3日目:クエストは突然に
「イチヤで取れる宝石類は水晶だけです。あまり高価ではない代わりに汎用性が高く、魔道具や杖、魔力媒体の指輪等に幅広く使われます」
「水晶は、魔法の発動に向いている宝石ってこと?」
「うーん、魔力伝導の効率だけ見ると他にも良い宝石はたくさんあります。けど、水晶類ほど安価でここまでの伝導率を誇る宝石はありません。費用対効果が高いんです!」
費用対効果……あ、コストパフォーマンスか。
つまり水晶は安価でそこそこの威力が出せるコスパの良い宝石、ってことだね。まず水晶で杖を作って、そこからさらに上を目指すならお金を貯めて宝石を買いましょう、ってなるのかな。
「質問したい。現状、最も魔力伝導の高い宝石と言うのは何になる? 一番杖に向いている宝石と言う意味なんだが」
さっきからずっと無言だったイオくんが質問を挟んだ。エルモさんは「そうですね」と少し考えてから、口を開く。
「もし特化している属性があるなら、それに合わせた方が良いかと思います。例えば、火属性ならルビー、風属性ならエメラルドなど、各属性に対応する色を持つ石。それらを使うことで、特化属性をさらに強化できます。ただ、全部の属性を満遍なくというのであれば、やはりダイヤモンドですね」
「ダイヤモンド……。透明な石がいいということか?」
「はい。透明な石であれば、どの属性にも偏らずに使えます。まあ、他にも良い石は色々ありますけど、代表的なものだとダイヤモンドになりますね。でも、別に宝石にこだわらなくてもいいんですよ。入手が一番簡単なのが宝石なだけで、純度の高い特殊な魔石でも良いですし、精霊石や聖獣様のうろこなんかでも代用は可能です」
聖獣様のうろこ……あ、竜のうろこか!
それって、まず竜に出会うことから考えないといけないから、確かに簡単ではなさそうだなあ。
「精霊石っていうのは何の石?」
イオくんが何やら考えだしたので、僕も気になったところを聞いてみる。
純度の高い特殊な魔石っていうのが現状手に入らなさそうなことは理解できるけど、精霊石っていうのは今まで聞いたことが無いやつだ。
「精霊石は、長く生きた精霊だけが生み出すことのできる大変珍しい石のことです。精霊たちは植物を本体としていることが多いので、長い長い年月をかけて木のうろや枝のくぼみなどに蓄積された生命力を練り上げて形にしたもの……と言われています。最低でも作るには300年くらいはかかるそうです」
「300年! それはさすがに無理だねえ」
「そうですね、非常に魔法と親和性が高いそうなのですが、まず見ることすら難しい伝説的な存在ですね。――あ、見えてきました! あれですよ採掘場!」
エルモさんが案内してくれたのは、イチヤのほぼ真北の壁に近いあたり。カモフラージュの為なのか、樹木で囲うようにされていた隙間を抜けると、急に開けた平地になる。地面に開いた大きな穴を中心に、活気のある採掘場の姿があった。
「わあ」
と思わず声を上げた僕を、エルモさんは道具売り場へと引っ張る。わかりやすく彼女のテンションが上がっているのが分かるね。
「必要なのは最低限、ツルハシだけです! 最初は片手持ちの小さいのが良いですよ! 持ちやすさ重視で行きましょう!」
「なるほど。……すごくたくさんあって迷いそうですし、エルモさんはどうぞお先に……一発当ててきてください!」
「よし来たァ!」
ガッツポーズをして採掘用の穴へ降りていくエルモさん。なんか頼もしい背中だ。
手を振ってそれを見送り、なんとなく息を吐く。
「パワフル!」
「だな。よし、ツルハシ選ぶか」
エルモさんが案内してくれた店は、いくつかある道具屋屋台のうちの一つだった。他の屋台ではなく、わざわざ選んでここに連れてきたということは、エルモさんのお勧めと言うことだろう。
店番は若いドワーフの女性で、目が合うと「いらっしゃい!」とはきはきとした声がかけられた。
「こんにちは。エルモさんの紹介できました。初心者向きのツルハシはありますか?」
ドワーフさん、全体的に年齢が分からないんだよね。男性は若い人でも立派なひげを蓄えているから年齢が上に見えるし、女性は全体的に少女っぽい雰囲気で若く見える。ヒューマンなら相手に合わせて口調を崩すんだけど、ドワーフさんは分からないから崩せないのだ。
