25日目:かっこいい火竜さんの話
そもそも、火山はこの世界に古くから存在している。
偉大なる神がこの世界に地形をもたらしたときから存在しているとまで言われ、歴史のある土地なのだ。火のあるところに火竜が住みつくのは当然のことであり、火竜プロクスは、統治神スペルシアの次に長く存続している聖獣なのだそうだ。当然、かなりのご高齢。そのため戦時中にはすでにお姿を見なくなり、今現在もどうしているかは不明なのだそう。
淡々とした口調なのにめちゃくちゃウキウキワクワクしている雰囲気で、そんなことを語ってくれたビワさんである。庭でツバキちゃんとテトが仲良く遊ぶ声をBGMに、なんとなく和やかな居間だ。
あ、いちごは先にナズナさんに渡したんだけど、すごく喜ばれたよ。ツバキちゃんのおやつになるらしい。
「ビワさんは、もともと火山を調べていたんですか?」
「左様。正しくは、火山地域の特殊植物について調べていた。例えば、お前たちが持ち込んでくれたレッドチリチェリーなども火山周辺にしかない植物だ」
「ああ、あのピリ辛の」
ビワさん曰く、火山周辺にしかない植物は、赤い色のものが多いのだそうだ。成分的には辛いものが多く、レッドチリチェリーの他にもホットポテトというちょっとだけ辛い小粒の芋とか、赤くて小さなあじさいみたいな花があるらしい。なんか長い名前で覚えられない……決して、食べ物だけ覚えているわけではないです、ハイ。
ホットポテトはあとで採取して欲しいのでイオくんお願いします!
「戦前はそれらの食べ物でここの名産にできないかと考えていた。他の鬼人の里では色々と名産があったが、ここにはこれと言って目立つものがなかったのでな。かといって他の里の特産物と被らずに売れそうなものというと、そういったものに頼るしかなかったのだ」
「あ、なるほど。他の里でも作っているものをここでも作ったら、競合になって難しいですよね」
ナズナさんが他の鬼人さんの里からお米を買ってたって言ってたけど、ここでも作らなかったのかなって少し思ってたんだよね。他に売ることを考えて作るのなら、名産のものはなるべく他と被らないほうがいいってことかあ。
ビワさんはゆっくりと頷いて、話を続ける。
「火山近くの地理を活かして、なんとかなればと。俺以外にも3人ほど学者として研究して、火山の麓に実験的に畑を作り、栽培の計画をたてていたんだがな。開戦ですべてが無に帰してしまった」
「それは残念ですね」
「芋類の栽培に転用できる知識もあったので全くの無駄ではなかったが、こればかりはな。……それで、聖獣様の話になる」
すっと背筋を伸ばしたビワさん、すごく真面目なキリッとした顔で、言って曰く。
「我々が最初にしたことが、先述の植物が火山に由来するものなのか、聖獣様に由来するものなのかを確認することだったのだ」
……うん? どういうこと?
反射的にイオくんに説明を求める視線を送ると、僕が理解してないことを察したイオくんが補足してくれる。
「つまり、あのレッドチリチェリーが生える原因が、火山の近くの土地だからなのか、火竜が近くにいるせいなのか、どちらが前提条件になっているかによって違ってくるだろ?」
「ああ、なるほど。火竜さんが近くにいるから、ってことだったら、火竜さんが移動しちゃったらもう生えないってことか」
さすが学者さん、色々考えてるんだなあ。っていうかそれをさらっと理解できるイオくん、さすが天才である。如月くん今のわかった? って視線を向けてみたけど、如月くんは真面目な顔でビワさんの話を聞いてふむふむと頷いていた。
わかってたっぽい。くっ、負けた!
