28日目:夜は静かに更けるもの
ハンバーグ。
それは肉をミンチにしてから野菜や卵などを混ぜ込み、味付けをしてパン粉とこねて、形を整えて焼いたものである。子どもの好きな料理ランキングを作ったら絶対にトップ5には入るであろう、王道料理だ。ちなみに僕の好きな料理ランキングでも余裕でトップ5に入る。
イオくんはそれをホイルっぽいものに包んで包み焼きにした。僕は包み焼きって最初から包んで焼くものだと思ってたんだけど、ハンバーグとかは生焼けにならないように先にフライパンで焼いてからホイルに包むものらしい。ホイル包み焼きという料理は、ホイルを開いて中身が見えたときがとてもわくわくするのである。素晴らしい料理なのだ。
どうぞと出されたホイル包みを開けて、中からデミグラスソースの絡んだハンバーグが顔を出したとき……そしてサイドに人参やポテト、ブロッコリーが添えてあり、彩りを加えているのを見たとき、僕はなるほどこれがこの世の天国か、と思うのであった。
「イオくんは天才か……!」
思わず言葉が転げ落ちるというものである。
「目えきらきらさせやがって。ほら、米」
「ありがとうありがとう、やっぱりハンバーグには米だよね!」
バンザーイと両手を上げて米を受け取る僕である。
ちなみにこの料理は、1つ作れば同じ材料を使って【オート再現】アーツを使って時間差で同じものを作れるらしい。このアーツの便利なところは、使う魔力さえ確保していれば何個でも再現できることと、それを同時進行できるところなんだそうだ。先に作った料理が冷める前に残りの料理を作り上げられるので、全員が美味しい料理を同時に食べられるというのがとてもえらい。
「如月は? 米とパンがあるが」
「あ、俺も米でお願いします」
テトはー?
「お前はポテトサラダでも食べてなさい」
やったー!
わーいっとご機嫌な鳴き声を上げたテトさん、猫のお皿にのせられたポテトサラダを嬉しそうにふんふん嗅いでいる。イオくんのポテサラはちょっと砂糖入った甘めの味付けなので、テトも好きらしい。
「サームは米とパン、どっちがいい?」
「ええと、皆さんと同じもので」
「米だな。……ルーチェは果物か」
「我は自分で買ったのがあるのでな、気を使わんでも良いぞ」
「わかった」
なんてイオくんが聞いて回っている間に、僕も一仕事しよう、と思ってスープの取り分けに着手する。イオくんは隙があるとすぐスープのストックを増やすので、今回のスープもインベントリからチョイス……。
「ハンバーグにはコンソメ!」
「あ、俺も手伝いますよナツさん」
一応サームくんは病みあがりだからもっと胃に優しいのにするか? ってイオくんは気を使ってたんだけど。僕が本人に「何食べたい?」って聞いてみたら、なんでもいいですよーって遠慮のあとにおずおずと「あの、お肉……」って言葉がでてきたのだ。
初対面のときも差し入れはお肉がいいって言ってたもんね! サームくんは肉好きの仲間ということなのだ。
そんなわけで、ステーキよりもハンバーグのほうが消化に良いだろうと考えて、このメニューになったのである。もちろん考えてくれたのは我らがイオくんです。
「よし食べろ」
「いただきます! テトもお食べ」
いただくのー!
「俺もいただきます」
「ありがとうございます、いただきます」
イオくんの掛け声に合わせて、みんなで夕飯を食べる。周囲はすっかり夜の景色だけど、ここは湖がぼんやり光って見えて、全体的にほんのりと明るい。
おーいしー! テトおいもすきー。ほくほくなのー。イオつくるのとってもじょうずー!
「ポテトサラダ美味しいよねー。イオくん、テトがほくほくで好きだって」
「おう」
短く返事をするイオくんだけど、ちょっとうれしそう。やはり料理人は作ったものを褒められるのが一番嬉しいのだろう。では僕もハンバーグを一口……。
「んんー! 溢れる肉汁とフワフワ感……! デミグラスソース何で作ってるのイオくん、これめっちゃ美味しい! ケチャップとソース?」
「それに、砂糖とバターと赤ワイン。ちょい甘め」
「ワインを使いこなす人は料理上級者だって知ってる……!」
それよりも肉汁がたっぷりでですね、文句の付け所がない美味しいハンバーグです、はい。さすがイオくん天才ではあるまいか。フライパンで包み焼きしてここまで美味しくなるとは……!
