29日目:そういうことになった。
いつも誤字報告ありがとうございます、助かります。
「それで我に審査員とやらになれと? それはまた、面白い話を持ってきたのう」
立ち寄ったことのあるトラベラーズギルドの、イライザさんの執務室。優雅にソファに座ったルーチェさんは品よく紅茶を飲んだ。フルーツティーがお好きらしい。
僕が提案したから、場を整えるのも僕がやらねばなーと言うことで、あの後急いでルーチェさんを捕まえた。ちょうどサームくんのところから帰るついでに、もう少し果物を買おうと思って街をぶらぶらしていたらしい。名探偵テトさんが大活躍してくれて、梨を買おうか迷っているルーチェさんを発見したのが14時頃のことだ。
ルーチェまりょくきらきらだからすぐわかるのー。
とのことである。うちの猫、頭良すぎませんか。なんてえらい。
その間にイオくんが「どうせならイライザも巻き込むか」とか言って、ソルーダさんとタルジェさんをギルドに連れて行って場を整えた。……というかイオくんはイライザさんに面会を申し込むところまでやって、あとの説明は多分如月くんがしたと思うけど。
そんな感じにさらっと説明してくれてたところに、僕とテトがルーチェさんを連れ帰って、今に至る。
「本当に聖獣様でいらっしゃる……?」
とまだ半信半疑のソルーダさんに、
「本当なんですよ、古月火山というところからお招きしてます」
と力強く肯定する僕である。なんか僕が言ってもイマイチ説得力ないかもだけどね! テトも隣で「ナツうそつかないよー」と援護してくれているし、イオくんと如月くんもうんうん頷いてるので、それを見てソルーダさんもなんとなく信じてくれたっぽい。
未だにぽかんとしているのはタルジェさんだけである。もう視線がルーチェさんに釘付けなんだけど、口をぱっかーんと開けて呆然としている。大丈夫かなこの人。
僕がちょっと心配していると、そんな微妙な雰囲気を崩すようにルーチェさんが僕の方を向いた。
「飾り切りというのはあの、花を作っておったやつじゃな。技能大会というのはどういうものなのじゃ、ナツ?」
「あ、はい。技術を競ってもらうのがいいんじゃないかと思って。うちのテトが、料理人さんの作業が見える屋台が大好きだって言ってるので……ルーチェさんも飾り切りを作っていたところ、熱心に見てましたよね」
「うむ! ということは、作るところを見れるのかのう」
「作品だけ展示するより、その場で作ってもらうのがいいと思ってます」
「うむ、うむ」
でもこれは僕が思っているだけなので、大会向けにちゃんとルールとか整備するのはタルジェさんたちだけどね! まあ言うだけタダだから。テトもほら、僕の隣で「やたい、まほうみたいですてきー」って言ってるし!
「そうじゃのう、我もやはり作品だけだとちと味気ないと思うぞ。どうなのじゃイライザ?」
「申し訳ないが、その話はエナとザフから頼む。……私も決まったら協力は惜しまないが、そもそもその、祭りの案は初耳なので」
そりゃイライザさんからしたら、突然面会の申し出があってエナ家とザフ家の人たちがやってきて、軽く事情説明されたと思ったら聖獣さん再びだからねえ。僕が申し訳ないって顔してたらちょっとだけ笑ってくれたけど、イライザさんに関しては本当に巻き込まれているだけなのである。ごめんなさい。
「……正直ここまでトントン拍子に話が進むと思っていなかったので、兄がこの場にいないのが残念ですね。そもそもきっかけはこちらのタルジェ殿だったのですが」
イライザさんに視線を向けられて、口を開いたのはソルーダさん。ここまでの経緯をさくさくと説明してくれる。
「エナ家のお家復興にあたり、目に見える形での派手なお披露目が必要かと思ったのですよ。それで、こちらのナツさんたちが最近サンガへ行ってますからね。他の街で何か参考にできるものが無いかと思って聞いてみたところ、そういった大会を開いたらどうかという案が出まして」
「あ、参考にしたのは春にあるという料理大会です!」
これは言っておこう。ぴっと挙手して発言した僕に、「ああ、あれか」とイライザさんは頷いた。
「ついでに近い時期に設定すれば、料理大会の後にこっちに来るとか、その逆の流れも作れるんじゃないかと思います」