「結果としては、それらの植物は火山由来のものだった。それを確認するために俺達は命がけで火竜様に会いに行ったわけだ」
命がけ? って思ったけど、たしかに聖獣さんってめちゃくちゃ強いもんね。うっかり不興を買ったらその場で瞬殺、とかもあり得たかもしれないわけで。
僕はラメラさんを知ってるから、聖獣さんって意外と気さくってわかるけど。普通の人たちは聖獣さんに気軽に会えるわけじゃないから、どんな感じなのかなんてわかんないもんなあ。そんな中で突撃していくのって、相当勇気のいることだったよね、きっと。
好きなことに一直線って感じですごく学者さんっぽい。雷鳴さんとビワさん、雰囲気似てる感じがするし。……後で紹介しよう。
「それで、火竜さんってどんな方でしたか?」
僕がわくわくしながら問いかけると、如月くんもそわそわした感じで、
「やっぱり、強くてかっこいい感じですか?」
と続ける。僕達のそんな反応に、ビワさんはちょっと嬉しそうに微笑んだ。そして、淡々と、しかし情熱的に語って、曰く。
「火竜様は凄まじく大きいお姿で、村長さんのお屋敷よりもずっと大きく……」
「「おおー!」」
「その口から吐き出される炎は山一つ消し飛ばすほどの威力が……」
「「すげー!」」
「大変渋みのある声で、さすが最古の火竜と思わせる堂々たる……」
「「わー!」」
と、まあこんなふうに、如月くんと二人で戦隊ヒーローを前にした子どものようにはしゃいで聞いてしまったよね。だって火竜だよ火竜! すごくかっこいい感じの火竜さんが、容易に想像できるわけだよ!
ビワさんの話もうまくて、もうわっくわく! こういうの、ラリーさんに本にまとめてもらえたらめっちゃ良いのでは? って思う。図鑑みたいな感じで絵多めにしてもらえたら僕は嬉しいなあ。
「超かっこいいですね!」
「超かっこいいね!」
と目を輝かせている僕と如月くんを、イオくんはなんか保護者のような表情で見ている。イオくんはこういうのあんまりはしゃがないから、仕方ないね。イオくんが子どものようにはしゃぐ時って稀にあるけど、普通にテンション上がってるときにいいことがあったとか、好きな格闘技の選手が試合に勝ったときくらいじゃないかな。やはりスマートヤンキーのバトルジャンキーなのである。
一通り話を聞いた僕達は、とりあえず火竜さん超かっこいい! ということだけ理解した。やっぱ火竜さんはかっけーのだ。強そうな竜ナンバーワンである……ちなみにイメージだけだと同率1位は黒竜さんである。黒と赤、マジ強そう。
水竜さんとか風竜さんとかは、なんか優しそうなイメージあるんだけど、僕だけかな? 昔やってたゲーム由来のイメージかもしれない。
「……と、まあ一通り説明してきたが、以上のように火竜様はお年を召しているため、基本的には穏やかな方だった。今も火山に住んでいらっしゃるのかわからないが、邪険にされることはないだろう。礼儀正しく接するならば、だが」
ビワさんはそんなふうに話を締めくくった。大変わかりやすいお話でした。
「質問です! 手土産などは何が喜ばれますか?」
「聖獣さまは基本的に魔力を取り込んでいるため、食事は不要だ。だが、嗜好品として果物などを好む傾向にあるらしい。それ以外だと喜ばれたのは、魔力を多く含んだものだな。魔力ごとに味が違うらしい」
「おお、わかりました」
なるほど。それなら僕達色々持ってるかも……聖獣さんってすごく大きいらしいから、小さい果物とかで足りるのかはわからないけど。エクラさんのところの蜜花も良いと思うんだけど、あれは果物より小さいからなあ。何か大きなお土産を見繕うべきだろうか。
僕がむむっと唸っていると、ビワさんは更に続けた。
「大きさは関係ないらしいから、手持ちにあるものを渡すといい」
「……イオくん、ビワさんにも心読まれました」
「だからお前はわかりやすいと何度言えば」
「ん? 違うのか? ナツの表情から、手土産の大きさに悩んでいるんかと思ったが。俺も最初に手土産を差し出した時はリンゴが3つしかなかったから、これでよいのかとはらはらしたものだ」
