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28日目:続・イチヤをご案内しよう

「ナツ! ナツ、これはなんじゃ、かわいいのう!」

「お、こっちでは珍しい。さくらんぼですよ! 甘酸っぱいの代名詞みたいな味がします」

「こっちのオレンジの果物はなんじゃ? 初めて見る」

「あ、これは柿ですね。干すと甘くなるらしいんですけど……おじさーん、これ渋柿ですかー?」

「そのままでも甘いよ!」


「ナツ! この美しいのはなんじゃ?」

「カービング……だったっけ、イオくん?」

「おう。果物の皮に彫刻を施すように飾り切りする技法だな。食べるためにというよりは目で楽しむためにやるんだ」

「美しいのう! あ、あそこで御婦人が実演をしておる。見てもよいか?」

「どうぞどうぞ」


「あ、ここですよトムスさんのご実家! あそこに販売所がありますね」

「イチゴ! テト、ジャムあるからたくさん買ってもらおうねー」

 あまいのすきー。

「さっき見たさくらんぼというのと同じくらいの大きさじゃな。これはどんな味なのじゃ? 我のところに果物を持ってくる者は、大きいのしか持ってこなかったので小さいのはよくわからぬ」

「イチゴは……やっぱり甘酸っぱいんですけど、デザートによく使われるのはイチゴの方ですね。さくらんぼよりも酸味と甘味のバランスが……こう……」

「試食あるぞ」

「それだ! ルーチェさん食べましょう!」


「ぱふぇ……? な、ナツ! ナツ! なんじゃこの宝石のような美しい造形は! こ、この白いのはなんじゃ? この棒は、これも食べ物かの?」

「パフェとは、甘いものが好きな人たちの桃源郷……。その白いのは牛乳からできている甘いクリーム、そしてその棒に見えるものは……チョコレートです!」

「ちょこ……!」

「カカオという豆からできるのです、植物なので果物の親戚……みたいなもの! さあ遠慮なく!」

「くっ、街とは誘惑が多いのじゃな……!」

 ナツー、テトもー!

「テトもお食べ!」



 誰だ10時まで街をうろつこうとか言ったの。

 どう考えても1時間ちょいで観光なんて無理だよ!


 ルーチェさんは好奇心が強くて、あっちこっち色々見て回りたいタイプ。肉や魚に興味がないから一般的な食堂や屋台には惹かれないみたいだけど、果物に関しては興味津々だ。他にも魔物素材を使った防具や武器にも目を惹かれるらしく、最初に武具通りに行ったらあっという間に1時間なんて消し飛んだ。

 イオくんたちの武器や防具の耐久度を回復している間、僕とテトを連れて色々見て回って、特に魔法図案には目を輝かせていたよ。きれいな柄とか好きなのかな。

 あ、そういえば。

 先行体験会中も色々細かいアプデが入ってるアナトラだけど、耐久度の表示が今日から変わってたよ。今までは、例えば耐久度100だったら「0/100」って表示されて、その武器を使うたびに0が10とか15とか数字が増えていく形だった。50/100になったら耐久度が半分って感じ。

 でも、今日から表示を変更しましたってなって、初期表示が「100/100」って感じになった。そこから、武器を使うたびに数字が減っていくようになったから、文字通り耐久度が「減る」ようになったんだ。

 他のメジャーゲームはこの表示方式だから、より馴染み深いように変更した感じ。結構、耐久度が分かりづらいっていう評価が多かったみたいで、変更して欲しいって意見が多かったらしい。

 運営さん、フットワーク軽くてとてもえらいと思います。


 まあそんな感じであっという間に10時なんてぶっちぎって、更にそこから果物屋さん巡りをしたら12時になる。如月くんの案内でトムスさんの実家だという果樹園で大量に買い物をし、契約獣を初めて見たってトラベラーさんたちにテトが愛想を振りまいたり、イオくんが色々食材を買い込んだり……。

