25日目:黄金色のシチュー
いつも誤字報告ありがとうございます、助かってます。
しーちゅー♪ しろーい♪ しちゅー♪
テトさんが楽しそうに歌ってイオくんの応援をするお昼時。ところでイオくんの家ではホワイトシチューではなくてクリームシチューと呼ぶそうです。そう言えばそんな言い方もするなあ。
家では、お母さんがずっとホワイトシチューって呼んでたから、僕もホワイトシチューって呼んでるんだけど、たしかにクリームシチューとも言うよね。どっちが正しいのかなーと思ってたら、イオくんが言うには、どっちもだいたい意味は同じだそう。いや、正しくは違うものなんだけど、日本人にとっては大体同じ物を指すという感じ? らしい。
……よくわかんないから同じってことにしとこう!
「ナツ、雷鳴止めなくていいのか?」
「現実に戻さないでほしかった。うーん、雷鳴さんとビワさん、熱く語り合ってるから割って入れないんだよ……」
雷鳴さんとビワさんを引き合わせたところまでは良かったんだ。
絶対話合うだろうなと思ったし、実際、出会って10分くらいですっかり打ち解けたしね。そこでダンジョン産野菜を見せて、それを検分したビワさんが「これは株分けできそうにない」と残念そうにしたところから、ではどうすればダンジョン産野菜を株分けして育てられるのか、みたいな話になり……。
「……となると、やはり栄養素でどうにかするのは無理がある。ここは一つ、ダンジョン内で株分けのできる野菜を望むしかないのではないだろうか」
「しかし、それでは根本的な解決にはならない。トラベラーに頼り切りになってしまう。やはり継続的に安定した供給を実現するためには……」
「……そうすると根菜に絞って……」
「いや、ミニトマトなどのほうが……」
「可能性を探るのならば小麦などの……」
と、まあこのように話が弾みまくっているのである。これに割って入るような語彙力も知識も僕にはないよ。
「おとうさん、たのしそうだねえ」
のほほんと微笑むツバキちゃんは、縁側に座っている。ビワさんと雷鳴さんの会話に入れない僕達は、そそくさとツバキちゃんのところに逃げてきたんだけど、いつになったらこれ終わるんだろうか。もうすぐお昼になるから、できればシチューを作りに炊事場に行きたいんだけど……放置してって大丈夫かな?
しーちゅー♪
テトがさっきから歌いながらイオくんの周辺をウロウロしているし。催促されてるよイオくん……! そして困惑の表情の如月くんは「雷鳴さんってああいう感じなのか……」と何か納得していた。あ、そういえば。
「ツバキちゃん、そういえば如月くんを紹介してなかった! こちら、僕達の友達の如月くんだよ」
「あ、如月です。はじめまして」
すっかり紹介した気になってたけど、ツバキちゃんと如月くんは初対面だったね。慌てて紹介したところ、ツバキちゃんはにっこり笑って、
「ツバキです、ろくさいです」
と元気に自己紹介してくれた。ビワさんと話すために来たから、そっちにばっかり意識が行ってた、失敗失敗。
「ツバキちゃん、着物新しくなってるね! 作ってもらったんだ?」
「うん! にあう?」
「ツバキだから赤なのかな? 似合う似合う」
えへへ、と照れるツバキちゃんである。明るい赤に、白で漢字の井みたいな細かい柄の布地……柄の名前はわかんないけど、伝統的な柄だってことだけはわかる。やっぱり名前由来で色が決まったのかな? と思っていると、家の裏手からナズナさんが姿を現した。
「あら。どうしたの、手持ち無沙汰みたいねえ」
「おばあさま!」
ナズナー! しちゅーつくってほしいのー!
途端、ぱっと立ち上がってかけていく1人と1匹。テトさん、イオくんにねだっても通じなかったのでナズナさんに訴えに行ったらしい。でもナズナさんもテトの言葉わかんないんだ。
「あのね、おとうさんがおきゃくさんとおはなししてるの」
もうおひるなのー! イオはごはんつくらないといけないのー!
