29日目:その先の選択肢
いつも誤字報告ありがとうございます、助かります。
「ナツさん、あれちょっと楽しそうですね」
「うーん、でも結構ぐるぐるするから、サームくんはもうちょっと元気になってからね」
「ルーチェさん、僕にもやってくれますか?」
「頼めばきっとやってくれるよ! ルーチェさん優しいからね!」
なんて会話をサームくんとしている、テトの上。
テトがふんぬーっとがんばってハイスピードで飛んでくれているのだけれども、やっぱりルーチェさんのほうがだいぶ速いので、時々スピードを緩めてもらいつつの飛行だ。ルーチェさんがまたイオくんと如月くんを魔法のシャボン玉みたいなのに閉じ込めて引っ張るスタイルなので、2人は「安定しねえ!」「もう少し重心が……」と試行錯誤に忙しい。
すごくきれいな銀竜の涙という秘境に一泊した僕達は、そのまま一旦ルーチェさんの住処にしている火山の洞窟まで戻った。ルーチェさんは自分の住処へ転移ができたのである。住処からどこかへ転移はできないけど、戻るのだけなら一瞬なのだそうだ。
サームくんはギリギリまでご両親のお墓をどうするかを迷っていたみたいだったけど、結局、イチヤに改葬はしないことにしたらしい。僕は、近場にお墓がある方がいいんじゃ? って思ったけど、すでに炎鳥さんの炎で川へ送った後だから、もう骨は残っていないだろうって話だった。
それなら、墓標だけを持ち帰るのは……ってことで、形見のペンダントだけもらっていくと決めたらしい。ちなみに、あの墓標は誰が? って疑問もあったんだけど……ルーチェさんが言うには、多分精霊だろうとの話だった。
ディーネさんとか他の4大精霊さんは、定期的にあの場所に行っているはずだから、誰かの遺体を見たら丁寧に埋葬したのだろうとのことだ。優しいね。
そんなわけで今、僕と一緒にテトに乗っているサームくんの首には、ペンダントが2つかけられている。飾りの部分は組み合わせて1つの大きなチャームにできるので、分解して2つにするもよし、合わせて1つにするもよし、って感じだ。
泉を出てからというもの、サームくんの表情は明るい。
何か吹っ切れたって感じかな。前は思い詰めた感じだったけど、影がなくなったというか、より良くなったような気がする。病気の心配をする必要がなくなったっていうのもあるだろう。
「サームくん、本当にもう平気なの? 具合悪かったりしない?」
「はい。心臓のあたりが、魔力で満たされている感じがします。ずっとあった倦怠感や痛みもありません」
「そっか、良かった」
ってことは、この子はずっと倦怠感や痛みを抱えて生きてきたんだな……。そう思うと本当に、ルーチェさんがサームくんに会ってくれてよかった。心崩症って言ってたっけ、結構珍しい病気らしいんだけど、完治したってことでいいんだよね?
良かったなーと僕が和んでいる最中も、途絶えない隣のざわめき。
「うお、なるべくぶつからないでくれ如月……!」
「すみません! ルーチェさんスピード急に変えないで欲しいです!」
「情けないのう。ほれ、一度遅くなるぞ。テトが追いつくのを待つのじゃ」
いまおいつくもんー! テトおそくないもんー!
「テト頑張ってるよー!」
うにゃにゃーっと頑張っているテトさんである。テトはテトで翼を授かりしものとしてのプライドがあるからね、空を駆けることで負けるのはやっぱり悔しいのだ。たとえ相手がルーチェさんという伝説の生き物だとしても、それでも空を飛ぶ速度で負けるのはぐぬぬとなるらしい。
でもテトが頑張っているのは僕ちゃんと知っているので! 頑張る子はえらいのです。
「……不思議です、こんなに早く飛んでいるのに、乗っているとすごく平和ですね」
サームくんは本当に不思議そうだけど、まあ向こうに比べたら確かにテトの上は平和だね……。まあでも実際<騎乗者保護>スキルのお陰でそよ風が来るくらいだし、揺れも殆どないから本当に快適なんだ。
「テトが乗せるの上手なんだよー。褒めてあげてね!」
「……えっと、すごいんですね、テト」
テトすごいのー!