「インベントリ大丈夫?」

「さっきギルドで素材を大量処分したからな」

「またあっという間に埋まりそう」

「……買わねばならぬ時はある……!」

 それは本当にそう。特にサンガで果物買うよりは、イチヤで果物買うほうが鮮度が良くて美味しいからなあ。イオくんの買い物も、果物ならば許されます。

 予定通り陽だまりの猫亭で昼食をとって……店員さんにテトはとっても好評でした。めっちゃ撫でてもらえてテトさんもご満悦。久しぶりにランチの定食を食べたんだけど、やっぱりここの料理美味しいなあ。正直サンガに出店しても生き残れると思う。

 今日は豚肉のおろしリンゴソースセットというのを食べたんだけど、爽やかなソースに豚肉がよく合う、ちょっとジンジャー風味の美味しさでした。ルーチェさんはカットフルーツ、イオくんと如月くんは唐揚げセットを味わって、気力もチャージ完了。


 まあそんな感じでお昼を食べた僕達は、ようやく孤児院へと足を向けるのであった。

 ルーチェさんのノリが良すぎて、普通に観光客しちゃったなあ。途中から如月くんがめっちゃ生暖かい眼差ししてたけど、果物が美味しいので仕方ないね。イオくんは割とこういう時楽しげにしてるので、遠慮しなくて良いのがありがたい。

 美味しいものたくさん食べてほっくほくなテトさんは、「いーちごっ♪ ぱーふぇっ♪」とご機嫌な歌を歌っている。これもおいしいのの歌なんだろう。イオくんが先頭で道案内しつつ、その後をぞろぞろとついていく僕達。一度ギルドまで戻って、その敷地内を抜けてスペルシア教会へ。

「ここが教会兼孤児院……らしいよ」

「おおー、初めて来ました。イチヤあんまり探索できてないんですよね」

「僕達もサンガに比べると全然かなー」

 わいわいとまずは教会に入って、礼拝堂へ。


 ルーチェさんは銀色の竜の彫刻が祭壇に祀られているのを見て、ちょっと嬉しそうににこにこした。スペルシアさんの彫刻なので、身内が大事にされてるみたいな感じで嬉しいのかな。

「見事じゃのう。これほどの精密な像を作れる職人の手仕事、ぜひ作業風景を見てみたいものじゃな」

「これきれいですよね。えーと、お祈りの作法は決まってないみたいなんですけど、ルーチェさんもお祈りしますか?」

「ははは、我はせぬ。ここで祈ったとて会話はできぬのでな」

 ルーチェさんが言うには、こういう教会とかは、あくまで住人たちの統治神への信仰を強めるために必要な装置である、とのこと。もちろん、スペルシアさんが時々覗いて「信仰ありがとー」ってお礼をすることはあるらしいんだけど、神様の時々なので、滅多にないと同意義だ。

 地上に居る聖獣さんや神獣さんたちと違って、神界に上がってしまったスペルシア神の力は信仰に支えられている。信仰が強ければ強いほど、統治神としての力が強くなるという感じなんだって。


「汝らを異世界から呼んだのも、信仰が強まったからできたことじゃ。実際に汝らが魔物素材を持ち込んだり、取り残された集落を見つけるほど、汝らをこの世界に遣わしたスペルシア殿への信仰心は強くなる。スペルシア殿の力が強くなるほど、次の一手が打てるようになるのじゃ」

「正道を広げたり、とかですか?」

「うむ。住人の行動範囲が広がるための措置が取れるようになっていく。呪いを完全に消すのはなかなか難しいのでのう、徐々に、じゃな」

 なるほど。住人さんたちの信仰が、そのまま自由につながるってことか。だとしたら自分たちの利益にもなるし、信仰しがいもあるね。

 ルーチェさん以外がお祈りをしてから、僕達はシスターさんに声をかけた。サームくんの居場所を聞くと、部屋に居るという返事だ。

「ただ、少し体調を崩しているのです。顔を見て行かれますか?」

 付け足された言葉にちょっと不安に思いつつ、でも顔を見ていけというくらいだから、そこまで悪い状態じゃないのだろうか。どうしよう、とイオくんに視線を向けると、イオくんは一つ頷いた。


「見舞いは大丈夫なのか?」

「ええ、起き上がれないほどではないようです。ただめまいがするそうなので、大事を取って部屋で休むように言っています」

「それなら、少し顔を見たい。どこへ行けばいいんだ?」

「ご案内します」

 シスターさんはにこやかに案内してくれた。あ、この方、前に来たときにお札をめちゃくちゃ喜んでくれた人だったかも。もしやさっきから意味ありげにちらちら僕の方見るのって、寄付を期待されてるやつだろうか。

