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29日目:ハンサさんの謎は深まるばかり

 ところで、アナトラは「オートリマインドシステム」っていうのを実装している。

 これは最近のゲームでぼちぼち採用されている機能なんだけど、要は「必要なときに必要なことを思い出させてくれるシステム」ってやつ。アナトラでは住民さんに関してだけ採用されてるらしい。

 アナトラでは住人さんに次々出会うから、自己紹介して会話しても、しばらく会わないでいると普通に「誰だっけ?」ってなってしまう。リアルでも、1回会っただけでしばらく会ってない人って思い出せないことあるよね。で、「オートリマインドシステム」が採用されていると、しばらく会ってなかった人に再会した時、頭の中にその人の情報がふっと浮かんでくる。

 これがめっちゃ便利。

 何が便利って、住人さんの名前が思い出せないことがないのである。


「ローランさん、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫と言いたいとこだけどなあ!?」

 そう、東門の門番さんの中でも、一番若い青年兵士さん。顔を見た瞬間に名前を思い出せたので、物覚えの良い人になった気分が味わえます。

 だいじょぶー?

 とテトも心配して寄り添うけれど、ローランさんはまだ門の外を見たまま呆然としていた。なぜかって、そりゃあルーチェさんが「ではな!」と元気に手を振って門のすぐ外で竜になったからだね。そしてそのまま火山に向けて飛び去っていったのがついさっきのことなのである。

 間近で聖獣さんを目撃するなんて、そりゃあびっくりだよね。でも門番さんはこれから何度も遭遇する運命にありそうだから、早く慣れると良いね!

「しっかりしてくださいよローランさん」

 如月くんもテトの反対側からローランさんの肩を叩いて、それでようやくローランさんも落ち着きを取り戻した様子だ。大きく息を吐いてから、

「いや、だってあれ、聖獣様だったぞ?」

 と困惑の様子で僕達を見る。


「えーと、僕達が連れてきちゃったといいますか」

「なんてお方を連れてくるんだ」

「偶然、その、流れで?」

「どんな流れだい、それ」

「親子愛の流れ……?」

「それは……深そうだな……?」

 案外ノリよく会話をしてくれたローランさんは、しばらくやり取りをしているうちに普段の調子に戻ったようだ。けらっと笑って、もう一度ルーチェさんが飛び去った方向を見て、

「……すごいな、もう見えなくなってしまった」

 と呟く。竜はそりゃもうめっちゃ速いからねえ。テトは何か思うところがあるらしく、「テトもはやいもん……!」と密かに闘志を燃やしているので、あまりやる気に満ち溢れて振り落とされないようにしたいところだ。

「テトはこれからまだまだ早くなるからねー、今無理しなくていいんだよ」

 むむー。

「一歩ずつ確実に成長しようね!」

 わかったのー。いつかナツにおんそくのせかいをみせてあげるのー!

 お、おうふ。音速の世界かー。なんかすごそうだけど、僕が気絶しない程度の速さでお願いしたい。


 そんな感じにルーチェさんを見送った僕達は、そのままの流れでハンサさんの果樹園へ向かうことにした。今日は、ハンサさんの果樹園で買い物して、ゆっくり夕飯を食べたら里に戻れそうだね。

「陽だまりの猫亭、ディナー行くのは初めてだな」

「楽しみだねー!」

 なんて会話をしつつお店を通り過ぎると、テトさんが「なんでよらないのー?」って感じに不思議そうな顔をするんだけど、まだご飯の時間ではないのだ。陽だまりの猫亭は、吊り下げ看板が白猫のシルエットなので、テトは自分のための店だと思ってるかもしれない。

「テト、リンゴ買いに行くんだよ。ほら、美味しいリンゴ食べたでしょ?」

 リンゴ……コンポートなのー!

「そうそう、そのリンゴだよ。イチヤには美味しいリンゴを作ってる人がいるからね」

 おいしいコンポートはイオがつくってくれるのー。

「そうだねー、イオくんは腕の良い料理人だからねー」

「料理人じゃねえんだと何度言えば」

 聞こえないのでイオくんは料理人です。


 陽だまりの猫亭がある通りの突き当りが、ハンサさんの果樹園である。相変わらず静かな佇まいの門をノックすると、それは音もなくスッと開いた。

「おや、ナツさんにイオさん、いらっしゃいだね」

「ハンサさん! こんにちはー!」

「邪魔する。リンゴを買いに来た」

 相変わらず飄々とした雰囲気のハンサさんが顔を出して、僕達の顔を見て少しだけ微笑んでくれた。相変わらず足音を全くたてない忍者スタイルである。僕も<隠伏>スキルを極めていったらこんな感じになれるんだろうか……無理そう。

 おじいさんだあれー?

