29日目:リンゴは栗の次くらいに素敵(BYテト)
「……つまり、生きている可能性が……?」
ちょっと待ってこれ僕が聞いていい話? ねえ本当に僕が聞いても大丈夫なやつ??
思いっきり動揺しつつ声を抑えてみたりして、ハンサさんの言葉の続きを待ってみると、ハンサさんはいつもどおりに軽やかに微笑む。
「うーん、限りなく低いと思うんだよ。何しろすごい爆発だったみたいだからね。魔法で結界をガチガチに張って耐えようとした後衛2人が、その結界をぶち破られてふっ飛ばされて大怪我をしたくらいだよ」
「思ってたよりすごく物騒な感じだった!」
後衛の勇者さんたちって、爆発から逃れたから無事だったんじゃないんだ!? めちゃくちゃ巻き込まれている上に大怪我までしてた……! 冷静に考えると、離れた場所にいた人たちがそこまでの怪我をするんなら、すぐ近くにいた人たちは……まあ無理だよね……。
「それでも勇者アンナと勇者ツィニィは、怪我を押して仲間たちを探したというよ。勇者たちには聖獣の加護があったから、彼らだけは呪いを受けたこの地で動き回ることができたんだよ」
「見つからなかったんですか?」
「周辺には何もなかったんだよ」
何も?
その表現が引っかかって思わず首をかしげた僕に、ハンサさんは繰り返した。
「何もなかったんだよ。全部、吹き飛んでしまっていたんだよ」
「……それは」
普通に考えてそこから生き残るの無理では。無理ゲーも極めれば間一髪が起こるってイオくんが言ってたけど、流石にその状況では無理では。
「発見できたのは、勇者ドロワが持っていたという頑丈な盾が砕けた破片、ただそれだけだったと聞いているよ。どれだけ探しても、それ以外を見つけることはできなくて、他の勇者たちは皆死んだと判断するしかなかったんだよ」
「うーん、でもそれだと、残った2人は悔しいですね……」
せめて何か、形見になるものが見つかれば、区切りをつけることもできたかもしれない。ご遺体があったら丁寧に弔うことだってできただろう。でも、何もなかったというのは、あまりにも……報われなくないだろうか。
「うん。だからあの子達は、今も諦められないんだよ」
「……ん?」
今のハンサさんの言葉、すごく、身近な人達に向けるような言葉じゃなかっただろうか。そりゃあ3等星のハンサさんなら勇者さんに会う機会もあったのかもしれないけど、それにしても親しげというか……。
「ハンサさんは勇者さんたちと知り合いなんですか?」
「知り合いと言われれば知り合いだよ」
「生き残ったお二人は、今、何を?」
「探しているんだよ。死んだという証拠がない以上、生きている可能性はゼロではない、と言ってね」
ハンサさんの静かな眼差しが、空を見上げ、もう一度僕に戻る。ゆったりとしたその一連の動きは、隠しきれないハンサさんの品の良さを体現しているようだった。
「ナツさん、人が死ぬ時というのは、どんなときだと思う?」
問いかけに、僕はすでに答えを持っていた。サンガで、大切な人の形見の手帳を受け取ったジンガさんが、それを教えてくれたから。
「……忘れ去られる時、です」
そういう意味では、ずっと大切な人は生きている、と彼は言った。きっと、サームくんのご両親もずっとサームくんの中で生きていたし、火竜さんはルーチェさんの中で生きているし、ハンサさんが戦争で失った家族だって、今もハンサさんの中で生きているだろう。
僕の答えに、ハンサさんは小さく頷く。
「生き残った2人がまずしたことは、勇者の肖像画を作らせてばらまくことだったよ」
「忘れられないために?」
「そうだね。多くの人々の記憶に残すために。忘れないために。もしも戻ってきたときに、その居場所があると示すために。それから……最近なら、トラベラーさんたちに勇者はこの人だよと教えるためにね」
「僕達に?」
この世界の住人さんじゃなくて、僕達に? ……あ、もしかして、湯の里みたいに正道から外れた遠いところで生きているんじゃないかって、そう思ったのかな。それなら、白地図を埋めるために動き回るであろう僕達が、仲間を見つけてくれるって思ったのかもしれない。
