24日目:ひよこと友情を結ぶのだ。
「すっげーかわいいですね……」
「まあひよこだしな」
ギャラリーがすっかり走り去ったおかげで、縁側から出られずにいたイオくんと如月くんもやっと炎鳥さんたちの前に来る事ができた。おそらく炎鳥さんを間近で見るのは初めてであろう如月くんが、じーっと寄り添うひよこを見つめている。可愛いでしょうかわいいでしょう。僕達はひよこさんを見るのは2回目だけど、今回は赤青そろってひよこさんだから、本当にめちゃめちゃかわいいのである。
「ぴぃ?」
と2人を見上げて首をかしげる仕草もまた愛くるしい。ぬいぐるみみたいだ。そんなひよこさんになにごとか話しかけられたテトさんは、新たなお仕事をゲットしたらしく、張り切って胸を張った。
しょうかいするのー! あのねー、こっちのあおいのがイオだよー。ナツのなかよしさんなのー。
「優しくて気が利くオールマイティーなイケメンだよ!」
「ぴぴっ」
あ、なるほど紹介してって言われたんだな……と理解した僕は、適当に情報を付け加える。ひよこさんたちは小さく何度も頷いてから、如月くんの方をじっと見上げた。
こっちはきさらぎー! あのねー、なでるのがじょうずなのー!
「爽やか好青年でしっかりものだよ!」
「ぴー」
「ぴっ」
あとねー、ついでにそんちょー!
「この里を仕切ってる感じの人だよ! このお家も村長さんのお家です!」
「ぴ!」
「ぴ!」
テトさんやりきった顔してるけど、村長さんはついでじゃなくて普通に紹介してほしかったよ! まあそれはいいとして、近づいてきた人たちを紹介されたことで、ひよこさんたちはなんとなくほっとしたような雰囲気だ。多分、知らない人たちに囲まれて緊張してたんだろう。
自分が紹介されたと気付いた村長さんは、そっと炎鳥さんに歩み寄って、「イズモと申します」と丁寧に自己紹介をした。じっと見上げるつぶらなひよこの眼差しに形相を崩しつつ、感無量といった様子で、
「お会いできて、大変、光栄です」
と噛みしめるように口にする。それから、一礼してすすっと縁側まで下がってしまった。
『畏怖の念を抱いているのね、良いことだわ』
テトの頭の上にいるエクラさんが言う。
『トラベラーさんたちは異界から来ているから良いのだけれど、この世界に住むものにとって炎鳥は生と死、命そのもの。畏れ敬うのが正しいの』
「近づきすぎてはいけない、ということですか?」
ちょっと難しいなあと思いつつ問いかけてみると、そうね、とエクラさんは肯定する。
『生命を司る鳥なのよ。馴れ馴れしくしてはいけないわ。感謝を忘れずに、付かず離れずが一番良いの』
……やっぱりよくわかんないけど、リアルで言うところの、神社やお寺では厳かな気持ちになるようなものなのかなあ。お参りするときはみんな結構真剣に手を合わせるよね。ああいう気持ちで向きあいなさい、ってことなのかも。
「俺達は良いっていうのは?」
今度は如月くんが質問したので、エクラさんがそちらに向き直る。
『トラベラーさんたちの命は、炎鳥の管轄外にあるものだもの』
「あー、そっか。俺達は死に戻りとかするから……」
ん? ということは僕達は炎鳥さんに対してちょっと馴れ馴れしくてもOKということ?
許されるというのなら、僕は絶対にひよこさんに渡したいお菓子がありましてですね……そう、サンガの屋台で購入した、リィフィさんの素敵な飴をね! 僕が物々交換した相克魔力水で作られた、素晴らしい飴だよ! 赤と青の小さい四角を4つ交互に敷き詰めた、クッキーみたいな飴です!
そっとインベントリから瓶を出してみると、ひよこさんたちは「それなに?」とでも言うように僕の手元を見上げる。瓶から取り出して1つ差し出してみると、赤と青という色の組み合わせを見て、赤ひよこさんが「ぴぃ!」とテンションを上げた。もらっていいの? とでも言うように視線を合わせてくる。
「これは、サンガで友達のフェアリーさんが作ってる飴でして。魔力が含まれている飴だから、食べられますか?」
「ぴ!」
「ぴぴっ!」
あ、ちょっとひよこさんには大きいかも? と思ったところ、青ひよこさんが何やら羽をばたつかせ、魔法のようなものを放った。途端、飴はせっかくきっちりくっついていたのに、見事に赤2つ青2つの4つの四角に分裂する。まあ、小さい分には食べやすいかな、と思っていたら、赤ひよこさんがショックを受けたような顔をして青ひよこさんに「ぴぴぴーーー!」と猛抗議……。
お、おお……。高速のつつき技、これは痛そうだな……!
