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28日目:涙と祈り

 ルーチェさんがサームくんを「お前」と呼ぶとき、そこには温かな感情がこもっている。

 僕達を呼ぶ時は「汝」だもんね。堅苦しい呼び方は外向けだ。それに比べて「お前」は、身内に対する呼び方だと思う。少なくとも、ルーチェさんが呼ぶ時は、そうだ。


 サームくんが向き合った木の杭は、荒削りながら、ちゃんと円柱形をしている。よく見ると、その墓標にはペンダントが引っかかっていた。組み合わせると一つの大きな模様になるような、ペアのペンダントだ。

 1つは金属製の円形、もう1つはその円をきっちりと真ん中にはめられるようなドーナツ型の色ガラス。サームくんの小さな手がそのペンダントに伸びて、慎重に墓標から外した。じっとそれを見つめて、その後迷うように視線を彷徨わせる。ばちっと目が合った。

「な、ナツさん……」

 か細い声で呼ばれたので、頼れるお兄さんとしてはこれを無視できない。一度に色々なことが起こって困惑しているであろうサームくんの隣へ駆け寄ると、テトも一緒に来てくれたので、左右からサームくんをサンドして安心感を提供しよう。テト、しっかりもふもふで包んであげて!

「これ、ご両親の?」

「はい、見たこと……あります」

 何かを思い出すように、目を凝らすサームくん。印象的なデザインだし、3年前のサームくんが覚えていても不思議ではないと思う。多分、中心部の金属部分がお母さん用で、外枠の大きな円がお父さん用かな? こういうのって、大きい方を男性がつけているイメージだ。


「ナツさん、あの、お願いが」

「うん」

「これ、この、真ん中の金属が、ロケットになっているんです。蓋が開くはずです」

 開けてほしいと手渡された小さい方のペンダントを、僕は一度、サームくんが開けるべきだと返そうと思ったんだけど……。手が震えてるのに気づいて、返すのはやめた。

 僕が開けるのもなんか違うような気がしたけど、サームくんがここまで震えているのに突き放すような酷なことはできない。それに、せっかく頼ってくれたんだし……頼ってくれたんだよねこれ? 頼られたと信じたい。

「わかった、開けるよ」

「お願いします」

 というやり取りを経て、ペンダントの蓋を……あけ……あかない……あぐぐぐぐ……。

 ふんぬーっと必死に開けようとしていた僕の肩を、イオくんがそっと叩いた。振り返れば親友は真顔で首を振り、手を出す。ぐ、ぐぬぬ……これは「無理すんな」の顔……! 渡していいですかサームくん……! あ、よかったちょっと笑ってくれた。ではイオくんにお願いします!


「体張って笑いとんなよ」

「筋力のせいなので不可抗力……!」

 流石に空気を読んだイオくんが小声で突っ込みつつ、ぱきっと即座にロケットの蓋を開けてくれたのであった。力持ち……!

「ほら、サーム。錆びついてたからちょっとナツには硬すぎたんだ」

 と僕のフォローもしつつサームくんにペンダントを返却してくれるイオくん、気遣いの塊ではあるまいか。やはりデキる男は違うな、僕も参考にしよっと。

「ありがとうございます」

 ペンダントを受け取ったサームくんは、隣りにいた僕にもにこっと笑いかけてくれた。これはあれだ、親しみを覚えられた感じの顔だ。僕より年下のいとこたち、だいたいこんな顔で僕を見てくるので見覚えのあるやつである。……くっ、サームくんの頼れるお兄ちゃん枠には入れないようです……。

 ま、まだチャンスはあるから、多分。


「えっと、中は何が入ってるのかな?」

「これです」

 そっとペンダントを傾けて見せてくれるサームくんである。覗き込むと、そこには小さな肖像画が入っていた。直径3センチもなさそうな円形の中にきれいに収まる家族の肖像画に、思わず「おお」と声が出てしまう。リィフィさんも、ヒューマンの家族は肖像画を描くみたいなこと言ってたっけ。でもこんな小さくも描けるものなのかな。

「これ、サームくんとご両親かな?」

「はい。僕がまだ、小さいころのです」

 サームくんの言う通り、肖像画の中のサームくんはまだ赤ちゃんだった。お母さんらしき女性の腕に抱かれている。っていうかご両親すごく若いね……サームくんはふわふわの髪とかがお父さん似かな?

