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28日目:特急ルーチェ号

 まばゆいほどの白い竜が、びゅうびゅうと風を切って空を疾走する。

 それはさながら真昼の流星が如く、青い空を切り裂く矢のように見えるであろう。……まあ僕その背中にいるので実際どうなのかわっかんないんだけど!


「空しかないなあ、せっかく空にいるのに」

 思わず呟く僕である。高所好きなんだけど、景色が見れないなんてもったいないなあ。

「そんなことより微妙に揺れてじわじわ気持ち悪いんだが……」

 なにげに乗り物酔いをしがちなイオくんは、テトに寄りかかってぐったり。そのテトは「はっやーい♪」とご機嫌な様子で伏せており、その上にサームくんがちょこんと乗っかっている。

「あの、大丈夫ですか?」

 とサームくんが声をかけた先にいるのは、「俺三半規管激弱なんですよ!」と半泣きだった如月くんだ。微妙に揺れ続けるルーチェさんの背中は地獄らしい。

「ちょっと……無理っす……」

 と呟いて少しでも揺れを抑えようと姿勢を低く保っている。


 おわかりの通り、竜の背に乗って移動している僕達。

 どうしてそんな事になってるのかと言うと、サームくんの心臓をどうにかしてくれたルーチェさんが、めちゃくちゃやる気を出してくれたからである。

「如月! サームをぱーてぃとやらに入れるのじゃ! そうすれば安全に連れて歩けるのじゃろう」

「うぇ、俺ですか!?」

 というやり取りを経て、イオくんがささっとシスターにサームくんの外泊をもぎ取り、サームくんは慌てて外出の支度をして、僕は……僕は普通にテトを撫でていたのであった。みんなきびきび動けてえらいと思います。

「お出かけするんだって」

 どこいくのー?

「どこだろう。ルーチェさん、どこに行くんですかー?」

 と聞いていたところ、ルーチェさんは小さな声で答えてくれた。「サームの両親のところじゃ」と。それからサームくんには聞こえないように小声で「その、最後の場所がわかったのでな」と続ける。


 そういえばもともとは、そのために来たんだった。僕達の受けたサームくんのクエストは、サームくんのご両親の形見の品を見つけること。

 そのヒントを探すために火竜さんに会いに向かって、そこでルーチェさんに出会った。ルーチェさんは魔力からサームくんのご両親を探してみようという話をしてくれて、その魔力を知るために、サームくんに会いに来たのだ。もともとは、サームくんの病気をどうにかするために来たんじゃなくて……。

「サームくんを連れて行ってくれるんですね」

 それは流石に無理だと思っていたけど、ルーチェさんがいるならば。病みあがりの小さな子供を守るのに、聖獣さんの護衛は心強い。

「それが望みじゃろう」

 ルーチェさんは誰の望みとは言わない。それはきっとサームくんの望みであり、僕の望みでもある。だってサームくんは、いつか見てみたいと言ったのだ。両親がどんな道をたどり、どこにたどり着いたのか、その軌跡を。子どもが願ったのだから、叶えてあげたいと思うのが人情というもの……!

「ルーチェさん、それ最高ですよ!」



 ……とまあ、そんな感じで。

 街の外に出るのを怖がったサームくんをテトに乗せ、怖くないよーとなだめつつ正道を少し歩き、十分街から離れたあたりで竜に戻ったルーチェさんに「乗れ」と言われて、今に至る。あまりにやる気に満ちていたルーチェさんの迫力に押されて全員で背中に乗り込んだわけだけど、流石に乗り心地はあんまり……という感じなのだ。

 唯一の例外が<騎乗者保護>スキル持ちのテトの上なので、サームくんには引き続き乗ってもらっている。病みあがりの子どもは守らねばならぬのだ。

 ナツものればいいのにー。

 と拗ねているテトさんは、2人乗りはまだできないって言ってたけど、正しくは僕とイオくんの二人乗りはまだ無理って意味だったらしい。合計100kgまでなら乗れるらしいことを、今さっきテトの情報見てて知ったよ。サンガで砦から子どもたちを救出したときはできてたもんね、2人乗り。

「僕とサームくんなら乗れるけど、僕は酔わないからいいよ。如月くん乗せてあげて」

 いいよー。とくべつねー。

「如月くん、特別に乗っていいって。テトには<騎乗者保護>っていうスキルが付いてるから、マシになるはずだよ」

「うぅ、お願いします……!」

 よたよたとテトに近づいた如月くんは、サームくんを抱えるようにしてテトに乗った。はーっと大きな息を吐く。

「まじでぴたっと揺れが止まった……テトすごいですね」

 でしょー? なでていいよー。

 にゃふっと胸を張るドヤ顔テトさんである。


 アナトラには「設定体重」というものがあるらしいんだけど、これはステータス画面とかに載ってない。一応、種族と職業と体格からざっくり計算されていて、吹き飛びにくさとか殴りや蹴りの威力とかに影響している……らしい。

