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28日目:イチヤをご案内しよう

「ふは」


 一瞬しんとなった室内の空気を、一瞬で破ったのはルーチェさんの笑い声だった。

「ははは! ナツよ、それは……ナツじゃのう、ふははは!」

「え? えっ?」

「ナツ、まあいいけどな。なんのためにルーチェが擬態したと思ってんだ?」

 げらげら笑うルーチェさんに戸惑う僕。そして呆れたようにため息を吐いたイオくん。なんのためにって……家屋を踏み潰さないためでは? 僕がぽかんとしつつそのことを口にすると、如月くんが「いやいやいやいや」と手を横に振る。

「ナツさん、わざわざナツさんに寄せて擬態したんですよ、ルーチェさんは」

「え、うん、それがなにか……?」

「だから、正体を問われたらナツさんの身内ということにするためでしょう、多分」

「あ」


 あー、なるほど……!

 え、それ察するやつ? みんな察してた感じ? 僕、まったくそんなこと気づきませんでしたが……! い、いや、これを教訓に次回からはなるべく察していこうと思います、僕は学習する男なので……!

 だがしかし、初回はちゃんと言ってもらわないと僕はわかんないよ!

「よいよい、だんだんとナツがどのような人物なのかわかってきたしの。我は構わぬぞ」

 けらけらと軽やかに笑いながらルーチェさんが言うので、いいのかと一安心。これが致命的なミスじゃなくて良かったなーと思っている僕に、大きく息を吐く音が聞こえた。イライザさんである。

「あ、すみません。騒がしくて」

「いや」

 イライザさんは微妙な表情を浮かべていたけれど、とりあえず倒れたりはしてないので多分セーフ。ルーチェさんからの許可が出たので、もう少し事情を話そうかな。

「えーっと、そんなわけでルーチェさんは竜が擬態しておりまして」

「……聞き間違いではなかったようだね。イオ、事実かい?」

「事実だ。イチヤを観光したがっているだけだから、ギルドカードを発行してやって欲しい」

「そうか」


 イライザさんはもう一度大きく息を吐いてから、視線をルーチェさんへと向ける。相変わらずまっすぐな力強い視線だ、ザ・ギルドマスターって感じ。かっこいい。

「イチヤへようこそ、白竜様。歓迎する」

「うむ、歓迎を受けよう。公式な訪問ではないのでな、見て見ぬふりをしてくれればそれで良い」

「しかし、なんのためにこちらへ? 聖獣様の興味を引くものが何かあっただろうか」

 ハキハキとした物言いをするイライザさんに、ルーチェさんはにっこりと微笑んでみせた。あ、理由は言わない感じ? 確かに、聖獣さんが1人の子どもに会うためにここまで来ました! っていうの、ちょっとサームくんに迷惑掛かりそうな予感がするね。僕もこれはちゃんと察して口を噤もう、僕は嘘が下手なので何も言わないほうがマシ……。

「……あくまで観光だ、イライザ。俺達がルーチェの巣に訪問した時、ルーチェが果物しか食べないという話をしてな。イチヤは果物が特産だという話をしたら興味を持ったらしい」

 あ、絶望的に嘘が下手な僕に変わってイオくんがいい感じに誤魔化してくれた。この親友はしれっと自然にこういうことできるから頼りになる。僕にできないことを代わりにやってくれるので本当にありがたいんだよなあ、相互扶助ってやつだね。


「果物を? そうか。希望があるならば取り寄せても良いが」

「いや、自分で見て選びたいらしい。俺達が3人で案内するし、街中で騒ぎを起こさないと誓う」

 イオくんがその流れで如月くんをイライザさんに紹介した。あれ、知り合いじゃないんだっけ? と不思議に思っていると、僕の横からテトがてててっとイオくんの隣に場所を移動させる。

 イオー! テトもー! テトもよろしくするのー。

 にゃーん! と元気に訴えるテトさんを見下ろし、イオくんは「おう」と軽く頷いた。テトの言葉は何故かイオくんにはなんとなく伝わるらしいので、そのまますんなりとイライザさんに紹介してくれた。

「イライザ、この猫はナツの契約獣だ。テトという」

「……ナツの?」

「ナツの、だ。なんというか……そっくりでな」

 イオくんがちらっと僕を見たので、僕はふふん! と胸を張っておきました。テトほどの有能契約獣と契約しているので、僕はドヤ顔を許されます。そして僕がドヤっていると、それを見たテトさんも「ナツのけいやくじゅうだよー。いいでしょー」と自慢げにドヤった。うむ、かわいい。

「そうか、良い契約主を得たな」

 微笑んだイライザさんに軽く撫でてもらって、テトは満足そうにふすーっと息を吐いた。そして僕のとなりに戻ってきて、「ほめられた!」といつものご報告である。この場合褒められたのは割と僕だと思うけど、まあいっか。僕が褒められるのはテトが褒められるのとほぼ同じことなのだ。

「イライザさんにも撫でてもらってよかったねー!」

 ちょっと物足りなさそうにしているので、僕もわしゃわしゃと撫でておきましょう!


