24日目:赤と青のひよこさんが言うには
和気あいあいとしたお昼ごはんを食べ終えると、時刻はすでに14時頃になっていた。
もう無事に炎鳥さんが生まれてるかな? エクラさんを紹介したいし、一旦村長の家に戻ろうかと言う話をして、片付けをしてから歩き出す。
あ、ちなみに如月くんの宝箱からは、ペンダントタイプのアクセサリが出てきた。普段から身につけておくと、経過時間に応じてMPを貯めておけるやつ。と言っても貯めておける上限はMP100なので、MP豊富な僕にはそこまで魅力的じゃない。如月くんみたいに、MP少ないけど魔法使う機会も多い魔法剣士にはかなり有用だ。MPポーションは1回飲むとクールタイムがあるからねえ。このアイテムを駆使して、なんとかそのクールタイムを乗り越えてほしい。
多分、ダンジョンの戦闘で如月くんがたくさんMPポーションを飲んでいたから、宝箱に入れてくれたのかな? なんて、多分偶然だろうけど。でもスペルシア神さんはエクラさんの友人だということだから、勝手に感謝しておこう。
「向こうの高台の上に村長の家があるんだよ」
「ああ、向こうですか。昨日、里についたときに向こうには偉い人たちが住んでるみたいに言われたんですよ」
「たしかに、大きいお屋敷みたいなのが多いねえ」
炊事場近くを通りかかったとき何人か声をかけて挨拶してくれる人たちがいたので、挨拶を返す流れで如月くんのことも紹介しておいた。「僕達の友達の如月くんです!」みたいな感じで軽くね。
長年外の世界と隔離されていたこの里では、知らない人という存在がほぼいなかったからね。僕達はアサギくんたちが村長さんに真っ先に紹介してくれたお陰で、村長さんのお客さん、って感じの位置づけだったからいいけど。里に来たばっかりのトラベラーさんたちに対しては、流石に多少の不安感があると思うんだ。だから、やっぱり少しでも知ってる人から紹介されたほうが安心するかなあと思ったんだよね。
案の定、僕が如月くんを紹介すると、里の人たちはちょっとホッとしたような顔をする。全然知らない人が、知ってる人の友人、という肩書に変わるだけでだいぶ違うのだ。
そんな感じに高台方面に向かっていると、なんか視界の隅にメッセージが……。
「あ、アサギくんからメッセージ来てる。ちょっと待って」
「おう」
アサギー?
「……あ、えーと。テト、炎鳥さんの言葉分かる? ひよこさんの方」
わかるよー! おしごとー?
「うん。村長さんのところで炎鳥さんが生まれたらしいんだけど、誰も言葉わからないから、テトに通訳して欲しいって」
お仕事だ! と理解したらしいテトさんは、目を瞬かせて耳と尻尾をぴんっと立てた。ちょっと胸を張って得意げな顔をする。頼られているのが嬉しいらしい。
テトおしごとできるよー!
「仕事のできる家の猫、本当にえらいな。さすがテトさん頼りになる! じゃあテトに任せろーってお返事しておくね」
まかせろー!
ちょっとだけキリッとした顔を作ったテトは、やる気一杯である。僕はアサギくんからきたメッセージに、テトが言葉分かることと、今まさに村長さんのところに向かっていてもうすぐつくことを返信しておく。
『生まれたばかりの炎鳥はまだ言葉が話せないのね。テト、お仕事頑張ってちょうだい。私は姿を消しておくから、後で紹介してね』
わかったー! テトにおまかせなのー!
