25日目:ツバキちゃん家のお父さん
混青赤の羽。
赤炎鳥と青炎鳥の羽を神聖な魔力で混ぜ合わせて作られたもの。その存在そのものが非常に貴重だが、ここまで美しい色合いを持ったものは長生きの精霊でさえめったにお目にかかれない。産毛のため、通常のものよりも更に希少価値が上がる。相克魔力水の効果により、芸術的なまでに均一な混ざり方となっている。
アクセサリ用素材。加工には<細工>レベル10以上が必要。
「……イオくん、品質表示が消えました」
「やべえやつじゃん」
「説明文がとんでもない」
「さすが幸運の申し子。しかも紫色とかお前のためにあるような羽だな」
ナツのいろー。すてきー。
はい、とても素敵な紫色ですが、精霊さんって何百年生きるって聞いてるよ。そんな存在でもめったにお目にかかれない……? 更に産毛で希少……? ちょっと意味わかんないですね。それにしてもなんで急に相克魔力水なんて出てきたんだろうと思ったら、飴じゃん! リィフィさんの飴じゃん! たしかに相克魔力水使って普通なら反発し合う魔力属性をくっつけたって聞いた気がする。
「まさか飴がこのための布石になったとは……!」
色が気に入るだろうなーとは思ってたけど、そんな副産物は期待してなかった。予想外です。と唖然としている僕に、イオくんは呆れたようなため息を吐いた。
「その相克魔力水はお前の提供なんだよなあ」
「あれはラメラさんの力でできた水なので」
「そのラメラを見つけたのもお前なんだよなあ」
「もっというならテトではなかろうか!」
よんだー?
「テトが空を飛べるお陰だよねー、テトえらーい!」
おそらとぶのー! もっとなでていいよー!
にゃっふー! と胸を張るテトさんをわしゃわしゃ撫でる僕である。今日のテトも良い手触りだね! イオくんがため息つきながら、「そのテトを引当てたのもお前なんだよなあ」とか言ってたけど気にしない!
ひとまず大事な産毛はインベントリにしまい込む。テトが「もつよー?」って言ってくれたけど、昨日確認した竹細工とか、かさばるインテリアをテトが収納してくれているのでインベントリにも余裕ができているのである。
テトの<空間収納>スキルは、使っていれば使うだけ経験値が少しずつ積み重なる仕組みのようで、すでにレベル7まで上がっていた。これもレベル10でMAXなんだろうか? トラベラーが同じスキルを取得できてたらわかるんだろうけど、どうやら<空間収納>スキルはまだ未発見らしいよ。
つまり家のテトがすごいってことなのだ。
と若干のドヤ顔をしていたところ、「おはよー!」と声がかけられた。
「あ、アサギくんだ。おはよう!」
「おはよう。雷鳴は?」
アサギー! おはよー!
「なっちゃんたち朝早いなあ。雷さんはまだ就寝中」
ふわあっと大あくびをしながら、アサギくんはぐーっと伸びをした。昨日の雷鳴さんはちょっとテンションが面白かったので、疲れが出たのかな? それか連続ログイン規制に引っかかってログアウト中の可能性もあるか。
「お、炎鳥さんたちの家出来てる」
と目を輝かせるアサギくん。今日も里復興クエストに勤しむんだろうけど……っと、フレンドメッセージだ。
「イオくん、如月くんが今日もダンジョン行きませんかって誘って来てるんだけど、どうする?」
「午前中は火竜の話聞きに行くから駄目だって返事しとけ。如月あの本持ってたよな? 興味あるかもしれん」
「あー!」
そうだった。あの本如月くんに譲ったの僕じゃん! すっかり忘れてたけど、如月くんも聖獣がいるかもしれない場所を知ってるんだ。それなら、火山の話にも興味あるかもしれない。
「よく覚えてるねイオくん、えらい! 早速話してみる!」
「おう。っていうかお前があげたんだろ、覚えとけよ」
「鋭意努力しております!」
僕の記憶力では難しいよねそれは。っていうかイオくんが色々覚えててすごいだけなんだ、多分。
僕が如月くんとメッセージのやり取りをしている間に、イオくんはアサギくんに今日は何をするのか尋ねている。テトはリュビたちと仲良くお話中だ。なんか、「おうちほしいっていったら、イオがはこにはいっとけっていうんだよー、ひどーい」みたいな話だった。イオくん、やっぱテトの言いたいこと全部わかってるじゃん。さすが。
実際問題、まだシステム的にお家は無理だからなあ。入手可能になったら即座に手に入れたいところだけど……問題はいくらするかなんだよね。里のクエストではお金が入手できないから、ゴールドがたまらない。使ってないから減らないけど。
「イオくん、如月くん同行したいって」
アサギくんとの会話が途切れたところを見計らって声をかけると、イオくんは「おう」と軽く手を上げて了承の意を示した。聖獣のヒントともなれば、やっぱ知りたいよね! ドラゴンだもん!
