27日目:定番・変化の術!
「え、どうやって?」
思わず呟いた僕である。僕の返答が予想外だったのか、ルーチェさんはきょとんと目を瞬かせて、またしても首をかしげて見せる。この仕草はクセなんだろうか、かわいい。
『我はなにか不思議なことを言ったかのう?』
すごく不思議そうに言われたから、なんか僕が間違ってるんじゃないかって思えてくる。でも僕多分間違ってないよね、眼の前の巨大な竜さんを連れてイチヤに行くのはちょっと難しいよね?
「ルーチェさんちょっと大きすぎますよ、イチヤに舞い降りたら家とか踏んじゃう」
『なんと、それは盲点じゃった』
驚いたように言うルーチェさん、なかなかに天然だなあ……と思っていると、イオくんが隣で「いやいや」と手を横に振った。
「そういう問題じゃねえんだわ」
「え? でも流石に大きすぎない?」
「それより前に聖獣がいきなり住人の前に姿を現したらパニックが起こる」
「ああ」
「それにルーチェはここからイチヤにどうやって行くつもりなんだ? 飛んでいくのか? さぞかし騒ぎになるだろうな」
イオくんの問いかけに、ルーチェさんは「うむ?」とまた首をかしげる。そして何かしら考え込んでいる様子である。この大きな竜が歩いていくことはほぼ無いだろうし、空から行くしかないと思うけど……確かに大騒ぎになっちゃうかー。
「ナツはテトに乗ればいいとして、俺と如月は空も飛べねえぞ」
「ハッ! イオくんにもできないことがあった!」
「当たり前なんだよなあ」
足場を作りまくったらイオくんなら余裕で空中を走りそうだけど、流石にそんな面倒なことはしたくない。如月くん一人をここに置いていくわけにも行かないし、これはまいったね。
『うむむ。確かに、小さき子らはなぜかやたらと我らを敬ってくれておるしのう。あまり騒ぎになっては申し訳ない。それに、我は人前に出たことがないのじゃ。生まれてすぐに番が迎えに来てくれた故、外の知識がほとんどないからのぅ』
やがてしっかり考えたらしいルーチェさんは、そんなことを言ってふうっと息を吐いた。やっぱり箱入りの竜さんだったのか。
『小さくなるだけなら……うーむ。しかし魔力が見れる者には威圧感を与えてしまうかもしれぬ。そうなると完全に擬態せねばなるまい。……たしか番から聞いておった術があったはずじゃ、しばし待っておれ』
ルーチェさんは何やらぶつぶつとつぶやき、僕達には理解できない感じの呪文を唱え始めた。創作言語かなこれは。外国の言葉ともちょっと違う。やたら響く感じなのでうまく聞き取れないけど、聞き取れたとしてもよくわからない言語だ。なにかの言語の逆再生っぽい。
結構長いその呪文を唱え終わったルーチェさんは、ばあっと光の膜のようなものに覆われて、そのシルエットがするすると小さくなっていく。
「おお……?」
同時に、今まで感じていたルーチェさんの存在感というか、竜の圧みたいなのも小さくなっていくのがわかった。もともとものすごい力を持っているのが竜という生き物で、気さくでフレンドリーだから気にせず接する事ができていたけど、かすかなプレッシャーは常に感じていたんだよね。なんて言えばいいのかわからないけど、この生き物は強いよ! と訴えてくる圧力が、聖獣さんや神獣さんには必ずあるのだ。
その圧力とシルエットがすーっと小さくなっていって、光の膜がぱっと消える頃、そこに立っていたのはスラリとした金髪の……性別不詳のエルフさんっぽい人だった。
「ふむ。初めて使ってみた術じゃが問題ないかのぅ。どうじゃナツ、エルフに見えるか?」
そして声は完全にルーチェさんである。擬態ってそういうことかあ!
くるっと僕の前で回ってみせたルーチェさんは、長い髪をゆるく一つにまとめている。衣服は僕の着ているケープと似たような感じの物で、何故か色も同じく白いのを着ていた。これは眼の前にいたから参考にされたのかも。
しろーい。すてきー!