「すごくもりあがってるんだよ」
しちゅーつくってくれるってやくそくしたのにー。
「あらあら、落ち着きなさいな」
どうでもいいけどテト、シチューの発音がなんか舌っ足らずに聞こえるんだよなあ。テトには難しい発音なのだろうか。ナズナさんはツバキちゃんとテトを交互に撫でてから、僕達の方に視線をむけて、ビワさんの方にも視線を向けて、なにか納得したようだった。
「ごめんなさいねえ、あの子、好きなことについて話し始めると長いのよ」
と申し訳無さそうな表情でこちらにやってきたので、「いえいえ」と手を振りつつ……テトが涙目なので、そろそろ炊事場に行かねばなあ。
「ナズナさん、今日は炊事場へ行くんですか?」
「今日は夜行くわ。かまどを使いたいの?」
「はい、イオくんが!」
「俺だけれども」
「まあ、イオならうちにあるかまどを使ってもいいわよ。炊事場で見たけれど、手慣れているみたいだったし、扱いも丁寧だったから大丈夫でしょう」
「いいのか?」
イオくんが驚いたようにナズナさんに問いかけた。っていうか、ご自宅にかまどがあるの? って僕は思ったんだけど、どうやら丘の上の大きな家には、それぞれの家にかまどがちゃんとあるらしい。土間がない丘の下の長屋とか集合住宅とかには、狭いから無いとのこと。
「炊事場のかまどのほうが新しいのよ。この家にあるものは古いし、ちょっと炊事場のものより扱いづらいけど……イオなら使いこなせるはずだわ」
スキルレベルかな? イオくんの<料理>レベル、今確か9くらいあったはず。ナズナさんが言うには、この家のかまどは戦前どころか、ナズナさんが娘さんだった頃から使い続けているものなのだそう。
使っていいならぜひ! という話になり、ナズナさんにも如月くんを紹介して、土間へ案内してもらったんだけど……ぞろぞろ移動を始めたら、なぜかくっついてきた雷鳴さんとビワさんである。さっきまでなんか白熱の議論繰り広げてなかったっけ?
「あの金色の野菜を使って料理を作ると聞いて」
と少年のようにワクワクしているビワさん。
「シチューってキャベツ入るよね? 金色のキャベツ使う?」
と同じようにソワソワしている雷鳴さん。
あー、確かにホワイトシチューにはキャベツか白菜が入るかも……? ほうれん草やブロッコリーも入ることがあるけど、イオくんの家ではどうなのかな。家のシチューはその時余ってる葉物野菜をとりあえずぶち込む感じだったから、特に決まってなかったんだよね。
「キャベツはありだな。個人的には白菜派だが」
「ダンジョン産野菜でまとめたい」
「雷鳴が持ってきた野菜だし、雷鳴の希望を優先しよう」
「やった」
雷鳴さんは表情があんまり動かないし、口調も結構平坦なんだけど、慣れてきたからか感情が読み取れるようになってきた。今はとても喜んでいる感じだ。
やったー、しちゅー!
と大はしゃぎでぴょんぴょんしたテトさんは、如月くんにまとわりついて「しちゅーとってもおいしいのー、とろけるのー!」と訴えている。
「テト何言ってるんですか?」
「シチューが美味しいことを語ってるね。あ、イオくんお肉どれつかう?」
「ツノチキン」
「いいね!」
前回はウサギシチューだったけど、今回は鶏肉か。やっぱりホワイトシチューには鶏肉だよね! 一応、シチュールーの裏側の作り方を見ると、肉なら何でもいいという感じらしいので、豚肉派閥もいるらしい。僕の家ではお母さんのこだわりがあったので、ずっと鶏肉だったよ。
「よし、じゃあシチューを作るが……雷鳴は手伝え。ビワは下がってろ。テトはナツと一緒にいなさい」
わかったー。ナツといっしょー。イオがんばってー!
「如月は……」
「あ、俺はテトを止めます。火を使ってるところでバタバタすると危ないので」
「……頼む」
イオくん、今一瞬テトに視線をむけて「やりかねんな」と思ったな、多分。テトは賢いので基本はそんなことしないと思うけど、テンション上がっちゃったらやるかもしれない。シチュー気に入ってたし。
料理は<調理>系スキルを持ってないと、品質が上がらない。ダンジョン産野菜は発展スキルがないと扱えないから、基本的にイオくんが作る。でも一応雷鳴さんも<調理>スキルがあるから、ツノチキンを切ることくらいはできるはず。
それに、ちょっとでも料理に関わればスキルの経験値にもなるかもだし、雷鳴さんも張り切ってインベントリから包丁を取り出した。
「お、いい包丁だな」
「やるからには本格的な道具を揃えるよ。サンガは料理関係の小物が豊富で楽しいところだった」
おお、雷鳴さんも包丁を吟味したのかあ。イオくんもあの包丁こだわって選んでたもんなあ。三徳包丁……う、うん、なんか聞いたことはあるけど、それって包丁の種類? 僕の家にあるやつはお母さんが適当に買ってくれたやつです、名称はよくわからない。
とりあえず僕はテトと一緒に応援しよう。イオくんがんばれー!