「お? 今日もなっちゃんたちは如月くんと一緒か」
「如月くんとはサンガでも一緒に行動することが多かったから、共通の話題が多いんだよね」
「へー、なるほど。テトも懐いてる感じだしなあ。……うらやましい……!」
最後のはちょっと小声で言ってたけど聞こえたよアサギくん……。猫好きって言ってたもんな、テトさーん、ちょっとおいでー! ちょっとした疑問なんだけど、如月くんとアサギくんどっちが好き? 「きさらぎー!」 ……だよねー、如月くんだよねー。「きさらぎなでるのじょうずー」 なるほど、そればかりは個人のスキルによるね。
「くっそう!」
と崩れ落ちるアサギくんであった。
*
少し待って如月くんと合流した僕達は、そのままナズナさんの家へ向かう。
……の前に。
「イオくん、手土産何にする?」
「……何にするかな」
ご自宅に伺うわけだから、何かしら手土産を用意するべきなんだけど、この里の人たちにとってちょうどいい味付けのものってなんだろうなあ。ナズナさんの息子さん夫婦とツバキちゃんで4人家族のはずだから……蒸しパンはあと3つなので1個足りない。
「普通にお菓子じゃだめなんですか?」
と如月くんが首を傾げる。
「この里って、長い事調味料不足ですごく薄味の料理に慣れちゃってるから、急に味の濃いものを食べさせるのはちょっとためらうよねって話をしてたんだよ」
「ああ。俺達にちょうどいい味でも、里の人達には濃いかもしれませんよね」
さすが如月くん、僕の話だけで事情を察してくれた。
「そうそう。サンガの美味しいお菓子とかだと、里の人たちには甘すぎるんじゃないかって思って」
「んー、そうすると難しいですね。果物はどうですか?」
「イオくん何か果物ある?」
「ぶどうはあるんだけど、この前ツバキに渡しただろ。ハンサのリンゴは貴重だから取っておきたい」
「ぶどうだと二番煎じになってしまう……!」
「あ、それなら俺、サンガで買ったいちごがありますよ。1カゴでいいですか?」
「ナイス」
いちごかー! 果物の定番だね。小さい女の子がいかにも好きそうな感じがする。如月くんが出してくれたいちごのカゴは、多分リアルだと1パック分くらい? 量的にもちょうどいいかもしれない。
「よし、じゃあ行くか。ナズナの家はここの3つ隣だ」
ナツー。のってくー?
「近いから大丈夫だよ、また今度ね」
むむー。
テトはもっと乗ってほしいと不服の顔だ。そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、本当にすぐそこだからね……!
テトをなだめる暇もなく、いつだったかツバキちゃんを送ってきた家にはすぐにたどり着いた。広い庭のあるきれいなお屋敷で、村長さんのところよりは少し手狭だけど、大家族でも快適に住めそうな広いお家。庭木に椿が植えてあるので、いかにもツバキちゃんの家って感じだ。
チャイムとかはなさそうなので、開け放たれた門扉をくぐって、直接玄関まで向かう。と、庭の方から軽い足音がして、ツバキちゃんがひょこっと顔を出した。
「あ、いらっしゃい!」
元気にご挨拶してくれるので、僕達も次々に挨拶を返す。最後にテトがツバキちゃんの方に駆け寄って、にゃあんと甘えた声ですり寄った。
ツバキー。なでるー?