「如月くんが頭いいこと言ってる……!」
「せっかくお隣の街ですから……」
うん、でも確かにトラベラーもお祭りが連続してたら移動計画立てやすいよね。どのくらいの日数かかるものなのかわからないけども。
「……予選をあらかじめやって出場者を絞って、準決勝、決勝で2日間くらいの日程なら、今から準備してもいけるのではないかと。いかがでしょう、イライザ殿」
「ああ、日程的にはどうにでもなる。料理大会と違って飾り切りの大会なら、用意するのは果物だけで良いからな。どのくらいが見込まれる?」
「サンガの料理大会と違って、応募数はそう多くならないと思いますよ。向こうは街全体がグルメ街ですけど、イチヤは街全体で飾り切りを推しているわけでありませんし」
あ、なるほど。それはたしかにそう。果物が特産品だから関連技術としてやってる人がいるだけで、別に飾り切り技術そのものを街全体で盛り上げているって感じではないか。本来なら、果物の品評会とかのほうがイチヤらしい大会なんだろうけど、それだと観光客は全然見込めないしなあ。
せっかく新生エナ家のお披露目なわけだから、やっぱり多少賑わってほしいよね。
「いかがでしょうか、聖獣様」
ソルーダさんがルーチェさんの方を向く。ティーカップを置いたルーチェさんは、「うむ」とにっこり微笑んだ。
「そうじゃな、審査員を引き受けても良いぞ」
「本当ですか!」
「だが、我が突然現れて聖獣を名乗っても、小さき子らにはよくわからぬのではないかのう。今はエルフに擬態しておるし、かといって竜の姿で現れるわけにも行くまい?」
う、うむ。言われてみれば、竜の姿だとビシバシ感じる威圧感みたいなのが、今の姿のルーチェさんからは全く感じない。僕達は最初に竜の姿を見てるから疑問に思わなかったけど、何も知らない住人さんが見たら普通のエルフさんとしか思わないかも。
タルジェさんもまだわりと半信半疑みたいだし、そのあたりどうするんだろう。……と僕が思っていると、そこで満を持してイオくんが口を挟んだ。
「ルーチェ、竜の姿で何度か遊びに来たらいいんじゃないか」
「ほう?」
あれ、いいのかなそれ。イオくんのことだから何か目論見があるんだろうけど……。
「名目は、そうだな。イライザに会いに来るということでいいんじゃないか、トラベラーギルドに用事があることにして。火山にトラベラーが来たからトラベラーについて何か聞きに来たとか、まあなんでもいい。イチヤの上空を回って、なるべく多くの住人たちに目撃されるようにその姿に擬態してみせろ。あっという間に噂が広がるだろう」
「なるほど、勝手に噂が広がるに任せるのか」
「大会の開催までに、ルーチェが白竜だという事実さえあればいい。あまり詳しく正体を喧伝すると、どうしてより近いサンガへ行かなかったのかという話になる」
「それはそうじゃのう」
「それから、竜として統治神スペルシアを祀る教会に興味を持ち、訪ねる。そこで案内役に誰か孤児院の子どもを付けてもらう……という筋書きで」
「おお」
なるほどのう、とルーチェさんは頷いた。さすがの僕でもわかったよ、これはなるべく自然にルーチェさんとサームくんが一緒にいられるように取り計らうって話だね。4等星のみなさんは「何を言ってるんだ?」って顔をしてるけど、これは必要に違いない。
全部察したらしいルーチェさんはにっこり笑って頷いた。
「そうじゃのう。スペルシア殿がどのように信仰を集めているのか、知りたくなってきたぞ」
実際はもうすでに教会に行ってるから、ある程度知ってるはずだけども。
そのまますっと立ち上がったルーチェさんは、イライザさんに向かって「そういうことになった」と告げた。その言葉にだけちょっと竜の威圧感が乗せられている感じだ。
「イライザ、我は汝に我が番が巡ったことを知らせにここに来た。サンガよりも首都ナナミに近かった故こちらに来たのじゃ、そこまでは良いな?」
「はい」
有無を言わせぬ圧を込めるルーチェさんに、否定を返せる人はいない。近い方にっていうんならニムとか首都ナナミまで行っちゃったほうが早い……なんて思っても口にしてはいけないのである。まあどんなに偉い人であっても、聖獣さんの行動になんやかんや言えるはず無いから、多少無理があっても通るんだろうけど。
