29日目:4等星の新星
ソルーダさんは、4等星のザフ家の次男で、現在はお兄さんが当主。
本人は星落ち……つまり貴族から抜けたがっていたけれど、人材不足からそれもままならず、イチヤの警備隊の隊長をしている。イオくんがアーダムさんから聞き出したところによると、警備隊の隊長は「首都ナナミを基準として一番離れている門の詰め所の隊長」がなるものなんだそう。大昔からの伝統で、まあ要するに、首都に対して反逆の意思はありません、っていう意味なんだって。
イチヤから見て、ナナミは北西方向にあたるので、ぱっと見は南門のほうが遠そうにも見えるんだけど……地形を含めた実測により、東門のほうが遠いらしい。
本日のソルーダさんは、品の良いブラウンのスラックスに白シャツと素材違いの黒のベストを合わせた、非常に貴族っぽいコーディネートである。ソルーダさんの髪の毛、光の当たり具合によって茶色にも落ち着いたオレンジにも見える不思議な色合いなんだよねえ。
全体的にすらっとした印象なので、とても兵士さんには見えないんだけど、甲冑を着ているとそれっぽく見えるし、なんというか、掴みどころの無い印象の人である。口を開けば明るくてざっくばらんな良いお兄さんって感じなんだけれども。
「ナツさんでしたか。しばらくぶりですね」
とにこやかに挨拶を返してくれたソルーダさんは、イオくんと如月くんにもそれぞれ丁寧に声をかけた。うむ、話し方もちょっとおっとりで、育ちの良さをビシバシ感じるね。
「奇遇ですね、皆さんはサンガへ行ったのでは?」
「あ、はい。ちょっと用事があって一時的にイチヤへ戻ってきたんですが、今日中にはまた向こうへ戻るつもりです」
「この店はソルーダに教えてもらった店だったな。……失礼、そちらは?」
イオくんがごく自然な流れでソルーダさんのお連れさんに視線を向ける。あ、そういえばソルーダさん一人じゃなかったんだっけ。お連れの方は40代の男性、スーツ姿でパリッとした感じなので、やっぱり星級の人かな? 自己紹介しておかねば。
「はじめまして! 僕はトラベラーのナツ、こっちの涼やか美青年が親友のイオくんで、こっちの爽やか青年が友達の如月くんです。このもふもふな白猫さんは僕の契約獣のテトです!」
僕が元気に名乗って、ついでに仲間を紹介すると、ちょっと気まずそうにしていた40代男性は少しだけ安堵の息を吐いたようだ。テトがにゃーんと鳴いていつもの「よろしくー」を言うけれど、今回ばかりは視線がモンブランからはずれない……のは仕方がないね。
「ああ、ご丁寧に。俺はタルジェだ、以後お見知りおきを」
物腰がとても柔らかい感じ、これはどう考えても星級の人だなあ。そういうのはっきり分かるようになったのも、<上級作法>スキルの影響かもしれないけど。
「ちょうど良いところで会いました。どうですかタルジェ殿、ここは一つトラベラーさんの意見も聞いてみましょう」
「う、うむ。しかし……」
「まあまあ、せっかくですから。こちらの皆さんはサンガ帰りなんですよ、参考になることもあるでしょう」
「……それもそうか」
「そうですよ。それに、こちらの皆さんなら良いことを言ってくれそうです。ナツさんを見た時なんだかピンと来ましたから」
ソルーダさん、なんだか押しが強いな。敬語を使っているとなると、身内の人ではなさそうだけど、どういう関係性なんだろう?
と不思議に思っていた僕に向かって、ソルーダさんはにっこり笑顔で男性を紹介してくれた。
「こちら、ナナミから任命されてきた新たな4等星、エナ家の当主となるタルジェ=エナ殿です」
「え」
エナ家……って全滅したのでは? イライザさんがそんなことを言ってた気がする。
「お家復興というやつです。民意はそういうの好きなので」
ニコニコしているソルーダさんとは反対に、タルジェさんは困惑の表情で頭を掻いた。
「一応、薄いが、エナ家の血は引いているんだ。最後の当主から3代くらい遡るから、ほぼ他人ではあるが」
「へえ! でも縁があるってことですよね」
「う、うむ」
エナ家の遠縁で、ナナミにいたってことは、ナナミの星級の家にお嫁に行ったとかそんな感じかな? 4等星はあんまり血筋とか気にしないけど、2等星と3等星はなるべく星級同士での婚姻が推奨されるって聞いた気がする。
「人手が足りないとは前々から言っていたんですが、ようやくの補充ですよ。私も兄と一緒に嘆願書を書いた甲斐がありました」
「王家も早いうちから検討していたんだが、審査に時間がかかってな」
ソルーダさんとタルジェさんは、そろって僕達の隣の席に座った。微妙な距離感で話をしていたら、店員さんがすすっとやってきて僕達の席とソルーダさんたちの席をくっつけてくれる。これで近くなったね。
「審査って、なにか厳しい基準があるんですか?」
と聞いたのは如月くんだ。話している間にパスタセットが運ばれてきたので、僕達は食事しながら話を聞くことにする。テトもモンブランを食べたいだろうし……って思ったけどテトはモンブランをうっとり見つめるのに忙しいみたいだった。お食べ……って促したらようやく「わーい!」って食べはじめたよ。
「いや、希望者が多くてな。選考が大変だったらしい」
「そうなのか。そういうのは貴族から任命されるんだろう、ナナミのほうが貴族にとっては住みやすいんじゃないのか?」
イオくんの問いかけに、僕もうんうん頷いておく。貴族にとってはナナミに住むことがステイタス、みたいなのってないのかな?
