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29日目:スープカレーがお気に入りの様子

「なにげにこれで初めて使うね、転移装置」

「如月前に使っただろ、どんな感じだ?」

「エレベーター乗った感じに近いっすね」

 なんて感じの話をしながらイチヤのトラベラーズギルドへ向かった僕達は、危なげなく湯の里へと転移した。ちなみにテトさんは単独で飛べなかったので、一度ホームへ戻ってもらった。やだやだ言ってたけど「置いてくよ?」って言ったらしゅばっとブローチの中に飛び込んだので、うちのテトかわいいなと思いました。決断が早くてえらい。

 数日ぶりの湯の里は、ほんの数日しか離れていなかったのにかなりの変化を遂げていた。


「人口激増してる……!」

「混んでるな」

 そう、里の人口がめちゃくちゃ増えていたのである。トラベラーもだけど、住人さんたちも増えてるんじゃないかなこれ。鬼人さんが目に見えて増えてるんだよね……。

 ギルドがこんなに賑やかになっているとは思ってなかったので、ちょっと圧倒されつつそそくさと外に出る。如月くんはこのままギルドに泊まるというのでここで一旦お別れだ。

「とりあえず今日は村長のところに戻るぞ」

「はーい。帰ってきたことは伝えないと心配させちゃうよね」

 なんて話をしていると、ぴょいんっとブローチから飛び出したテトさんが、周辺をくるっと見渡して「おかえりー!」と言ってくれた。うん、君も一緒に帰ってきたんだけどね! ただいま!


 戻ってきたのは良いけれど、僕達の今日はまだ終わらない。

 ルーチェさんとサームくんの穏やかな日常のために、さっさとリゲルさんへの根回しを終えてしまわなければならないのである。なので、さくっと村長さんの家へ戻って、家の人達に戻りましたの挨拶をして、リュビとサフィを撫でてからいつもの部屋へと足を運ぶのである。

 っていうか僕達当然の顔して村長さん家に寝泊まりしてるけど、ギルドができたからにはそろそろ出ていったほうがいいかな? とか考えていたところ、

「あと数日里にいたら、ゴーラに向けて出発するつもりだし、それまではいいんじゃないか?」

 とイオくんが……あの、心読むのやめない?

「じゃあ読ませない努力もしろ?」

「ア、ハイ」

 流石に無理。ポーカーフェイスってどうやるの?? むしろ教えて欲しいまである。いやもうあれだよ、イオくんになら読まれても良いと考えて割り切るべき。

「僕、無表情無理では?」

「ナツはそのままでいてくれ」

 ナツにこにこがいいのー。

「テトがそう言うならにこにこしていましょうとも!」

 まあイオくんの愛想が無い分、愛想を振りまくのは僕の役目! そういうことにしとこう!


「お布団よし! お土産よし! じゃ、リゲルさんのところに行こうか」

 インベントリから取り出したのは、リゲルさんの部屋へ飛べる銀色の鍵。戻ってきたら寝るだけでいいように布団もちゃんと用意してから、いざリゲルさん家へ。ところで僕が鍵を取り出した瞬間、テトがぴとっと僕に体をくっつけ、イオくんがぽんと僕の肩に手を置いたんですが、これって僕が2人を置いていくと思われてるやつですかね……。

 前回ちょっと危うく置いてくところだったのを根に持たれている気がする。僕は学習する男なのでそのへん繰り返したりしないよ。

「ま、まあ良いでしょう! いざ、リゲルさん家へ!」

 前回と同じように空中で鍵を回すと、相変わらず細かい魔法陣がぱあっと広がった。これ模様どうなってるのかじっくりみたいんだけど、すぐに魔法陣の光が溢れて僕達を包んでしまうので、見れないんだよねえ。まあ小さいお守りでも四苦八苦している僕が、こんな複雑な魔法陣をじっくりみたところで、覚えていられるかっていうと別の問題なんだけど。

 でも、じっくり見てたらリゲルさんの使ってる<魔法筆記>をなにかの拍子に覚えられないかな? <彫刻>よりずっと便利そうだから、あっち覚えられたら嬉しいんだけど。


 さて、僕達を包んでいた光がすっと消えた時、僕達は豪華なお部屋に佇んでいて、目の前のテーブルではリゲルさんが平たいパンを噛みちぎっていた。……いやワイルド。違うじゃんリゲルさん、それはイメージ崩れるやつだよ?