なぜか大喜びのテトさんが、弾む足取りでルーチェさんの周りをぐるぐると回る。「しろいの、テトとナツとおそろいー!」と白比率の増えたことにご満悦だなあ。
金髪で金目なので、ヒューマンだったら王族か貴族と思われそうだけど、ちゃんと耳が尖っているので種族的にはエルフに見える。それなら色合い的にもおかしくない。背はイオくんと同じくらいで、顔立ちは何故か僕にちょっと似ている。
「もしかして僕に似せました?」
「うむ。番には擬態するならエルフにしておけと言われておったのじゃ。我はナツ以外のエルフに会ったことがないのでな、参考にしたぞ」
「ああ、色変えられないんですね」
「銀か金なら選べるのじゃが、銀はスペルシア殿の色じゃろう? 使わぬほうが良いと思ってのう」
「確かに!」
なんかナルバン王国では銀色をすごく尊い色だと思ってるらしいからね。太陽がほんのり銀色をしてるから、スペルシアさんを太陽に見立ててるんだっけ。……うーん、でも確か、僕銀髪のエルフさんって見たことあるような……。
「確かエルフなら金髪も銀髪も普通に街中にいたぞ。全体的に淡い色ならエルフっぽいんじゃなかったか?」
僕が首をひねっていると、横からイオくんが情報を追加してくれた。だよね、いたよね銀髪のエルフさん。僕の思い違いじゃなかった。
「ナツ、俺の剣買った店で会っただろ」
「……ああ! そういえば店主さんの奥さんが銀髪のエルフさんだったかも」
相変わらずイオくんは記憶力良いなあ。2回くらいしか会った事ないし、ほとんど忘れてたよ僕。このゲーム名前教えてくれる住人さん多いし、システム的にも住人一覧に情報が残るから、あとから思い出すのは別に苦じゃないんだけどね。それでもよく話す人以外はすぐに忘れちゃう。
「左様か。それならばあまり色は気にしなくても良さそうじゃのう」
のんびりとそう言って、ルーチェさんは僕の隣に立った。
「どうじゃイオ、如月。ナツの身内に見えんかの?」
「……そう言われると見える」
「ルーチェさんは表情豊かですし、雰囲気もナツさんに似てますよ」
イオくんと如月くんはうんうんと頷いて肯定した。この二人がそういうのならそうなんだろうなーって感じで僕も納得である。テトさんは僕とルーチェさんの間にぎゅむっと挟まって「しろー♪」とはしゃいでいて、そんな僕達を見るイオくんの表情はちょっと呆れ気味なのだ。
「お気楽ご気楽組が増えた……」
む、何かなイオくん。その疲れたような表情は……!
「テトも入れて3人とも似てますよ」
「如月くんもなんか慈愛の眼差しで見てくる……!」
いやまあ確かに僕達表情豊かなほうだけれども。しっかり担当は今イオくんと如月くんも居るので問題ないと思います。
「これで街の住人たちに迷惑をかけずに移動できるじゃろう。ささ、我をあの夫婦の子どものところに案内するのじゃ」
えっへん、と胸を張るルーチェさん。うーん、圧がなくなったから、ただひたすらにお茶目な感じに見える。すごく美人さんで、黙っていれば近づきがたいくらいなのになあ。僕にちょっと顔立ちを似せてるけど、そんなそっくりってほどでもなくて、美人度だったら300%くらいルーチェさんが上だ。
この顔でお茶目さんか……! ギャップ萌え勢にとてもモテそうである。あれ、でもこの場合女性にモテるのか男性にモテるのかよくわかんないぞ? 竜って性別ないしなあ。
まあ、今はその話は置いておいて。
「イチヤへの移動だと、少し時間がかかりますよ。えーと、地図でいうと……これ見れますか?」
ステータス画面から地図を呼び出して見せてみると、ルーチェさんは「見えるぞ」と頷いた。このステータス画面は普通ならパーティーメンバーか、連結や連合のメンバーの内許可した人だけが見えるものなんだけど、さすが聖獣さん。スペルシアさんの魔力が感じられるので、聖獣さんには問題なく見えるんだって。
「今いるのがここで、ここがイチヤです。ここから歩くなら、一度こっちに出て……こう、サンガを通って、更に馬車でイチヤって感じに……」
「流石にそれは遠いのう。先ほどイオが言っておったが、イチヤの近くまで飛んで行けばよいのではないか? 体が小さくなったから、竜のときほど目立つまい」
「ルーチェさん、その姿でも飛べるんですか?」
「うむ。汝らもこう、浮かせて……引っ張っていけばなんとかなるじゃろう」
ルーチェさんは何か短い呪文を唱えて、僕達をふわっと浮かせて見せた。さすが聖獣さん、いろいろできるみたいだ。すごいなーと感心していると、「だめー!」とテトからの抗議が入る。
ナツはテトがのせるのー! おそらとぶもんー!