「テトちゃん、ふわふわ!」
自慢の毛並みを褒められたテトさん、にゃふっと得意げなお顔である。僕も釣られてちょっと得意になってしまう。
「ツバキちゃん、今日はツバキちゃんのお父さんに、火山のこと聞きに来たんだけど、ご在宅かな?」
「おとうさん? いるよ! よんでくるね」
とても素早くツバキちゃんは家の中に駆け込んでいく。素早いなあ。多分現時点で僕の俊敏より絶対に数値が高いんだろうな……とちょっと世知辛いことを思うのであった。
「ナツ、遠い目をしても俊敏は上がらないぞ?」
「サラッと心読むのやめようよイオくん!」
「ステータス振れ」
「だ、だが断る!」
俊敏などいらぬ! ただでさえ物理防御は少し振らないといけないというのに、俊敏に割り振るPPなど無いのだ! 僕にはテトがいるんだ!
それほど待たずに、ツバキちゃんはもう一度玄関から顔を出して、「なかへどうぞ」と誘ってくれる。すごくしっかりしてて良い子です。お礼を言って玄関に入ると、そこに1人の男性が立っていた。
茶色の和服姿の、黒縁メガネをかけた鬼人さん。今まで出会った鬼人さんたちと比べると、少し体格が小さめに見える。……と言っても僕達と比べるとがっしりしてるんだけどね。あくまで、鬼人さんにしてはって感じ。
「おはようございます、僕はトラベラーのナツ、こちらは僕の頼れる親友のイオくん、そして爽やか好青年の如月くんと、僕の契約獣のテトです」
流れるように自己紹介しつつ全員紹介してみると、男性はふむ、と小さく頷いた。全員をきちんと見て顔と名前を一致させている。
「……火山のことを聞きたいのだと聞いている。俺はツバキの父親のビワだ、中へどうぞ」
「お邪魔します!」
当然ここも靴を脱いで入れるタイプの日本家屋だから、ささっと玄関で靴を脱ぐ。それにしてもビワさんかあ、美味しそうな名前だなあ……とうっかり考えていたら、イオくんに生暖かい目で見られました。くっ、絶対読まれてるこれ。
僕達が靴を脱ぐと、大人しく待っていたテトには【クリーン】をかける。テトは賢いので、誰かの家に上がるときは【クリーン】待ちしてくれるとても良い子です。
「テトちゃん、こっちだよ!」
とツバキちゃんが楽しそうに呼んでくれるので、テトは大喜びで「あそぶのー?」と駆け寄っていく。
「……娘と遊んでくれたようで、感謝する」
「あ、いえいえ。ツバキちゃんだけじゃなくてハクトくんやキキョウちゃんも一緒でしたし」
「里では遊ぶ相手も少ない。ツバキは丘の上住まいだから、下の子供らの中には避ける者もいる」
ビワさんは、静かに淡々と話すタイプ。声もそんなに大きくないのだけれども、不思議と耳に残る声だ。丘の上と下って、やっぱりなにか区別があるみたいだね。
「不躾ですまないが、下と上ではなにか違いが?」
お、さすがイオくん、僕が気になったことはサクッと聞いてくれるので毎度助かる。
「上に住んでいるのは、王家の傍系と言われている。古い話なので眉唾かもしれないが」
「王家、か」
公式サイトで見たことある情報だ。鬼人族の王族は、角の数が2本なんだよね。で、普通の鬼人さんは1本。……そう考えると、ビワさんもツバキちゃんも1本だし、普通の鬼人さんだと思うんだけど……。
「鬼人族の王家は力を秘めている割に小柄でな。上に住んでいる家の者たちは、皆体が小さいだろう」
「ああ、鬼人にしてはという感じだが」
「王家は家督を継いだもの以外、城を出るのが決まりでな。その際に儀式をして角を1本落とすのだという。鬼人の中でも、小柄に生まれてくるものは、王家の血が入っているという話があってな。今も信じるものが多い」
今の言い方だと、ビワさんは信じてなさそう? 根拠が薄いのかな。学者さんだったら、ちゃんとした根拠がない迷信とかは、笑い飛ばしそうなイメージがある。
「くだらない。たとえそうだったとしても、今やなんの力もない王族の傍系に、何を敬う必要があるのだか」
けっと吐き捨てるような物言いである。その切れ長の瞳がすっと僕達に向けられる。
「君たちは聖獣様について聞きたいと言っていたが……」
「あ、はい。ぜひ!」
「火竜をどう思うかね?」
「めっちゃかっこいいです!」
思わず勢い込んで答えた僕に、ビワさんはそこで初めて笑みを浮かべてくれた。
「そうだろう!」
あ、僕ビワさんと仲良くなれそうかも。