「繰り返すけど、その可能性は殆ど無いと思っているんだよ。だけど、0ではないね。完全に0になるまで、残された勇者たちは探すのを辞めないだろうし、どうか仲間を見つけてほしいと訴え続けるだろうね」
「そう信じて行動することが、呪いとは逆のこと、ってことですか?」
「良い流れが欲しいなら、行動をしないと。何もせずに物事が勝手にうまく流れると思ってしまうのは、傲慢だね」
それはよくない、とハンサさんが言う。まあ確かに、何かしら行動しないと、物事がうまく行くようにはならないだろうな。
この世界にトラベラーがやってくるようになるのだって、統治神スペルシアさんと1等星のすごい魔術師さんが頑張った結果だって、オープニングムービーで言ってたし。国同士で連携して、最初の土地をナルバン王国に決めたし、王様たち国の上層部の人たちもいろんなことを考えたうえでイチヤを最初の街に定めた。
行動があるから、僕達が今ここにいる。
そういう、うまくいくための流れを作ることこそが、「呪いの逆のこと」につながるとハンサさんは言いたいのだろう。明確な名前がないとなんか曖昧でよくわかんないなあ、呪いの反対語ってなんだろう、祝福とか? でも、良い流れを作る、ってだけなら、祝福っていうのも違う気がするし。うーん。
「まあ、そんなふうに頑張っている勇者たちもいるってことだよ。もしどこかで出会うことがあったなら、力を貸してあげて欲しいよ」
「あ、はい、それはもちろん……!」
そもそも勇者さんってそんな簡単には出会えないと思うけれども。でもなんとなく分かってきたぞ、あの肖像画クエストの先にあるのは、勇者さんとの遭遇ってことだ。
「すごいねー、テト。勇者さんと会えるかもしれないって」
ゆうしゃー? おいしいのつくるひとー?
「うーん。勇者さんは多分料理人じゃないかなあ……」
そっかー。
テトさんはあんまり興味無いみたいだ。知ってた。
まあでも、なんとなくだけど、このゲームでは、勇者は生きてないと思うんだよね。運営さんのコメントにも出てたけど、なるべく世界をあるがまま見せたいって感じだから。そんな運営さんなら、ゲーム上の都合で死んだと思われていた勇者は実は生きてました! みたいなことはしないと思う。
だから、この場合、クエストで訴えたいのは生き残った勇者さんたちの性格とか信念とか、そういうものなんだろうなって思った。つまり、このクエストを追いかけて勇者に出会って、彼らがどんな気持ちで勇者として過ごしていたのか、実際戦いはどうだったのか、そういう話を、あるがまま感じてくれってことだ。
僕は、アナトラのこういうところが好きだなーと思う。
ストーリーやワールドクエストなんかがあるゲームだと、ある程度ちゃんと「物語」が進まないといけないから、ご都合主義で味方が裏切ったり、死んだはずの人が生きてたり、黒幕だと噂される人が全然別の名前を名乗って最初からNPCとして出てきてたり……まあ色々ある。
話として自然だったり、理由に納得ができれば気にしないけど、結構無理やりそういうことにしてることが多かったりするんだよね。特にサービス開始してから長いゲームとかは、後出しで今までのストーリーが覆される展開とか、最初の頃の設定と矛盾する展開とか出てくることが、まあまああるわけで。
気になっちゃうし、許せる矛盾もあるけど、許せない矛盾もある。そのゲームに愛着があるならなおさらだ。
だからアナトラの、この、住人にある程度クエストを任せるシステムとか、ストーリーがないところとかが、すごく気楽に楽しめるんだと思う。
やっぱり好きなNPCが辛い目にあう展開って嫌じゃん! しかも明らかに話の都合上そうなりました、みたいなのだとさー。もやもやするよねー。
いや、過去の思い出は封印しよう。封印!
僕がそんなふうに考えをまとめたところで、見計らっていたかのようにイオくんが声をかけてくる。どうやら欲しいものは全部決まったらしい。と言っても、イオくんがここで購入するのはリンゴのみだ、インベントリに空きが足りないからね……!
