29日目:金色は忘れることにした
とりあえず全部喋る。
いや、もし何か話したらだめな事があったならば、事前にイオくんがそれを言ってくれるはずなのだ。イオくんが僕に任せたということは、何もかも全部ぶちまけて判断を仰げという意味だと思う。そもそも僕は嘘とか誤魔化しとか下手くそだからね!
僕個人の考えとしても、リゲルさんは絶対頭いいから、全部話して丸投げし……ごほん。全部踏まえたうえでお任せするのが良いと思うんだ。
というわけで、サームくんとの出会いから、ルーチェさんとの出会い、2人の関係性。イチヤで飾り切り大会を開催しようとする話が上がったことと、その審査員をルーチェさんが引き受けてくれたこと。そして、それにかこつけてサームくんとルーチェさんが交流を深める予定だってことまで、隠し事なし! で一生懸命説明してみた。
「……という感じなんです」
やっと説明終わった頃には、リゲルさんはなんか頭を抱えてしまっていた。僕そんなに説明上手じゃないからわかりにくかったかなー? どうだったイオくん?
「頑張ってたな。伝わってると思うぞ」
「よかったー。リゲルさん、何か質問とかあります?」
「とりあえず頭が痛い」
リゲルあたまいたいのー? だいじょぶー?
テトさん、多分実際に痛むわけじゃないと思うよ、困惑の比喩表現だから大丈夫だよ。と思ったけど、テトがぴとっとリゲルさんに寄り添ったら、リゲルさんが顔をあげたので、言わないでおいた。若干嬉しそうな表情でテトを撫でている、アニマルセラピーだな。
僕がなんか微笑ましく思ってその光景を見ていると、リゲルさんは大きく息を吐き出した。
「まず、なぜ聖獣様と知り合いになれるんだ」
「住処にお邪魔したので……」
「それは分かっている」
じゃあ何が知りたいんだろうか。えーと、会いに行ったまでは良いとして、なんでそこで一緒にイチヤに行く事になったのかって意味?
「ルーチェさんが擬態の魔法を使ったのは火竜さんから教わってたからですよ。エルフに擬態したので僕に似せてくれて、だから一緒に歩いてもいいだろうと」
「……そういう意味でもないが、まあ、お前たちのやることだしな……」
じゃあどういう意味なのさ。うーん、やっぱり説明イオくんがやったほうが良かったのでは。なんて考えていると、イオくんは苦笑しつつ軽く首を振った。イオくんの主張としては、あくまでも僕が説明するほうが良い、ということらしい。
「普通は、聖獣様の住処にたどり着いたとして、そこまで親しくなるものではないだろう」
「でもルーチェさん気さくでしたよ?」
「だからそういう問題ではないと……」
りゅうさん、みんなつよいのにきさくなのー。
「だよねー。テトと僕はラメラさんともお話したもんねー?」
「お前たち……ああ、いや、エクラが言っていたな」
リゲルさんは何やら複雑な顔で頷いた。認めたくないけど認めるしか無い、みたいな表情である。こめかみに指を当てつつ、もう一度だいぶ大きめのため息が出た。
「縁があるのなら、まあ、それは良いか。それで、なぜ私にその話をした」
「リゲルさんはナナミに住んでいてお城に勤めていると聞いたので、なんかこう、上手いことイチヤが悪者にならないようにしてくれないかなと思いました!」
「なぜ私にそれができると思った」
「リゲルさんから仕事できるオーラをびしばし感じるからです!」
「根拠」
「イオくんとリゲルさんが似てるので!」
それは根拠か? みたいな顔をしたリゲルさんがイオくんに視線を向けた。イオくんはしれっと視線をそらしている。僕にとってはこれ以上無いくらいの根拠なんだけどなあ。ねーテト?
イオはできるおとこなのー。
「だよねー!」
「今、テトが何を言ったのか私でもなんとなく察したぞ」
ちょっと呆れたようなリゲルさんだけど、こちらの要求はきちんと理解してくれたようだ。少し考え込むような仕草の後に、机を軽く指で叩く。
「要するに、他を無視してイチヤに聖獣様が通うから、それを上に悪く取られないように丸く収めろ、ということだな?」
「さすがリゲルさん賢い! 良い感じにお願いします」
「無茶を言う」
とか言いつつも、無理って顔じゃないのできっと大丈夫そう。なんか上手い言い訳の1つや2つ、すでに思いついていそうだね。さすがリゲルさん、頼りになるなあ。
「多少の厄介事は、トラベラーをこちらに呼ぶと決めた時点で覚悟していたが……」
「有事に備えているとはさすがリゲルさん。すごい!」
リゲルすごーい!
「……ナツの持ち込む話題はなぜそう斜め上なんだ、イオ説明しろ」
「ナツだからとしか……」
ナツもすごいのー。
なんでか僕が褒められていると思っているテトさんは、得意げにふんすっと胸を張った。多分リゲルさんとイオくんの会話は僕のことあんまり褒めてないような気がするけど、ドヤ顔するテトがかわいいので許しましょう。とはいえ、偉い人たちを良い感じに抑えてください、なんてお願いできる相手と知り合いだって時点でだいぶ僕すごい気がしなくもない。
そう、僕は別にすごくないけど、僕の知り合いはすごい。
つまり、そんな知り合いと知り合える僕も結構すごい。そういうことだね!
