26日目:フライドポテトはホクホクでサクサク
「海原の王って誰だ」
「知らない!」
しらなーい。
「明らかに大物っぽいんですが」
と口々に言う僕達に、「あらあら」と朗らかに笑ったのはエクラさんである。
『大物と縁ができたのねえ』
「……エクラさんご存知ですか? 海原の王って……」
『神獣のお仲間よ。うふふ、きっと会ったら驚くわ』
ひらひらと羽を動かしたエクラさんは、しかしそれ以上言うつもりはなさそうだった。……まあ、多分海原ってからにはゴーラにいるのかな? それなら、いずれ近いうちに会えそうだから、まあいいか。神獣さんって、エクラさんにしかまだ会ったことないし、楽しみだね! 神蛇さんは貢物はできたけど、会えなかったしなあ。
わからないものはわからないので、一旦インベントリにしまい込む。そのタイミングで、エクラさんはそろそろ戻ると僕達に告げた。ちょっとアドバイスもらうつもりで呼んだだけだから、あんまり魔力も流してなかったし、タイムアップだ。
「また呼んでもいいですか?」
『ええ、もちろん。初めて行く場所だと嬉しいわね』
とにこやかに言ってくれるエクラさん、とても優しい。僕は良いって言われたら遠慮なんかしないので、また呼ばせてもらおうと思います。
さて、思いもよらぬところで時間を取ってしまったけど、ちょうどセーフエリアにいるわけだから、ここはお昼ごはんのタイミングでしょう。
「イオくん、ホットポテト食べてみようよ!」
「あ、俺も食べてみたいです!」
テトあまいのがいいのー。
僕と如月くんとテトのご飯を求める視線が一斉にイオくんに向かう。できる料理人であるイオくんは、そっとインベントリからホットポテトを取り出した。土にまみれているけれど、ポテトの皮もなんか赤いね。
「辛い芋って聞いて何思い浮かべた? ナツ」
「ピザに乗せたい!」
「如月は?」
「ここはフライドポテトでしょう」
「よし、如月案を採用。ナツ、ピザはギルドの作業場ができるまで待て」
「くっ、確かにピリ辛フライドポテトは正義……っ! ギルドどこまで設備整ったのかな? ポテトピザにはコーンを乗せてほしいですイオくん」
「了解」
僕はお子様舌といわれるだけあって、子どもが好きそうな料理は全部好きなので、フライドポテトも大好物ですとも! それにセーフエリアで料理するなら手間の少ない料理の方が良いよね、味付けも塩だけで決まるし。
テトのあまいのはー?
とテトさんがイオくんに甘えている。イオくんはインベントリから残り1つだけになっていたマドレーヌを取り出して、猫のお皿に取り分けてくれた。やったー! と大喜びのテトさんは、ちょこんとお皿の前に座ってわくわくと僕達へ視線を移す。ま、待たれてる……! テトが僕達を待っててくれてる……!
「イオくんできれば急いでいただきたく……!」
「おう、そんな時間かからんからちょっと待て」
テトは楽しげに待っているけど、あんまり待たせると僕と如月くんの良心が……! とハラハラしている僕の前で、イオくんはぱぱっとホットポテトを洗って切った。内側も赤い! 真っ赤って感じじゃなくてほんのり赤い。じゃがいもの品種で赤っぽい色なんですよーで通じるくらいのほんのり感。
そのまま素揚げにするのかなと思ったらイオくんは【下茹で】というアーツを使った。これ!! 初見です!!