「今日は住処に戻るが、後日改めて竜の姿で顔を出そう。その時は住処にトラベラーがやってきた故、聞きたいことがある、という名目にする。そのように計らうのじゃ」
「畏まりました」
「何度か繰り返すうちにイチヤの子らも理解すると思うが……我もこの街が気に入ったのでな、子供らに案内を頼むかもしれん。その時は邪魔をせぬようにな、汝の上に言っておけ」
「はい」
「うむ。では決まりじゃ」
というわけで、そういう事になった。
これ、別に僕達がなんかしなくても、ルーチェさんが押し通せばどうにでもなりそうだけどねえ。とは言え4等星の皆さんを集めるのは、誰かが間に入らないと無理なのかな。うーん。
雰囲気に飲まれたような顔をしているイライザさんたちとは対象的に、明るい笑顔のルーチェさんが「ナツたちは門まで送っておくれ」と言うので、その言葉に乗って場を後にする。ギルドの外へ出たところで、はあっと如月くんの口から大きなため息が漏れた。
「最後の方、すごいプレッシャーでしたね……」
「その姿でも威圧感が出せるんだな、ルーチェ」
「え」
イオくんと如月くんが言うには、ルーチェさんがイライザさんに結論を告げたくらいから、竜の時みたいな大きな威圧感をルーチェさんが発していたらしい。……そうだったっけ? 確かにちょっと威圧感出てるなーとは思ってたけど、そんな強い感じじゃなかったけどな? テトどう思った?
ちょっとだけぴりぴりしたのー。
「だよね。僕もちょっとプレッシャー感じたけど、そんな強くは感じなかったけどなあ」
なんで僕達とイオくんたちの感じ方が違ったんだろう、と思っていると、ケラリと笑ったルーチェさんが「好感度じゃ」と教えてくれた。
「聖獣や神獣とはな、親しくなればなるほど威圧感を向けられなくなっていくものじゃ。慣れもあるが、互いの信頼が上がれば、そのうち何も感じなくなるはずじゃ」
「へえ、そんなことが……あれ、僕ってルーチェさんからの好感度が高い……?」
「ナツとテトは、我が番の亡骸にマギベリーを供えてくれたのでな、まあ多少違うかもしれぬ」
「な、なるほど?」
わー、すごく些細なことで結構好感度違ってくるのかな、これ。水の精霊さんに出会ったときも鑑定するかしないかで扱いが変わったもんなあ。
テトはマギベリーの話がでたので、ルーチェさんに「おねぼうさん、テトのおみやげたべてくれるかなー?」と問いかけて、ルーチェさんを和ませている。テトは多分、亡くなった火竜さんにも撫でてもらいたかったんだろうな。その分は僕が撫でておかねば。
「まあ何にせよ助かった。イオにサームと気兼ねなく会えるようにしたいので知恵を貸してくれとは言ってあったが、こんなに早く解決しようとはのう。さすが、ナツが賢いと褒め殺すだけあるのう」
「……ナツは常に大げさなんだが。まあ、うまい具合になんとかできそうな話題が上がったんでな。あとはルーチェの方でうまいことやってくれ」
「うむ」
あれ、これってもしやイオくんが受けたクエストだったりした? 慌ててステータス画面からクエスト一覧を呼び出すと、クリア順で並び替えた一番上にルーチェさんが依頼したらしいクエストが出てきた。A評価でクリアになっている。
「イオくんいつの間に……!」
「お前がサームとテトの上でのほほんとしている間にな。で、クリア報酬見てみろ?」
「え?」
言われるがままクリア報酬を確認すると、今朝方新発見されたばかりの「時の欠片」があった。これで2個目だ。
「……まさかイオくん、これの入手方法分かった?」
「ああ。まあ名前からの連想でな。期限付きクエストをクリアしたらもらえるんじゃねえかなと思ったから、確信を得るためにも早めにクリアしたかったんだ」
な、なるほどー! さすがイオくん頭が良い。賢い。天才か。ってことはヴェダルさんのクエストをクリアしたらまた1個増えるね。欠片は5個集めればなにか別のアイテムになるらしいから、あと2つ期限付きのクエストを探してクリアすればいいってことになる。
5個集めたら何がもらえるんだろう?
わかんないけど、入手に手間のかかるアイテムは良いものって決まってるので、楽しみになってきた!