……あ、しまった。つい夢中になって食べていたけど、サームくんの反応はどうかな? 美味しいに決まってるけど好みというものがあるからね、食事っていうのは!
「サームくん、美味しい?」
「はい! すごく美味しいです!」
心配無用だったらしい。めっちゃ目がきらきらしているし即答だ。この言葉には絶対に嘘がないね、さすがイオくん、子どもの顔を輝かせる見事な仕事である。思わず僕も「おいしいねー!」ってにっこにこになってしまう。
たぶんこのお肉は合いびき肉に近いように2種類のお肉を合わせているのではあるまいか。
この世界ひき肉って売ってないからね、お肉の塊を叩いてミンチにしているはず。つまり料理人イオくんの創意工夫でここまでのお味になっているのである。すばらしい。
ナツー、なくなっちゃったー。
「おかわりいる? それともルーチェさんと同じでいちごにしようか?」
うむむー。きゅうきょくのせんたくなのー。
うにゃーっと考え込むテトさんなのであった。まあ両方っていわれてもイオくんは許すと思うよ。
さて、晩ごはんを食べ終わると就寝前の自由時間となる。
如月くんが湖の水を少し素材として持ち帰りたいとルーチェさんに話をしたところ、「好きにするがよい」と言われたので採取に向かっている。
もともとスペルシアさんの涙からできた湖だけど、今くらいの濃度が「人に害のないちょうどよい状態」なのだそう。僕も<鑑定>してみたけど、錬金と薬の調合用のアイテムだったから、僕達は必要なさそう。逆に如月くんは<常備薬作成>スキルで難易度の高いレシピに「竜の血液か涙」が要求される事があるようで、未来のために絶対に確保しておきたいとのことだった。
僕はここに来てようやく、サームくんに渡したかったものがあったと思い出して、インベントリからそれを取り出す。サンガでラリーさんから購入していた絵本だ。「ねずみくんのぼうけん」、テトもお気に入りの一冊です。
「サームくん、これお土産」
と差し出してみると、それが本であることに気づいたサームくんは驚いたような顔をした。イチヤでは、まだ本の制作は再開されてないって話だったもんね。
「本、作っている人がいるんですね」
「それはサンガで買ったんだ。ヨンドとかでは歴史書の編纂が始まってるらしいけど、この本は……同人誌? っていうのかな? 本を作りたいって人たちが集まって作ってるやつ。保存のお守りを使っておいたよ」
ねずみくんだー! テトはねー、からすくんがすきー!
本を受け取ったサームくんの隣にテトがぴょこっと顔を出して、必死になってからすくんのかっこよさを伝えようと頑張っている。僕以外にはテトが一生懸命にゃーにゃー言ってるようにしか聞こえないだろうけど、必死なテトもかわいいのでよしとします。
「ナツさん、テトが」
「テトもこの本好きなんだよー。からすくんがお気に入りなんだって」
「あ、表紙の。絵もかわいいです」
そわそわと見つめられたので、意図は察した。よろしい、僕が読みましょうとも。朗読はわりかし得意だからね!
「よかったら読もうか?」
「お、お願いします」
テトもきくー!
