24日目:現場監督猫テトさん
きさらぎー! あそんでー!
すりすりと如月くんに懐き、喉をごろごろと鳴らしながら甘えるテトさん。久々に会ったというのもあるけど、テトは如月くんのこと僕とイオくんの次くらいに好きだから、これは仕方がないな。
「ナツさんからのフレンドメッセージ読んだ直後くらいに、サンガのギルドで鬼人の里のこと聞いたんですよ。トラベラーの女性が説明してて、大体の場所も分かったんで、来ちゃいました」
「相方さんは……?」
「あいつサンガの料理店巡りにハマってるんで、めんどくさいから置いてきました!」
爽やかに言い切る如月くんである。
「快適な一人に慣れてしまうと、あいついるのが本当にめんどうで」
「辛辣ぅ」
「そこで俺考えたんですけど、これからはあいつが追いついてきたら俺が更に先に行く、というのを繰り返したら楽なのではないかと」
「永遠に追いつけない相方さん……!」
「完全に置いていったりはしないですよ」
でもホント一人が楽すぎるので、と遠い目をする如月くん。相方さん、幼馴染って言ってたっけ? まあ確かな信頼関係が根本にあるのならば大丈夫でしょう。
「テトよかったねー、如月くんとまたしばらく一緒だよ」
いっぱいなでてもらうのー!
ぺかーっと輝くばかりの笑顔で、テトはまだ如月くんに懐いている。そんなテトからひらひらとエクラさんが離れて、一旦僕の肩に落ち着いた。
『この子はテトのお友達なの?』
と聞かれたので、小声で「そうです!」と答えて置く。思えば如月くんと出会ったのはイチヤだから、割とずっと一緒に遊んでるのかもしれない。もちろんログイン時間のズレとかは多いから、常にってわけじゃないけど。
「なっちゃんたちの知り合いか?」
と、同じような質問をしてきたのはアサギくんだ。
「イチヤに居たときに知り合って、サンガでもなんだかんだよく遊んだ如月くん! 魔法双剣士だよ。如月くん、こちら里の復興を仕切ってるトラベラーのアサギくん!」
「どもども! アサギです、よろしくー!」
「あ、如月です。よろしくお願いします」
あくまでフランクに挨拶するアサギくんと、きっちり頭を下げる如月くん。そんな如月くんをじっと見て、アサギくんは呟いた。
「なんか如月くんは如月くんって感じだな!」
「そこはきっくんとか言ってほしかった!」
なっちゃんの仲間増えないじゃん! いやまあ確かに如月くんは「如月くん」って感じなんだけどさー。こう、なんだろう、隠しきれない真面目さというか、爽やかさと言うか……。正式名称で呼ばねばならない感じあるよね。
「実はついたばっかりなんですけど、これからギルド前広場作るって聞いて、手伝いに来たんですよ。アサギさんのクエストを手伝おう、ってクエストが里に入ると同時に出てきたんで。これクリアすると里の人たちからの好感度が上がりやすくなるらしいです」
「あ、それ僕達にも出たよー。1個はクリアしたから今から2個目!」
ちなみに、ステータス画面からクエストを確認すると、これから行うギルド内清掃と、家具配置案提出、さらに2度目のダンジョンチャレンジの3つのクエストに分裂していた。そしてクエストをクリアすればするほど里の人たちからの好感度上昇率が上がる仕組みだ。
「俺も後いくつかやりたいですねー」
なんていいながらテトをもふもふしている如月くんに、イオくんが「それなら」と声をかけた。
「俺達と一緒にダンジョン行くか?」
「え」
アサギくんが他のトラベラーたち3人の方に声をかけにいっているタイミングなので、ダンジョンという単語を出しても他には漏れない。そもそも結構小声だったしね。ちゃんと考えて口にしているイオくんはやはり気遣いのできる男なのである。
とまあそれは置いといて。
「ダンジョン……あるんですか?」
イオくんにつられて如月くんの声も小さくなった。なので、僕も小声で答える。
「あるんだよこれが。僕達が昨日見つけたばっかり」
「入りました?」
「昨日1回だけ。1日1回制限があるから、情報収集のために今日も行くんだ」
テトもー! きょうはテトもいくもーん!
