28日目:帰ってきたイチヤ!
リアル翌日の朝8時、再ログインした僕を出迎えたのは白い巨大猫さんだった。
ナツー、おはよー。
「おはようテト、元気だね。イオくんは相変わらず先に起きてるのか」
イオそとなのー。テトはねー、ナツまってたのー。
にゃあんと甘えた声を出しながら僕にすり寄ってくれるテトさんである。かわいいなー。リアルでこのくらいの巨大猫のぬいぐるみが欲しい。手触りめちゃくちゃいいやつを探そう。
昨日は結局、セーフエリアに戻ってからすぐ寝ちゃうことにしたんだよね。そのままゲームを続けるか翌日仕切り直すかを議論した結果、翌日が全員予定なしなので、一気に進めるために仕切り直しが選択されたのだ。
全員長期休暇中だから、別に夜ふかしもできたんだろうけど。ただこのクエスト、思ってたより長そうだから夜更かし徹夜で進めるよりは、翌日朝からやったほうがいいんじゃないかってことになったのである。
そんなわけで、今日はガッツリゲーム三昧なのだ。
「イオくん、如月くん、ルーチェさん、おはよう!」
とりあえずのそのそとテントを出て挨拶をすると、もうみんなテーブルに座って優雅に珈琲を飲んでいた。テトはイオくんのところに「ナツおこしたよー」と報告に行って褒めてって顔してる。僕はワンタッチ式のテントを畳んで共有インベントリに入れておこう。
「ルーチェさん、珈琲飲んでるんですか?」
「うむ。ちょっと苦いと言ったらイオが砂糖と牛乳を入れてくれたのでな、これは甘くて美味じゃ」
「イオくん僕にも!」
「おう」
イオくんが苦笑しているのは、ルーチェさんの味覚が僕に近いと思ったからだろう。そりゃあね! 僕だって朝はブラック珈琲飲んで目覚めたいとかそういうの、こう、ちょっと大人っぽくて憧れがあるけれども! 決してブラック飲めないわけではないのだけれども、イオくんのカフェオレが美味しいのでよしとします!
「門は8時から開いてるけど、孤児院は確か10時からだろ。ルーチェが少し観光もしたいって言ってるし、軽くイチヤを案内してやろうかって話をしてたんだよ」
イオくんは手早くカフェオレを作りながらそんな話をする。牛乳が増える魔法瓶、めっちゃ役に立ってるっぽい。
「うむ。我は生まれてすぐにあの火山へ迎え入れられたのでな、他の土地のことはまだよくわからぬ。砂漠は良いとして、この国には他にも色々な場所があるしのう。いずれは南の国にも行ってみたいが、ひとまずこの国を巡ってみるつもりじゃ」
「そうなんですね。でも、この国と南の国だけですか?」
一応、運営さんの話だと、このナルバン王国全体がはじまりの国だけど、そこの地図踏破率が一定を超えた場合、他の国に行けるようになるというのは明言されている。フェアリーの国フラウ共和国とか、魔王軍と一番バチバチにやりあってたジュエラ帝国とか、名前だけはいくつか発表されてるんだよね。
そうなるとこの世界は結構広いと思うんだけど……ルーチェさんは今2つの国にしか言及しなかったのでちょっと気になったのだ。
「うむ。聖獣は一応、スペルシア殿より地域の割当があるのじゃ」
ルーチェさんはカフェオレをゆっくりと飲みながら、僕の疑問に答えてくれた。
「大体、国2つ分くらいは行き来できるが、それ以外のところにはむやみに足を踏み入れぬ。割当を破ったらぱわーばらんす? というのが崩れるのだそうじゃ」
「な、なるほど……!」
ものすごく強い聖獣さんだから、そういう制限がついて回るってことかな。でもその場合、例えば火竜さんが他の国で卵になっちゃったりしたら、会えなくなるのでは?
と思ったら、そのへんは大丈夫らしい。竜は世界を巡るけれど、卵になる場所は前の人生で縁の深かった場所からランダムに選ばれるのだとか。だからおそらくナルバン王国の中で生まれるだろう、とルーチェさんは言う。
「スペルシア殿は優しいからのう。間違っても番を引き離すような真似はせぬよ」
にこにことそんな事を言うルーチェさんに、僕はオープニングムービーの銀色の竜を思い浮かべた。……うむ、確かに優しそうだ。幸せにしたい、あの銀竜さんを。
僕がしみじみとそんなことを心に誓っていると、ぴょこっと僕の膝に顎を乗っけたテトが、上目遣いに見上げた。いつも楽しそうなテトだけど、ちょっと興奮気味である。
ねーねー、まちいくのー? モンブランあるー?