アサギくんから頼まれた後、エクラさんからも重ねて頼み事をされたテトは、張り切ってそれも引き受けた。テンションがあがったテトは、隣にいるイオくんの背中を尻尾でばしばしと叩いている。興奮冷めやらぬ! って感じなのかな。イオくんも察して「がんばれよ」なんて激励しているので、えらいね。
村長さんの家には、未だに人垣ができていた。
朝ぶりに戻ってきた僕達を目ざとく見つけて、村長さん宅のお手伝いさんが「おかえりなさい」と声をかけてくれる。
「ただいまです! すごい人ですね」
「そうなんです、昼頃にお生まれになりまして。ナツさんたちは、イズモ様がお待ちですので、どうぞ中を通って縁側から庭に出てください」
「イズ……あ、はい!」
誰だっけ? って一瞬思ったけど、村長さんの名前イズモさんだったっけ。本人から村長って呼ぶように言われていたから、ほぼ忘れてたなあ。お手伝いさんは如月くんを見て、「誰?」って顔をしたので、ここでも軽く紹介しておいた。そうしたら「ご友人でしたら、縁側までご一緒にどうぞ」と言ってくれたので、とりあえず全員で玄関から家に入る。
「あ、ここ靴脱ぐんですね。良かった」
「そうなんだよー。イチヤもサンガも靴脱がないから、ちょっと罪悪感あったんだ。里ではほとんどが日本家屋だから、畳だよ! なんかやっぱり安心感あるよね!」
「わかります。俺の家には和室がないので、そもそも畳の部屋が無いんですけど、それでもなんとなく畳には親しみを感じますし」
「あー、めっちゃ分かる。僕も実家には和室無いのに、この畳に対する愛ってどこからくるんだろう……?」
おじいちゃんの家とかには畳の部屋あったけど、多分、初めて田舎に行ったときすでに畳のことを知ってて、割と好きだったような気がするんだよなあ。もしかしてテレビで何か見た結果なのかな? よくわかんないけど、とにかく和室はなんか良い、ということで。
一旦家の中に入ってから、お手伝いさんの案内で廊下を歩き、居間の障子戸を開けて中庭に面した縁側に出る。相変わらず中庭にはすごい人だかりだったけど、村長さんが昨日縄を張って区切ったところから先には誰も足を踏み入れていないので、みんな行儀が良い。
その縄で区切ったところの内側にいるのは村長さんだけで、庭石の上には赤と青のひよこさんがぴとっと寄り添っているのがわかった。ちっちゃい。と思っていると、テトが僕の隣からてててっと駆け出し、するすると人の間を抜けて村長さんのところまで駆け寄る。どこの隙間を通ったのか全くわからない、なるほど猫は液体か……。
おしごとしにきたよー!
にゃーん! と朗らかに宣言したテトに、村長さんは「おお、おかえり」と声をかける。それから僕達の姿を探してか、周囲を見回し……。
「なっちゃん、こっちじゃ」
普通に手招きされた。ギャラリーの視線が僕に突き刺さる。なんとなくいたたまれない気持ちのままで村長さんに近づく僕である……あ、イオくんと如月くん、なんで着いてきてくれないんですかね。ちょっとひどくない? 僕一人でこの視線を受け止めるの荷が重いんですけど……!!
ナツー! はやくー!
引き返してイオくんを掴んで連れて来たい気持ちもあったけど、もうわくわくの顔で僕を待っているテトさんを放置はできない。渋々一人で村長さんの側へ寄る。と、視界に入るかわいい小さなひよこさんが2羽。
「ぴ!」
「ぴ?」
と顔を寄せ合って僕を見上げた。本当にかっわいいな……!
「こんにちは、無事に生まれてきて良かったです。僕はトラベラーのナツ、この子は僕の契約獣のテトです」
テトだよー! たまごはこんだのー! ほめてー!
「……サンガで青炎鳥さんの卵を預かってここまで運んできたのがテトです。褒めてあげると喜びます」
「ぴー!」
「ぴぴっ!」
ありがとー! これからもたまごがんばってはこぶのー!
あ、ちゃんと褒めてくれたらしい。テトがにゃふーっと自慢げな顔をした。小さいひよこさんたちはお互いにぴとーっと体をくっつけながら、なおも「ぴぃ!」「ぴーぴっ」などと何事かテトに訴えている。一生懸命何か伝えようとしている感じは伝わってきたぞ。
「さっきからこの調子でのう。何か訴えておるんじゃが」
「炎鳥さんたち、まだ言葉話せないですもんねえ。テトが会話できるって言ってるので、今聞き出してます」
「微笑ましい光景じゃな」
村長さんが目を細めてそう言った。庭石の上に寄り添う赤と青のひよこさんが、巨大白猫に何事か一生懸命訴えている様子……童話か何かかな? メルヘンだね。
やがて真面目な顔でふむふむと話を聞いていたテトは、うむむっと唸って僕の方を見上げた。
ナツー、おうちほしいってー!