うにゃーー! と気合の入ったテトも僕とイオくんの間に割り込んできた。ふんすっとキリッとした顔をしている。これはダンジョンに必ず足を踏み入れてみせるという決意の現れか……!
「アサギが公表前に色々情報がほしいって言ってるからな。如月はソロだろ? パーティー連結状態でも入れるのかやってみたい」
「あ、なるほど。そういうことならぜひ! 俺もダンジョン行ってみたいです」
「よし、じゃあ午後空けておいてくれ」
『ナツ、あとで一緒に行く人には紹介してちょうだいね。私も今回一緒に行くのだけれど、流石にスペルシアちゃんの魔力でできた空間で姿を隠しておくことはできないの』
エクラさんが僕の肩でそう言ったので、僕は頷くことで意思表示をしておく。如月くんに紹介するなら、ダンジョンの前の待合室が良いかな。里の中だと流石に人目があるからね。
そんなことを考えていると、他のトラベラーさんたちとも軽く打ち合わせを終えたっぽいアサギくんが「集合ー!」と声を上げた。
「今からギルド前広場作りやりまーす! なっちゃんとイオさんは打ち合わせ通りギルドの中の清掃から頼んだ」
「はーい! じゃあ【クリーン】かけてくるねー」
「家具配置案はさっきもらった見取り図に書き込んで提出でいいか?」
「ナイス、それで頼んだ! 早めに終わったら広間の方に加わってくれ」
「ラジャ」
テトはー? テトもおしごとー!
にゃーんとおねだりの声でお仕事くださいと鳴くテトさんだけど、何かあるかなあ。とりあえず建物の中の様子を見てからだね。
「じゃあテト、ギルドの中行くよー」
さて、すっかり移築が終わったギルド予定の建物だけど、和風建築ばかりの里の中でも悪目立ちしない程度に和風を残した、和洋折衷スタイルだ。扉とかはドアだから洋風なんだけど、全体的な雰囲気は和風。柱や梁の感じは完全に和風だけど、天井高めで板張り、玄関のない作りは洋風……なんというか、上手いこと混ぜたなーって感じ。
「これそのまま移築したんじゃなくて、アレンジしてるよね?」
「そりゃそうだろ。ギルドというからには、ここは土足で出入りすることになるんだろうし、畳は無理だ」
「たしかに」
室内に入ったので、エクラさんもひらひらと興味深そうに飛び回っている。玄関ドアの上の方に設置してある額縁を見に行って、『まあ』と嬉しそうな声を上げた。
『ナツのお札ね。<魔術式>だわ、すてき!』
エクラさん、嬉しそうにひらひらくるくると舞い踊っている。<魔術式>は、今住人さんの中に作れる人が少ないから、どこで作っても喜ばれるやつなんだけど、神獣さんにもなにか役に立つものがあるんだろうか。
「エクラさん<魔術式>詳しいんですか?」
『昔よく作ってくれた人が居たのよ。リゲルは護符は作らないのよねえ……。ナツ、これ教えてあげるわ。作れるようになったらぜひ、私にも作ってほしいの』
ひらっとエクラさんが羽を僕にむけて振ると、キラキラした魔力の粉が僕にスーッと吸い込まれていった。そして視界の端っこでぴこんとシステムメッセージが<高度魔術式>のレベルアップを報告している。何を覚えたのかな?
きらきらー! エクラ、いまのもういっかいやってー!
とエクラさんに飛びつくテトを横目に、スキル一覧を開いて覚えたものを確認する……と、「品質向上」と「成長速度UP」の2つの護符が増えていた。残念ながらどちらもグレーアウトしていて、まだ僕の<上級彫刻>レベルだと作成できないけど。
「これ、エクラさんの畑用のお札ですか?」
『そうよ。なくても良いのだけれど、それがあると品質の良い蜜花が収穫できてとても楽しいの。品質の良い蜜花のほうが色が綺麗で、昼間の花畑がとても美しくなるのよ』
「へー、すごい! 見てみたいですね」
きらきらー?
『ええ、そうよ。テトもきっと気にいるわ』
すてきー! ナツ、おふだつくってー!