「いや、そうでもないぞ。2等星は基本文官だからな、武官向きの人間はそもそも活躍の場所が少ない。それに、ナナミで星級の家に生まれると不自由も多いからな」
タルジェさんの話では、2等星の家に生まれると星落ちするにも手続きが大変だし、当主と直系家族以外は結構中途半端な立場になるのだそうだ。
なにかしらの特技があれば当主の養子に入ったり、良い縁談があったりして安定するが、そうでなければ本家に下宿しているような感じで立場が弱いのだとか。
「俺の場合は、現当主の一番下の弟という立場だった。仕事もあってまあまあ安定はしていたが、息子がどうもナナミに向かない性質でな」
「というと?」
「外で駆け回るのが好きな子で、将来の夢は旅人だ。そういう人間に、星級の家は窮屈過ぎる」
なるほど、とイオくんが頷く。まあ、合う合わないはあるよね、何事にも。
「いやー、エナ家が一家揃って来てくれて助かりましたよ。これで私は心置きなく星落ちできます」
「それはもう少し待ってもらいたい……」
「え、嫌です」
「そこをなんとか」
へしょっと眉を下げて困った顔をするタルジェさんに、ソルーダさんはけらけら笑っている。なるほどなあ、ソルーダさんずっと星落ちしたいって言ってたから、夢が現実になりそうで浮足立ってるって感じかあ。
「とにかくですね、新しい4等星がやってきたからには、パーッと功績を上げてイチヤに貢献してもらいませんと。そんなわけで絶賛、新規事業や功績づくりに役立ちそうなイベントを考案中なんですよ」
ソルーダさんが笑顔のままで雑に締めくくった。それにしても、功績を上げる……って具体的にどうすればいいんだろうか。僕は首をひねってしまう。
イチヤの名産は果物と野菜、特色は……なんだろう、のんびりとした雰囲気とか? 第一印象はのどかな田舎町って感じだし、新規事業って言われても何ができるのかイメージできないぞ。
「ナツさんたちはサンガに行ってましたよね、どんな印象を受けましたか? 何かイチヤに活かせそうな話がありませんかね」
「えーっと、どうですかイオくん、如月くん」
テトはー?
「あ、テトも。サンガの好きなところを教えて」
ソルーダさんからもらったパスを、そのままイオくんたちに受け流す僕である。
テトはねー、やたいすきー。あのねー、りょうりにんさんがなにかつくってるところがみれるんだよー。きらきらしたあめだまとかすてきだとおもうのー。あまいのもほしいのー。
「テトは屋台好きなんだね、分かる。甘いのはイチヤだと果物があるからなあ……」
くだものきらきらさせるー?
「ちょっと方法がわかんないなあ」
そっかー。
キラキラの果物と言われましても、流石に金粉をまぶすわけにもいかないしねえ。それに、果物を使った甘いものはすでに結構あると思う。イチヤは乳製品が高いから、あんまり贅沢なお菓子は大量生産に向かないと思うけど。
あ、りんご飴みたいに、飴コーティングしたらキラキラするかも? でもそれも、ちょっと探せば見つかる気がしてくる。
「うーん、俺はやっぱり、特産品を活かすべきだと思いますけど。サンガでは米のお酒を作ってましたし、イチヤでも新しい果実酒を作ってみるとか……?」
次に声を上げたのは如月くんである。確かに、サンガでは最近米酒を作り始めているし、なんなら焼酎ももう少しで店に並ぶレベルになっていると聞きました。
「しかし、ある程度の果実酒はすでにあるぞ。イチヤではシードルを作っているし、ナナミでもワインやライチ酒が作られている」
「えーとそうすると……俺達の世界でも馴染みがあるのは、梅酒ですかね?」
さらりとしてるやつか。あれお母さんが好きだけど、この世界には梅ってあるのかな。果物というよりは梅干しだからおかずのイメージだよ僕は。
もちろん、梅干しが食べられるなら喜んで買うけれども。イオくん梅きゅうとかどうですか、梅ドレッシング、梅おかか……そして何と言っても梅おにぎり!