道具屋さんは、いくつかの初心者向けツルハシを見せながら性能の説明などをしてくれる。片側がツルハシで反対側がトンカチとして使えるタイプが人気なんだとか……あの、でもちょっと僕には難しいねこれ……装備に条件が付いてましてね……。
「ナツは筋力5だから持てないなこれ」
「ぐ、ぐぬぬ……こうなったら奥の手【パワーレイズ】…っ」
「無理すんな」
どれもこれも筋力10以上必要とはこれいかに。つまり僕に採掘はできないということですね、はい。
……今振れるPP無いしなあ。これは諦めるしかないか……。
「ナツ、どうする? 俺が採掘すると割り切って一緒に行くか? それとも採掘はやめとくか?」
「せっかく<宝石鑑定>取ったから採掘したかったなー。じゃあイオくんにスキル出るかもしれないし、一緒に……」
「ちょっと待ちな!」
とりあえず採掘場の見学だけでも、と口にしかけたところで、道具屋さんのストップがかかる。驚いて振り返った僕に、ずいっと差し出されたのは綺麗な桜色の水晶……これが紅水晶? 形が花っぽくて妙に可愛い。
「え、えっと」
「<宝石鑑定>してみてくれ」
あ、はい。
じゃあお言葉に甘えて、<宝石鑑定>っと。
「紅花水晶、品質★7。紅水晶の中に稀に存在する、花の形をした水晶。希少性が極めて高く、主に装飾に使われる。比較的安価な水晶の中で、特に価値が高い物のひとつ」
鑑定結果を読み上げると、道具屋さんは満足そうに頷いて水晶を仕舞った。それからおもむろに言う。
「兄さん、アルバイトしないかい」
「アルバイト……?」
もしやエルモさんがこの道具屋に僕を連れてきたのって、<宝石鑑定>がフラグだった……? っていうか今<宝石鑑定>のレベル上がったね、1回しか鑑定してないのに。品質★7だったからかな?
アナトラは<鑑定>したとき、全然情報がわからない、ってことはあんまりない。
品質がすごく高いものを鑑定しても何かしらの情報が出てくるようになっているし、失敗しない。……ということはこの紅花水晶を普通に<鑑定>してみると……名前と品質しか出てこないかー。やっぱり専門的な鑑定のほうが詳しいよね。
「えっと、アルバイトって何をすればいいんですか?」
とりあえずアルバイトは<宝石鑑定>持ち限定っぽいクエストだから、聞いてみる。
「詳しい話をする前に、トラベラーさんの名前を聞いていいかい」
「あ、僕はナツ、このイケメンは頼れる親友のイオくんです」
「ナツとイオだね。私はリリン、道具屋のドワーフさ。ちょいと奥の部屋に来てくれ」
リリンさんは素早く店の商品の上に布をかけ、休憩中と書いてある板をその上に乗せた。人目の多い所なので、盗まれたりしないのだろう。
手招きに応じて屋台の裏に回ると、小さな木製の小屋のようなものがあり、そのドアを開いて中へ通される。
「……おお」
「わー! 広い!」
「魔道具だよ。畳んで持ち運べるし、スペースは取らないわりに広いだろう?高いが便利なんだ」
外から見ると本当に小さな小屋なんだけど、中は僕の住んでいるワンルームより広い。こんな魔道具があるんだ、すごいなあ。
「これは、家なのか? テントのくくりなのか?」
とイオくんがリリンさんに問いかけると、「テントのほうだね」とリリンさん。
「水道設備なんかは置けないし、ちょっといいテントだと思った方がいい。さ、それよりナツに頼みたいのはこれさ」
これ、とリリンさんが棚から持ってきたのは、様々な貴金属アクセサリがどっさり無造作に入った木箱だった。おもちゃみたいなものから、普通にお店に並んでいそうなものまで、色々入っている。
「これは質に入れられて流れてきたものだ。品質や石はピンキリ、偽物もあるだろう。これを分別して、本物はこの用紙に必要事項を記入してそっちのテーブルに並べてほしい。偽物はこっちの箱に入れてくれ」
「お、おお……なんかちゃんとした仕事だ……!」
「そりゃそうさ。アルバイト代は出来高で支払おう。前金と言っちゃなんだが、イオのツルハシは割引してやるよ」
それはそれでありがたいね。
差し出された用紙を見てみると、宝石の名前とか品質とか備考欄にはどんな宝石なのか書く欄がある。その他、もし分かるならという注釈付きで、作成者・元の持ち主・作成年代等の記入欄もあるけど……こっちは<宝石鑑定>では分からないんじゃないかな。
「イオくん、僕アルバイトやるから採掘してきなよ。スキルもらえたらお得だし」
