27日目:ルーチェさんの無茶振り
いつも誤字報告ありがとうございます。
ぱち、と黄金色の瞳が瞬く。
『……今にも死にそうだったのじゃろう?』
不思議そうなルーチェさんの言葉に、「そうですね」と僕は頷いた。実際、サームくん本人からそう聞いてるし。
「死にそうではありましたが持ち直したんですよ。今も生きてます」
『……小さき子らは弱いのじゃろう? 我らのくしゃみでも吹き飛んでしまうと聞いたぞ』
「え、ええと、それはルーチェさんたちが強すぎるのでは……?」
『むむ?』
ルーチェさんはこてりと首をかしげた。なんかこう、でっかい竜さんなのに仕草がいちいちかわいい。オープニングムービーで見たスペルシアさんもめちゃかわいかったんだよなあ。
『しかし、あれから5年か6年か……小さき子らはあっという間に川へ行くと聞いていたが』
「ヒューマンの寿命は80年ですよ」
思わずという感じで如月くんがツッコミを入れると、なんと! って感じにルーチェさんは目を見開く。なんて表情豊かな竜なのだろう。ラメラさんの表情と比較するとだいぶわかりやすいし、ルーチェさんはきっと素直な竜なんだろうなあ。
『それなら、あの夫婦もまだ生きておるのか? あの子らは病身の我が番にリンゴをくれたのじゃ、優しい子らでな』
「それは……」
お、おう……。どうしようすごく心苦しい。目をキラキラさせているルーチェさんには申し訳ないけど、隠しておけることでもないか。
「残念ですが、彼らは……」
『川へ行ってしまったのか? そうか、やはり、小さき子らは儚いのじゃな』
「実は、今から3年ほど前に、もう一度ここへ来ようとしたらしいんです」
『ここへ?』
どういうことかと問う眼差しを向けられたので、話さねばならぬ。こういう時ショック受けないようにうまくごまかすスキルがあればなーと思うこともあるけど、僕嘘苦手なんだよなあ……。吐けないことはないけどすぐバレるというか、明らかにお前嘘ついてるだろってわかりやすいというか。
なので僕は嘘は極力吐きません!
「僕たちも聞いた話なんですが……」
と前置きしてから、サームくんから聞いていた話をルーチェさんに伝える。今から3年程前、サームくんの病気は再び悪化し、生死の境をさまよう事となった。それで、成功体験があったサームくんのご両親はもう一度聖獣さんの血をもらえないだろうかと、再びこの火山を目指す。
前回はルーチェさんに助けられて無事だったけれど、おそらく、3年前はそう上手く行かなかったのだろう。それ以来行方不明となっている。
「……という、わけなんです」
僕が説明している間、ずっとルーチェさんは神妙な顔で話を聞いてくれた。話し終わると「そうか」と残念そうにつぶやき、ほうっと息を吐く。
『なんということじゃ。命を大切にすれば良いものを』
「ちょっと無謀ですよね……でもそれほどのことをしてでもどうしても息子さんを助けたかったんだと思うと、理解できないこともなくて」
『うぅむ。我とて番を助けられるのであれば、危険な場所へでも行ってしまったかもしれぬからのぅ……』
あぶないことはだめなのー。
「そうだね、テトは危ないことしちゃ駄目だよ」
テトいいこだからしないもーん。
「うむ、良い子!」
テトをわしゃわしゃ撫でつつ、僕はもう一度ルーチェさんに向き直る。イオくんは完全傍観モードだし、如月くんも自分が受けたクエストじゃないからって感じで一歩引いてるので、僕が頑張ってお話せねばならぬのである。あ、一応イオくんが如月くんにサームくんのクエストについて説明してるのかな? さすがイオくん、そういうところ気が利くね!