 確実に分かることは、僕の体重びっくりするくらい軽いんだろうなあということだ。エルフで後衛で平均値寄りちょい低い身長となると、そりゃ毎回リィフィさんの巻き起こす風にふっとばされそうになるのも頷ける。テトにさっき「ナツふたりだったらのせられるのにー」と言われたので、多分50Kgくらいの想定かな? もう少し軽いかもしれない。

 対してイオくんはヒューマン・前衛・高身長細マッチョに装備品込みの重さなので、かなりがっしりした体重に設定されている模様。まあ蹴りの威力強いからね、知ってた。だから僕とイオくんを同時に乗せることはできないのである。テトは「イオものせたらぺしゃんこになっちゃうの」とちょっと悔しげだった。

「ルーチェ、揺れる……」

 と文句をいうイオくんに、

「文句を言うでない。贅沢者共め」

 とけらけら笑うルーチェさん。笑うと更に細かく振動が来るので、イオくんはちょっとげんなりしている。

「帰りはあの魔力玉みたいなのにしてくれ」

「あれだと時間がかかるぞ?」

「俺達はともかくサームは病みあがりなんだ、無理させたくない」

「それはそうじゃのう、では帰りはあれにするか」


 イチヤに行くときのあの、バランスが取りづらいって言ってたやつか。あれも結構ぐらぐらしてたけど、あっちのほうがマシなのかな? 僕とサームくんはテトだね。

「あー、俺もあっちのほうが助かります。まだコントロールできる……」

「軟弱者よのう」

 ルーチェさんはそんなことを言いつつも、「あと少しじゃ」と付け足してくれたので、イオくんと如月くんもほっと安堵の表情だ。

 うーん、今どのあたりを飛んでるんだろう。えーと、白地図を出してみると……うわ、かなり南の方向に下ってるなあ。ルーチェさんのいた火山よりも少し東の、かなり南方向。イチヤを出発して1時間ちょいくらいでここまで来れるって、本気出したルーチェさんは本当に速い。

 このままいくと……サームくんがくれた本で知った聖獣の住処のうち、火山の赤い竜のマークの更に南、青い竜のマークのあたりにたどり着きそうだけど……。

 なんてつらつらと考えているうちに、ルーチェさんが「見えたぞ」と声をかけてくれた。


 ルーチェさんの体が大きく傾く。一応危険がないようにある程度の保護はされているようで、転げ落ちるようなことはなかった。円を描くように旋回しながら高度を下げていくルーチェさんの上から、下に広がる景色がようやく見える。

 大きな湖だ。

 国境付近に広がっているらしい、澄みきった水をたっぷり蓄えた湖。太陽の光を受けてきらきらと輝く湖面は、場所によって緑っぽく見えたり、青に見えたりと色のゆらぎが美しい。

「わあ……!」

 きれーい。きらきらー!

 僕とテトが同時に感嘆の声を上げると、イオくんも「おお」と小さくつぶやき、サームくんもテトにしがみつくようにして眼前の景色を見つめている。如月くんは……サームくんがテトから落ちないようにフォローしてあげてるのでとてもお兄さんっぽいと思います、えらい。


 やがてルーチェさんはすーっと滑るように湖の縁へと着陸する。緑豊かな森を背後に、さわさわと風に揺れる背の高い草が茂った草原のような場所だった。

「ここ……セーフエリアです」

 テトから降りながら声を上げたのは如月くんだ。言われてみれば、なんだか薄っすらと淡く輝いているドームのようなものが見える気がする。

「こんな大きなセーフエリア見たことないね。湖全体を覆ってるのかな」

「多分。俺の<敵感知>に敵も一切引っかかってないですし」

 言いながらサームくんをテトから下ろしてあげている如月くん。面倒見が良いなあ。

「こっちから降りるぞ。ナツはテトに乗せてもらえ」

「はーい」

 のってー!

「いつもありがとう。僕だって自力で降りられるけどね……!」

 イオくん曰く、僕は危なっかしいからテトに乗せてもらって飛んで降りなさい、とのことでした。確かに危なっかしいかもしれないけど、降りれます! それだけは主張しておきます!