「お家?」
あのねー、たくさんひとがいるからおちつかないんだってー。だからちいさいおうちほしいって。
「あー、なるほど。小さいのでいいの?」
このいしのうえにたてるのー。あとねー、ふかふかのわらがほしいってー。
「燃えちゃわない? 大丈夫?」
「ぴ!」
「ぴっ!」
だいじょぶなのー。
ねー? とひよこさんに顔を寄せるテト、いやほんとにかわいいな。人懐こい猫だから、炎鳥さんたちも秒で慣れてくれたみたいで早速親しげ。
『炎鳥の纏う炎は、物を焼かないのよ。もちろん、炎鳥がその気になれば燃やすこともできるけれど』
いつの間にか僕の肩にいたエクラさんがそっと教えてくれる。人を祝福してくれたり、死者の魂を浄化してくれたりする炎だもんね、やっぱり特別なんだろう。
エクラさんが念話で喋った瞬間、今までテトと向き合っていた炎鳥さんたちがぴゃっ! と僕の方を向いた。エクラさんの波動を感じたらしい。
「テト、エクラさん紹介してあげて。僕は村長さんにお家の話するから」
わかったー。おしごとー!
『テトお願いね』
ひらひらとテトの頭の上に移動するエクラさんを見送ってから、僕は早速村長さんに向き直る。何を言われるのかとそわそわしている村長さんに、
「お家が欲しいそうです」
とはきはき大きな声で! 伝えた。
いや、ギャラリーのみなさんがものすごく息を潜めてこっちを見ているから、もう全員に伝わるように話したほうがいいかなと思ってさ。ここでへんにこそこそ話したら、逆にみんな心配しそうじゃない?
「家……どのくらいのじゃ?」
「えっと、この通り炎鳥さんたちは小さいので、この庭石に乗るくらいの小さなお家でいいそうです。わらを敷いて欲しいとのことです」
「社祠じゃの!」
しゃし……って何?
普段ならここでイオくんに視線を向けるところなんだけど、今は隣にいないのでぽかーんとするしか無い。でもそんな反応をしているのは僕だけで、集まっていた里の人たちは一斉にざわっとした。
「おいお前のところの桐……」
「屋根瓦がいるんじゃ……」
「藁なら去年のが……」
「いや待て、社祠なら宮大工が……」
「扉は観音開きで……」
と、一気にざわめきが広まっていって、それが徐々に大きくなっていく。なんだか収拾がつかなくなりそう、と思った僕の横で、村長さんが手を広げて、ぱんっ! と大きく鳴らす。それで瞬時にしんと静まり返るのだから、この里の人たちは本当に統率が取れているよなあと思う。
「静粛に」
と厳かに告げた村長さんは、静まり返った周囲をひと睨みしてから再び口を開く。
「炎鳥様が社祠をお望みじゃ。ここらで作っては騒がしゅうて邪魔になる。誰ぞ、レッカのところに掛け合って作成にかかれ!」
わっと風が動いた。
というか、一斉に人が移動したから、そんなふうに感じた。我先にと争うように庭を後にする里のみなさんが嵐のように立ち去ると、残されたのは僕達と、もとから村長さんの家にいた人たちだけだ。
なるほどこれが統率力というものか。これが国盗りゲームだったら、村長さんは一国一城の主に違いない。虎視眈々と天下統一を狙っちゃうタイプの知将と見た!
「村長さん……さすがですね!」
「はて、なんのことじゃろうなあ。ほれなっちゃん、炎鳥様に聞いておくれ。社祠の屋根は何色が良いかのう?」
こうしてのんびり話している分には、憎めないおじいちゃんって感じなんだけどなあ。
「テトー、お家の屋根何色がいいか聞いてくれるー?」
しろいのー!
「それテトの希望でしょ。炎鳥さんのお家なんだから炎鳥さんの好きな色聞くんだよー」
わかったのー!
あ、テトの後ろでエクラさんがさらさらーっとキラキラの粉を炎鳥さんたちにかけている。神獣さんからの祝福、なんかとても縁起が良さそうだ。ひよこさんたちも気持ちよさそうに目を閉じて全身に祝福を浴びている……メルヘン! すごくメルヘン!
ちょっとスクショ撮らせていただきたい!