「料理アーツ増えた?」
「おう、10でようやく【下茹で】っていう便利アーツが来たぞ。それまではあんまり使わないアーツばっかりだったんだが、ようやく使えるのが来た」
イオくんの<料理>スキルのアーツは、レベル10までで4つ。<調理>のときに覚えた【オートアシスト】【フリーレシピ】【オート再現】は、イオくんは基本【フリーレシピ】しか使ってない。【オート再現】は過去に作った料理を自動でもう一回同じ物を作るというアーツだけど、材料を同じものにしないと使えないから面倒らしい。
それで、その発展スキル<料理>で覚えたアーツが、【アレンジ】【リトライ】【時間短縮】【下茹で】。【アレンジ】は、過去に作った料理の材料を一部変更して自動で作る事ができるアーツ。ただ、半分以上はもともとの材料を揃える必要があるらしいので、イオくんはこれも使ってない。
【リトライ】は、今失敗した! ってなったときにその工程をやり直すアーツ。直後に宣言しないと使えないので、イオくんは2・3回しか使ってないとのこと。
【時間短縮】は、煮込み、炒め、炊飯や蒸しなどの調理工程にかかる時間を短縮するアーツ。これはパッシブなので自動発動。ただ、具材を用意する過程には使えないから、包丁さばきが超素早くなったりはしないらしい。シチューとかもこれで時短して作ってたというので、便利アーツだね。
そして今使った【下茹で】は、じゃがいもや人参などの野菜に熱を通して食べられる状態にするアーツ。今回みたいにさっと揚げようと思ったら必須の作業だ。
解説聞いた限りだと、多分、リアルで料理あんまりしない人とかにはすごく便利なアーツばっかりだと思うんだけどねー。
すでに料理人に片足突っ込んでいるイオくんにとっては、なんか半端で使い勝手が悪いって感想になってしまうようだ。自分でやったほうがよくできる、って感じ? 僕だったら、同じ料理を1から作り直すより、同じ材料揃えて【オート再現】するほうが早そう。【リトライ】とか多分めちゃくちゃ使うと思う。その前に僕は【フリーレシピ】じゃ駄目そうだけど。
レシピ無い状態で料理作るのって、難しいじゃん……?
料理しようって思ったら、まず料理名と「簡単」ってキーワード入れてレシピを検索するところからだよ、僕なら。
まあとにかくイオくんは【下茹で】を手に入れたのだ。ますますイオくんの料理が時短になること間違いなしである。素晴らしいね。
「リアルだとレンジがあるから手間じゃないけど、こっちの世界は基本茹でるからなー。これはマジで重宝する」
「ポテトサラダが捗る予感……!」
「……まあ確実に捗るが。後でな」
くっ、ポテサラ食べたくなってきた……! リアルで明日買いに行こうかな。自分で作るのは無理です、僕は料理人ではないのだ……。
僕がポテサラに思いを馳せている間に、イオくんは手早くポテトに片栗粉をまぶして揚げていく。あんまり油をたっぷり使わずに揚げ焼き? というのをするらしい。良い感じの揚げ色になったものから金属製の針金みたいなので作られた台の上に置かれて油を切っていく様子……これいつの間に買ったんだろうか、イオくん知らない間にささっと買い物してて驚くよ。
ぱちぱちじゅわじゅわー。
「テト、揚げ物は危ないから近づいたらだめだよー」
おもしろいおとするのー。
テトはどうやら揚げ物の音が気に入っているみたいだ。さっきまでイオくんの手元を覗き込もうとしていたけど、揚げ物は油ハネとか当たると痛いので近づかないように注意しておく。テト、目が大きいからなあ……油があたったら危ないなんてものじゃないよ。そういう安全対策はゲーム的にちゃんとしてるのかもしれないけど、僕が心配でそわそわしてしまうのだ。
イオくんが揚げてくれた黄金色のポテトフライ(ほんのり赤)に、ハーブ入の塩がぱぱっと振りかけられる。それを木製のお皿に乗せて差し出したイオくんは、ついでにさっき屋台で購入していた焼きそばも人数分並べてくれた。気が利く男である。
「くっ、さすがイケメンは気遣いができないとなれない職業……」
「職業じゃねえんだが。もっとストレートに」
「僕が食べたいって言って買ってた焼きそばを何も言わずとも出してくるとは、さすがイオくん気配りさん! そういうところ素晴らしいと思います!」
「おう」
けらっと笑ったイオくんは、本来お前が覚えとけよ、と呟いたけど、聞こえなかったことにします! 僕の記憶力なんて当てにしたら駄目なのだ!