どうやら街の城壁が見えたので、サンガに戻ることを期待しているらしい。残念ながらここはサンガじゃないけど、モンブランなら探せばありそうかな?
「ここはイチヤっていう街だよ。サンガより果物がたくさんあるところ」
くだもの……くりー?
「栗もあるかもねえ」
テトにとっては美味しい果物=栗なのである。でもイチヤの名産と言われるとやっぱりリンゴかな? ハンサさんの果樹園にはぜひとも顔を出さねばなるまい。腰痛のお札を……すごく微妙な気持ちになるけど……届けなければ!
「思えばイチヤは7日しかいなかったし、結構探索もざくっと終わらせちゃったんだよね」
「まあ他の街に移動するのを優先したからな。今ならギルド間の転移ができるから、少し滞在しても良いと思うが」
どうする? とイオくんが聞いてくれるけど、今回は長居をするつもりはない。早くビワさんのところにホットポテトとレッドチリチェリーを届けたいし、ゴーラも行きたいし。ラメラさんの住処を訪ねる約束もあるし、あのよくわかんないアイテムの、ブルーアクセスカード? も使ってみたい。
「イチヤも良いところだけど、他も色々行きたいしねえ。如月くんは?」
「俺は他の街に行って転移できる場所を増やす方がいいと思いますよ。イチヤは多分今後、イベントとかやるときにメイン会場になるって言われてますし、訪問する機会は多いと思うので」
「そうだな」
イオくんも納得の表情なので、まあ今回は用事が終わったらサクッと里に戻る感じだろう。
「俺、トムスさんから農園の場所を聞いてきたので、後でいきませんか? イチゴジャム作ってるらしいんですよ」
「それは行こうイオくん!」
「そうだな。果物は色々買っておこう」
言いながらイオくんはテーブルにお菓子を追加した。インベントリを必死に空けようとする努力だなこれ。
トムスさんは僕達と一緒にサンガへ行ったスーツの男性だったはずだ。あのあとジンガさんには会いに行ったけど、トムスさんには会わないままだった。でも如月くんは何度かジンガさんのお店に遊びに行って、トムスさんとも仲良くしてたらしい。
「果物なら、我も欲しいが……。うーむ、我はお金というものを持っておらぬ。どうすればよいのじゃ?」
こてりと首をかしげたルーチェさん。
あー、そっか。竜さんだもん、お金なんていらないよね普通。かといって今はエルフに擬態している状態だから、買い物をするには必要になるわけで。
「トラベラーズギルドで聞いてみましょうか。ルーチェさんのギルドカードが作れたら、魔物の素材とかを売ってお金にできるはずです」
「ほう。空間収納に倒した魔物の素材等は色々入っておるぞ。ちょっかいをかけてきて鬱陶しかったのとかはたまに居たのでな」
魔法をうんと小さく使うのがコツじゃ、と得意げにするルーチェさん。力加減は難しいから、魔法で手加減するほうがうまくいく……という話をしている。白竜さんって、魔法制御が得意な竜なのかな?