「こんなに小さい肖像画が描けるんだね」

「あ、いえ、これはもっと大きな肖像画を、魔法で複写してるんです」

「あ、なるほどその手が……!」

 米粒に文字を書く人みたいに、すごく小さいところに描いているものと思ってた。でも確かにこの世界には魔法があるから、すでにある絵をコピーして縮小して転写……ってのもできるか。普通に便利そう。でも、そっか。それならサームくんのご両親の形見で、間違いないね。


「サームくんのご両親は、最後までサームくんと一緒にいたんだね」

 正道からここまで、どれほど時間がかかったかわからない。かなり遠いということだけは分かるけど、実際、かなりの苦労があったことは明白。無事にたどり着いたとも思わない。

 実際、帰ることはできなかったのだから。

 でも、彼らはそれでもここまでたどり着いた。サームくんの命を救うために、その薬となる物の元へ。執念か愛か、多分その両方が、彼らをここまで導いて、ペンダントも残された。

 それは多分、かなり、奇跡的な出来事のように思うんだ。

「……一緒に」

 呟いて、サームくんの視線がペンダントに向けられる。温かな家族の肖像を、小さな手がぎゅっと握りしめる。

「一緒に、いてくれるなら……っ、僕は、手を握っててほしかった、です」

 俯いて、感情を押し殺すように呟く小さな子ども。

 多分結果論だけど、サームくんは3年前、生き延びた。死んでしまうかもしれないほど体調が悪化したとき、家に残ってサームくんの手を握っているという選択肢もできただろう。でも、彼の両親はそうしなかった。二度目の奇跡を追い求めてしまった。正直なところ、僕はわりとその心理が理解できる。

 だって一度は成功したのだ。もう一度を求めてしまうのが、人間というものではあるまいか。


 泣きたいけど泣けない、みたいな顔をしたサームくんを、ルーチェさんが後ろからぽんと撫でる。

「人それぞれじゃのう。我は、番がもうすぐ死ぬとなったとき、一分一秒たりともそばを離れたくなかった。ほんの少しでも多く、我の記憶を抱えていってほしかった」

 じゃがな、とルーチェさんはサームくんを抱え上げた。

「死に際を見たくないというものもいたし、死なせないために最後まで手を尽くしたいというものもいた。家族のために何ができるのか、家族は何を望んでいるのか……我が番は、我に最後まで添って欲しいと言ったのじゃ。我もそうしたかった」

 歌うようなルーチェさんの言葉は、相変わらず耳に心地よい。「それで」とその声が更に続ける。

「お前は、声にして願ったか、サームよ。側に居てほしいと」

「……」

「言わなんだなら、それはお前の後悔じゃ。存分に涙に流せ」

「っ、僕は、」

 サームくんの言葉が詰まる。

「言えません、でした……っ」

 その目から一粒、涙が滑り落ちた。ずっと頑張って生きてきて、何度も死の淵を乗り越えて来た強い子どもの、後悔がそこにあった。



 泣き続けるサームくんを、ルーチェさんがゆったりと抱えている。

 その光景を少し離れたところから見つめる僕達は、ちょっとしんみりしている。やったークエストクリアしたー、みたいな、お気楽な気持には流石になれない。

「俺、言えない気持もわかります」

 としみじみ言うのは如月くんだ。

「俺は長男なんで、下に妹が2人と弟が1人いるんですよ。親は小さい子の面倒を見てバタバタするじゃないですか。子どもながらに、俺はわがまま言ったらだめだな、って……なんとなく察するんですよね」

「あー、如月くんすごくお兄ちゃんっぽいもんねえ」

「それよく言われます」

 でも同じようなことだと思うんですよね、と如月くんは続ける。自分の病気のせいで両親が右往左往しているときに、わがままを言えない、みたいな。そういう感情だろうと。

「俺ならわがまま言う」

 きっぱり言い切ったのはイオくんである。

「そりゃイオくん末っ子だしねえ」

「え、イオさん末っ子なんですか? しっかりしてるから上かと」


 だよねー、しっかりしてるから一見長男と思われがちなイオくんだけど、実は3兄弟の末っ子で上二人が激甘過保護というね……。まあイオくんならお兄さんたちには甘えそう。親には何があっても何も言わないだろうけど。