「テト、この人はハンサさんだよ。美味しいリンゴを作ってくれるんだ」

 おいしいリンゴのひとー!

 美味しいもの大好きなテトは、それだけでハンサさんを尊敬するべきと判断したらしい。憧れの眼差しでハンサさんを見上げている。

「ハンサさん、この子は僕の契約獣のテトです、可愛くて賢くて美味しいものが大好き!」

 だいすきー。よろしくー、テトだよー。

 おすましポーズをとって、にゃあんと甘えた声で鳴いたテトさんは、尊敬すべき美味しいもの作る人に撫でてほしそうである。まあ全人類テトを撫でるべきと思ってる子なので……「よかったら撫でてあげてください」とお願いしてみたところ、ハンサさんは穏やかに撫でてくれたのであった。


「そしてこちらは僕達の友達の如月くんです、常備薬とかつくってる爽やか好青年です」

「なんでナツさんいちいち褒め言葉挟むんですか照れくさい。はじめまして、如月です」

「ふむ、薬を作る人なんだね。ハンサだよ、よろしくね」

 如月くんとハンサさんは軽く握手。なんか薬を作るってところに反応してたから、やっぱりハンサさんは生産スキルを上げてる人にしか会えない住人さんなのかもしれない。……あ、そうだった生産スキルといえば。

「ハンサさん、とりあえずスキルレベルが上がったので作れるようになりました。お納めください……」

 なんかこう、絶妙にバランスの取れた棒人形のお札。腰痛のお札、品質★4である。御札は品質の高いものを作るのが結構難しくて、腰痛のお札は棒人形柄のくせに★4を作れたのはこのときだけだ。【コピー】しちゃえば複製はできるんだけど、普通に作るとどんなに頑張っても★3ばっかり。こんな単純な柄なのに……っ! 絶妙に悔しい……!

 正直これを家に飾られるの結構恥ずかしいんだけど、でもハンサさんに頼まれていたので、渡さなくてはならぬのである。ちなみに効果文は「このお札を飾ってある家に住む者は、一定期間腰痛から開放されるであろう」で、腰痛80%減である。★4のお守りは1年半持つので、十分良いものなのだ。

 ただ僕がなんかいたたまれないだけで、ものは良いのである。ものは。


 なんかそういう複雑な感情で差し出したお札を、ハンサさんは思いの外嬉しそうに受け取って「早速作ってくれたんだね。ありがとうだよ」と喜色の滲んだ声で言ってくれた。

「ナツさん、腕を上げたね。良いことだよ」

「頑張りましたが、<細工>はもう少しです」

「うんうん、急がなくても良いと思うよ。ナツさんにはぜひ、護符も作れるようになってほしいんだよ」

「それは作ってみたいので頑張ります!」

「お礼をしないといけないね」

「あ、醤油と味噌の追加購入お願いします!」

 まだ前回購入してから1ヶ月経ってないけど大丈夫かな? と思いつつリクエストしてみると、ハンサさんはにこやかに了承してくれた。わーい! と喜んだのは僕だけではない。

「ナツ、ナイス! えらい!」

「やったー褒められた!」

 そう、料理人イオくんにとっては味噌と醤油なんてなんぼあってもいいですからね。とにかく切らさないように常時ストックしといて欲しいものです。


 ナツはえらいのー。

 とちょっと得意げに胸をそらすテトさん。なんか僕が褒められるとドヤ顔をするのでとてもかわいいと思います、撫でましょう。

 イオくんが意気揚々と味噌と醤油を追加購入している間に、如月くんも便乗して少しだけ購入できないかと交渉している。そうなると僕とテトはちょっと暇なので、ハンサさんのところの売店へ一足先に向かうことにした。

 ハンサさんの果樹園には、門を入ってすぐのところに売店があるんだよね。前回はここで色々買い込ませてもらったのだ。

 リーンゴー♪

 と楽しそうに歌ったテトは、イオくんのコンポートを思い出したのか、美味しいのを食べてる時の蕩ける表情である。分かる分かる。このリンゴ美味しいもんねー。今回は箱で買わせていただきたい。

「テト、リンゴのジャムもあるよー、これもほしいね」

 ジャムおいしいのー。パンにたっぷりぬるといいのー!