「ん-、そうだな。ナツの鑑定見てるのも暇そうだし、もともとは杖に使えそうな水晶取りにきたんだった。俺が探してきてやろう」
「なんか良いのお願い!」
「任せろ!」
イオくんはぐっと親指を立てて、目を付けていたツルハシを半額で購入し、意気揚々と採掘場へと向かった。行ってらっしゃーい! とその背を見送る。イオくんはリアルラックがすごいので、ゲーム内ステータスの幸運値なんてものともせずになんかいい物を掘り当ててくれると思う。
よろしく頼むよ、とお願いされて、小屋に一人残された僕。
誰も見てないところだからこそ、ちゃんと真面目にお仕事しなければ。ということで、木箱から宝飾品をひとつひとつ取り出して、丁寧に<宝石鑑定>をしていく。
これはイミテーション、これはデザインガラス……あ、これは本物。えーと、ルビー、★5、一級品だが小粒の為、価値はそれなり。こっちはサファイア、★3、ごく一般的な品質のサファイアだが、傷もなく保存状態良好。これはイミテーション。これは翡翠、★3、もともとはグレードの高い石だったが、損傷ありの為価値が下がっている、っと。
イミテーションやガラスもそこそこ混ざっていたけれど、本物の宝石も多く、基礎スキルである<宝石鑑定>はびっくりするほど駆け足でレベルが上がった。
★7とか★8とか混ざってると一気に経験値があがるらしく、そのおかげで木箱に半分くらい品物を残した状態でレベルMAXになる。早すぎでは……? と思いつつ、発展スキルをチェック。
えーと、<装飾品鑑定>が<宝石鑑定>の上位互換で、より詳しい情報がもらえるやつ。その他に<絵画鑑定><年代鑑定>が追加された。<装飾品鑑定>は、身に着けるタイプの装飾品全般を鑑定でき、なおかつ宝石や金属の情報の他に前の所持者や作成者までわかるもの。
<絵画鑑定>は……絵画の入ったロケットペンダントを鑑定したから出たのかな? これは基本スキルだ。
<年代鑑定>は、美術品や骨とう品の年代に特化した鑑定。
用紙に記入するのに必要なのは……<装飾品鑑定>と<年代鑑定>だね。絵は今はいいや。それぞれSP7で取得っと。増えたSPがごそっと減るなあ……。
鑑定済みの本物の宝石がついたアクセサリーに、改めて<装飾品鑑定>と<年代鑑定>をかけていく。普通に<鑑定>しようとすると汎用性の高い<上級鑑定>が発動してしまうので、一回一回ちゃんと<装飾品鑑定>とか<年代鑑定>とか唱えないと行けない。思考入力は、VRゲーム業界全体的にまだ精度が低めだから、声に出すのが一番だ。
……ん?
しばらく無心で鑑定していたら、木箱の奥底の方に何かを感じた。何か気になる……なんだろうこれ。……あ、<罠感知>か!
<罠感知>は隠されたものを見つけやすくするスキルだ。罠に限らず、隠されているものに反応する。故意に隠されているものにしか反応しないので、偶然隠れちゃってるものとかには全然反応無いんだよね。それに、<罠感知>はここに何かが隠されていますよ!とは反応するけど、具体的にそれが何なのかまでは分からないから、自分で探さなきゃ。えーっと……。
「あ、これかな?」
木箱の奥底に埋もれていた指輪の箱がぼんやり光っている。普通に開けると空っぽに見えるけど、クッションを外すとその下に一つの指輪が現れた。かなり古そうだし、金属部分にはけっこう傷がついているみたいだ。えーと、まずは<装飾品鑑定>っと。
ルシーダ=アズリル嬢の指輪 品質★5 クエスト限定品
中央にブルートパーズをあしらい、小粒のダイヤモンドで囲んだ美しい金の指輪。トパーズは一級品だが、ダイヤモンドはところどころ欠けており、金には細かな傷が多い。値段がつけられる品ではないが、彼女の遺族にとっては、どんな宝石よりも価値がある。
……クエストかー!
あ、待った待った。アズリル、ということは星級の人? 4文字だから2等星だ! 王都ナナミに行かないとご遺族には会えないな。確か2等星の人たちは、お城で働く国の運営に関わっている人たち、だったはずだよね?
ひとまず正直に用紙に説明文を記入しておいて、後でリリンさんに確認しよう。もし僕たちに預けてくれるようなら、この先ナナミに行ったときにご遺族を探せるし。
それにしても個人名が出てきたってことは、なんか重要な住人さんなんだろうか。今のところ、スペルシアさん以外でこっちが名乗る前に名前を知った住人さんって、この人だけだな。