「全く。もっと住人との衝突だとか、街中の行動に問題が出ると思っていたぞ」
「あー、そっちは実際どうなんだ?」
「それが、想定していたよりトラベラーの行儀が良い。ナナミでも見回りの兵士を増やしていたのだが、必要なかったのではないかと言われるくらいだ」
「ああ、まあ今はまだ人数も少ないしな」
だよねえ。先行体験会に参加するような人たちって、よっぽどアナトラで遊びたくて頑張って応募したような人たちばっかりだもん。その上一番再生数の多いアナトラ動画は垢BANリアルタイムアタックなわけで、この運営が容赦ないってのが分かっている。
少なくともこのゲームやりたくて、やってみて楽しいって思った人たちは、ちゃんと禁止事項を守ると思う。ちなみに体験会開始から垢BANを食らった人数は、7人だって。公式アカウントがちゃんと教えてくれた。他のゲームを知らないから、この数字が多いか少ないかはイマイチよくわかんないけどね。
正式サービス開始になったら増えるのは確実だけど……と僕が言う前に、ガチャガチャと奥の扉が開く音がした。
「ん? こんな時間に客か?」
「お前たちもだが?」
と、サラリとドライなイオくんとリゲルさんの会話が終わらないうちにばばーんとドアが開く。
「リゲル、今日こそ夜這いに来たぞ、私だ!」
「帰れ」
お、おお?
*
部屋にばばーんと入ってきたのは、すらりとした妙齢の女性……女性だよね? いや声は女性だった。外見も多分女性だ。だけど格好が思いっきり男性物なので、多分男装の麗人とかいうやつ?
眉がきりっと上がった凛々しい顔立ちなので、黙っていればワンチャン男性でもなんとか……いや、ギリ無理かな? 化粧で誤魔化してる感あるけど多分素顔はもっと可愛い感じかもしれない。淡い茶色と金髪の中間くらいの髪色で、腰まであるその長い髪を一つにくくっている。
とても強気な表情で部屋に入ってきた割には……僕とテトを見て、最後にイオくんを見て、ビシリと固まってしまった。
「……あのー?」
「ナツ、あれは無視でいい。それよりもイオを回収して帰れ」
「あ、もしかして顔面偏差値強い男に弱いタイプの女性ですか」
「弱いというより負けたくないタイプだろう。今敗北感に打ちひしがれている」
「はあ……」
なるほど、イオくんの美人っぷりに敗北感を……? 悔しいと思えるのも美人だけだから、そこは誇っていいと思う。それにしても誰だろ、リゲルさんの恋人さんかと一瞬思ったけど、眉間のシワの深さから見るとだいぶ嫌そう。でもさっき彼女「夜這い」とか言ってたし、一方的なやつ?
……あ、ちょっと気づきたくなかったことに気づいちゃったぞ。面倒そうな予感もするし、知らない振りしてとっとと帰ろう。
「イオくん、テト、帰るよー」
「おう」
もうかえっちゃうのー?
「リゲルさんは多分明日もお仕事だから、遅くまでいたら迷惑だからね。テト、リゲルさんにご挨拶しておいで」
おしごとはだいじなのー。リゲル、あしたもおしごとがんばるのー!
にゃにゃーっと明るく鳴いたテトさんは、同じお仕事大好き勢(?)のリゲルさんにすりーっとしてから、僕の右側にぴとっと陣取った。意地でも右側は譲らぬ! という鉄壁の構えである。イオくんはとりあえず僕の肩に手を回してすすっと寄りかかって来たので、多分、乱入してきた女性に意地でも顔合わせたくない姿勢だなこれ。
「じゃあリゲルさん、また!」
「ああ。ナツとテトはまたいつでも」
イオくんもいつでも来ますが! なんかわざわざイオくんを外すところに遠慮のなさが見えるので、多分イオくんとリゲルさんは仲良し。というか、多分今回はイオくんの名前をわざと出さないようにしたんだろうなあ、あの女性対策で。
鍵を取り出して「村長さんの家に戻る」と念じていると、固まってイオくんを凝視していた女性がようやくハッとしたように瞬きをした。それから慌ててこちらに手を伸ばし、
「まってくれ、君は……!」
とか言い出したけど、流石に待たない。
リゲルさんがひょいっと女性の首の裏、ワイシャツの襟を掴んでくれたので、僕達は無事にその場を後にするのだった。
さて、光とともに村長さんの部屋に戻ってきた僕達だけど、「おふとーん!」と布団にころがるテトを横目に、僕とイオくんは視線を合わせた。
「あの人さあ……」
「まあ……だろうな……」
思ったことは同じらしい。だよね、やっぱりそうだよね。だってあの髪色、微妙に変えてはいたけど、<魔力視>を使ったらもう一発でわかる。あれはやばい、関わり合いになったら多分ろくなことにならない。っていうか、リゲルさんってもしかして2等星の中でも上の方にいる人なのかな、だって……。
「「あれ絶対に王族」」
魔力の色、ギラッギラの金色だったんだよ!
ナルバン王国では、銀色がスペルシアさんの色。そして、金色が王家の色。それがわかってよくよく女性の姿を見ると、ちょっと遠いからすぐにはわからなかったけれども、瞳の色も金色だったし。
そんな王家の女性がリゲルさんのところに「夜這い」にくるというのは……リゲルさんのお仕事って、めっちゃ上の方の役職なのでは。少なくとも王家の女性を邪険にしても許される立場であるということだから……。
「……うん、考えるのやめよう! リゲルさんはお仕事できるえらい人! それでよし!」
「つくづくナツの引きがすげえなと思う」
「<グッドラック>さんは有能」
「それは本当にそう」
しみじみ頷きあって、僕達はあの金色の女性のことは忘れることにした。名前も聞いてないし、美人さんではあったけど、イオくんのほうが美人だし、テトのほうがかわいいし、僕のほうが運良いし、リゲルさんのほうが仕事できるでしょきっと。
よし、今記憶の底に埋めた! 埋めたので忘れます!
次回は閑話です。