「その通りですぅ!」
なぜだ……! 僕の表情筋って仕事しすぎなのでは……? と頬をぐにぐにしつつ。リンゴ3つでも喜んでもらえたなら、手持ちの果物で大丈夫そうだね。一応、報酬チケットでもらった竜の好物だという果物もあるんだけど、これは5個しかないからできればラメラさんにあげたい。
「何か注意事項はあるか? 聖獣にとって失礼に当たる行動とか」
と、続けて質問したのはイオくん。
「いきなり殴りかかりでもしない限りは問題ないだろう。ただ、聖獣は嘘を嫌う。聖獣様と会話をする際には、なるべく正直に話をすることが重要だ」
「聖獣は嘘を見抜くのか?」
「感覚でわかるようだ。素直に接するのが良いだろう」
ふむ、とイオくんは僕を見た。ナツの仕事だな、と思ってる顔だこれ。まあ僕が初対面の竜さん相手にひねくれるわけがないので、そこは任せていただきましょう。
「あの、スペルシア神は銀色の竜でしたが、この世界の聖獣の色はやっぱり属性で違うんですか?」
そっと手を上げたのは如月くんだ。そう言えば基本的なことだけど、はっきり全部わかっているわけではないよね、属性。
サームくんからもらって、僕から如月くんの手に渡った本にも、白い竜や黒い竜の属性は不明って書いてあったし。そもそもあの本には4属性……火、水、風、土の竜についてしか書いてなかったっけ。
「良い質問だ。基本的には使う魔法の属性に準じた色になる。火竜ならば赤、水竜ならば青……だが、色の濃さでもまた違う。川や湖など、淡水に住まう竜は水竜と呼ばれ、水色に近い青だが、海に住まうものは海竜と呼ばれ、より濃い青になる。住居環境にも影響を受けるらしい」
「じゃあ、スペルシア神の銀色というのは?」
「あれは空間魔法を使う竜の色である説と、統治神としての色である説があり、どちらが正しいのかはまだ不明のままだ。何しろ銀色の竜はスペルシア神様以外、発見されていないのでな」
へー、ビワさん詳しいな。さすが学者さん。あ、でも銀色の竜がいるなら、金色の竜とかもいるのかな? と思って質問してみると、「いる」との返事だった。
「金竜は金属魔法を使う珍しい竜だから、近隣国には住んでいると聞く。ナルバン王国では、鉱物が少なくて生息するのは難しいようだ」
「金属魔法……って初めて聞きました」
「この国では一般的ではないので、俺にもうまく説明できない。魔法は鬼人族の不得意な分野でな、すまない」
「あ、いえいえ! 僕が後ほど調べます」
そうだった、鬼人さんは魔法が苦手。……金属魔法ちょっと気になるので後で調べておこう。どこに行けば調べられるかな、やっぱりヨンドの図書館だろうか。住人さんで魔法を使う人に聞けばわかるかも……リゲルさんがいるじゃん! 今度リゲルさんのところに行った時、覚えてたら聞いてみようっと。
「他に変わった竜さんっていますか?」
「ふむ。虹色に輝く聖獣様を見たという目撃談が上がったことがあったが、実際にいるのかまでは突き止められていないな。ただ、魔法士が使える魔法の数だけ、聖獣様の種類はあるのではないか、という仮説はあった」
「おお……つまり、氷竜さんや樹竜さんなども……!」
「いるだろうな」
なるほど、それなら雷竜さんがいたら黄色かな? 金色のイメージだったけど、金色は別の竜さんだって聞いたばっかりだし。黄色い竜ってちょっと面白そう。
「いつか樹竜様には会ってみたい。緑豊かな場所にしかいないらしいが」
「森の中とかですかね?」
「わからんが、樹竜様のいる周辺は植物の育ちが異常に早いらしい」
へー、やっぱり樹魔法ってそういう植物成長関連の魔法か。【グローアップ】でわかってはいたけど、覚える魔法によっては雷鳴さんが雷一筋では行けなくなるな……。
「ところでビワさん、もしかして農業専攻の学者さんだったりしますか……?」
「まあ農作物が主題ではあるが……それがどうかしたか」
「友人をご紹介したいんですが!」
「ほう?」
「その人、ダンジョンで金色の野菜をスペルシア神さんから受け取りましてね」
「その話詳しく」