「そんな理由で、僕達はここまで、サームくんのご両親の形見の品などがないかと探しに来たんですが、その様子だとルーチェさんには心当たりがありませんか?」
『そうじゃのう……』
2回目の来訪については、ルーチェさんはその事自体を知らない様子。ということは、正道を外れたあとはこっちの方向に来れなかったのかもしれない。里の方に向かっちゃったとか? それか、突っ切って更に南の方へ抜けちゃったのかもしれないね。
道迷いの呪いは、自分がどこを歩いているのか、どの方向へ向かっているのかすらわからなくなるようなものだという。そんな状態で、いくら火山という目印があったとはいえ、たどり着くのは無理だ……多分。絶対とは言い切れないけど……。
『アント系の群れが近くに巣を作っておったはずじゃ。アントは地面に巣穴を掘るが、拾ったものをその巣穴に溜め込む習性がある。もしこの付近で正道を外れたのなら、我が気づく前にアントの巣穴に引きずり込まれた可能性はあるのぅ……』
「あー……」
アントかあ……。あいつら集団行動するし、巣穴を中心に数も多いもんなあ。道迷い中の住人さんたちだと、取り囲まれたら辛いかも。あの巨大アリに囲まれてわさっとされるのは、僕でもちょっとゾッとするなあ……と考えていると、イオくんが静かに口を挟んだ。
「俺達はここに来るまでに、コレクターバードという鳥の巣穴に潜ってきたが、あいつが遺品を拾い集めているということはないか?」
あ、なるほど。物を集めるというのなら、コレクターバードもやりそうだ。でもあの巣穴の中からサームくんのご両親の遺品を見つけ出すのって、相当時間がないと無理では? エクラさんの協力を得ても結構時間ギリギリだったしなあ……と思っていたところ、ルーチェさんはあっさりと首を振る。
『コレクターバードはこの世界の住人を襲わぬよ』
「そうなのか?」
『魔物はもともとこの世界にいた動物が基礎となって、魔王の呪いにより魔物に変換されたものが大半じゃ。その中でもコレクターバードは住人に親しまれる存在でな、力も強く、もう少しで神獣にも手が届くかもしれぬと言われておったのじゃ』
ルーチェさんが言うには、魔王マヴレの力は「呪い」に特化したものなのだそうで。動物たちを魔物に変えたのも、この「呪い」の力であるとのこと。魔族がばらまいていたのも呪いだし、道迷いの呪いも命をかけて魔王がかけたものだから、これは納得できる。
『それでも動物の持つもともとの性質は変えられぬ。コレクターバードは汝ら異世界人には襲いかかるであろうが、この世界の住人たちを襲ったりはせぬよ。魔物となって思考がいくらか単純になったり、忘れたことも多くあろうが、それでも共存して親しんでいた存在のことを忘れるには力が強かったのでなあ』
なるほど、トラベラーは襲うけど、住人さんは襲わないのか。そんな存在もあるってことは覚えておこう。
『あの夫婦はなかなか強かったしのう。ああいや、しかしすでに儚くなってしまっていたら、遺品を集めることはあるやもしれぬ。ふぅむ、難しい問題じゃ』
むむむっと眉間にシワを寄せるルーチェさんである。……だよね。
うーん、僕達はクエストを受けてるから、どこかでサームくんのご両親の形見の品を見つけたら、多分システムで判別可能だとは思うんだけど。そんなメタだよりでクエストが進むとも思えないし、何かしら根拠になるものがあると思うんだけどな。
むむーっとルーチェさんと一緒に僕も悩んでいると、隣でテトも一生懸命むむーっと真似っ子していた。テト何を考えてるのー?
あのねー、のろいってなあにー?
「呪いは……えーとなんかこう、穢れの進化系で、不思議なパワーで悪いことが起こるやつ……?」
正直よくわからんのですが。なんかこう、抽象的なイメージでしか捉えたことなかったし。
くろいもやもやー?
「そうそう。その黒いもやもやがね、人に対して悪さするのが呪い……なのかなあ?」
むむー?