「テト、昨日ルーチェさんに読んでもらったんじゃないの? あきないねえ」
ルーチェのからすくん、なんかしぶかったのー。
「ダンディでしたか」
ルーチェさんも読み聞かせ上手そうだけど、やっぱり読む人によってキャラクター付が違うものだからね。テトは僕の読み聞かせを最初にきいてたから、僕の声色とかが基準になってしまっている様子だ。
それはそれでちょっと嬉しいかも。
というわけで、ベンチに座る僕の左右にサームくんとテトが寄り添って、読書会が開始されたのであった。
*
一方その頃、少し離れたテーブルセットにて。
「イオ、ナツがとんでもないぞ」
と真顔で訴えたのはルーチェである。空になったスープ鍋に新たなスープを作りつつ、イオが視線を向ける。
「あやつ、炎鳥のお守りとかいうものを作れるらしい。炎鳥の能力は、本来変えの効かないものじゃ。炎鳥にしかできぬ仕事のはずなのじゃ。ナツは親しい炎鳥が居るらしいが、それらから力を貸与されている可能性がある」
「……まあ、確かにだいぶ親しげにしていたな」
「本来はありえぬのじゃがな。どうもナツは<彫刻>を持っているが故にそれを介して与えられた力を使えるらしい。このようなことは大っぴらに口に出さぬほうが良い」
ルーチェは心配そうにそんなことを言った。普通、炎鳥と親しくなったとしても、炎鳥の使う能力を人の身で使うことはありえないことなのだそうだ。たまたまナツが<彫刻>スキルを持っていて、たまたま炎鳥由来の絵柄を作ったことにより、偶然できてしまったのがあの炎鳥のお守り。
だが、その力は人が扱って良いものではない。いや、正しくはナツには許されているが、周囲の人間にとっては伝説の力を使っていると見られ、ヘタをすると身柄を押さえられてしまう可能性がある。
と、そんな心配事を口にするルーチェに、イオは小さく息を吐いてみせた。
「まあ、今更だな」
「何やら達観しておるのう。とにかく、あのお守りについては信頼できる者だけに伝えるほうが良い。サームにも口止めをしておいたが、ナツは友人が多そうなので心配になったのじゃ」
「ああ、まあ、それは多いだろうが」
何しろナツは愛想と人当たりが良いので。だが、ナツに関してはお守りに限らず色々とやらかしていることが多いので、実に今更だなとイオは思う。
「どこかに隠して置くわけにも行かないし、ナツはあれで人を見る目はある。そこまで心配しなくても大丈夫だろう」
「うーむ、長い付き合いであろうイオがそういうのなら、そういうものかのう。じゃが、聖獣と違って小さき子らの世界は色々と複雑じゃろう? 階級があって、上の者には逆らえぬようなところがあるからのう。小さき子らの中でも権力のあるものをナツの後ろ盾にしておければよいのじゃが」
「ああ、なるほど」
そういうことなら、確かに国王や星級の2等星あたりの貴族に「炎鳥のお守りを献上せよ」とか言われたら拒否は難しそうだ。トラベラーだからと逃げてもいいが、そうなるとゲームそのものを楽しめなくなるかもしれない。
だが、とイオは思う。
「この世界の住人が、人に無理やり嫌がることを命じるとは思わんが」
出会う人がすべて善人と感じるくらいだ。未だ悪人と思しき住人には出会えていない。それが逆に実にゲームっぽいのだけれども、ゲームの中でストレスをためたくないイオには非常に心地よい世界観なのだ。
「うむ、まあ、小さき子らはスペルシア殿の影響を受けておるからのう。基本は真面目で善人じゃよ」
ルーチェもそこを否定するつもりはないらしく、うんうんと頷いている。
「じゃが、悪意のない善意の押し付けが煩わしいこともあろう? この国の復興のために力を貸してくれという名目で、お願いされたらどうじゃ。ナツは、そう言うのに弱そうに思う」
「あー、まあそうだな。ナツも基本善人だしな……」
なるほど盲点だった。貴族から偉そうに命じられるというのであれば、断ってやろうとも思うが。貴族がどうかそのお守りをこの国のために提供してくれないかと、心からの善意で懇願してきたとしたら、流石にそれをナツに断らせるのは難しい。
なるほど、後ろ盾か。必要かもしれない、が……。
「……まあ、多分大丈夫だと思うぞ」
イオの脳裏に、水色の髪のエルフが浮かんだ。エクラの花園で出会った、絶対に貴族であろうぶっきらぼうな男。リゲルは多分、身分が高いと思う。城勤務の2等星ではないかと推測している。
イライザやソルーダは4等星だから首都の貴族には弱そうだし、ハンサはあまり3等星扱いしないほうがよさそうだ。しかしあの男ならば、ナツのために労力を割くくらいは朝飯前でやってくれそうな気がする。
「ナツとテトを並べて頼めば、ほいほいなんでもやってくれそうなやつに心当たりがあるからな、ルーチェはあまり心配しなくてもいい」
「おお、心当たりがあるのじゃな。それなら安心じゃ」
ホッとしたように表情を明るくするルーチェ。やはりこの世界の住人は人が良い。だからこそこの世界をしっかりと楽しみたいので。
「一応ナツには注意しておく」
でもな、とイオは思う。あの暴走列車はあれでいて、一度も事故を起こしたことがない。心配したところで、杞憂に終わるに違いないのだ。