27日目:夜のフィールドへ出てみよう!
不安定な飛行を続けること数時間。
上空から見るフィールドはなかなか変化に富んでいて、あれこれ見ているうちに時刻は夜へと移り変わって行った。ルーチェさんはいろいろと物知りで、地理的な解説をしてくれたりしたんだよね。
「ロクトのあたりは岩ばかりの鉱山じゃが、その外に出るとナルバン王国と南にある隣国にまたがる巨大な砂漠があってな、ネクト砂漠というのじゃ」
「砂漠! 僕見たことないです。やっぱり暑いんですか?」
「砂漠は昼暑く、夜は冷え込むのじゃ。温度差が激しく、暮らしていくには厳しいのう。砂漠の民と呼ばれる者たちがオアシスを渡り歩いて暮らしておる」
「砂漠の民……」
「うむ、地底人類に分類される砂人じゃな。器用で生命力に長けておる」
特にこの話はすごく興味深い話で、僕が話を聞き出している間に如月くんたちは掲示板で検索して「ねえそれ新情報なんですけどおおおお!」とか叫んでいたのだった。イオくんにジト目で見られるのにはもう慣れたけど、如月くんはリアクションがいいなあ。
「詳しいですね、砂漠に行ったことがあるんですか?」
「うむ。我は砂漠で生まれたのじゃ。あそこは日差しが強いのでな、光の魔力が集まりやすい」
「ルーチェさんの故郷でしたか!」
竜は死ぬと砂のような灰のような細かな粒子になって世界中に散らばって、それらが魔力溜まりに集まって卵になるんだっけ? ということは、砂漠の魔力溜まりに集まった竜のかけらからルーチェさんの卵ができたんだね。それで、生まれてすぐに番のプロクスさんが迎えに来てくれて、それからずっと一緒に火山に住んでいたんだったか。
「ルーチェさんは、他の竜の生まれ変わりなんでしょうか?」
「ふむ、よくわからぬのう。確かに別の竜であったようにも思うし、ずっと自分だったような気もするのじゃ。ただ、遠い昔に我は一度その生命を失い、体は腐り落ちて骨になって灰になったのじゃろう。今の我が番のようにの」
「あ、そういえば火山出てきてしまってよかったんですか? ずっと寄り添っていたのに」
「構わぬよ」
けらっと笑って、ルーチェさんは続けた。
「まだまだ灰になるには時間がかかろう。あれだけ大きくて立派な骨じゃ、そう簡単には朽ち果てはせぬ。それに、今度は我が待つ番じゃからのう、早く迎えに行けるように、少しでも見聞を広げておいたほうが良かろう」
「待つ番……」
「左様。我らは巡るものじゃ」
この比喩表現がよくわからないんだけど、生まれ変わるのか、他の竜が混ざって別の竜になるのか、どうなんだろう。なんてことを考え込んでいる間に、日が暮れて暗くなって、イチヤの城壁の近くへとたどり着いた。
「ルーチェ、降りよう」
とイオくんが告げて、近くの正道沿いにあるセーフエリアに降り立った。一応人がいないところを選んだので、誰とも遭遇せずに着地はできたけど……時間はすでに夜の9時を回っている。
「この時間だと門が開いてないから、イチヤに入れないねえ」
「なんと」
僕達は薄々気づいてたけど、やはりルーチェさんは門が閉じる時間など考えてなかったっぽい。あれ以上スピード出してたらテトがついていけないし、これは仕方ないのだ。……というかあれ以上スピード出されたら全員今頃グロッキーでぐったりだったと思う。
「朝までここで待てばよいのか?」
と首をかしげるルーチェさん。それでもいいんだけど、せっかくイチヤの直ぐ側まできたのなら、僕達は絶対にやっておきたいことが1つあるのだ。僕が期待を込めた目でイオくんの方を見ると、何か察したらしいイオくんは軽くうなづく。それからおもむろに腕を組んだ。
「今日はここを拠点として夜のフィールドを体験する。如月もやるか?」
「お供します!」
「やったー!」
さすがイオくん、わかってる!