「ぴ、ぴぃ……!」
「ぴ!!」
「ぴゅい……」
速攻でうなだれて許しを請う青ひよこさんである。力関係が、もうすでに確立している気がするな。
「ぴぃ……」
赤ひよこさんは、僕の手のひらに残された4分割された飴を残念そうに見つめた。だよねー、赤と青がくっついてるのがよかったんだよね、きっと。自分たちみたいでさ。
「次は縦に半分にするといいよ」
2つ目の飴を瓶から出してそう言った僕に、赤ひよこさんはものすごくきらきらした視線を向けてくれた。「ぴ!」と鳴く声もワントーン明るい。赤ひよこさんは難なくそれを縦半分にして、赤と青が並んでいる飴にご満悦の表情。そして、そのままぱくっと片方を口に含んだ。
なでてくれるひとのあめだー。
テトもお菓子の波動を感じて僕の隣にピトッと寄ったので、4分割されちゃった方の飴をテトにあげよう。残った縦半分の2色の飴を青ひよこさんの前に差し出すと、つつかれてちょっと毛羽立っている青ひよこさんも喜んで「ぴ!」と鳴いてからぱくり。
青炎鳥さんはソウさんの印象しかないから、今の「ぴ!」は「大義である」かなあ……と脳内変換してしまう。今はひよこさんだけど、成長するとあの立派な鳥になるんだもんなあ。
あめおいしいー? テトもそれすきだよー。
「ぴっ、ぴぴっ」
でしょー。ナツやさしいのー。だいすきー。
褒められてる! 僕もテト大好きだよ!! という気持ちを込めてわしゃわしゃ撫でると、テトはとってもごきげんでゴロゴロと喉を鳴らすのであった。
「じゃあこれ、赤ひよ……ごほん。赤炎鳥さんと青炎鳥さんに1個ずつあげますねー」
「ぴ!」
「ぴ!」
僕がインベントリから飴の瓶を2つ取り出して庭石の上に置くと、2匹のヒヨコさんたちは小さな羽をぱたぱたさせて喜んだ。左右から僕の手にすりっとして、感謝を伝えてくれる。うむ、僕今良い仕事をした。
ありがとーってー。
「どういたしまして。……あ、エクラさんも食べませんか? はちみつは使ってない飴ですけど」
『あら、嬉しいけれどその素敵な瓶を持ち帰ることができないの。また遊びに来たときに出してくれると嬉しいわ』
「あ、そう言えば。わかりました、じゃあ次回に!」
今のエクラさんの器は、めっちゃスムーズに動くから忘れてたけど、ニムの職人さんが作った神像にエクラさんの意識が乗ったもの、なんだったっけ。たしかに、瓶の持ち帰りは難しいね。うっかりしてたなーと思っている僕に、めちゃくちゃ微妙な眼差しを向けるのは如月くんだ。
「ナツさんたち、エクラさんの家に遊びに行ってるんですか……?」
「綺麗な花畑があるんだよー」
「如月、諦めろ。こいつはこの無邪気さでその権利を勝ち取った男だ」
イオくんは一体なぜ遠い目をしているんだろうか。別に普通に遊びに来たいです! って言っただけだと思う。鍵はほら、リゲルさんがなんかくれたし……半分くらいテトの力だよね。
「テトもエクラさんのお家好きだよねー?」
あそことってもキラキラなのー! すてきー!