「ナツ、買い物終わらせて飯食いに行くぞ」
「お肉!」
あまいのー。
「テトに甘いのもよろしく!」
「言わんでも分かってる」
とりあえずお会計を済ませてインベントリに買ったものをしまい込んでいると、猫のシルエットが彫り込まれたコースターを咥えたテトは、イオくんにそれを見せびらかして自慢していた。
イオみてみてー。ねこー。ハンサつくってくれたのー。
「お、ハンサのコースターか。よかったな、それ一点ものだぞ、大事にしろよ」
わかったー。たからばこにいれるのー。
「待てテト。宝箱に入れるといちいち箱から出さないと使えないから、他の食器といっしょにしまう。こっちに渡せ」
イオあたまいいのー!
……本当に、毎回毎回会話が成立してるんだよなあ。イオくんのあの察しの良さ何なんだろうね、気配りの才能がある。えらい。
大満足の買い物を終えて、僕達はハンサさんの果樹園を出た。結構ゆっくりしていたみたいで、陽だまりの猫亭の前についたときにはちょうど美しい夕焼けの空だ。
夕飯には少し早い時間帯だけど、もうすっかりお肉食べたい気持ちになっている僕は、店の前に出されたスタンド看板を見てディナーメニューを確認した。えーと、こちらのメニューは……。
「選べるのはデザートだけだけど、メインはフルーツ魔牛のステーキ! 固定!」
「最高」
「あー、めっちゃいいですね、ステーキ」
あまいのはー?
「デザートはタルトタタンかティラミスだね、テトの先に出してもらえるか聞いてみようね」
わーい!
陽だまりの猫亭は、サンガのヴェダルさんのお店ほど本格的なコースではなくて、前菜とスープ、メインのお肉が固定。パンかライスかは選べる。あとおつまみ用のクラッカーがつくらしいので、多分お酒を飲む人が多いのかな?
まあこの店落ち着いた雰囲気だから、ゆっくりワインを飲みながらディナーって感じか。
デザートは選べるし、食べない人は持ち帰りもできるらしい。僕達がコースを確認している間にも、予約客っぽいカップルが楽しげに店内に入っていく。地元住人さんたちの中でも、ちょっとした記念日によく使われる店なんだそう。
僕達も店内に入ると、前回来た時にテトを撫でてくれたウエイトレスのお姉さんが、とびっきりの笑顔で奥の席に案内してくれた。半個室のような作りで、ここでならテトが椅子に座って甘いものを噛み締めていても目立たなさそうだ。
「猫ちゃんも食べるんですか?」
と聞かれたので、
「テトは甘いものだけ食べます。ケーキ1個だけ別に注文しても大丈夫ですか?」
と確認。テトが期待に輝く瞳をウエイトレスさんに向けると、彼女は力強く頷いてくれた。
「問題ありませんよ!」
きっぱり言ってもらえると一安心だ。
「テト、どっちにする? タルトタタンはリンゴのケーキで、ティラミスは……なんだろうねあれ。チーズ? なんかふわふわの柔らかいムースみたいなやつ……」
僕あれの材料とか知らないんだけど、多分チーズっぽい味するよね? ケーキと言うより僕の中ではムースの位置づけだけど……お菓子の違いよくわかんない。美味しければ何にも気にしてないのがバレバレである。
テトは「むむー」と考えてから、ハンサさんのことを思い出したらしく、「リンゴにするのー」とご機嫌な声で鳴いた。
ハンサのりんごおいしいから、リンゴのケーキもきっとおいしいのー。イオのコンポートもおいしかったから、リンゴはくりのつぎくらいにすてきなたべものにちがいないのー。
だそうである。同じ材料を使ったものは美味しい理論、テトはモンブランとマロングラッセでもう知ってるからね、賢い猫である。
「じゃあ僕ティラミスにするから1口あげようか?」
みりょくてきなていあん……! テトもナツにひとくちあげるのー!
「それを提案できるとはテトは良い子だねー、えらいぞー」
にゃふふー。
ごろごろと僕に懐くテトさんである。かわいい。
さて、陽だまりの猫亭の本気ディナー、実力を見せていただきましょう!