「僕も作りたいんだけどね、まだ全然スキルレベルが足りなくて作れないんだよテトさん……!」
ざんねんー。
僕も残念! <金属加工>も手に入れたから、<上級彫刻>はもう育てなくてもいいかなーと思ってたけど、やっぱり護符を作れるところまでは頑張らねばならぬ! 固く決意したぞ!
さて、そんなふうに雑談をしながら僕達は、ギルド内に【クリーン】をかけまくってお掃除だ。
【クリーン】は、対象を選択するとそれだけを綺麗にするんだけど、空間に向けて全体的に使うと一定の範囲を綺麗にする感じになる。範囲が魔力依存なので、僕だと直径4~5メートル一気に綺麗にできるけど、イオくんだとその半分くらいになるのだ。
「板材が古いから、【クリーン】かけると明確にここまで綺麗にした! って分かるのがちょっと楽しい」
とはしゃぐ僕に、
「スッキリするな」
と同意するイオくん。そしてテトとエクラさんは、きれいになったところをチェックしつつ、「ゆかきれーい!」とごろんごろんしたり、「かべよーし!」とすりすりしたり、隅っこのほうすんすん匂いを嗅いで「ごうかくー!」と尻尾で丸を描いたりと、監督業務をこなしている。
……まあ、あまりにもテトが「おしごとしたいのー」というもので。なにもないよ、とは言えなくてですね。つい勢いで「じゃあテトは現場監督さんね。僕達がちゃんと掃除できてるかチェックしてほしいな」とか言ってしまったのは僕ですね……。だってあんなキラキラした目で見られたら、「テトの仕事無いよ」とは言えなかったんだ……!
「ナツ、ちょっと隙間あけて汚いところ残してやれよ」
と小声でテトに甘いこと言いやがるイオくんである。……確かに、汚れてるところ指摘できるほうが現場監督としての満足度高いかもしれない。【クリーン】範囲を重ねるようにしていたけど、ちょっとだけ重ねを甘くしておこう。……あ、結構色が違うから目立つなこれ。
ナツー! ここのこってるのー!
早速テト監督の指摘が入り、ふんすっとやる気に満ちたテトさんが前足で汚れた床をびしっと指摘する。ドヤる家の猫最高にかわいいな。
「あ、ほんとだー。さすがテトさん、ちゃんと監督できている! えらい!」
テトちゃんとできるよー! あんしんしておそうじするといいのー!
褒めて撫でればドヤ顔をますます得意げにして、テトはにゃふーっと胸を張った。お耳がぴぴっと揺れている。テトと一緒に飛び回っているエクラさんはなにかに気づいた様子で『うふふ』と笑っていたけれど、何も言わずに微笑んでくれました。
契約獣のやる気を維持するのも、契約主の大事な仕事なので、これは許されるごまかしなのだ……!
『イオたちはここの里を復興しているのよね? 枝道がつながっていると聞いたけれど、街から人が来るのかしら。今は少しさみしい感じだけれど』
「一気に増やすのも受け入れ体制が整わないからな。少しずつになるだろう」
『そうなのね。リゲルがとても来たがっていたのよ。あの子分かりづらいけれど、私と同じで好奇心が旺盛なのよねえ』
ひらひらとイオくんの方に飛んで、今度はイオくんの剣の持ち手のところに座るエクラさん。でもリゲルさんが来たいなら、お仕事どうにかして来てくれたらいいのにねー。僕とテトが張り切ってご案内するのになー。
ナツー、おしごとだよー?
「あ、ごめんごめん。リゲルさん来たらいいのにねーって思ってた」
リゲルあそびにくるのー?
「来たかったんだけど、お仕事があったからだめなんだって」
おしごとはだいじなのー。それはしかたないのー。
「あ、そうだね。テトさんはお仕事大事勢……!」
僕ならなにかしらサボれる言い訳を探しまくりそうだけど、リゲルさんそういうことしないだろうなあ。スクショって、住人さんたちに見せられるのかな? トラベラー同士ならフレンドメッセージ経由でやり取りできるけど、流石に無理か。
それからも時々テトに「のこってるのー!」と指摘されつつ、ギルド予定建物の掃除を終える。テトさんは天井まで目を光らせて大変立派な現場監督でした!
次回の更新は11/1予定です。