「ねー?」
テトと視線を合わせてにこにこしてると、隣でイオくんは小さいため息を吐くのであった。
「このダブルパンチに勝てるやつあんまりいないからなマジで」
「あー、いや、強いですこれは……」
『気に入ってくれているようで嬉しいわ。いつでも来てくれて良いのよ』
お、エクラさんがいつでもって言ってくれているので、今後も気軽に遊びに行かねば。あそこはただ見ているだけでも綺麗だもんなー。
ほのぼのする僕達の視界では、赤と青のひよこさんたちが夢中で飴をもぐもぐしている。いや、本当に、文字通りもぐもぐしている。飴は硬いから、多分、炎鳥さんの熱でちょっと柔らかくしてるのかなー? わかんないけど、舐めるのでもなく砕くのでもなく、もぐもぐしているのだ。
餌を頬袋に詰め込むリスのように、ひよこさんたちの頬もぱんぱんである。うーん、かわいい! 小さい子は小さい子でかわいい! ほんわかしちゃうね。
ゆっくりたべるといいのー。いそぐとぐえってなっちゃうー。
「ぴー」
「びぃ」
ちょっと年上ぶって教えてるテトもかわいいなー! かわいい子たちたくさんで天国かここが。
「ナツ、そろそろアサギのところに行くから、一旦別れを告げておけ」
「くっ、こんなにかわいい子達を置いて僕達は労働に勤しまねばならぬのか……!」
「足湯」
「イオくん足湯ほんとに好きだね!? いや行くけどさー」
まあ普段からお世話になりっぱなしのイオくんがやる気を出しているからね、手伝うよ流石に。しかし名残惜しい。ちらっとひよこさんたちに視線を向けると、あいかわらず飴をもぐもぐしている。幸せそうな顔でもぐもぐしているのだ。
「もしかしてすぐ無くなっちゃうかなこれ」
「もう半分くらい減ってるな」
「追加置いておきます……!」
僕は即座にインベントリから飴玉の瓶をもう1つ追加した。サンガに戻ればまた買えるので惜しみはしないのだ。いっそリィフィさんに依頼して、炎鳥さん専用に作ってもらおうかなあ。
追加された瓶を見つめて、ひよこさんたちは嬉しそうにまた羽をばさばさした。踊っているかのようである。特に赤ひよこさんの喜びがひとしおのように見える。
「ぴぃっ、ぴ!」
『あらあら。良いわねえ、それは素敵』
「ぴ!」
と何事かエクラさんに訴えて、エクラさんが僕の方を向いた。
『名前をつけてほしいのですって』
「えっ」
すてきー! テトもねー、ナツとイオにつけてもらったのー!
待ってテトさん、無邪気にそんなこと言ったら本決まりになるから! 僕名前つけるの苦手なんだよ、センスないし。イオくんがいないとろくな名前つけられないからね!? テトの名前だって僕一人で考えてたら最有力候補はシロだったと思うよ! でもシロもかわいいと思います!
「な、名前……!」
「責任重大だな?」
「イオくん僕が苦手なこと知ってるくせに!」
出会ったころやってたゲームで、自作のアイテムに名前をつけられたんだけど、僕は常に素材名+形状名でつけてたからイオくんに「わかりやすさ以外何もねえな」と言われたよ。いいじゃん別に、「御影石の円形盾」とか「樫の木でできた杖」とか「シアーバードの羽付きの派手な帽子」でも! かっこよさ皆無だけど!
期待に満ちた眼差しで僕を見上げるひよこさんが2匹。これは……断れない感じのやつだ……!
「イオくんと相談しても良いですか!」
「ぴ」
いいってー。すてきなのつけてねー。
テトがさり気なくプレシャーをかけてくる……! 負けられない戦いじゃんこんなの。イオくんお願いします、イオくーん!
「いやそんな目で見なくても見捨てねえから」
「なんか、こう、いい感じにペア感のある単語があれば……!」
「難しいことを言いよる。ところでナツ、青い宝石サファイアと、赤い宝石ルビーは、色が違うが実質同じ鉱物らしい」
「なんでそんな素晴らしい雑学知ってるのイオくん!? 天才か!」
えーと、確か掲示板の機能で、単語を各国語に訳してくれる機能が……。これか。ルビーを検索すると、日本語の紅玉ってめっちゃ良くない? でも流石に名前にするには長いかな。
外国語に翻訳しても基本的にはルビーの響きとあんま変わらないけど……あ、これかわいい。フランス語のリュビ。とすると同じフランス語でサファイアは……サフィールか。もう少し短くして……。
「赤い子がリュビで、青い子がサフィでどうかな?」
正直ソウさんの前例があるから、炎鳥さんって2文字の名前のイメージだったんだけど。リュとフィは実質一文字とカウントすれば行けるはず。
ドキドキしながら提案してみると、2匹のひよこさんたちは僕をじっと見上げて、うむ、って感じに同時に頷いた。
と、同時に。
視界の隅にシステムメッセージが出現する。
『スキル<バードフレンドリー>を習得しました』
「ぴ!(僕サフィ!)」
「ぴ!(僕リュビ!)」
「ぴぴ!(いい感じ!)」
「ぴぃ!(感謝!)」
おなまえよかったねー。
和やかな会話が和気あいあいと僕の目の前で繰り広げられている。……あれ、このスキルって確か、サンガで美月さんが習得したっていってたやつ……?