「今は擬態しているわけですけど、その姿でも魔法は使えそうですか?」
と一応聞いてみたところ、
「問題ないのじゃ」
と自信満々のお返事。
「昨晩、汝らがフィールドを見に行ったあとに少し試してみたが、良い感じに出力が抑えられるようじゃ。擬態の呪文はすごいのう、教えてくれた番には感謝せねば」
「おお!」
「かといって我が戦うのは良くないからのう。できるだけ大人しくするつもりじゃ」
それはその方が良いと思う。そもそも、街中に入ってしまえば戦う必要性もないしね。
そんな話をしながら、僕達は簡単に朝食をとった。昨日から簡単なものしか食べてないので、今日こそはお店でゆっくり美味しいもの食べたい。イチヤのレストランといえば、忘れちゃいけない「陽だまりの猫亭」があるのだ! それに、テトのためにモンブランを求めて喫茶店にも行きたいところだ。
思えば陽だまりの猫亭に猫のテトを連れて行くのって、すごく素晴らしいことなのでは? だってショップカードの絵柄も白猫だったもんね。あのお店には白猫大好きな店員さんがいるのかもしれない。もしいたら握手しておきたい。
「よし、じゃあ行くか。西門から入って、まずギルドに行く」
てきぱき仕切ってくれるイオくんに続いて、僕達は全員でイチヤへと向かった。門のところには……僕達の知ってる門番さんはいないっぽいな。ここでルーチェさんがギルドカードを持っていないということで引っかかってしまったけど、詰め所で仮のカードを作ってもらえるというので発行してもらえた。
「おお、これで我も果物が買えるのじゃな?」
とわくわくの顔で聞いてくるルーチェさんである。
「その仮カードを持っていって、ギルドで正式なカードを貰ってください。ええと……あなたはトラベラーさんなのかこちらの住人なのかよくわからないもので……」
戸惑いながら教えてくれた兵士さんにお礼を言って、とりあえずイチヤのトラベラーズギルドへ。ちょっと卑怯かもしれないけど、コネを使いましょう! というわけで受付にいた女性にイライザさんがいたら会えませんか? と問いかけてみたところ、すごく不審な目で見られてしまいました。ですよね!
「ギルドマスターにどのようなご要件ですか?」
かなり警戒されている空気を感じた僕、慌てて言い訳をする。
「いえあの、受付のノーラさんでも良いんですが。イライザさんへは、えーと、僕がお守りを作るのでその関係で……」
「……護符の作成師の方でしょうか」
「はい。ナツと言います」
「……少々お待ち下さい」
受付のお姉さんはちょっと迷いつつもイライザさんに聞いてきます、とその場を離れた。そりゃ普通に考えたらいきなり組織の一番えらい人に会わせろって無謀な話だったかなあ。断られたらどうしようイオくん、と視線を向けてみたところ、イオくんは大丈夫だろって顔をしている。
「ナツ、お前の幸運を信じろ」
「僕じゃなくて僕の幸運さんへの厚い信頼……!」
そして隣で如月くんもうんうんうなづいているので、この二人の幸運さんへの信頼感、山より高いかもしれない。
イライザだあれー?
「テトは会ったことないよね。このギルドのギルドマスターさん、一番えらい人だよ。僕の杖買ったお店を紹介してくれたのもイライザさんなんだ」
テトと出会ったのはサンガだから、イチヤではみんな初めて会う人たちってことになる。イライザさん猫好きかな? 撫でてくれるといいんだけど……と思っていると、奥から御本人が顔を出したのでちょっと驚いてしまった。
「ナツ、久しぶりだ」
「イライザさん! おはようございます、お元気でしたか?」
「ああ、こちらは変わりないよ。奥の部屋へ来なさい」
わざわざ呼びに来てくれたようだ。ありがとうございます! と感謝しながらついていくと、さっきの受付のお姉さんが「ほんとに知り合いだったのか」みたいな微妙な顔をしていた。わかってもらえてよかった。
相変わらず背筋の伸びた姿勢で、お年の割に動作がキビキビしているイライザさんの執務室のような部屋に案内してもらう。ここはラタのお守りのことを話した時のお部屋だね。
「話と言うのはそちらの御仁のことだろう?」
回りくどいことを好まない軍人気質のイライザさんなので、全員を室内に入れてすぐにそう切り出してくれた。やっぱりイライザさんほど経験を積んだ方なら、ルーチェさんの違和感みたいなのをすぐに感じ取れるのかもしれない。
「西門から、カードを作ったときの判定がトラベラーにも住人にもならないエルフが入ったと聞いた。紹介してくれないか」
「もちろんです。ルーチェさん、こちらはここのトラベラーズギルドのギルドマスターのイライザさんです、イチヤにいたときにお世話になった方なんです。……えっとイライザさん、心して聞いて下さいね。こちらの方は……」
多分住人さんにとって、聖獣さんと会える機会ってあんまりないよね。
紹介したらイライザさんが倒れちゃったりしないだろうか、と少し不安になりつつも、ここでなんかいい感じの嘘をつけるような僕ではないので、正直に口にすることにした。
「古月火山にお住まいの、白竜のルーチェさんです!」