ドヤ! と得意げな顔をするテトさんだけど、必死にルーチェさんに追いつこうとしているのですぐにその表情も引き締まった。テトの本気をもってしても必死で走らねば追いつけないのが竜さんなのだ。
そんな感じで騒がしくしつつ、ルーチェさんがイチヤ近くのセーフゾーンに降り立ったのは正午前くらいだった。結局移動に午前中を費やしてしまったことになるのだけれども、まあ遠方まで出かけたわけだし、それも仕方がないよね。
サームくんの外泊許可を1泊分しか取ってないから、今日15時までには戻らなきゃいけなかったんだけど。セーフゾーンでまたエルフに擬態したルーチェさんは、サームくんをひょいと抱き上げた。すごく細身の美人さんが10歳くらいの子どもを軽々と抱っこしているのって、ちょっと違和感あるなあ。まあ、本来は聖獣さんなので楽々なんだろうけど。
「テト頑張ってくれてありがとう! 疲れてない?」
テトがんばったのー。ほめてー。
「よし、テトのためにイチヤでモンブラン探そうね!」
わーい!
お昼ごはんを食べてからモンブランを探して、ハンサさんにお守りを渡してから里に帰れば良いはず。あ、もしかしてテールさんの焼き鳥食べられるかも? 確か昨日はギルドの前に屋台がなかったから、今日は出店の日ではあるまいか!
よしよしとテトを撫でながら今後の予定をたてていると、サームくんが「あの」とルーチェさんに向かって声をかけた。
「ルーチェさんは、あの洞窟にいるんですか?」
「うむ。あそこが我の住処じゃ、魔力が利潤でよいところじゃぞ」
「あそこって、地図で言うとどのあたりでしょう」
ん? サームくんがなにかに興味を示してる感じ? よくわからないけど場所の説明に四苦八苦しているルーチェさんに、如月くんがすぐに助け舟を出して白地図を見せてあげた。「このあたりですよ」「結構遠いんですね」なんて会話がなされている。
「サームくん、火山に興味があるの?」
と口を挟んでみると、サームくんは軽く首を振った。そういうことではないらしい。
「他の街に興味があるだけです。もう少ししたら僕、孤児院を出ようと思っているので……」
「え、そうなの? まだ早いんじゃ」
「いえ、だいたいそのくらいなんです」
サームくんが言うには、孤児院から出ていく年齢は大体10歳から15歳の間で、どちらかというと早くに出ていく子どもが多いのだそうだ。孤児院に居ると娯楽が何も無いし、月々のお小遣いとかもないので、欲しいものがある時はシスターに直接交渉しないといけなかったりして、かなり不自由が多い。
それなら、孤児院を出て何か住み込みの仕事を探す方がずっといい、と考える子どもが多いそう。
で、サームくんは孤児院を出たら両親と住んでいた家の相続権を得るそうなんだけど……。
「一人暮らしができるとは思わないので、いっそ売って資金にしようかと思っているんです。今は僕も孤児院に居て手入れもあまりできてないので」
「そうなんだ。しっかり考えててえらいね」
本当にサームくんはしっかりしてるなあ。僕10歳くらいのとき何してたっけ、多分なんかカードゲームとか集めてた記憶はあるけど。……あ、切手も集めてた! 使用済みのやつを水でふやかして剥がして、乾かして切手アルバムにあつめるんだ。結構楽しかったな。
「サームくん、イチヤから出るつもりなんですか?」
と不思議そうに聞いた如月くんに、サームくんは頷く。
「イチヤだと、僕が病気だったことをみんな知ってますから。変に気を使わせてしまいますし」
「あー……」
そういうのもあるのか。