「リゲルさんこんばんは!」

「邪魔する」

 リゲルー! あそびにきたのー。

 とりあえず人間関係の基本はご挨拶から! ということで元気に挨拶したところ、リゲルさんは素早く平たいパンを皿の上に置いた。あのー、そのお皿、パン以外何も乗ってないんですけれども?

「用があるなら、夕飯を食べ終わるまで待て」

 ちょっと不機嫌そうに言い放たれた言葉に、僕は思わずパンを凝視した。え? まさか夕飯、これだけとか言う? それはちょっとあまりにも人生の楽しみを取りこぼしてない?

「い、イオくん! イオくーん!」

「はいはい。何出す?」

「ほうれん草のココット! スープカレー! あのパンちょっとナンっぽい!」

「ああ、確かにな。よし任せろ」


 何だ? と訝しげなリゲルさんの前に、イオくんが僕のリクエストどおりの食べ物を並べ、ついでにリゲルさんの右隣の席にテトを呼ぶ。

「テト、これ今日買った猫のコースターな」

 ハンサのすてきなやつー!

「これにホットミルクを乗せる」

 イオー、はちみついれてー。あまいのがいいのー。

「リクエストにお答えして、エクラの蜜花はちみつをいれる」

 すてきー!

 はちみつなんで伝わるんだかわかんないけど、イオくんの察し力が強すぎるんだなきっと。はにゃあん、とうっとりしたため息を吐くテトさん、輝く眼差しを僕に向ける。椅子の上にお行儀よくお座りしつつ、「てきおんってしてー」といういつものおねだりである。

「良い子のテトには【適温】!」

 わーい!

 満面の笑み! って感じの表情のテトに、リゲルさんの眉間のシワも消えるってなものである。なるほどテトの癒やし効果を狙ったか、さすがイオくん……と感心していると、「ナツはこっち」とリゲルさんの左隣の席に呼ばれる僕である。


「ん? 僕も?」

「ここにお前の大好きなアップルパイがある」

「アップルパイ! あ、初期の頃イチヤで作ってたやつ? なんて素晴らしい焼き立ての香り!」

「そして紅茶」

「最高の組み合わせではあるまいか」

「座って食え」

「わあい!」

 ディナーで美味しいデザート食べちゃったから、お腹は空いてないんだけど……でも! アップルパイを目の前に出されたらそれは食べないわけには行かないんだよ。これはパイ好き人間として当然の反応なので、別腹です。

 イオくんがアップルパイを焼いていたのは、最初にイチヤでハンサさんのリンゴをどうにかしようとしてた頃だね。あのころイオくんの<調理>スキルレベルは低かったはずだけど、フォークを入れるとこのパイ生地のサクサク感……やっぱもともとの腕がある人が作ると違うんだよなー!

 今の<料理>スキルレベルでもう一回改めて作ってほしい! 後でリクエストしておかなきゃ。


「……イオ?」

「見ろリゲル。世界一美味いもん食ってる奴らの顔だ」

「……」

 イオくんは自分用に珈琲を入れてリゲルさんの正面の席に座った。そしてリゲルさんは僕を見て、ホットミルクをちまちま舐めて至福の顔をしているテトを見て、もう一回僕を見てから小さくため息を吐いて、きれいな所作でスプーンを手に取るのだった。

「む、変わった味がする。この料理は何だ?」

「スープカレーです! サンガの屋台で買ったんですけど、ちょっと癖になる美味しさですよねー」

「ああ、トラベラーたちの世界の料理だと名前は聞いたな。なるほど、こういう味か……」

「リゲルさんのその平べったいパン、何ていうんですか?」

「さあ? 平パンと呼んでいるが。先程ナツが言っていたナンというのは?」

「あ、僕達の国の料理じゃないんですけど、釜で焼くパンみたいな……イオくん分かる?」

「小麦粉、塩、水、酵母。カレーの付け合せとしてよく使われる」

「なるほど」

 辛味のある味に合わせるならシンプルなもののほうがいいのか、なんて納得しているリゲルさんである。僕はナン好きなんだけど、イオくんが言うには本場インドのカレーはライスとかチャパなんとかって言う薄焼きパンで食べるほうが一般的なんだって。日本のインドカレー店でナンを出すのは、日本人受けが良いから、らしい。

 あのもちっとした食感が日本人に合うってことかな? でも中にチーズ仕込んでるチーズナンも美味しいし、ごまを混ぜ込んだセサミナンとか、表面にはちみつを塗ったハニーナンとかも美味しい。お店の創意工夫でバリエーションがあるのだとしたら、やはり料理人さんは偉大な存在である。