*
「おお……」
「金色ですね……」
しちゅー♪
待つこと1時間近く。じっくりことこと煮込まれた黄金の野菜入りのシチューを、今僕達は目の前にしていた。
「シュール……!」
と僕が思わず呟いてしまうのも理解して欲しい。野菜が金色だからね、全部。切った断面まで全部金色なんだよ。しかも、じゃがいもとか玉ねぎとかがとろけてうっすらシチューそのものも金色に染まりつつある。
ホワイト(うっすら金色)シチュー。
なんかすごそうではあるんだけど、食べ物っぽくない。食品サンプルに見えるよ僕には。でもちゃんと食べ物なんだよなあ、これ……。
「<鑑定>……。大丈夫です、ちゃんと食べ物だと書いてありますよ」
と如月くんが教えてくれたけど、またしても心読まれてることはひとまず置いておこう。
ナツー! てきおんってしてー。てきおーん!
目を輝かせたテトさんにねだられたので、僕はテトのシチューだけちょっとぬるめに調整。正直僕が一番使ってる魔法、【適温】か【クリーン】じゃなかろうか。もはや温度調整はお手の物になりつつある僕である。
「よし、とりあえずどんな効果があるかわからんし、食ってみるか」
「アサギに渡す分のシチューは僕がインベントリにしまっておくよ」
僕達は雷鳴さんから牛乳を十分な量、割と格安で買い取ったので、その代わり今回作ったシチューの残りは全部雷鳴さん行き。もともと雷鳴さんが持ってきた野菜だからそれは良いとして、結構大量に作ったからとビワさん、ツバキちゃん、ナズナさんにもシチューが振る舞われた。
まだ会えてないビワさんの奥さんは、実は昨日から入院しているらしい。予定日が間近だから、産婆さんがいる療養施設にいるんだって。シチュー食べてもらいたかったけど、さすがに退院まで置いておけないからってことで、今回は3人にだけ。
しかしそこは、ビワさんと友情を育んだ雷鳴さんが、あとで出産祝に持ってくると約束していた。ビワさんと雷鳴さんの硬い握手……どっちも無表情なのになんか熱いものを感じるな……!
そんなわけで全員でいただきます、と食事を始めたわけなんだけど……。
「うっっま! え、夢のようにうまい……!?」
と目を見開く如月くん。
「最高」
と一言で言いきってうんうん頷いている雷鳴さん。
しちゅー♪ きいろくてもおいしー!
と興奮して尻尾でイオくんをばしばし叩いているテト。ばしばし叩かれつつも野菜を噛み締めているイオくん。
なんかもうもはや言葉にならないって感じで、目をキラキラさせつつも無言で咀嚼しているそっくりなビワさんとツバキちゃん。
「おいしいわねえ、この前のシチューも美味しかったけど、これは更に美味しいわあ」
と上品に頬に手を添えたナズナさん。
そして最後に口の中が旨味の宝石箱になっている僕。
「美味しい、ただそれだけ……! 凄まじく美味しい。じゃがいものしっとりした感じと適度な甘み、玉ねぎのとろける甘み、じっくり煮込まれたニンジンの甘み、そしてシャキシャキを保っているキャベツの甘み……全てにおいて甘くて美味しい……!」
思わず気合の入った食レポをしてしまった僕に、料理人たちはうんうんと満足そうである。
「やっぱり最後に塩胡椒追加しといて正解だったね、イオ」
「甘すぎるんだよな野菜が。シチューが負ける」
「それが故に噛みしめるほど美味い」
「ダンジョン産野菜素晴らしいな……俺も欲しい」
「イオくんじゃがいもの味噌炒め作って!」
「おう、任せろ。ナツは頑張って宝箱から野菜を出せ」
「がんばる!」
雷鳴さんにも出せたのだ! 僕にだって美味しい料理食べたいって願えば出せるはずなんだ、野菜を! この味を知ってしまったからには何としてでも引き当てたいものである。
そんなふうに味を噛み締めていた僕の視界に、ピコンとシステムメッセージが表示されたのはその時だった。えーと、なになに?
『ダンジョン産野菜を4種類食べました。PPかSPを合計で4獲得できます』
「イオくんこれチートだ!?」
「落ち着け公式が用意してるものはチートじゃねえ!」