 イライザさんと如月くんとイオくんが、このことはナナミの王家に報告するべきか、みたいな話をし始めたので、僕は会話に加わらずにテトとルーチェさんの隣に下がった。僕だめなんだよこういう話。意見を出すことはできるけど、下手に会話に加わるとサームくんのことぼろっと言っちゃいそうで。

 そんなわけでルーチェさんに「テト撫でてやってください」と話を振ると、ルーチェさんは「よいぞ」と気軽に応じてくれた。聖獣さんって気さくだよね。

「テトは毛並みがよいのう。ナツが手入れをしておるのか?」

「ブラッシングをしてます、ふわふわで素晴らしい仕上がりでしょう!」

 ブラッシングすきー。とろけちゃうのー。

「うむ、良い仕事じゃ」

 しばらくそんな話をしながらテトを撫でまくっていると、話題が自然とイチヤのことにシフトする。イチヤの果物は別に魔力たっぷりってやつではないけど、特にリンゴが有名ですよって話をしたらルーチェさんは嬉しそうに笑った。


「リンゴは番の好物でな、我も好んでおる。おすすめの農場はあるかのう」

「それなら、僕とイオくんが贔屓にしているところがありますよ! ハンサさんって人がやってる果樹園なんですけど、ここのリンゴが美味しくて……!」

 何しろ品質が高いからね! 果物の品質に関しては、サンガの朝市でも色々見たけど、ハンサさんのリンゴの★8がダントツで高い。この世界の食べ物の品質は、一般的な店売りが★3から4、高級品と呼ばれるものは★5からって感じ。当然★5からはお値段もかなり変わってくるので、イオくんは★4の店売りを探して買っているらしい。

「…………というわけで、サンガに行くときに知り合ったトムスさんって方の実家が果樹園らしいので、そこも行きたいって話をさっき言ってまして」

「いちごじゃむ……とか言っておったの。じゃむとは何じゃ?」

「えーと、果物を、小さく切り分けて、甘く煮詰めたもの……だったはずです! 僕達だとよくパンに塗ってたべるんですよ」

「ほう、甘いのか」

 あまいのー! テトあまいのすきなのー。

 にゃあん、と主張するテトに、ルーチェさんは微笑ましいものを見るような表情を向ける。それからうーん、と少し考えるような仕草をした。

「どれくらい買えるものかのう。金銭のやり取りについてはよくわからぬのじゃ。ナツ、一緒に買っておくれ」

「いいですよ! 買い物をするためにまずギルドカードが必要なので……イオくんお話終わったー?」

 

 気づけば、なんかこっちを無言で見ているイオくんたち。話し合い終わったんなら声かけてよーと言ってみると、イオくんは一旦僕をスルーしてイライザさんの方を向いた。

「こういうことだ」

 どういうことさ。

「なるほど、わかった」

 何がわかったのさ。

 なんか謎の会話をしたイオくんとイライザさんだけど、イライザさんが「ギルドカードを作ってくる」と言って、詰め所でもらったルーチェさんの仮カードを持って一度部屋を出ていった。ふはーっと息を吐いたのは如月くん。よくわかんないけどとりあえずルーチェさんのお買い物用ギルドカードは発行されると見てよろしいか。