「梅……? 済まないがそれは果物だろうか。イチヤでは育てていないと思うが」
「あー、ですよね。見たこと無いですし……」
申し訳無さそうなタルジェさんに、如月くんも残念そうに返した。多分如月くんも食べたかったんだろうな、梅干し。リアルならいくらでも食べられるのに、アナトラ世界にいるとなんか食べたくなる日本特有の食べ物って、あるよね。
「イオくんは?」
「そうだな、サンガでは魔術学校を作ろうという話が上がっていた。イチヤでも、農業学校とか作ってみるのはどうだ? 果樹園のノウハウなんかも、ある程度基礎を教えられる場所があったらいいんじゃないか?」
「くっ、イケメンでインテリなのに提案力があるとはどういうことか……!」
「普通に褒めてくれ」
「さすがイオくん賢い!」
「おう」
僕達の茶番は置いといて、タルジェさんは農業学校という単語に興味をひかれたようだった。「悪くないな」と呟いてソルーダさんに視線をむけ、同意を求めるような表情である。
「なるほど、いずれは欲しい施設ですね。ただ教科書や講師をどうするかが難しいですね。農家の方々には秘伝の手法などもあるでしょうし、家ごとに異なるやり方をしているでしょうから、教科書をどう書くかはかなり難航しそうです」
「教科書の作成もまだ難しいな。相応の機材を揃えないと」
ソルーダさんもタルジェさんも思案顔だ。うーん、素晴らしい案だと思ったんだけど、確かに農家さんによって手法が違ったりすると農業学校で教えることを取捨選択していくの、難しいかもなあ。
考え込む僕に、ソルーダさんの視線が向けられる。なんでそんな期待した目をしていらっしゃるんですかね? えーっと、えーっと。
サンガにあってイチヤに無いこと……うーん。あ、あれはどうかな、ヴェダルさんが出る予定の料理大会。ああいうお祭りみたいなのって、わかりやすく盛り上がれていいんじゃない? でも理由もなくお祭りやるわけにもいかないから、何か……サンガだって料理の腕を競うわけだし、イチヤでも競争っぽいものがあれば、応援にも力がこもってよいと思うんだけど……。
んー、でもお祭りの開催って功績になる? そこんとこどうなんだろう、ソルーダさん。
「ナツさん、何か思いついているならどうぞ」
「なんかソルーダさんにまで心読まれている気がしないでもない……っ!」
でもにっこり笑顔のソルーダさんに何か言っても勝てる気はしないので……不戦にします!
「えーと、あの、ほら、果物の皮を飾り切りするやつあるじゃないですか。僕たちの世界ではカービングっていうんですけど……」
「ああ。高級路線のレストランで需要が高いんです。飾って楽しんでもらって、最後に切り分けて食べていただくことが多いようです」
「あれの、技能大会っていうんでしょうか。景品を出して、審査員を呼んで……」
「ほう」
提案してみたところ、意外にもより興味をもってくれたのはタルジェさんの方だった。「それは面白いな」と身を乗り出してくる。
「俺もあれは見ていて楽しい。芸術的だし、審査員をやりたいという貴族も多いだろう」
顔を輝かせるタルジェさんに比べて、ソルーダさんは落ち着いてなにか考えている様子である。
「果物の品評会ではなく、飾り切りの技能を競うというのは新しい着眼点だと思います。今までのイチヤに無い発想で素晴らしい。しかし、審査員をどこから出すかによって、また火種が……」
「ああ……。流石に王族に来ていただくわけには行かないだろうが、アバルは呼べないよな」
アバルっていうと、ハンサさんか。今3等星のアバル家はハンサさんしかいないけど、ハンサさんは領主じゃないよアピールをしているところだから……呼べないね。
「かといってナナミの2等星を呼ぶのも……人選次第ですが、角が立ちます」
「うむ……。しがらみのない立場で、誰が見ても文句の付け所のない特別な存在……都合が良すぎるが、そういう審査員でないと難しいか」
うーむ、と難しい顔をするタルジェさんとソルーダさんだけど……イオくんはなんか言いたげに僕を見てくる。心当たりあるけどさ。呼べば喜んで審査員になりそうな聖獣さんがいるけどさ。正体隠すんじゃなかったの? なんかイオくんの視線が「言え」って言ってる気がする……!
「あのー」
ま、まあいっか! 間違ってもきっとイオくんが誤魔化してくれる!
「その審査員、聖獣さんでも大丈夫ですか?」




