね、自分たちがサンガにいるわけじゃないから、万が一のことがあっても探しに行けないし……」
お金には困ってないから、今まで通りにレストさんのお店で細々と売ってもらいたい。何なら1日の販売個数を制限してもらっても良いと思う。……というようなことをレストさんに返信して、っと。
イオ、きょうおいしいのつくるのー?
「どうだろうね、イオくん甘いの作る?」
「果物結構買い込んだし、作ってもいいな」
わーい!
イオくんの言葉に喜んだテトは、ぴょいんっと飛び上がりながらイオくんの隣に陣取って、
あのねー、さつまいものおかしがいいのー。ほくほくなのー!
「さつまいものお菓子作って欲しいって」
「さつまいもは果物じゃねえんだが……まあ在庫はあるな。わかったから寄りかかるな、なんか作るから」
やったー! イオはよいりょうりにん!
「イオくんは良い料理人」
「だから料理人じゃねえんだよ」
呆れたようなイオくんの視線はスルーするのである。お菓子つくるならギルドの作業場のほうが良いかな、かまどじゃお菓子作れるイメージじゃないし。……あ、大学芋ならいけるだろうけど。
まずは朝ご飯! ということで、サンドイッチを食べる。
今日のサンドイッチは、2人共たまごサンド。多分在庫処分だと思う。でも美味しいので良いと思います。さ、これを食べてエネルギーチャージしたら、早速出発しようか!
雷鳴さんからのメッセージの返信は、朝ご飯を食べている間に届いていた。
なんか、あれからずっとビワさんの家に泊まり込んで、裏庭の家庭菜園でダンジョン野菜を増やせないかという研究を重ねているらしいよ。結果として、金色のじゃがいもは植えると3日で消えてしまうとか、苗にならないとかで、現状栽培は不可能と言うことだった。
雷鳴さん、農業に対するコメント長いな……。熱量がすごく伝わる。
なんか、今は一段落したのでダンジョン野菜についての論文を書いているらしい。ということは、今火山地域植物を持ち込めば、すぐに栽培にとりかかってもらえるかもしれない。良いタイミングだね。一応、まだ朝早いからもう少し時間を潰してから行こうと思ってたんだけど、ホットポテトとレッドチリチェリーの話をしたら、「今すぐにでも!」と言われた。
「なんかすぐ見たいらしいよ」
「行くか。テトの方に入れてるレッドチリチェリーがしおれてるかもしれん」
イオくんの言葉に、テトはむむむーっと難しい顔をした。
まだだいじょうぶだもんー。
……ということは、多少しんなりしているのかもしれないな。テトの空間収納は時間停止がついてないから、生物の長期保管には向かないんだよね。一応、イオくんが自分のインベントリにも保管してるから、テトが持っているものがだめになってても大丈夫だけれども。
村長さんとリュビとサフィに挨拶をしてから、ご近所のビワさん宅へ向かう。
途中でツバキちゃんとすれちがったので「どこ行くの?」と聞いてみたら、学校に行くんだそう。なんでも、里への道ができてから里出身の鬼人さんたちやその家族なんかがたくさん戻ってきていて、今は外の街の知識を教えてくれているんだそうで。
「サンガのおはなし、きくの」
とにっこりしているツバキちゃん、とても楽しそうだった。
里と比べると大きさも賑やかさも段違いだけど、里には里の良さがあるし、街には街の良さがある。いつかツバキちゃんも、外の世界に踏み出して色々見たい、と思うのかもしれないね。
何にせよ知識は大事です。いってらっしゃーいとツバキちゃんを見送って、僕達はビワさんの家へたどり着いた。門扉は開け放たれているし、この辺の家はどこも「どなたでもご自由にいらっしゃい」スタイルだ。
「おはようございまーす! ビワさん、雷鳴さんいますかー?」
と声をかけながら庭の方をのぞくと、声に反応してガラッと玄関が開いた。ビワさんかと思ったけど、ビワさんの服を借りたらしい、和装の雷鳴さんである。着流しっていうんだっけかな、これ。
「やあ、いらっしゃい」
「雷鳴さんの家じゃないと思いますが、来ました!」
らいめいだー。あたまぼさぼさなのー。
「お前さては寝てないな?」
「いやあ、ちょっと答えづらいな。とりあえず中へどうぞ」
すごく堂々と家の人みたいに振る舞ってるけど、ここは雷鳴さんの家ではなくてビワさんの家である。家主さんの許可取らなくて大丈夫? と思っていると、後ろからひょいとビワさんが顔を出した。
「入ってくれ、説明も求める」
あ、なんかビワさんも頭ボサボサだ。まさか寝てない二人組かなこれ。これだから研究者ってやつは。
おじゃまするのー♪
と楽しげにテトが玄関に向かうので、僕達もテトに続いてお邪魔することにする。二度目のビワさん家だけど、さっきツバキちゃんは出かけていったし、ナズナさんはいないのかな?