「話はまとまったのじゃな?」

 確認のためにルーチェさんが問いかけると、イオくんは「ああ」と頷く。

「イライザがなかなか頑固でな、王家にどうしても報告したいと言い出したから、説得しておいた」

「ほう?」

「ルーチェは果物を買いに来ただけで他に意図はない、と。ナツとお気楽な会話をしてもらったのが功を奏したな」

「なるほど」

「あちらは星級の人間だからな、何かあってから遅れて報告となると罰を受ける。もしルーチェの訪問になにかの意味があるなら、なんとかして聞き出したいのが本音だろう」

 うーん、言われてみれば、今まで聖獣さんが街を訪れたことなんてなかっただろうからなあ。いや、あったとしてもルーチェさんみたいに擬態していたらわかんないか。


「ふむ、それならばイライザとやらには、我が番・火竜プロクスが巡ったことだけ伝えておこう」

 ルーチェさんは鷹揚に頷いてそう言った。確かに、火山の近くにある里にも、火竜さんが亡くなったことは伝わってなかったわけだから、多分王様にも伝わってないだろう。

「以前は定期的に街からの使者が来ておったからのう。戦前までは、番も元気にしていたし、まだ誰も知らぬであろう。聖獣の存在は、小さき子らには重要と聞いておる。王家とやらもそういった情報はほしいのではないか?」

「……確かに、伝えたほうが良いだろうな」

 聖獣さんはめちゃくちゃに強いけど、実際に戦うことはほぼない。それでも居るといないのとでは心情的に違うような気がする。

「聖獣が前回街に公式に訪れた時には、勇者の選定があったのじゃ。我も、我が番もその時に力を貸した竜ではないが、それでも竜が街へ来たとなると、その時の再来と思うものもおるのじゃろう」

「あ、なるほど! 勇者さんは子供の頃に竜の祝福をもらっているはず」

「もし再び勇者の選定が行われるというのなら、それは魔王が復活したか、新たな魔王が生まれたという意味になる。小さき子らはそれを危惧しておるのじゃろう」

 なるほど、そういうことになるのかー! それはイライザさんも何しに来たのか聞き出さねばってなるね。せっかく戦争が終わって平和になって、トラベラーもやってきて呪いにも目処が立ちそうだったのに、そこでまた魔王が復活なんてなったら地獄だもんなあ。

 今回は本当にそういうことじゃないけど、深読みしてしまう住人さんたちの気持ちもわかるよ。



 ギルドカードを作って戻ってきてくれたイライザさんに火竜さんの話をして、ルーチェさんが「然るべきところに伝えておくれ」と言うと、イライザさんは厳かに「承りました」と一礼した。

 胸の前に片手を当てて腰を折るこの礼は、王国では軍隊式の礼なのだそう。イライザさんは元軍人さんだからこうなるけど、普通淑女の礼というのはまた別の形なんだって。

「何かあったらすぐに知らせて欲しい」

 と言われたので、僕もしっかり約束しておいた。隣でイオくんも頷いていたのでバッチリなのだ。イオくんは僕が気付けない異変にも気づいてくれる素晴らしい観察眼をもっているので!


「さ、とりあえず10時くらいまでイチヤをぐるっと一周するか」

 と仕切ってくれるイオくんの言葉に従い、ルーチェさんは如月くんのパーティーに入った。住人さんたちがトラベラーとパーティーを組む場合、編成画面の表示は枠の色が異なり「ゲスト」という表示が出るようだ。なんで如月くんかっていうと、僕達のパーティーはメンバーが変わるとイオくんの特殊スキルが使えなくなるので。

「で、この状態で連結し直すと……よし、これで大抵の場所は一緒に行けるはずだ」

「良かった、じゃあトムスさんの実家は俺が案内しますね」

「こっちが案内するのはハンサの果樹園くらいか? あとは耐久度回復のために武具通りに行きたいが、如月は場所わかるよな」

「武具通り大丈夫です、俺もそこで剣を買ってるので。ルーチェさんとナツさんは何か希望ありますか?」

「果物だけで良いぞ」

「僕はモンブラン探しに喫茶店とかは行きたい!」


 ちなみに、すでに素材の売却は済ませてルーチェさんのカードにもそれなりの金額が入っている。イライザさんがわざわざ受付のノーラさんを呼んでくれて、奥の部屋で処理してくれたんだよね。僕達の持ち込みはサンガや里周辺のものだから、イチヤでは珍しいものが多くて喜ばれたよ。

 意外にも一番喜ばれたのがソルジャーアントの素材たちだった。イチヤ周辺で持ち込まれる一番良い防具素材って、あの夜のたぬきの鋼毛皮らしいんだけど、アントの落とす兵士蟻の鎧殻はそれよりもずっと良い物が作れる素材なんだそう。長い事めったに入ってこなかった素材なので、防具職人たちが喜びます! と言ってもらえた。

 ……里に寄付しようと思っててすっかり忘れてた素材なんだけど、結果オーライということで……! なんとなく気まずいので、村長さんにはお土産にたくさん果物を持っていこう。


さて、それじゃあ早速イチヤの街中へGO!

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