イオくんは更になにか出そうかと迷ったようだったけど、たまにはジャンクな感じのお昼も良いと思う。
「テト待ってるから早く食べよう」
「待て、せめてスープだけ追加しろ」
イオくんは育ちが良いので、一定水準のバラエティがないと食事に満足できないのである。今どんなスープがあるんだろうかと聞いてみると、野菜の味噌汁、キノコのピリ辛スープ、卵と白菜の中華風スープ、ほうれん草ときのこのミルクスープ、というラインナップだった。多彩。
「如月くんどれにするー?」
「フライドポテトがピリ辛なら、スープは辛くないのがいいんじゃないですか? 中華風ってどうやって作ったんですか?」
「じゃあ中華風スープにするか。普通に鶏ガラ煮込んだらそれっぽくなったぞ」
「鶏ガラ……」
如月くんがなにそれって顔してるけど、僕もなにそれって顔してると思う。そんなのどこで買ったのイオくん。しかもいつ煮込んだの……? 僕知りませんけど。テトさん知ってた?
しらないけど、イオはりょうりにんだからすごいのー。
「そうだね、イオくんのような凄腕料理人なら僕達に気づかれずに鶏ガラも煮込めるか……」
「ナツ、お前がサンガでお守り作ってる間に煮込んだだけだぞ」
「えー、鶏ガラってすごい臭いやつじゃなかったっけ? 気づかなかったけどなあ」
「そのへんはゲームだからか軽減されてたな」
へー、そうなんだ。じゃあ豚骨スープもこの世界でなら匂いが軽減されるのかな? 豚骨スープはあの匂い込みでものすごく豚骨感があって良いという意見もあるけど、僕は若干気になる方なんだよね。食べ始めると全然気にならなくなるから、最初だけだけど。
「ほら、中華スープ」
イオくんが差し出してくれたスープには、ちゃんと白ごまも浮いていた。ふんわり香る鶏ガラの匂いと、醤油かな? ごま油も追加されている。具材は白菜と卵のみのシンプルなやつ。
「しいたけも入れたかった」
とはイオくん談。店売りのきのこ、完全にランダムだから狙ったやつを買うのが難しいんだよね。いっそ原木で栽培とかできないものかなあ。
「よし、食っていいぞ」
「わーい! いただきます!」
「ごちそうになります!」
わーい!
というわけで、料理人からのGOが出たので、早速僕はホットポテトに……うん、ホクホクでサクサク! これぞフライドポテト!
「ハーブ塩の味もするけど、それよりも芋そのものの甘さと、相反する辛さがちょうどいい感じに合わさっててなかなか面白い味だね! ちょっと辛み強めだけど、この辺は品種改良とかでもっと良いバランスにできそうな気がする。何よりこのホクホク感、黄金のじゃがいもよりもふわっふわじゃん、ポテトサラダに向いてそう!」
「相変わらず食レポ上手いな」
ふ、数少ない特技ですので!
僕がドヤ顔している横で、如月くんもポテトを噛み締めてうんうんと頷く。
「黄金じゃがいもは煮込み料理に、こっちはマッシュポテトにって感じでしょうか。うわ、めちゃくちゃポテサラ食べたくなってきました」
「でしょー!」
でしょー?
「なんでナツが自慢げなんだよ。テト、真似しなくていいぞ?」
イオほめられたとおもったのー。
「テトはイオくんが褒められたと思ったのでドヤ顔したそうです」
「許す」
ゆるされたー!
相変わらずテトに甘いイオくん、わしわしとテトの頭を撫でるの図。にゃふふーっと嬉しそうにしているテトさんは、僕とイオくんが褒められたら一緒に渾身のドヤ顔をしてくれるのだ。もはや一心同体のようなものなので当然許されます。
「やっぱりビワと雷鳴に品種改良を依頼しよう。これをヴェダルに使ってもらいたい」
「めちゃくちゃこだわってくれそう」
「逆にこだわり過ぎてなかなか成果物を引き渡してくれなさそうですけど……」
如月くんのつぶやきに、僕とイオくんは顔を見合わせる。そんなことは……すごくありそう。多分そうなりそう、雷鳴さんだし。
「時限付きのクエストに必要だと言い含めて置こう」
「重々お願いしておきます!」
ヴェダルさんのために、妥協を許さない姿勢も大事だけど、ちゃんとクエストを完了させることはもっと大事なので……!
ヴェダルおいもつかうのー?
「そうだよ、料理大会に出るんだって」
おうえんするのー! ヴェダルはいだいなりょうりにんだから、おいもでもモンブランつくってくれるのー。
テトさん、目を輝かせてるところ悪いけど、モンブラン大会じゃないからね……!