 あ、このジャム★8だ。もしやハンサさん、料理人としての腕もあるのかもしれない……。まだイオくんでも★8のままでリンゴを料理できないもんなあ。


 しばらくテトと一緒に売店の商品を見ていると、味噌と醤油の話が終わってイオくんと如月くんも売店に合流してきた。如月くんは小瓶で1本ずつ売ってもらえることになったらしい。

「如月くん料理しないのに調味料買ってどうするの?」

「サンガで仲良くなった料理人にお土産に渡したくて。屋台やってるんですけど、結構美味いもの作るんですよ」

「へー、パトロンみたいなことしてる……!」

「いやいやいやいや」

 そういうんじゃないです、って笑う如月くんであった。でも仲良くなった住人さんにお土産渡したい気持ち、めちゃくちゃわかるよ。なんか喜んでもらえると嬉しいもんね。

「イオくん、りんごジャム買っていい?」

「おう、5個くらい行っとけ」

「やったー!」

 わーい!

 気前の良いイオくん(社長)の許可が出たので、遠慮なくジャムを買い漁る。イオくんは当然リンゴを箱買いして、如月くんは何を買おうかなーって感じで色々見ている。あれ、ハンサさんは何してるのかな? って見てみると、四角形の木材に猫のシルエットを刻んでくれておりました。これ、コースターだね!


 ねこだー! すてきー!

 僕の真似してハンサさんの手元を覗き込んだテトは、興奮気味ににゃんにゃか騒ぎ出した。料理人の作業風景も好きだけど、僕の<彫刻>も見てるの好きだもんね、テト。すごーい! とすてきー! を繰り返して目をキラキラさせている。

「褒められているのかな。これはテトさんのだよ」

 とハンサさんがそれを差し出してくれた時には、テトはぴょいーんっと飛び上がって尻尾をびしーっと直線にした。とっても嬉しいの表現である。

「わー、良かったねテト! 猫かわいいね」

 すてきー! ハンサよいしょくにん! とってもてきぱき!

 もう完全に尊敬の眼差しでハンサさんを見ているテトである。テトは飲み物ホットミルクくらいしか飲まないけど、これ敷いてあげたらテンションが上がりそうだなあ。

「ハンサさんおいくらですか? テトがめちゃくちゃ喜んでます」

「うんうん、喜んでもらえると嬉しいんだよ。ナツさんが木材を買っていくのなら、おまけにするよ」

「もちろんたくさん買わせていただきますとも!」

 <上級彫刻>を上げるためにも、木材と金属はいくらでも欲しいのである。品質の良い木材でお札向きの大きさのものは、ここで買うのが一番だしね。


 よーしたくさん買うぞ! と気合を入れた僕に、ふとハンサさんの視線が向けられた。……? なんだろう、<鑑定>じゃないけど……なにかしらのスキルが使われた気配……?

「ナツさん、勇者の肖像画を手に入れたんだね」

「え」

 告げられた言葉は予想外の言葉だった。肖像画って、里でもらった勇者ナカゴのあれ、だよね? そういえばあれはクエストだったっけ。

「良いことだよ。ぜひナツさんには全部の肖像画を集めてほしいんだよ」

「あ、はい。もちろんそうしたいです、けど……。ハンサさんもしかして、勇者さんについて何か知ってますか?」

「それは難しい質問だよ。知っているかと言うのなら、色々と知っていることはあるよ」

 あ、それもそう。僕の質問の仕方が良くないなこれ。でもあのクエストについて直球で聞いたところで、なんか普通に答えてもらえなさそうなんだよなあ。


 どう質問すればいいのかな、と考えていると、ハンサさんは僕からの質問を待たずに次の言葉を投げかけてくる。

「ナツさんは、呪いの逆にあるものは何だと思う?」

「呪いの、逆?」

「そう。呪いがあるのだとしたら。その反転の存在もきっとあるんじゃないかと、考えた人がいたんだよ」

 なんか唐突な話題変換みたいに聞こえるけど、今ハンサさんがこれを口にしたってことは、多分無関係な話じゃないんだろうな。勇者の肖像画を集めることと、この話には何かつながりがあるんだろう。

「呪いが悪いことを起こすなら、その逆は、良いことが起こるもの、ですかね?」

「うんうん、そのくらい単純な話で良いんだよ。大切なのは、信じて成すことなんだよ」

 信じて、成す。

 なんだろうな、目には見えないものでも、あると信じる人にとっては実在するものになる、みたいな話かな。この場合、良いことが起こると信じて、何かを行ったってこと?

「それって……」

「うん、ナツさんは、砂漠の荒野で1粒の宝石を拾い上げられる人のように思えるんだよ」

 ハンサさんは穏やかな眼差しのままで、囁くようにこう告げた。


「死んだとされる4人の勇者たちだけどね、その死体を確認した存在は、どこにもいないんだ」

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― 新着の感想 ―
良い願いと祈りの力でなんとかする流れなのか……?
やっぱりこのお話なんか好きだなあ。 のんびりしてて優しくてちょっと不思議でとってもかわいい。いつか本になって欲しいなー。
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