確かに、つい先日まで病気でふせっていた子どもに仕事をさせるのって、普通の良識ある大人はやらないだろうね。多分僕が雇い主でも、サームくんを採用はしないと思う。だってつい先日までいつ死んでしまうかもわからない珍しい病気だったわけだし……。
「僕達はサームくんの病気が治ったって知ってるけど、そんな突然治ったって言い張っても、普通は信じないよねえ……」
「確かに、そう言われると難しいと思います。イチヤは果樹園が多いから体力勝負の職場が多いですしね……」
僕は思わず如月くんと顔を見合わせて、難しい顔でうんうん唸ってしまった。でも子どもが生まれ育った街を出るって、それはそれで過酷じゃない? どう思うイオくん。
「サームはよく考えているな。体力を付けてから他の街に移るのは良いことなんじゃないか」
サンガがいいのー。サームもりょうににんになるととってもすてきー。
イオくんは思いの外肯定的だった。そしてテトさんは料理人が増えて欲しいという願望だねこれは。流石にこれは翻訳しないでおこう。
「えーと、それでどこに行きたいっていう希望があるのかな?」
話題を切り替えて見ると、サームくんはちらっとルーチェさんを見上げた。昨日の今日でものすごく懐いてるよねサームくん。……もしやルーチェさんのところに行きたいのかな。
視線を向けられて、なんとなく察したらしいルーチェさんが「ふむ」と少し考えるような表情をする。それを見て、サームくんは何も言わずに口を閉じてしまった。否定されるのを恐れたのかもしれない。
でもなあ、現実的に考えるとルーチェさんの住処は洞窟だし、あそこで人間が暮らすのはちょっと無理だと思うよ。道迷いの呪いもあるし。かといってルーチェさんが街で暮らすというのも……。
僕が一人でそんなことを考えていると、ルーチェさんは「サーム」と優しい声で呼びかけた。
「体力をつけることが先ではないかのう。まだお前は病気が治ったばかりじゃ、先のことをすぐに決めずともよいのではないか?」
「そう、でしょうか」
「うむ。今までお前には、あまり選択肢が無かったのじゃろう。これからはたくさんの選択肢がお前に委ねられる。そうなれば、体力を付けた後に知識を増やすがよかろう。視野を広く持つことが、その先の選択肢を増やすことにつながるのじゃ」
「選択肢……」
言い聞かせるようなルーチェさんの言葉に、サームくんはいまいちピンと来てない感じだった。でも知識をつけることに僕は賛成だな、やっぱり何事も知らないよりは知っている方が良いもんね。例えば世界にはどんな職業があるのかとか、どんなお店があるのかとか、イチヤ以外の街はどんなところなのか、とか。
「もう急ぐ必要はないのじゃから、ゆっくり決めても良い」
「……あ」
「迷うなら、我も一緒に考えてやろう」
微笑むルーチェさんの表情は、なんというか、親の顔だ。僕の両親もよくこういう顔してる気がする。その微笑みを向けられたサームくんは、どこか安心したようにほっと息を吐いた。「お願いします」と返す声も柔らかい。
今まで生きることを必死で考えて、もがいてきたサームくん。きっと、その生き急いでいた時間をようやく緩める事ができたのが、この瞬間だったのかもしれない。
この二人が家族の枠にどんな感じに収まるのかまでは、まだわからないけど……。
「なんか、ルーチェさんって良い親になりそう」
思わずぼそっとこぼれた言葉に、隣でイオくんが「そうだな」と頷いた。
「ルーチェは親の才能がある、家の親と違って」
「さり気なくリアル爆弾入れてくるのはやめようイオくん、如月くんが戸惑っちゃうから!」
ほら! 如月くん「まずいこと聞いちゃいましたか?」って困惑の顔してるから! イオくんは冗談のつもりかもしれないけど僕以外反応に困るブラックジョークだよそれ!