雷鳴さんが先導していくの、馴染みすぎではなかろうか。とりあえず前回もお邪魔した居間に通されたので、どうぞとすすめられた座布団に座った……ら、テトさんが横から「ナツのおひざー♪」と言いながら膝の上に上半身を乗っけてきた。うちの子あったかい。
普通、人様のお宅にお邪魔したら手土産を渡してお茶から雑談開始の流れが多いんだけど、もう雷鳴さんとビワさんがわっくわくの顔でこっちを見ているので、流石にこれは焦らせないな。
「イオくん、まずホットポテトをお願いしよう」
「おう」
すっかり僕の膝の上でくつろいでいるテトをちらっと見てから、イオくんがインベントリからホットポテトを取り出す。前にサンガで贈答用のパウンドケーキを買ったときにもらった紙袋にいれてあるんだけど、数は20個くらい。そんなに量が多くないので、もっと必要だったらあとで追加で取りにいかねばなるまい。
「これはホットポテト。火山周辺でしか取れない芋らしい」
「拝見する」
と早速手に取るビワさん。
「切ってみてもいい?」
と包丁を取り出す雷鳴さん。2人ともとても真面目な表情で真剣に芋と向き合っている。
「これは昔研究していたことがある。普通のじゃがいもと育て方は変わらないはずだ。雷鳴、育てるとしたらまずプランターで芽を出すところからだ」
「いやあ、その前に土だね。火山付近の土壌を再現したのと、この辺の普通の土とで分けて植えてみようか。……あ、すごい赤い。これ味はどう?」
ホットポテトを半分にカットした雷鳴さんが質問を投げかける。なんで僕の方見てるんですかね、そりゃ食べたけれども。
「ピリ辛でした! フライドポテトが美味しかった!」
「フレーバー付きみたいなもんだから、塩振らなくても美味い。ちと普通のじゃがいもより柔らかいかもしれん、煮込み料理には向かないんじゃないか?」
純粋に味の話しかしてない僕と違って、イオくんは調理方法にまで言及しているのでやっぱり料理人では? って思います。でもピリ辛のポトフもちょっと美味しそうだと思うんだけどな。
ビワさんと雷鳴さんは火山付近の土について色々と話し合っていたけれど、イオくんが「レッドチリチェリーを土ごと持ってきている」と告げたところ、そっちに興味がぱっと移った。切り替え早いねえ。
イオくんが2本、テトが3本のレッドチリチェリーを確保しているのだ。まったり僕の膝の上でごろごろしていたテトさんに、
「テト、お仕事だよー」
と伝えたところ、耳をぴんっとしてすくっと起き上がった。
テト、がんばってはこんだのー!
ほめて! と全身で訴えながら、テトは意気揚々と庭に降りていく。イオくんもその後からついて行って、縁側の側に次々とレッドチリチェリーを出した。これ、ミニトマトの鉢植えに似てるんだよね。ミニトマトよりは実が少ないけど、1つの鉢植えで結構量は確保できそうではある。
イオくんがテキパキと土ごとビニール袋に入れて、僕が【アクアクリエイト】で水をたっぷりあげておいたのである。テトが持っていたやつは、イオくんが運んだやつに比べるとちょっとだけしなっとしていたけれども、まだ大丈夫そうだ。
ほめて! とふんすっとしているテトを、雷鳴さんがよしよしと撫でている……けど、目はレッドチリチェリーに釘付けだ。
「ビワ、葉の形状からしてトウガラシの一種ということで間違いなさそう」
「それなら、確か水はけが良くて栄養のある土が最適解だったはずだ」
「とりあえず土作りからだけど、こっちもこの辺の土でも育つか実験が必要だね」
「必要な肥料は……」
「それなら日当たりについても……」
「品質を上げるには……」
と怒涛の勢いで会話を始めたビワさんと雷鳴さん、完全に共同研究者って感じである。どうしようイオくん、何を言っているのか全然わからない……!
「あー、そのへんにしてくれ。それよりもこれの品質をあと2ヶ月程度で上げて欲しいんだが、可能か? 正式に依頼したい」
ちょっと会話が途切れたところでイオくんが割って入ると、ぱっと顔を上げたビワさんが腕を組んだ。
「どのくらいの品質が求められている?」
「最低限★5だな」
「ふむ。現在が★3なら……<樹魔法>の【グローアップ】があれば可能だが……」
言い淀むビワさんに、雷鳴さんがはいっと手を上げて発言。
「あと少しで僕が取得できると思う。<雷魔法>より先にそっちを取ることになるとは思わなかったけど」
ちょっと悔しそうだ。まあ、雷鳴さんは雷魔法使いたくて自分の名前を雷鳴にしたはずなので、本当ならまっ先に<雷魔法>を取りたいんだろう。
「良いのか、<樹魔法>が先で」
と問いかけるイオくんに、雷鳴さんは「仕方がないよ」と頷いた。
「雷じゃ研究の役に立たない」
「それはそう」
「品種改良って燃えるよね」
「それはよくわからん」
雷鳴さんの言葉にうんうんと頷いているのはビワさんだけだけど……良き理解者と出会えて良かったね、という気持ちになる僕である。