 あまーい。あったかーい。しあわせなのー。

 うっとりとはちみつミルクを舐めているテトさん、とってもじっくり余韻を味わっている。そんなテトを見守るリゲルさんの眼差し、完全に妖精類のそれである。身内の小さい子を見る目だね。

「リゲルさん、食べ方きれいなのにすごく速い」

「ん? ああ。癖でな」

 早食いが癖になるのはあんまり良くないと思いつつ、如月くんも食べるの速いしなあ。まあちゃんと噛んで食べてるならいっか。前にミートボール持ってきたときも、きれいなテーブルマナーで食べるの速いなーって全く同じ感想を抱いたような記憶がある。

 あ、でももしかして、料理が気に入ったから速くなってるのかも? 

「スープカレー気に入りました?」

「ああ、ナナミにも出店して欲しいくらいだな。まだサンガでしか食べられないのか?」

「多分? トラベラーが頑張って作るかもしれませんけど」

「匂いが強いものは貴族街では売れんだろうし、売っているとしたら城下の方か。まあ今度探してみる」

 この反応、確実に気に入ってますね。まあカレーは最強だから当然かな!


 とまあ、そんなふうに。

 半分押し付けた形のリゲルさんの夕飯が終わって、ようやくお話できそうな雰囲気になる頃には、部屋に来てから30分ほど経過していた。名残惜しそうにスープカレーを飲みきったリゲルさんは、なんかぼそぼそとイオくんと会話してたけど、スパイスの配合の話とか? リゲルさんは多分えらい人だから、お家にお抱えの料理人さんとかいないのかな?

「……ってそうだ! リゲルさん、夕飯パンだけじゃだめですよ。栄養偏っちゃいますよ」

「……毎回パンだけというわけではない。たまたま忙しくてな」

 言いながら目をそらしたリゲルさん、これはしょっちゅうパンだけ夕飯を食べてる顔な気がする。お仕事が忙しいのは本当っぽいけど……。

「リゲルさんのお家、家政婦さんとかいないんですか? 料理作ってくれる人雇うとか」

「いや、本宅にはいる。こっちは私の個人宅なのでな」

「ちなみにその本宅に帰る頻度って……?」

「……週に1度くらいは」

 イオくんこれだめなやつです。

 という顔をしてイオくんを見てみると、イオくんは同意するようにしみじみ頷いた。食事を蔑ろにしがちなのは研究者に多いんだけどなあ。テトも何か言ってあげて!

 リゲルおしごとがんばっててえらいのー。おしごとのためにもちゃんとごはんたべるといいのー。

「ほらリゲルさん! テトもちゃんとご飯食べるように言ってますよ! あとお仕事頑張っててえらい!」

「うむ。まあ、気をつけよう」


「それで、今回は何をしに来た? エクラのところじゃないのか」

 さて、テトの助言も伝わったところで、リゲルさんは食後の紅茶タイム。いるか? と言われたので僕は喜んでご相伴に預かる。テトはまだちまちまホットミルクを飲んでいるし、イオくんは珈琲派なので僕とリゲルさんだけだ。

 僕は紅茶も珈琲も緑茶も美味しくいただくので!

「ああ、今回はリゲルに説明したいことがあってな。ナツが」

「僕が! あ、その前にリゲルさんにイチヤのお土産です、どうぞ!」

「イチヤ?」

 不思議そうにするリゲルさんに、飾り切りされたイチヤのフルーツ詰め合わせを差し出す。これはルーチェさんが一番気に入ってた、年配の女性がその場で飾り切りしてくれる果物屋さんで買ったやつ。ちいさなカゴに3つの果物を選んで渡すと、女性がささっといい感じに切ってくれるのだ。

「……ゴーラに向かっていたのではなかったのか?」

 と首をかしげるリゲルさん。今は湯の里に滞在しているけど、確かに僕達の向かう先はゴーラの予定。そんな僕達がなぜイチヤに? って思う気持ちは分かる。まさにそれが話をしたいところなので。

「ちょっと縁があって、えーと」

 でもなんて説明しようかな? ルーチェさんのことをわかりやすく伝えるには……えーと。


「とりあえず僕たちが聖獣さんと仲良くなりまして」

「ちょっと待て?」

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ナっちゃん、、 さすがっ!
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