「おお、テトはナツを乗せたいのじゃな。よかろう、ではテトは我についてくるのじゃぞ」
わかったー!
ふんすっと気合を入れるテトを、ルーチェさんは微笑ましい笑顔で見つめるのであった。
*
出発前に軽く昼食を取ったのだけれども、ルーチェさんは果物以外は食べないのだそうで、マギベリーを美味しそうに食べていた。これから空を飛ぶなら、あんまりお腹いっぱいにならないほうがいいでしょってことで、僕達はサンドイッチを食べて終わり。イチヤに行くならテールさんの焼き鳥を買いだめしなきゃだし、久々に陽だまりの猫亭にも行きたいからね!
空の旅が始まると、僕は実にいつも通りの快適さである。テトは地面でも飛んでても乗り心地が変わらないので、すいすいと空を飛んでいく。
その先導をしているのがルーチェさんなわけなのだけれど、あっちはちょっと苦戦中らしかった。
「めっちゃ揺れますルーチェさん!」
「バランスを取るのじゃ、そう難しくないぞ?」
「上下に浮き沈みするんだがなんでだ!?」
「まっすぐ前を見るのじゃ、あまりきょろきょろするでない」
と、ぎゃあぎゃあ騒がしい。……僕テトに乗せてもらってよかったー。ああいうバランス取るの、僕絶対に苦手じゃん。イオくんでさえフラフラしちゃうんなら、僕なんかぐわんぐわん振り回されてたよきっと。テト、いつも上手に乗せてくれてありがとねー。
どういたしましてー!
にゃー! と得意げに鳴いたテトさんは、一生懸命ルーチェさんのスピードについて行っている。やっぱり普段のテトの速さよりも速いらしい。
「っと、すまぬ。つい加速してしまうのじゃ」
テトの必死の形相に気付いたルーチェさんがスピードを落として、そんなことをすでに3回くらい繰り返している。イオくんたちに飛び方の指導をしていると、そっちにばっかり意識が向いちゃって、どんどん加速してしまうらしい。
「俺これリアルだったらめっちゃ酔ってたと思います」
と呟いた如月くんは、まだ左右にふらふら揺れている。
ルーチェさんが2人をシャボン玉みたいな魔力の球体にいれて浮かせて、そのまま魔力の紐をくっつけて引っ張ってるような形なんだけど、何しろ円形なので安定しないらしい。
「それどうせ円形の中に入ってるんなら、体育座りとか正座とかできないの?」
「平らじゃないからそれも難しいんだよな。どっちも球体だからうっかりぶつかると反発するし」
「結構ぶつかりますよね。中は無重力っぽい感じなので、なかなか難しいです」
「そうなんだ」
うーん、テト、イオくんのこと乗せられない? そっかーまだ無理かあ。前に2人乗せられるようになるって言ってなかったっけ? ……へえ、進化しないと駄目なんだ。テトの進化も楽しみだねー。じゃあいつか二人乗りができるようになったらイオくんも乗せてあげてねー。
いいよー! まかせろー!
「良い子! 楽しみにしてるね。……というわけでイオくん、頑張ってその球体を乗りこなして」
「こういう時俺も契約獣が欲しくなるな……。まあだんだんわかってきた気もする」
「俺も契約獣欲しいです……。ゴーラ行ったらまた探しますよ」
ふふふ、そうでしょうそうでしょう。家のテトは優秀だし乗り心地も良いし空も飛べて大地も駆ける超有能猫なので! もっと褒めて良いよ!
鼻高々な契約主なのであった。