 えーっと、なんか余ってるお札あったかな……。


 シスターさんは一度中庭に出て、そこから木造の宿舎へと僕達を案内してくれた。現在この孤児院にいる子どもたちは数が少ないから、シスターさんたちもここに住み込んでいるんだって。

 ちょっと学校っぽい作りのその宿舎の、1階一番奥の部屋がサームくんの部屋だった。「こちらですよ」と案内してくれたシスターさん、にっこにこで僕を見ている……あ、ハイ。こちら「防火のお札」です。ここ木造ですからどうぞお使いください……。

「まあ、またこんなに素晴らしいものを……! 本当にありがとうございます、トラベラーさんの旅路のご無事を心よりお祈りいたします」

「ありがとうございます」

 シスターさんはぱああっと顔を輝かせて、スキップしそうな勢いでその場を立ち去ったのであった。この世界のシスターさんたち、結構強かだなと思います。

「ナツさん、なんですかあれ」

 不思議そうな顔をする如月くんに、僕はしみじみと頷いてみせた。

「お札はね、贈答品なんだよ」

「喜ばれるのは知ってますけど」

「前回一杯差し入れしたから覚えられてるっぽいんだ」

「なるほど」

 多分如月くんの作る常備薬とかも、かなり喜ばれるものだと思うよ。


 さて、そんなことよりもサームくんだ。木製のドアに小さな表札がかかっていて、そこにちゃんと「サーム」と名前が書いてある。

「ふむ……」

 扉の前で、ルーチェさんは少しだけ不思議そうな顔をした。なんだかそこにあるはずのないものがあった、みたいな表情だ。

「ルーチェさん、どうしました?」

「……いや、うむ。とりあえず、例の少年に会ってからじゃ」

「意味深なことを言いよるな。まあ、先に紹介からか。行くぞ」

 こういう時はイオくんがいつも先陣を切ってくれるのでありがたい。軽くノックすると中から「どなたですか?」という懐かしいサームくんの声がする。……確かにちょっと元気なさそうかな。でも、すごく苦しそうとかではないね。

「トラベラーのイオだ。ナツと友人たちと一旦イチヤに戻ってきたから、顔を見に来た」

「イオさんとナツさんですか? どうぞ」

「入るぞ」


 扉を開けると、そこは日当たりの良い病室みたいな小さな部屋だった。白いカーテンがふわりと揺れる窓際のベッドに、最後に会った時から比べると少し痩せた気もする、懐かしのサームくんが上半身を起こしている。

「お久しぶりです」

 と丁寧に頭を下げてくれ、ベッドから降りようとするので慌てて「寝てていいよ!」と制した。相変わらずすごくしっかりしてる子だなあ。

「急におしかけてごめんね! 具合大丈夫?」

「あ、はい。少し頭痛とめまいがするだけなので」

 それはあんまり大丈夫じゃないぞサームくん。と思ったけど、とりあえずこっちも用事を終わらせてからじゃないと思う存分休んでね!とは言えないのだ。僕が手早く如月くんとテトとルーチェさんを順番に紹介すると、サームくんは目を丸くした。

「わあ、猫……」

 一番気になるのはテトらしい。契約獣屋さんはイチヤにないし、住人さんの中にもつれて歩いている人がすごく少ないもんね。


 テトだよー。なでるー?

 にゃあんと優しい声で鳴いたテトがてててっと近づくので、撫でてあげてとお願いしてみる。おっかなびっくり手を伸ばすサームくんを、じっと見据えるのはルーチェさんだ。

 何か考え込むように腕を組んで沈黙したあと、撫でられて満足のテトがベッドサイドからどくのを待って、静かにサームくんに近づく。

「……うむ。間違いないのう」

 金色の眼差しが、優しく細められた。思いがけず美人さんの微笑みを間近で見せられたサームくんは、戸惑いの表情で僕達をぐるりと見渡したけれども。僕達が何か言う前に、ルーチェさんの囁くような言葉が室内に響く。


「そうじゃのう。確かにこれは、置き土産じゃな……」

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