「うーん、僕は言った後悔より言わない後悔のほうがより後悔指数が高いと思うから……多分言うかな?」

「後悔指数って……、あー、でもナツさんも言えそう」

「ナツは面白いところで損得勘定をするからな」

 損得勘定ってなにさ。と思わないでもないけどまあ概ね正解かな。やってもやらなくても結果が同じなら、やらないほうが損! と思いがちなのは認める。

「あとナツはこう見えて意外と察するから、人に言わせるのも得意だ」

「出た、僕より僕のこと詳しいイオくん……!」

「ほんとに仲良いですね……?」

 うーん、そうかなあ。自分のことはよくわかんないけど、察する能力が高いと嬉しいね。と首をかしげていると、テトがなんか僕の隣で「むむーっ」と唸っている。どうしたのー? って聞いてみたところ、

 テトもナツのことくわしいもんー。

 とちょっとふてくされた白猫さんが尻尾を地面にばしばしした。イオくんに対する対抗意識を燃やしていたらしい。契約主大好き契約獣として負けられないところらしい。かわいいやつめ、撫でましょう!


 うりうりとテトを撫でていると、ようやく泣き止んだらしいサームくんを抱えたままルーチェさんが戻って来る。時刻も夕暮れ時で、景色は赤が混ざってより一層鮮やかに染まっていた。

「さて、今日はここでキャンプにするか?」

 戻ってきた二人に問いかけたのはイオくんだ。こういうとき仕切ってくれてほんと助かる。

「そうじゃの。ここは星もきれいに見えるからおすすめじゃ」

「サームもそれでいいか?」

「はい。僕、外に泊まるの、初めてです」

 泣き腫らした目で、それでも大きく頷いたサームくん。そっか、ずっと病気だったんだし、当然キャンプは初めてだよね。テントは、もともと如月くんのやつが2人用想定の大きいやつだったから、ルーチェさんとサームくんは如月くんのテントに泊まることになる。

 そうするとキャンプ飯どうしようかって話になるけど、そこは家の料理人騎士イオくんがどうにでもしてくれるのでお任せだ。

 イオー、おりょうりがんばれー!

 とテトさんも張り切って応援してくれているし。


 なんかそんなことを考えている間に如月くんがテント設営に向かい、僕とルーチェさんとサームくんが取り残されたのであった。……こういうとき率先して動けるようになりたいものです、はい。

「ナツは、炎鳥の知り合いがいるのか?」

 ふと思いついたようにルーチェさんが言うので、僕の脳裏には2匹のひよことソウさんたちの姿がよぎる。知り合いというか、友達と思ってもいいよね多分。

「はい。……あ、ここに連れて来たいって話ですか?」

「うむ。流石にここまで足を伸ばす炎鳥はおらぬようでな。せっかく墓もあるのじゃ、青炎で川へ送ってやりたいのじゃが」

「うーん、でも里の炎鳥さんたちはまだひよこさんですし、サンガの炎鳥さんは片方が成長中で……それにここは遠いですからねえ……」

 ソウさんなら、頼めば来てくれそうな気はするけど。それでも流石に遠すぎるから気軽にはお願いできない。それよりも墓をイチヤに移動させるほうが楽そうだけど……と、そこまで考えてふと思いついた。


「あ、僕、良いものを持ってます」

 そう言えば、作ったばかりのお守りがあるっけ。確かテトにねだられて炎鳥さんを描いたお守り。1つだけ作ってあったそのお守りをインベントリから取り出すと、ルーチェさんは「なんと」と目を丸くした。

「ナツ、これは……とんでもないものを作っておるのじゃな」

「偶然できたものですけど、何かの役に立つかもと思って。2つ必要ですか?」

「うむ、このお守りなら、1人に1つじゃな。すぐ作れるなら頼む」

 鍛えててよかった<上級彫刻>。【コピー】を使って……予備を含めて3つくらい作っておこう。複製するだけでもスキル経験値は貯まるし。

「じゃあ、これをどうぞ」

「うむ。……さあ、サーム」

 僕からお守りを受け取ったルーチェさんは、それをそのままサームくんへ渡した。確か発動するには、青炎か赤炎どっちを使うかを宣言すればよかったはずだ。サームくんは迷わずに両手にお守りを持って、2つ同時に発動させた。

「青炎」


 青い炎は浄化の炎。

 人々の魂を迷わず川へ送るもの。

 揺らめく炎が墓標を包み込むように発現し、その優しい青炎が、静かに燃える。


「……待ってて」

 小さく、サームくんが囁く。祈るように。

「何十年もかかると思うけど。きっと、待っててね……」

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