ちょっと前に夜のフィールドを体験したいって話をしてたんだよねー。日が沈むと魔物の強さがかなり上がるって話だったからさ。昼間と違って、夜のフィールドはかなり視界が悪いし、結構戦闘の感覚も違うって話だ。死なない程度にちょっと体験しておきたい。
「むむ、戦いに行くのかの? 夜の魔物は手強いと聞くが」
ルーチェさんは少し心配そうな顔をした。
「手強いって聞いたんですけど、昼間と感覚が違うみたいなので、ちょっとだけ体験したくて」
「なるほど。そうじゃのう、無知でいるよりは知っていた方が良いかもしれぬ。我は戦わぬが、汝らは戦って地図を埋めねばならぬのじゃったな」
テトはー?
「テト、戦いになるからお留守番だよ」
むむむー!
「テトよ、我と一緒に留守番じゃ」
ルーチェあそんでくれるんならいいよー。
テトは若干不満そうにしたけれど、ひとりじゃないならいいか、と判断したらしい。ルーチェさんに「あのねー、ごほんよんでー。ねずみくんのぼうけんっていうのー」とおねだりしている。……あの本、気に入ってるんだねテトさん、ちゃんとルーチェさんに預けて行かなきゃ。
でもその前に。
「とりあえず全員腹ごしらえからだな。腹減った」
「大賛成! テトに乗ってただけなのにすごくお腹すいてる。あ、イオくん、テトは頑張って飛んでくれて偉いので、はちみつを進呈してください」
「許す」
ゆるされたー!
わーいっとぴょいんぴょいんするテトさんである。労働は報われるものであるべきなので、お仕事頑張ったテトさんには好物が対価として支払われるべきなのである。大喜びのテトを横目に、如月くんが「肉食いたいです」とリクエストをしたので、イオくんは大きくうなづいて肉料理を物色している。なんかいつの間に色々作ってるイオくんなので、美味しいものが出てくるはず。
「ルーチェさんは……あ、ぶどうがありますよ」
「うむ、いただこうかのう」
果物ならなんでもって感じのルーチェさんにはぶどうを渡し、目をきらっきら輝かせるテトにはたっぷりのはちみつを塗ったマフィンが差し出される。はちみつー! と歓喜の声を上げるテトさん、尻尾もぴーんと上機嫌の様子。
「そして俺達は……やっぱりここはステーキだろ」
とイオくんが3人分とりだしたるは、イチヤで作ったフルーツ魔牛のステーキ丼。いつぞや1回だけ食べたやつだ! 美味しいのはわかっているぞ!
「やったステーキ!」
と如月くんも表情を明るくしている。インベントリを確認すると、ステーキ丼はこれで売り切れのようだ。また作ってもらわないとなあ。お願いしますイオくん。
「今はインベントリを必死で空けようとしてんだよ。倉庫実装されたらな」
「くっ、世知辛い!」
確かに、最大の敵は個数制限なのだった。
*
和やかな夕飯タイムが終わって、食後にまったりと一休みしてから、僕とイオくんと如月くんで夜のフィールドに早速挑戦することにした。
ルーチェさんに本を渡して、テトといっしょにお留守番しててもらう。一応テントを張ってから出発すれば、うっかり死に戻りすることになってもテントの場所を復活場所に選べるらしいので、ちゃんとテントも設置するのを忘れない。これで安心だね。
「ナツは絶対に死ぬなよ?」
とイオくんに念を押されたので気をつけるけれども。気をつけます、はい。
「イオさんの特殊スキル考えたらナツさんは絶対に死ねないですよ。いざとなったらウォール系魔法を連発しながら逃げの一手ですかね?」
「僕の俊敏で逃げ切れると思えないのですが……!」
「そこは<隠伏>を駆使しろ」
「頑張ります!」
実際昼間のフィールドなら今のところかなり効果のある<隠伏>なんだけど、夜はどうかな? と思いつつフィールドに出て、<識別感知>で敵を確認っと。
「あ、ここは【ダークアイ】かな? めったに使わないけど夜なら【ライト】使ったら悪目立ちするし」
「そうですね。【ダークアイ】なら俺も使えるし、暗視状態で進みましょう」
というわけで僕がイオくんと自分に【ダークアイ】をかけて、っと。これは【ライト】と同じで、1回かけると1時間くらい持つから、見えづらくなってきたらかけ直しする。