またしてもなにか考え込むテトさんである。ルーチェさんはそんなテトに笑ってるけど、ふと真面目な顔をした。
『もともとこの世界に呪いという概念はないのでな、難しい話じゃろうて』
「呪いって無いんですか?」
『うむ。魔王が外から持ち込んだものじゃ。だからこそ対抗手段も何もなく、苦心したのじゃ』
「でも、聖水で呪いって解けますよね。聖水って、この世界にもとからあったものじゃないんですか?」
『あれは清めのためにあったものじゃ。穢れた場を清めるために使われたのが聖水じゃが、穢れが人体に影響するという発想はこの世界には無いものじゃった。聖水で呪いが解けるのは、後付に過ぎぬ。人々が呪いを穢れの亜種として定義した故に可能になったことじゃ』
へー、勉強になるなあ……!
つまり、呪いと穢れはもともと全然別のものだったけど、呪いがこの世界に持ち込まれたときに多くの住人さんたちが穢れと同じようなもの、と認識したので聖水で対処できるようになった、と。これもイメージの力ってことか。
テトはルーチェさんの話を聞いてもよくわかんなかったようで、ぽかんとしている。後でイオくんに聞くといいよ、イオくんは説明上手だからきっとわかりやすく教えてくれるよ、と言っておきました。丸投げではない、適材適所ということだ……!
「えっと、魔物の行動が動物時代の習性とかに基づいているというのはわかりました。そういう、物を溜め込む質の動物って結構いそうですね」
『少なくはないが、このあたりに生息しているとなるとやはりアントが代表格じゃ。持ち主となる小さき子らを探すのであれば魔力をたどればすぐじゃろうが、その持ち物となるとのう。3年前じゃったか、残っているかどうか怪しいものよの』
「あ、もしかして<魔力視>で?」
『うむ。どれ、ちと辿ってみようかのう』
ルーチェさんはぐっと目を一度閉じて、開く。金色の眼差しに僅かな光が宿っているような気がするけど、今<魔力視>中かな? <鑑定>してる時もちょっとだけ雰囲気変わるからわかるんだけど、<魔力視>も使ってるのわかりやすいな。
「聞き流してたけど、魔力って残るものなのか?」
「唐突に話に入ってきたねイオくん。正直僕にはわからないと思うよ」
どうせならルーチェさんとの会話に混ざってほしかったよイオくん。僕より絶対に上手いこと話聞き出せたと思うんだけどなー、イオくんなら。と愚痴ってみたけど、イオくんは真顔で「聖獣担当はナツだろ」とか言うのである。担当になった覚えないんだけどなー!
そんなやり取りをしていると、ルーチェさんはもう一度目を閉じて、今度は<魔力視>を切ったらしい。ふうっと息を吐いて、「だめじゃな」と一言。
『我があの夫婦の魔力を視たのは一度だけじゃからのう。最近ならまだしも、朧げにしか覚えておらなんだ。これでは追えぬ』
「5・6年前ですもんねえ……」
流石にこれは仕方がない。僕だってそのくらい前のことを思い出せって言われても絶対無理。うーん、それにしてもさすが聖獣さん、魔力の色さえ分かれば追いかけられるのか。
「魔力の色って、一人一人違うんですか?」
『異なるものじゃ。汝ら異世界人は少々分かりづらく似通っているが、この世界の住人なら判別しやすいのう』
「すごい、さすが聖獣さん! 僕だったらわからないと思います」
『生まれが異なるのでなあ、こればかりは仕方あるまい。ふむ、そうすると……そうじゃ。あの夫婦の子どもが生きているとの話じゃったな』
考え込んでいたルーチェさんがぱっと表情を明るくして僕にそう問いかけたので、僕は「はい」と力強く頷いて置く。なにか良案があったのかなと思ってワクワクしている僕に、ルーチェさんは笑顔でなんか無茶なことを言い放った。
『その子どもから両親の色を手繰ろう。ナツよ、その子の元へ案内せよ』