 そういえばここ、なんか名前があるのかな? と思って地図をもう一度見てみると、銀竜の涙、という地名がついていた。……「秘境」という冠言葉付きで。

「……ナツさん!」

「いや本当に僕のせいじゃないと思うんだけど!?」

 なんか秘境にたどり着けると経験値もらえるらしいよ! 今しゃららーって入ってきた! すごい、一気にプレイヤーレベル経験値が増えて、もうちょっとでレベル上がりそうになってる!

 いやそんなことよりも秘境とは!?

「ル、ルーチェさん! ここどこですか!」

「国境付近じゃなあ。昔はこのあたりも砂漠だったものよ」

「緑化してますが!」

「まあ、スペルシア殿がわんわん泣いたのでなあ」

 ケラケラ笑うルーチェさんは、サームくんをひょいと抱き上げて湖の方を向けた。岸付近の水辺には色とりどりの睡蓮が咲き乱れていて、まさに幻想の如き美しい風景だ。

 大人しくされるがままになっているサームくんは、景色を食い入るように見つめるのに集中していて、その目は美味しいものを目の前にしたときのテトのように輝いていた。


「このあたりは、昔はこれより大きな湖だったのじゃ。そこを根城にする水竜も住んでおってな、スペルシア殿の一番の友じゃった」

「昔……って、戦争よりずっと前ってことですよね?」

「ずっと、ずーっと前じゃ。その水竜が命を終えて巡ったときに、ここの巨大な湖は枯れ果てて砂漠となった」

 お、おお……。スペルシアさんのお友達が亡くなった場所なのか……。あ、でも竜は巡ってまた生まれるんだよね。それなら、お友達が亡くなったとしても、そこまで嘆き悲しみはしないんだろうか。ここの名前、「銀竜の涙」ってなってるけど……。

「ここができたのはな、戦後のことじゃ。つい最近じゃな」

「え!?」

「それはまた、どうしてですか?」

「泣きに来たのじゃよ」


 ルーチェさんはぐるりと周辺を見渡し、その美しい緑にあふれる楽園のような場所に目を細める。……そういえばここなんだか少し、あの火山の洞窟と似たような、ちょっと厳かな空気がある気が……。

「大事な世界が壊され、大事にしていた子らが大勢死んだ。固く守っていたはずの世界には穴が開いていて、そこから魔王マヴレなどという異端を呼び込んでしまった。それなのに、人々が歯を食いしばって戦い、傷つき、それでも諦めずに立ち上がっていたその時……スペルシア殿は眠っていた」

 淡々と紡がれたのは、ただの事実だった。オープニングムービーでも語られていたことだ。

「それがな、スペルシア殿には、辛かったのじゃ」

 ルーチェさんは笑う。柔らかく。

「この世界が苦しいとき、一緒に苦しんであがきたかった。この世界が戦うとき、一緒に戦いたかった。少なくとも大事なその時を、見逃すなんてことはな。真面目なスペルシア殿には耐えられぬくらいの失敗だったのじゃろう」

「……それで、泣きに来た、と?」

「そうじゃのう。ここは友との優しい記憶の残る場所。そして人里から離れた秘境。銀色の竜が大声で泣きわめいたとて、誰の耳にも届かぬし、誰の目にも留まらぬ」


 だからここはこんなふうに、緑が溢れた。ルーチェさんはそう言って言葉を切る。……あ、そういえばオープニングムービーでも言ってたね、スペルシアさんが泣きながら復興を手伝ったから、流れた涙が土地を癒し、荒れ果てた大地に緑が復活した……って。

「要はな、涙も血液も同じことなのじゃ。竜の体からあふれる体液じゃな」

 ルーチェさんがゆっくりと足を進める。その先に、一本の杭のようなものが建てられている。

「竜の魔力の塊。欠けたところを補うに、これほどふさわしいものもあるまい。……まあ、この土地は自然と混ざりあってだいぶ薄まったがな。……サーム、お前の両親は、不屈の戦士じゃった」

 そっとサームくんを地面に降ろしたルーチェさんが、杭の方向へと彼の背を押す。

「ただお前のためだけに、竜の涙にたどり着いた。執念、切望、不屈……愛かもしれぬ。さて、彼らを突き動かした感情は、お前に伝わるかのう」


 サームくんが杭の前に膝を折る。

 そこにあったのは、紛れもなく、一つの小さな墓標だった。 

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― 新着の感想 ―
あぁ、聖獣さまの、それもとびっきりの聖獣さまの体液の元まではたどり着いていたのか
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