「フィールドに知らない魔物が結構居るな。とりあえず近くの草原行くぞ」
「了解」
「了解です」
<敵感知>しているイオくんについていくことにして、向かうは西門方面の草原。昼間だったらバイトラビットという、戦いやすい上に毛皮を落とす敵がわんさかいるところなんだけれども。
夜の草原に居るのは、どうやらうさぎではなくてべつの動物のようで……いやなんかあのもふっとしたシルエットってまさか……。
「たぬきじゃん!」
「……ハウリングラクーン、というらしい。まあ……たぬきだな……」
「ぬいぐるみのようにもふもふしてますね……」
そう、草原を牛耳っていたのはたぬきであった。普通にかわいい。このかわいい生き物と戦うの? ってちょっと思ったけど、のそのそ歩いてて素早くなさそうだし、レベルは15で僕達のレベル帯にジャストって感じだった。ちょっと<鑑定>してみたところ……へー、土属性なのか。
「あー。こいつらリンクするから、ツノチキンと同じで戦ってるところ見られたら参戦されるぞ」
「えっ」
蘇るツノチキンの地獄。
「ちょっと離れたところに釣りましょう。イオさん<投擲>持ってませんか?」
「ある。そうだな、あの岩のあたりまで連れていけば1匹だけ相手できると思う。俺が連れて行くから、ナツと如月あのへんで待機してくれ」
「了解です。行きましょうナツさん」
「OK、イオくん慎重にね……!」
うっかり複数を釣ってしまうと、その分だけ乱入の確率が上がってしまうのがリンクする敵の厄介なところである。それにしてもたぬき。たぬきかあ……。
「たぬきってラクーンっていうんだなあ……」
「そこですか。あ、いえたしか、ラクーンドッグじゃなかったでしたっけ? 犬には見えませんけど」
「……如月くん物知りだね!」
知識量で敗北……! いや、えー? 犬扱いなのたぬきって。英語わかんないなー。
どんなに可愛くても魔物は魔物なので、さくっとイオくんが一匹釣ってきたハウリングラクーンと敵対する。土属性には風魔法が有利だから……っと、その前に。
「【トラップ】!」
まだレベル低い魔法を積極的に育てていかないと。SPのために!
たぬきは4つ足なのでトラップ判定が4回あるわけで、つまり結構【トラップ】で転びやすい。すてーんと見事に転げた敵に、イオくんと如月くんがすかさず剣アーツで攻撃していく。前衛2人居るとほんとに楽だな……。イオくん一人でも安定感半端ないのに、更に気が抜けてしまう。
「【ヘイスト】、【ホーリーギフト】、【サンダーアロー】」
立て続けに支援と攻撃を繰り出してみるけど、この敵には魔法ダメージはあんまり入らないっぽい。毛皮が厚いからなんだろうか。まあ、それなら弱点属性以外の魔法はそれほどヘイト取らないかも。なんてのほほんとした時だった。
「【突撃】!」
イオくんの攻撃アーツが決まった瞬間、敵が思いっきり奇声を上げ始めたのだ。ガラスをひっかくときの不協和音みたいな耳障りな音に、思わず肩を竦める。と、次の瞬間。
草原のあちこちから、似たような声が上がった。
「うわ、やばいかもしれん。如月、畳みかけろ! ナツは風魔法の強いやつ!」
「仕留める?」
「早くしないと援軍が来る!」
「ツノチキン再び!!」
「なるほど、ハウリングってこれ……音で共鳴するタイプ……!」
って、言ってる場合じゃない! レベル帯が同じくらいなのに、複数の敵に囲まれたら流石にしんどいなんてものじゃないよ!
「【ウィンドアロー】! 【ウィンドランス】! 【ウィンドショット】!」
「俺も! 【双刃】! 【ダブルウィング】!」
「【アドウィンド】、【斬撃】! 【打撃】!」
とにかく使える強い技を畳み掛けて1匹を削り切ろうとするんだけど、このたぬきめちゃくちゃタフでなかなかHPが減らない。弱点属性の魔法ですらそこまで効いてない。これまずいやつだ、と悟ったその時、ガサッと音がして近くの茂みから新たなたぬきがひょこっと顔を出した。
延長戦確定……!